21.目的地と初めての感動
アテマス山。
エーテルグレッサ王国、王都より西側に位置する、自然が多く残る場所。
国内において幾つかある、魔力溜まりのある有名な場所として知られ、一般人はまず近づかない。――まあそれでも、この場所は魔力溜まりは弱い方だが。
大地に多くの魔力を帯びる地を、魔力溜まりという。
そして、こういう場所には魔物が湧くのである。
どういう原理なのかはわからないが、エーテルグレッサ王国は「そういうもの」として受け入れ、対処してきた。
国内にある魔力溜まりのある場所に向かい、定期的に魔物を討伐をして、魔力溜まりから魔物が溢れないようにすること。
それもまた、魔法騎士の任務である。
――そして、こういう魔力を帯びた場所でしか発生しない魔物や植物もいる。これもまた自然の恵みの形なのだろう。
今回、六番隊が請け負っている任務は、そんな魔力溜まりにて王宮錬金術師が魔材を集める際の護衛である。
「なんか現金ね」
アンリ・ロンは、すぐ横にいるフレイオージュにだけ聞こえる声でこそっと呟く。
道中文句の愚痴も多かった王宮錬金術師は、現場に着いた途端嬉々として活動し始めた姿を見てのものだ。
やれ腰が痛い馬車が揺れる馬車に寄った抱いてくれ採取をしたいから止まってくれ野宿は嫌だと、六番隊隊長セレアルドは何かと注文を付けられていた――まあ興味のない吟遊詩人の詩のように聞き流していたが。
そんな文句ばかりの連中が、目を輝かせて、そこらにある物全てに目移りしている。
「――ここを野営地とする! 錬金術師の皆は遠くに行かないように!」
狭い部屋から放たれた子供のように落ち着きがない王宮錬金術師をよそに、セレアルドの号令で騎士たちはテントを張っていく。
予定では、一日か二日滞在し、魔材を集めることになっている。
ここは、山の麓にある森の前である。
鬱蒼とした森は十歩も踏み込めば迷いそうなくらい密度が濃いが、その手前であるここら一帯はなかなか見通しがいい。
「――おいちょっと! 森はまだダメだ!」
ちょっと目を離した隙に、ふらふらと森の方へ行こうとする王宮錬金術師を、周囲を警戒する騎士が呼び戻す。本当に子供のような落ち着きのなさだ。
「……」
――あなたは別に行っていいけど――
フレイオージュの傍にいる妖精のおっさんも、森に行きたくて行きたくてという感じでそわそわしているが。
でも、そもそも魔力そのもののような存在である妖精は、別に行っても大丈夫だと思う。危険なんてないだろうに。
しかしおっさんは律儀に待ち、子供のようにフレイオージュの服を引っ張り「森に行こう森に行こう」と誘うのだった。
もちろん真顔で。
野営の準備が整うと、次は食料の調達である。
保存食は充分あるが、節約できるものは節約するべきである。予想外に長く滞在する可能性もあるのだから。
「がんばれよ、訓練生!」
「俺たちの今夜の食事はおまえら次第だからな!」
先輩騎士たちに、食料の調達を言い渡される。
あらゆる場所で食料を探す、生きるための知恵と術は、魔法騎士に必須の技術である。これも課題の内なのである。
「――まあ、魔帝は硬いだろ。第一人気だ」
「――だが弓が得意な奴もいるぞ」
「――誰かエッタに賭けろよ。賭けにならんだろ」
…………
誰が一番食料を集めるのか賭けをしている節もあるようだが、課題は課題である。
賭けをしていようがなんだろうが、訓練生は食料集めをするのである。
そして、勝手にやっている向こうの事情に構う理由はない。
フレイオージュはエッタとともに森に入り、一緒に食料集めを開始することにした。競争などする気はない。
弓を使うアンリとは別行動だ。あえて一緒にいる必要もないだろう。
鳥や獣といった獲物を狙える彼女は単独で動いてもらい、フレイオージュらは果実や野草、キノコなどを中心に探していく。
「へえ。やっぱり妖精って役に立つんですね」
納得するエッタの横で、フレイオージュは驚いていた。
「……」
――おっさんが役に立つ日が来るなんて……!――
ずっとフレイオージュの手を引っ張って森へ誘っていた妖精のおっさんは、森に踏み込むなり、いち早く野草や果実、キノコ、食べられる物の場所へ先行して教えてくれる。
初めてである。
おっさんが役に立った。役に立っている。こんななの初めてである。
「……」
目頭が熱くなる。
「な、なんで泣きそうになってるんだ……」
感動しているだけである。
妖精のおっさんと契約してこっち、ただの一度たりとも何かの役に立ったことがない。
ただただ真顔で見返してくるばかりだった。
そんなおっさんが、今、初めて、役に立っている。
これが感動せずにいられるだろうか。
ダメな子だと心底思っていたのに、意外な才能や特技を見せつけてきたのである。そのギャップが起こした衝撃は、期待していなかった分だけ大きい。具体的には感涙に視界が滲むくらいに大きい。
――出来の悪い子を持った母親のような心境で、フレイオージュは「ついてこい」とばかりに真顔で振り返るおっさんを追うのだった。




