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01.魔法騎士団士官学校と妖精護符





 魔帝のご令嬢フレイオージュ・オートミールがやってくる――


 そんな前情報が流れ、誰もが期待と不安を寄せて注目の魔帝を待っていたあの日から、丸一年が過ぎた。 


「――お、おはようございます! フレイ様!」


 フレイオージュは、まさに魔帝の名に相応しい存在だった。


 魔帝ランクは伊達ではなく、多少は鳴らした諸先輩方や実績のある教師、現役の魔法騎士でさえ、入学当初から誰も彼女には敵わなかった。


 有り余る魔力と、比類なき魔法の才。

 剣の腕も確かで、騎士としての実力も本物。


 擦れ違えば誰もが振り返る美貌。

 そして、妥協を知らぬ高潔なる性格と品位。


 どこを取っても非の打ちどころがない。

 士官学校二年生にして、学校の女王、いや、女帝として君臨していた。


「……」


 颯爽と歩むフレイオージュが立ち止まり、よく声を掛けてくる女子に目を向ける――と、目が合うなり彼女は「失礼します」と走って行ってしまう。


「……」


 ――また返事をし損ねた――


 魔力が覚醒した幼少から、厳しい管理と躾と教育と訓練を受けて育ったフレイオージュは、大抵のことは一人でできるし、大抵の問題は魔法を駆使してでも一人で解決してきた。


 ただし、その培ってきたものの中に唯一、「他人との付き合い方」が入っていなかった。


 異性であれ同性であれ、誰もが憧れまた畏怖する女帝は、まつり上げれたまま、士官学校で完全に孤立していた。


「……」


 ――挨拶を返してもいいのかしら? でも知らない人と話をするなと教えられたし――


 しかし何より、孤立していることに本人が気づいていないし、なんの頓着もしていないのが、一番の問題なのかもしれない。





 士官学校二年生の初日は、去年と同じく教師の話のみである。


 ここエーテルグレッサ王国魔法騎士団士官学校は、二年制である。

 生徒全員が、ランクの差はあれど魔法の才を持ち、エーテルグレッサの民の憧れである魔法騎士を目指している。


 一年目は座学と訓練が多かったが、二年目からは実習がメインになってくる。

 実際に魔物と戦ったり、遠征に出たりと、現役の魔法騎士らしいことをしていくのである。


「――それでは、今から妖精護符を配る」


 そして、妖精護符。


 狭き門を潜った選りすぐりの魔法騎士の中でも、更に限られた者だけが妖精と契約し、その加護を授かることができるという。

 これもまたエーテルグレッサの民が魔法騎士に憧れる理由の一つである。


 妖精とは、自然に宿る魔力が可視化し、意志を持った姿と言われている。

 簡単に言えば「意志を持つ魔力の塊」だ。


 魔力に対して造詣が深い者は、妖精と契約できる。

 そしてその姿は、人によって見える姿が違う――見る者の心を鏡に映したかのような姿になるとか。


 極悪人には見えず、心清らかな者には神々しい光として見えるというのが、一般例である。


 フレイオージュを含む、士官学校二年生一級組の十名全員の手許に、妖精護符が回る。


 ひどく古い羊皮紙に、古い言葉を使った魔法陣が掛かれている。

 羊皮紙自体はボロボロなのに、描かれている文字や図形だけは黒々と冴え、描かれた当時のまま色濃く残っている。


「――これは自然の摂理を曲げて妖精を呼び出す法だから、契約期間は一年間と限られている。

 どんな妖精が出てくるかわからないが、一生の付き合いになるわけではないから、気楽にやってみなさい」


 元魔法騎士にして、今は引退して教鞭を執るゼペットの話は続く。


「――先に言っておくが、現役の魔法騎士だって妖精と契約しているのは半数もいない。二割から三割程度だ。

 契約できなくとも能力が劣っているというわけではないから、落ち込むことなく冷静に受け止めなさい。私も契約できなかったしな」


 懐かしいな、恋敵のラックブレンの奴と妖精が呼べる奴がアーリアに告白するという約束をして挑んで、結局どっちも契約できなくてなぁ、最終的には殴り合いに……――という教師ゼペットの思い出話をよそに、生徒たちはさっさと妖精を呼び出す魔法詠唱を始める。


「……さあ、やってみなさい」


 フレイオージュは思い出話が気になったが、誰も聞いていないと判断したゼペットが寂しそうな顔をして語るのをやめたのを見て、手元の妖精護符に視線を落とす。


「……? ……」


 ――光っている――


 魔光蝶とアンディルクの樹液で作られた特殊なインクで描かれた、年月では劣化しない魔法陣が淡く発光している。


 そして出ている。


 一瞬何かと思ったが。


 尻だ。


 この割れ具合といい、つるっとした質感の色具合といい、美しい曲線といい。

 幼児の尻のような穢れなき尻だ。


 どこからどの角度で見ても完全に尻である。

 呼び出す前から、妖精の尻だけが出ている感じである。


 ――まさか魔法詠唱をする前から精霊が出てこうとしているとは。


 前代未聞の珍事に「さすがは魔帝令嬢フレイオージュ」などと語り継がれそうな逸話が、また一つ増えてしまいそうだが……


 でも、出てきているのは、尻である。


 いくら幼児のような穢れなき綺麗で柔らかそうな尻であろうと、ここまで見事に見事な尻を向けられる経験などなかったフレイオージュは、内心戸惑うばかりである。


「――見て! フレイ様の妖精護符が!」


 誰かが叫んだ。

 バレてしまった。

 尻丸出しの珍事がバレてしまった。


 ――ああ、そういえば……――


 フレイオージュは思い出す。


 妖精は、見る者の心を写す鏡である。

 つまり、見る者によって違う姿を見せるのだ。


 フレイオージュには穢れなき尻に見えるが――


「――な、なんて神々しい光だ……!」


「――フレイ様はまだ魔法詠唱してないはずよ! それなのに……!」


「――あたかも妖精女王のようなフレイオージュ様が妖精さんを呼び出そうとする姿はまさに妖精界の創生にも似た神話の一ページのようだわ!」


 周囲の者には、穢れなき光に見えているようだ。


 どうやらフレイオージュ以外には、尻に見えているわけではなさそうだ。光っているように見えているだけである。いくら穢れなき綺麗で柔らかそうな幼児の尻がつるっとしていたとしても、眼が眩むほど光ったり輝いたりはしないだろう。幼児の尻が光るだなんて聞いたこともない。


 尻に見えるのは自分だけ。


 それがいいことなのか悪いことなのかはわからないが、悪い意味で注目を集めるよりはマシだ、と思えばいいのだろう。

 できるだけプラス思考にでも考えていないと、衝動的に妖精護符を丸めて捨ててしまいそうな気持ちになりそうだ。


「長く教師をしてきたが、こんな現象は初めて見るな……オートミール君。そのまま妖精を呼び出してみなさい」


 教師ゼペットまで注目し始めたので、ますます丸めて投げ捨てるのはなしだ。いくら尻でも貴重な物である。一時の感情に任せて丸めて投げ捨てていい尻ではない。


 フレイオージュはとびっきりの尻を見ながら、魔法陣に捧げる言葉を諳んじる。


「――、――」


 力を帯びた囁くような声が重なるごとに、尻の生えた魔法陣が放つ光が強くなり、やがて――





「「おおーーーーーー!!」」


 じりじりと、まるで尻を引っ張られているかのように尻からせりあがってきた妖精が、尻を強調しながらこの世に顕現した。


 周囲からは、「美しい」だの「神々しい」だの「まさか妖精王の親戚か友達の友達では?」だのと言った世迷言が聞こえる最中。


「…………」


 フレイオージュの前で尻を高らかに上げてうつぶせに寝ている、虹色の透明な四枚羽を持つ小さな存在は……


 ――おっさんだった。


 横から髪を持ってきて頭頂部に貼り付けたような、いわゆる1・9対比の横分けで頭皮の乏しさを誤魔化している感じの、おっさんだった。


 年輪を重ねた顔に、ややふとましい下っ腹。

 色々とだらしないくせに、やけにしっかり整えられたヒゲが却って妙に腹が立つ、そんなおっさんだった。


 周囲にはどう見えているかはわからないが、フレイオージュには、嫌になるほど尻の綺麗な裸のおっさんにしか見えなかった。






 魔帝令嬢フレイオージュ・オートミール。


 これが妖精さんとの出会い。

 そして士官学校で過ごす卒業までの一年間の始まりだった。





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嫌になるほど尻の綺麗な裸のおっさんにしか見えなかった。 フレイオージュ「チェンジで」
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