18.士官学校からの手紙と妹から貰ったペーパーナイフ
第一期課題終了より一週間後。
オートミール家に、フレイオージュ宛ての手紙が届いた。
士官学校からである。
「……」
――そういえば――
なんだろう、士官学校からの手紙に心当たりがあるか、と考えたところで、フレイオージュは思い出した。
課題は、現役魔法騎士と一緒にこなす公式任務である場合も多い。
もちろん経験不足の訓練生を連れて行くので、比較的簡単なものになっているはずだが。それでもちゃんとした騎士の任務なのである。
なので、課題が出るタイミングも、課題をこなす期間も、ほかの訓練生と一律ではないのだ。
ある程度決まっていたのは第一期課題のみである。
要するに、これがフレイオージュが受ける第二期課題の通達なのだろう。
士官学校一年生の時は毎日学校へ通っていたが、二年生になってからは、登校日より自宅待機が多くなった。妹ルミナリも今頃は学校にいるはずである。
「……」
「はい、いつものようにお嬢様の机に置いておきますね」
緊急の用事でもなさそうなので、フレイオージュは手紙を持ってきた使用人にそれを返すと、訓練の続きをこなすのだった。
自宅待機が多くなった今、フレイオージュは訓練に時間を使っていることが多かった。
行水で汗を流して部屋に戻ると、さっき見た手紙と、なぜか手紙の下に潜り込んで顔だけ出している妖精のおっさんがテーブルにあった。
「……」
――……何をしているんだろう――
手紙に手を伸ばすと、おっさんはその手を避けるように手紙を持って宙を舞う――が、フレイオージュはすぐに奪った。まるでうるさい蚊を掴むかのように。
「……」
「もうっ! ばかばか! もうちょっと遊んでよ!」と言わんばかりに、おっさんがフレイオージュの腕をぽかぽか叩く。真顔で。そういう可愛いことをする時くらい真顔はやめろと思わなくもない。
そんなおっさんを無視して、子供の頃ルミナリに貰った聖王剣エヴァーグリフ型ペーパーナイフで手紙の封を切った。――相変わらずごてごてして使いづらいナイフである。
「……」
手紙の内容は、やはり第二期課題について記されていた。
出発は三日後の早朝。
エーテルグレッサ王国西門の前に集合。
馬及び騎乗に適した動物に乗って来られたし。
そして課題内容は、王国錬金術師がアステマ山に行くので、道中並びに魔材採集中の護衛。
「……」
――アテマス山か……――
一年生の頃、父に連れられて近くまで行ったことがある。
アテマス山は、このエーテルグレッサ王都より西へ三日から四日行った場所にある、魔力溜まりのある場所だ。
地中に宿る魔力が強い場所は、魔物が発生することが多い。
つまりアテマス山付近は、魔物と出会いやすい場所ということだ。
「……」
護衛ということは、護衛対象の速度に合わせての移動。
片道四日……いや、余裕を見て五日は見た方がいいかもしれない。
王国錬金術師が直々に行くなら、そう深い場所まではいかないだろう。いや、なんの魔材を集めるかにもよるだろうか。
何にせよ、アテマス山付近は魔物がいてもおかしくない。
ならば実戦の準備は確と整えておかねば。
「……」
聖王剣エヴァーグリフ型ペーパーナイフを手に、虹色の飛ぶ斬撃を繰り出したり、剣をくるくる回して残心がごとくゆっくり腰に納めたりしている軽快なおっさんからペーパーナイフを回収し、引き出しにしまう。
「……」
「もう! ばかばか! 君が遊んでくれないからおじさん一人で遊んでたのに!」と言わんばかりに腕をばしばし叩いてくるおっさんをそのまま連れて、フレイオージュは課題の準備のために買い物に出るのだった。
父シックルのアドバイスを受けて、念のため十五日分の遠征の準備をする。
第一課題では五日程度だったが、今度はもっと長いだけに、少々荷物も嵩張る。
次にアテマス山付近の地図と発生する魔物の情報を調べ、オートミール家で飼っている愛馬に乗って慣らしておく。
世話はしていたが最近乗れていなかったのだ。当日いざ乗ろうという時にへそを曲げられては困るので、ちゃんと仲良くしておく
「……」
姿勢よく乗っているフレイオージュの真正面、それも目の前で、たてがみをカツラ代わりにして9・1分けのおっさんから軟派な長髪おっさんになったおっさんが真顔で見返してくるのが結構気になるが、あえてがんばって気にしないことにする。
そんなこんなで、あっという間に準備期間の三日が過ぎた。
まだ暗い早朝、馬に乗って西門へ向かうと、
「あ、えっ、魔帝?」
「えっ、もしかしてフレイ様と同じ班!?」
まだあどけなさが残る、武装した若い男女二人が馬を引いて待機しており、フレイオージュを見て驚いていた。
「……」
――確か二級組の生徒ね――
話したことはなく、また組が違う二人でもあるが、一年生から同じ学年だけに知っている顔である。
「……」
フレイオージュが、彼らの前で馬を降りて敬礼すると、彼らも敬礼を返した。
「は、初めまして。俺はエッタ・ガルドです。二級組で、一色の魔法使いです」
「私はアンリ・ロンです! あの、フレイ様と同じ班になれて! 光栄です!」
同年代の男子とすれば少し大柄なエッタと、非常に小柄なアンリ。
「……」
そういえば、と思い出す。
エッタとは一年生の合同訓練で、何度か剣を打ち合ったことがある。筋は悪くなかったと記憶している。
アンリは弓が得意で、遠い的にばしばし当てていた姿を覚えている。
まあ、それはそれとして。
「――」
いざ自分も自己紹介をしようとフレイオージュが口を開いた、その瞬間。
「――おはよう。君たちは訓練生だな?」
軽快に馬が駆けてきたと思えば、その相手は騎士だった。
どうやら時間のようだ。