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16.病院と二級組生





 第一期課題が終了した翌日は、士官学校は休みである。

 ゆっくり身体を休めて疲れを癒せ、という意味もあるが――課題で犯した反省点の復習という意味もある。


「――おぉ……すまん。助かったよ」


 しかしながら、何かと忙しい魔帝フレイオージュはどちらにも当てはまらず、市井に扉を開いている国営の病院にいた。


 母アヴィサラの付き添いと、手伝いのためである。


「……」


 ――お大事に――


 そんな意味を込めて少しだけ患部だった場所に触れ、しっかり治ったことを確認すると、フレイオージュは立ち上がった。

 転んで骨を折ったという老人の治療を終え、次の病室へ向かう。


 士官学校に入る前は、よく自宅で母の薬作りを手伝っていた。

 士官学校に入ってからは外に出て、魔法による治療を行うために連れ出されることがあった。


 かつては王城の医務局に勤め、結婚はせず生涯を医療に捧げるつもりだったアヴィサラだが、何かがあってシックルと結婚し、フレイオージュやルミナリという子を成した。


 そんな母親だけに、たとえ貴族の妻となった今でも、医療関係の仕事を続けている。


 アヴィサラは二色を持つ魔鳥ランクの魔法使いでもある。

 外傷を癒す青と黄の魔力を持つだけに、若い頃から医師に、あるいは看護師になることを決めたという。


 そして彼女の知識と技術は、フレイオージュに受け継がれている。

 本当はルミナリにも教えたいところだが、姉と違って少々粗忽な部分のある妹はちょっと向いてなさそう、というのがアヴィサラの心情である。他者の命に関わるだけに、そそっかしい者では患者が安心できない。


 母は病の者を診て回り、フレイオージュは外傷患者を診て回っていた。


 病の知識もそれなりにあるが、医師免許を持っているわけではないので、魔法治療が行える外傷のみだ。そっちは国で認められている。





「……」


 擦り傷から骨折、重い物を持った瞬間にやった腰、転びそうになって地面に手を着いた時に捻った手首、足に荷物を落とした等々。


 一通り見て回ったフレイオージュは、少し休憩を入れることにした。





「フレイちゃん、お疲れ様」


 医師の詰め所に行き、何度か来て顔見知りとなっている中年女性からお茶を貰って一息いれる。


 ここは国営の病院だ。

 金を取らずに、エーテルグレッサ王国の住民なら誰でも診てもらえる。王都にはいくつかこういう病院があり――ここは場所柄から貧困層もやってくる位置にある。


 どこの病院も、患者の数が多い。

 フレイオージュは治療系の魔法を鍛えるためにと何度も連れて来られているが、やはり今日も多い。というかさすがに擦り傷くらいで来るのはどうかと思う。


 まあ、さすがに歩けないほどの大怪我の者を優先しているが。


「疲れたでしょう? 今日フレイちゃんが来てるって聞いて、わざと怪我して駆けつけるようなバカもいるしね」


 もちろん追い返したけどねアハハ、と中年女性は豪快に笑う。


 ――病院側はさすがに気づいている者もいるが、フレイオージュが「噂の魔帝令嬢フレイオージュだ」と知る者は非常に少ない。


 ここではあくまでも、国の医師免許を持つ女性看護師とその娘が手伝いに来ている、ということになっている。


 フレイオージュもここではただの「魔法治療ができるフレイ」であり、母も「国から派遣された腕のいい医師兼看護師」である。


 基本的にずっとマスクをして目元しか見えない状態なので、知った者にあっても大丈夫である。

 まあ、十年もの間屋敷から出ないで生活していただけに、フレイオージュを知る者、関わっている者は極端に少ないというのもあるが。


 ――それだけに、時々病院を訪れる「美少女フレイ」は、市井で人気があったりする。


 それこそ、わざと怪我をして会いに来る者も、案外少なくない。


「でも、今日はずいぶんスムーズに進んだねぇ」


「……」


 フレイオージュが鏡の前で髪をセットしている妖精を――鏡越しで真顔でこちらを見ているおっさんに目配せすると、中年女性は「ああ」と頷いた。


「妖精のおかげなんだね」


 そう。

 大人はともかく、子供が問題なのだ。


 気の利いた言葉でも言えれば違うのだろうが、フレイオージュは子供の扱いが非常に苦手だ。どこが痛いのか患部を聞き出すだけでも苦労する。痛みで泣き叫ぶ子供をあやすのも困難だ。


 だが、今日は違う。

 おっさんがいる。


 子供は、フレイオージュが連れている妖精を見ると、気がまぎれる。怪我のことを少しだけ忘れるのだ。

 その間に問えば、素直に教えてくれる。


 もしかしたら、妖精の持つ不思議な力が、ほんの一時だけ作用して質問しやすくしているのかもしれない。


「……」


 ――……いや、ないな――


 鏡越しでじーっと真顔でこちらを見ているおっさんに、そんなことができるとは思えない。










「……あーあ」


 外はいい天気だ。

 それだけに、恨めしい。


 ベッドから起き上がれないランバートは、退屈していた。


 リート・ランバート。

 上流階級ランバート家の次男で、いわゆる貴族の子だが――長兄が優秀なので家督は絶対に継げないだろうな、と覚悟を決めている青年である。


 それなりの教育を受けさせてはもらえた。

 それなりに優秀だったせいで、長兄に疎まれて家から追い出されるようにして、士官学校に行くよう勧められた。


 リートとしては、いつまでも家にはいられないのはわかっていたし、長兄の当たりが強くなるのも鬱陶しかった。最悪着の身着のままで家から追い出されかねない、という危機感もあった。

 なので、今は一旦、士官学校に行くことを決めた。


 魔法騎士は厳しくも狭き門をくぐった者だけがなれる、憧れの職業だ。エーテルグレッサ王国の子供なら誰もが一度は憧れるだろう。

 リートも子供の頃は憧れたが――今は、自分のような甘ちゃんがなってもつらいだろうな、としか思っていない。


 かろうじて唯一自慢できる二色の魔法使いの資質が見いだされ、士官学校に入学することができた。

 一年目を無難にこなし、二年目が始まったのだが……


「……あーあ」


 昨日の課題は散々だった。


 現役魔法騎士の隊長に「気を落とすなよ」と気休めの言葉を投げられ、銅の硬貨を受け取った。

 

 金、銀、鉄、銅、木。

 その中の銅評価である。


 いや、本来なら、木の評価だったはずだ。


 割り当てられた班には一級組の優秀な生徒が二人いて、彼らのおかげで評価が一つ上がったのだ。

 逆に言うと、彼らの評価も一つ下がったのだと思う。


 班での平均評価が、銅で。

 リートと、もう一人いた二級組の生徒が、完全に足を引っ張った形だ。


 ――「チッ」


 ――「やめなさい。団体行動よ、仕方ないでしょ」


 舌打ちしてリートらに文句を言おうとした一級組のアンサーを、同じ一級組のアキヨンが止めた姿が、脳裏に焼き付いて離れない。


 怪我までして散々だが、それでも、リートら二級組のミスだった。


 熊の痕跡を追い、討伐する課題だった。

 移動と調査も含めて五日、現役魔法騎士もいるので不可能ではなかった。


「……あーあ」


 ――まさか枝を踏むかね――


 熊は追い詰めた。

 不意打ちから一気に攻勢を掛けようと、密かに熊に忍び寄り――リートの隣にいた二級組の生徒が、枯れ枝を踏んで音を立ててしまった。


 仕掛ける寸前だった。

 振り返る熊とリートの目が遭い、足がすくんだ。

 

 それから普通に左腕の辺りを殴られて吹き飛ばされ、脳震盪を起こした。

 目が覚めたら全てが終わっていた。


 リートはとばっちりに等しいが、あの時アキヨンが言ったように、団体行動である。

 枝を踏んでバレたとしてもリートが回避すればよかった話だ。それで充分カバーできたミスだった。咄嗟に動けなかったリートも悪かったと思う。


 そもそも、魔法騎士になろうという志がない者が、二年生の実戦さながらの課題に挑もうと考えるのがもっとも悪いのだろう。

 そのおかげでこのざまだ。


 腕の怪我は現場で魔法治療を受けて治ったが――帰って落ち着いた時、足が痛いことに気づいた。

 折れてはいないだろうが……あとに引きずると今後の課題に障りそうだったので病院にやってきて、昨夜からベッドを借りて寝ている。


 仕送りの金はあるが、無駄遣いできるほどは貰っていない。

 特に、魔法治療には少なくない金が掛かるので、貴族の息子でも節約せねばならない。


「……」


 溜息も出なくなった。


 ――このまま逃げちまおうかな――


 二年目の課題で心が折れる訓練生は少なくない。

 きっとリートのように、大した目標もなく士官学校に入学できた者も、含まれる。


「……うお!?」


 逃げよう、逃げよう。


 そんな言葉が頭の中をぐるぐる回り始めた頃――気が付けば傍らに、白衣を着た若い女が立っていた。


「な、な、……あ、先生?」


 誰だこいつ――と思ったが、そもそもここがどこだったかを思い出す。そうだ、昨夜からベッドを借りていたのだ。

 看てもらって、どれくらい悪いかを確かめてもらって、薬を買って帰ろう。


 そう思っていたリートだが……


「……」


「……え? あ、ああ、悪い場所か。あの、右足っす。足首っす」


 マスクでくぐもって聞き取れなかったが、無言で首を傾げる女医はきっと「患部はどこだ」と聞いたのだろう。

 どういう状態なのか言えと促されていると気づいて、慌ててそう答える。


「……」


 それを聞き、女医はリートの右足首を看る――その横顔に凍り付く。


「……え」


 見たことがある。

 この横顔、見たことがある。


 魔を帯びた、底が見えない思慮深い紫の瞳と、口元を隠していても……いや、隠しているからこそ際立つ美貌。長いまつげ。


 そして、神々しいまでに輝く――これまでに見たことがないほど美しく優雅で、これでもかと虹色の魔粒子を振りまく妖精。まるで妖精界の王族のようだ。


 間違いない。

 絶対に間違いない。


 この女医は、あの魔帝令嬢――


「……」


 女医はリートの右足首に少しだけ触れると、一瞬だけ目を合わせ……妖精を伴って次の病室に行ってしまった。


「あ、ちょ……」


 呼び止めようとしたが、やめた。

 そもそも呼び止めてどうするというのか。





「……何やってんだ俺」


 逃げよう、逃げよう。


 こんな風に思っている間に、努力している者がいた。

 前に進もうとしている者がいた。


 それも、生まれながらの勝ち組としか思っていなかった、あの魔帝ランクが。

 士官学校では常に主席、筆記でも実地でも魔法でも誰の追随も許さない、学校の女帝。


 昨日の課題でも金評価を取ったという噂は聞いた。

 それも、彼女は班ではなく、一人で課題に臨んだという。


「……よし」


 そろりと床に下ろした右足は、痛くない。


 ――いずれあの魔帝と班を組むことがあるかもしれない。

 ――せめて彼女の足だけは引っ張りたくない。

 

 そんな気持ちが芽吹いたのは、きっと、小さな成長の証なのだろう。





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