14.間幕 寄宿舎にて
「――十七番隊が帰ってきたぞ!」
ついさっきまで諸々の処理をしてようやく一段落ついた、第一期課題に参加した十七番隊の四名は、魔法騎士の宿舎に帰るなり囲まれた。
同僚の魔法騎士たちである。
十七番隊のディレクトらのように課題に出た者もいれば、そうじゃない者もいる。
「――魔帝、どうだった!?」
そんな彼らが強い興味と関心を寄せていたのは、十七番隊ではなく――課題に同行した魔帝ランクのフレイオージュである。
「落ち着けよ。私たちは帰ったばかりだ、せめて夕食時までゆっくりさせてくれ」
途中で宿に泊まったものの、五日もの間旅をしてきたのだ。
まず荷物を下ろしたい。
風呂にも入りたいし着替えもしたい。
もうじき陽が暮れる頃だ、当然腹も減っている。
こんなところで長くなりそうな話なんて始めたら、いつ休めるかわかったものではない。
夕食の時に話をする、という約束をして、一旦各々の部屋に戻るのだった。
魔帝令嬢フレイオージュの噂は、当然現役の魔法騎士たちの間でも話題になっていた。
まず、数百年に一人という五色の魔力を操る魔帝ランク。
この素質の持つインパクトはすごいが――現役の魔法騎士としては、やはり実力が気になる。
果たして横にいる、前にいる、後ろにいる仲間は、どれほど頼れる存在なのか。
魔法騎士に求められるものは強さだけではない。
だが、強さを持たず、また強さを重要視しない魔法騎士などいない。
時には背を、命を預けることになる仲間は――やはり強い方が頼もしい。
士官学校に入ってからの魔帝令嬢の噂は、ばっちり現役騎士たちに届いていた。
もちろんフレイオージュ以外の訓練生のことも注視している。
――どの隊も優秀な騎士は欲しい。
ゆえに、どうしても欲しい訓練生は、この課題の時期にしっかり好印象を与え、本人に「この隊に入りたい」と希望してもらうのが最善なのである。
当然、魔帝ランクのフレイオージュに向けられる目は多く、もう率直に言ってしまえば全魔法騎士隊が欲しがっている逸材である。
ただ、気になるのは当然、肝心の実力はどうなのか、という点である。
それも本番の動向が気になる。
士官学校の訓練と課題は、本当に別物である。
この課題の始まる二年目で心が折れて士官学校を去る者もいるし、怪我を負って騎士の道を断念する者もいる。
士官学校の成績はいいが、実戦ではまったくダメ。
こんなのもザラにいるのである。
「――経験不足から来る欠点がないとは言わんが、能力的にはすでに現役並の実力があると思う」
魔法騎士団第十七番隊隊長ディレクト・フェロー。
騎士団でも特に大柄な肉体を持ち、穏やかな顔つきから商人や町人に化けて潜伏する任務を負うことが多い。
巨漢だけに目立つが――目立つからこそ潜伏しやすい面もあると本人は思っている。
ただし、穏やかなのは見た目と口調だけである。
一度戦闘が始まれば一切容赦しない冷酷かつ苛烈な面を持ち、仲間にすればこれほど頼もしい者はいないと同時に――敵には回したくないと、彼を知る者は思う。
約束通り、夕食時にまた捕まったディレクトは、他の隊の隊長や副隊長に「噂の魔帝」の話をする。
将来的に命に関わるので、訓練生の採点は厳しめにする傾向がある。
それゆえに魔法騎士の門は狭いのだが――
「――あれは大物になるぞ。どの隊でも活躍すると思う。うちも欲しいが……ん? ほかに気になったこと?」
ほかに何か感想はないか、と問われ――ディレクトは少し考えて、こう答えた。
「――声がかわいかったな。鈴を鳴らしたかのように澄んでいた」
「――すごかったぜ」
隊長ディレクトが隊長・副隊長格に囲まれているのと同様に、ほかの十七番隊メンバーも同年代、あるいは同性に捕まっていた。
十七番隊では一番の新人であるガウロも、士官学校の同期や一つ上やら下やらに囲まれ、食事どころではない剣幕で質問されていた。
「――超美人だった。噂通りっつーか……噂以上だな」
ディレクトが「隊長としての目線では」と問われる中、ガウロは「異性としての目線では」で語っていた。
魔帝令嬢の二つ名に付いた「令嬢」は、フレイオージュの美貌が由来である。
かつて「医務局の女神」と言われた、貴族どころか王族さえ口説いていた魅惑の看護師アヴィサラ・ラベンダーの娘だけあって、どこぞの貴族のご令嬢のように美しかった。まあ実際貴族の娘ではあるが。
あのごっつい元魔法騎士シックル・オートミールの子とは思えないくらいだ。とてつもなく母親似である。母親の血の強さに数多の男たちが感謝していることだろう。
「――口説く? おまえが? おまえには無理だよ。鏡見ろよ、英雄譚の二ページ目で唐突に撲殺されそうな特徴のない顔しやがって。……え? ほかに気づいたこと? あー……」
ガウロは少し考えて、こう答えた。
「そういや声がすげーかわいかったなぁ。そこらの女の無駄使いな声と違って、こう、しっとりしてるというか……」
「――強かった」
ディレクト、ガウロのように、ヴァンスも稽古場でよく一緒に打ち合う修行仲間に囲まれていた。
ディレクトが「隊長としての目線では」で語り、ガウロが「異性としての目線では」で語り、ヴァンスは「剣の強さとしての目線では」で語っていた。
剣術槍術問わず、武に入れ込み武に囚われた者たちは、言葉少なに、いずれ見える機会もあろう小娘に思いを馳せる。
魔帝だなんだはどうでもいい。
強い者を歓迎する。
そんなシンプルな志を大なり抱える彼らは、ヴァンスの「強かった」という言葉一つに魅了されるのだった。
「――ほかに気になること? そうだな……」
ヴァンスは少し考えて、こう答えた。
「――あまりしゃべらなかったが、鈴虫のような声が美しかったな」
「――んー……とにかく真面目! って感じ」
ディレクト、ガウロ、そしてヴァンスのように、やはりマイアも女性魔法騎士たちに囲まれていた。
ディレクトが「隊長としての目線では」で語り、ガウロが「異性としての目線では」で語り、ヴァンスは「剣の強さとしての目線では」で語り、そしてマイアは「同じ女性としての目線では」で語る。
女性は少し複雑である。
男など能力面や外見のみを重視するが、女性の場合は見る場所が違う。
優秀な魔法騎士と付き合いたい、将来は結婚したいというやや不純な動機でここまでやってきたような女性騎士もいるが、職務に忠実で男に負けないくらい研鑽を重ねた武人の女性もいる。
気にしない者は気にしないが、蛇蝎の如く仲が悪い者もいるのである。
マイアは……まあ、十七番隊の特徴として騎士らしい格好をすることが少ないので、どうしても豊満かつ自己主張の強い胸部を堂々と見せていくスタイルが多いが、こういうのが嫌いな女性には嫌われている。
「――でも悪い子じゃなかったわよ。魔帝だなんだで調子に乗っているわけでもなかったし、実力もあったし……そうそう、妖精がいたずらするのを焦った顔で見てる姿なんて、かわいかったわね」
普段は凛としていて美しく静かで、年上のような落ち着いた佇まいなのに。
しかし、彼女が契約している妖精を見る時は、心配そうな顔が多かった。その時だけは年相応の少女に見えた。思わず笑みがこぼれるくらいに微笑ましかった。
「――え? ほかの感想? うーん……」
マイアは少し考え、こう答えた。
「――……そういえば私、彼女の声って一度も聞いてないかも」