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10.一日目の夜と二日目の夜





 小規模の商隊としての旅は、順調に進んだ。

 険しい山越えではなく、迂回ルートを選んだ先で過ごす一泊目は、野宿である。


 予定通り到着したキャンプに適した場所で馬を休ませ、すでに陽が落ちている空の下で、夜を越える準備をする。


 男性陣は特にどこでもいいようだが、女性陣は馬車の空いたスペースを使って着替えをしたり、身体を拭いたりする。


「……っ」


 ――待て!――


 マイアの着替えをいやに紳士的に見える真顔で覗こうとするおっさんを捕まえたり、


「……っ」


 ――やめなさい! それは帽子じゃない!――


 マイアの脱ぎ散らかした下着を頭どころか全身にかぶって虹色を振りまき飛ぶパンツとしてどこかで飛んでいこうとするおっさんを捕まえたり、


「フレイ、ちょっと後ろ止めてくれない?」


「……っ」


 ――頼まれたのは私!――


 フレイオージュの代わりにコルセットの紐を止めようとするが紐が絡まって暴れるおっさんを捕まえたり、


「……」


 ――……男にはあまり興味ないのか……――


「ぬぇい!」「おう!」「ふんぬぅ!」などと力んで、上半身裸で焚火を囲んで互いに身体を見せ合っている肉の儀式に夢中の十七番隊の男たちには、妖精は見向きもしない。まあおっさんの顔で男性に興味津々というのも、傍目に見ていて気持ちいいものではないが。


 だが、なんというか、こう、軽蔑する気持ちが湧き上がってくるのは、仕方ないことなのだろう。

 特に、おっさんがフレイオージュの裸や下着に興味を示したことが一度もないのも、不愉快な要因の一つかもしれない。いや別に見られたいわけではないが。


「やはり隊長の筋肉は理想的な出来だな。ガウロはもっと食え」


「なんでだろなぁ。結構無理してでも食ってんのになぁ……」


「はははは。気にするな、私も十代の頃はひょろひょろだった」


 火を囲み、火に照らされ闇に浮かぶ筋肉たちという光景は、なかなか幻想的である。まあ見るからに汗臭いし暑苦しいが。


「何やってんだあいつら――バカやってないで動く! 隊長は野菜の皮向き! ヴァンスは水汲み! ガウロは馬と馬車の点検! ……いやまず服着なさいよ!」


 着替えなどの身支度を済ませたマイアが檄を飛ばすと、筋肉に夢中の男たちが動き出した。


 妖精のおっさんも動き出した。

 草を食んでいる馬の背に横になると、寝た。


「……」


 ――旅先でも夜は早いのか……――


 そう、おっさんの夜はオートミール家でも早かった。ちなみに朝は遅めである。





 結界の魔法にも異常はなく、何事もなく夜を過ごした二日目。


「……」


「……」


「……」


「……」


 ガウロと交代して馬車内で休憩に入ったディレクトとフレイオージュは、チェスで勝負していた。


「……」


 ややディレクトの方が強いだろうか。

 しかし油断できない力量差だけに、まあまあいい勝負になった。


「……ん?」


「……っ」


 ――しまった!――


 フレイオージュは後悔した。つい勝負に熱中しすぎた。


 目を放した隙に、妖精のおっさんが勝負で賭けていたナッツとドライフルーツを食べ尽くしていた。


 フレイオージュが賭けたナッツ入りの革袋には砕けた欠片しか残っていないし、ディレクトが賭けた小瓶入りのドライフルーツは向こう側が歪んで見える。


 それらの横にある、これ見よがしに膨れた腹でぐてっと横たわる妖精にあるまじき姿。

 しかもいつも通り真顔でこちらを見ているところがまた憎らしい。


「はははは。お嬢さんの妖精は随分食いしん坊だな」


「……」


 ――お恥ずかしい限りです……――


 囁くようなフレイオージュの声は、羞恥心に覆われて誰にも聞こえなかった。





 二日目の夕方、オーシンの街に到着した。


「隊長、荷の引き渡しはやっておく」


「お、そうか。じゃあ俺たちは先に宿に行っている」


「フレイ、付き合え」


「……」


 ――了解――


 先に宿へ向かうディレクト、マイア、ガウロと別れ、フレイオージュはヴァンスとともに荷馬車を移動させる。


「――はい、確かに。今夜中に荷を入れ替えますので、明朝また来てください」


 大店の倉庫まで馬車で乗り付け、そこで書類にサインして終了である。

 今夜はこのオーシンで一泊し、明日の朝また荷物を積み替えて、今度はエーテルグレッサ王都に戻るのだ。


「そこの倉庫、空いているか?」


「え? あ、はい。空いてますけど」


「少し借りたいんだが、いいか?」


「は、はあ……?」


「すぐに済むから――来い」


 と、ヴァンスは強引にフレイオージュを空き倉庫に誘う。


 ――用件は、話さずともわかっている。


 ヴァンスからは、口より武で語る父と、同じ臭いを感じていたから。

 どちらかと言うとフレイオージュもそっちのタイプなので、なんとなくお互い考えていることがわかっていた、気がする。


「魔法はなしだ。加減はいらんが、即死するような場所は狙うな」


「……」


 フレイオージュが頷くと、二人はすらりと剣を抜いた。


 言葉より雄弁に語る太刀筋。

 どんな性根で研鑽を重ねてきたか見える技術。

 そして、あらゆる努力を積み上げてきたからこそ成せる――高度な剣術の世界の構築。


 そこには自分と相手しかいない。

 言葉はいらない。

 一太刀一太刀が自己を語り、相手を語る。


 愚直。真面目。不器用。訓練好き。経験の差が出る虚実と思い切りの良い踏込。他流試合のようなものも好きなようだ。


 ヴァンスがどんな人なのか、フレイオージュにはよくわかった。

 きっとヴァンスにも、フレイオージュのことがよくわかったに違いない。


 ――そんな二人を、草葉の陰から妖精のおっさんが見ていた。





 そろそろ本気になりそうだった二人は、それはさすがにまずいと力比べを切り上げ、十七番隊がよく利用するという宿に向かった。


 マイアに誘われて大衆浴場で汗を流し、身綺麗にしたところで約束通り夕飯をガウロに奢ってもらい、少しだけ酒を飲んで就寝。


 こうして課題二日目の夜が過ぎていった。





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