09.課題と商隊
「――あ、いいよいいよ。元からこれ見よがしに出してるアレだし、妖精の寝床になるなら光栄よ」
己が契約する妖精が胸の谷間に入り込むという直視したくない光景を謝るフレイオージュに、胸の谷間……いやマイヤ・ターコイズはさらりと笑って流した。
「……」
――でもその妖精がおっさんだったらどうですか? 同じことが言えますか?――
そんな質問をする以前に、そんなの自分の方が言えやしない。契約している妖精がおっさんだなんて言えるわけがないし、胸の谷間に深々と突き刺さった状態で顔だけ出して真顔でこっちを見ているだなんて言えようはずもない。
妖精も人も見かけじゃない。
でも、ちょっとだけ見かけも大事なのである。
真実がいつだって正しいわけではない。
夢を壊してまで追求するべき真実など、今そこで本当に必要なのかどうかという話である。
そもそも見る者によっては姿形が違うという妖精に、おっさんかそうじゃないかの概念さえあるのかどうか怪しいものだ。
そんな言い訳がましいことを考えながら、早足で歩くマイヤと、その先を行く十七番隊の男三人を追い駆ける。
「そうそう。フレイは対人戦ってやったことある? あ、フレイって呼んでいい?」
「……」
両方とも肯定の意味で、フレイオージュは頷く。
「じゃあ、殺しは?」
「……」
それもある、と頷く。
――本気で魔法騎士になりたいなら、生き物を殺すことに躊躇するわけにはいかない。
そう言って、士官学校に通うようになってから、父に連れられて遠出するようになった。
その先で、動物や魔物、襲って来た山賊などを殺してきた。
騎士が手を汚すのは、守るべき国と民のためであり、彼らの手が綺麗でいられるためである。
そう教えられて、その教えを胸にやっていたが……
最初こそ抵抗感が強く、ひどく罪悪感を感じたものの、今ではそれなりに慣れた。
特に、山賊に襲われた時に、明確にフレイオージュに向けられた殺気で、目が覚めた気がする。
この殺気が、刃が、無力な民に向けられることがあるのか、と。
戦える自分ではなく、戦う力を持たない民に、女子供にも容赦なく向けられるのかと。
そう思った瞬間から、魔物であれ人であれ、二度と剣が迷うことはなくなった。
「さすがね。さっき隊長も言っていたけど、君が優秀だって噂は魔法騎士団でも有名なのよ。ガウロへの対応もそうだし、能力が優れているだけじゃないのね。機転も利くし胆力もあるし」
「……」
そう言われてもよくわからないので、フレイオージュはなんとも答えられなかった。
ずっと課題のことが気になったまま、ここエーテルグレッサの王都から出る市門までやってきてしまった。
先行していたディレクト、ヴァンス、ガウロに、フレイオージュとマイアが少し遅れて合流する。
「今回の課題は、荷物を運ぶ旅だ。二日掛けてウーシンの街まで行き、一泊してまた二日掛けて戻ってくる。
設定としては、私たちは隣街に荷を届けに行くだけの小規模の商人だ」
さすがは特殊任務が主の十七番隊の課題である。およそ魔法騎士のやる任務とは思えない内容である。
もちろん、課題と言われればフレイオージュに否はない。
それをやる以上、やるだけの理由があるはずだから。
だが――
「……」
自分の格好を見下ろし、少しだけ眉を寄せる。
朝鏡で見た時は勇ましく見えたが……商人としては場違いが過ぎる物々しい格好だ。十七番隊の四人はちゃんと町人風で、やや逞しすぎるが、商人と言われればまだ納得もできる。顔だけ取れば妖精のおっさんの方がまだ商人らしい。顔だけ取れば。
だが、自分はさすがに商人には見えないだろう。軽装だががっちがちの武装状態である。
そんなフレイオージュの思考を読んだのか、ディレクトが笑った。
「お嬢さんは護衛役だよ。商人だけで遠出ってのも傍目には不自然だからな。若い女一人だけでちょっと頼りない感じだが、それはそれで役に立つ」
つまり――
「気づいたか? 私たちのやることは、山賊のあぶり出しだ」
市門の前でしばらく待っていると、やがて二台の馬車がやってきた。
「――じゃあ、よろしくお願いしますね」
「――はい」
御者席に乗っていた本物の商人風の男性と簡単な打ち合わせをすると、彼は一人去っていった。
そして今その序者席には、ディレクトが座っている。
「ヴァンス、マイア、後ろの馬車は任せる。ガウロとお嬢さんはこっちに乗れ」
そういう組み合わせで、隣街のウーシンに向けて馬車が揺れ出した。
「――本当に荷物を運ぶんだよ。さっきの商人は、俺たちが魔法騎士だって知らないんだ。まあ腕っぷしが強いくらいは伝わってるけどね」
しっかりと荷物が積んであるので、荷台は非常に狭かった。
窮屈なそこに二人押し込められ、フレイオージュはガウロの話を聞く。
――まさにおしっこをしているかのように、局部から虹色を垂れ流すおっさんを頭に乗せたガウロから。
「……」
やめなさい、降りなさい、そこから出すな、真顔でこっちを見るな。
そんな思いはさすがに言葉にできないまま、ただただガウロに気づかれないことを祈りながら、彼の話を聞く。
というか、無視できないくらい重要な話をしているから、聞かないわけにはいかない。
――なんでも、ここ最近エーテルグレッサ王都の近くに、山賊が居付いているという噂があるそうだ。
それも大商隊や護衛がたくさんいる馬車は襲わず、小規模の商隊や旅人を狙って襲うらしい。
まだ噂の段階である。
というのも、襲われた者の話では、魔物に襲われたからだ。しかし逃げる際に人影のようなものも見えたとか。
もしかしたら、魔物を使役しているような山賊が流れてきたのかもしれない。もしそうなら、少なくとも二色の「魔鳥ランク」以上の賊がいる可能性が高い。
その辺の不透明さもあることから、調査や囮も兼ねて、十七番隊に話が回ってきたのである。
「隊長の読みでは、小規模の商隊や単独しか襲わないなら、もしいるなら賊は少人数だろうってさ」
「……」
フレイオージュもそう思う。
もし賊がいるなら、大きな商隊を狙っても奪いきれない少人数だ。それも使役している魔物も一匹か二匹で、護衛が多くなると勝ち目が薄くなるので避けているのだろう。
確実に勝てる相手だけを選んでいる可能性は高い。
――そう考えると、今回の五人編成は、まさしく囮という感じである。
護衛も若い女一人だけだし、賊にとっては狙い目に見えるだろう。
ちょっと御者の体格が良すぎるかもしれないが。
「ま、来るなら明日以降だろう。ここらじゃ王都に近すぎるし。気負わず行こうぜ、新人」
「……」
フレイオージュは頷き、目を閉じた。
――おっさんがくるくる回りながらガウロを包み込むように虹色のシャワーを降らせ始めたから。もうほんと直視できない。おっさんの自由さが怖い。