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4.人生の転機

 レンシア・オルティナは六年前――オルティナ家の長女として生まれた。赤ん坊の頃からあまり泣かず、周囲も驚いていた。

 授乳の際はなぜか戸惑う姿を見せていた、というのがオルティナ家ではたまに話題になる。

 それはそうだ――中身はアルトという魔導師だったのだから。

 アルトが目覚めた時、それはもう驚いた。

 魔神との戦いで死亡したアルトが見た光景が、まったく知らない女性がアルトの事を愛おしそうな表情で見ているのだから。

 そして次に姿を見せたのは、筋肉質の男だった。


(魔神か!?)


 そう思ってしまったのは、未だに反省をしている。

 生まれたばかりだったアルトはまだしっかり視界がはっきりとしてなかったのだ。

 髭を生やした男の名はゴードン・オルティナ。レンシアとなったアルトの父親だった。

 こうしてアルトは、魔神が討伐されて世界に平穏が訪れたという事を理解する。

 無事、仲間達がやってくれたのだ。

 その事については、それほど驚きはしない。そもそも集められたメンバーはその時点で世界最高峰の面々だ。

 魔神は近づく事も困難で、非常に高いレベルの再生能力を有していた。

 アルトの力を持ってそれらを無効化させられれば、彼らならきっと勝つ――そう思っていたからだ。

 何より驚いたのは、生まれ変わってからの話。

 まず、レンシアという女の子に生まれ変わったという事。生まれ変わりというのは、《転生魔法》と呼ばれる神代魔法が存在している。

 だが、それを実現させた者はこの世におらず、アルトが死ぬ間際にも発動させたわけではない。

 おそらくは、魔神と戦う際に何重にも張った防御魔法――さらに《導きの聖女》から受けた魂の保護と自身の防御が合わさって記憶が残ったと考えられた。

 魔神は魂すらも吸収し、自身の力に変えてしまう――その対策だったのだが、幸か不幸かそれが原因となり転生する事になったのだ。

 女の子になってしまったものは仕方ない。それはもう不可抗力だ、とレンシアは早々に受け入れる事にした。

 いや、受け入れざるを得なかった。

 さらに、オルティナ家というのが王国において《三大貴族》と呼ばれる名門だった事だ。

 オルティナは魔神討伐時に国内で活躍した貴族の筆頭だった。

 ゴードンは王とも親しい関係にあり、騎士団長も務めている。

 そんなオルティナ家で愛情深く育てられたアルト――レンシアは、それはもう自堕落な生活を送り始めていた。


「大貴族の娘とか、一生働かなくていいのでは……!?」


 魔神の討伐に貢献した自分に対するご褒美。

 レンシアはそう解釈した。

 だから、今までできなかった分、精一杯ごろごろとだらけた日々を過ごし始めた。

 何もせずにだらんとした日々を過ごすのは、レンシアにとってこの上ないほど幸せだった。


「ふわぁ……」

「レンシア様は本当に寝るのがお好きなのですね」

「ふふっ、寝る子は育つと言いますから」


 侍女達が眠そうにするレンシアの事を見ながら微笑ましそうにそう話している。

 外に出ないで家でころころ、やったとしても本を読むくらいでよく寝る子だった。

 初めての子育てだからか、そんなレンシアの自由気ままな生活についても両親は特に口を挟まなかった。

 ――しかし、そう事が上手くいくわけでもなく。

 六歳になった入学試験を受ける前日に、ゴードンがある一言を発する事で状況は一変する。


「可愛いレンシア、お前ももう学園に入学する時期となったが……ここで話しておかなければならない話がある」

「……? はい、何でしょうか」


 いつになく真剣な表情のゴードンに対し、レンシアはいつも通り笑顔で父に問い返す。

 その場にいた母の態度から、またゴードンが娘のために何かしたいと言い始めるのかと思っていた。

 母――ミリアはレンシアの妹であるリシアを抱いている。

 レンシアによく似たとても可愛らしい子だった。

 レンシアも、リシアの事はとても可愛がっている。

 妹ができるという事はこういう事なのか、と感心していた。

 学園の話は、正直表に出さないだけでレンシアは面倒臭がっていた。

 授業中ずっと寝ていてもいいかな、とそんな事を考えているくらいだった。

 夕食時――ゴードンは一度、手に持ったグラスのワインを飲み干すと、


「婚約話についてなのだが」


 そう、切り出したのだ。


「ああ、婚約ですか――婚約!? ど、どういう事ですか!?」


 幼くとも冷静なレンシアがいつになく取り乱し、ゴードンもミリアも驚いた表情でレンシアを見る。

 ゴードンはごほんっ、と一度咳払いをして再び話し始める。


「そうだ。まだ幼く可愛いお前にこのような話を……するのは私も正直つらい。本当につらい。だが、我が家はレンシアもリシアもどちらも女の子だった。将来オルティナの当主になるのはお前という事にはなるが……それは暫定的なものだ。夫を迎え、その夫を当主としてオルティナ家を支える存在になってほしいと思っている」

(夫……夫だって? そうか、失念してた――俺女の子だった……っ!)


 レンシアは特に気にもしていなかったが、大貴族の娘であればそういう話があってもおかしくはない。

 むしろ、生まれた時点で誰かしらの相手がいたっておかしくはなかった。

 だらだらと過ごす事ばかり考えていたレンシアは――そんな事微塵も考えていなかったのだ。

 お金にも余裕はあるし、妹のリシアもいる。

 家の事はリシアに任せてレンシアは六歳にして余生を満喫する気しかなかったのだ。


「そ、そういう話はまだ早いのでは……」

「いや、今だからこそ、お前にふさわしい相手を見つけようと決意した。な?」

「そうですね。レンシアならきっと、いい妻になれるわ」

(いやいや、そういうのやりたくないし……っ!)

「お父様とお母様がもっとがんばりましょうっ」

「何を言っているのだ?」

「弟がいれば――」

「どこで覚えてきた!」

「まあ……レンシアったら……」

「とにかく! そういう話はいい!」


 レンシアの言葉ははぐらかされてしまう。男が生まれれば、その子が当主となる事になる。

 そうすればレンシアが夫を迎える必要もない。

 だが、結婚をするしない以前に、レンシアの中身は男なのだ。

 お嬢様らしい振る舞いというものは家の中にいて習得したが、それはあくまでだらけるために必要だったため。やる事をやっていれば、あとはゆっくりしていても何も言われないと思っていた。

 それくらいの労力はレンシアだって惜しまない。

 けれど、結婚をさせられるというのなら話は別だった。

 すっかり乗り気の両親に対し、生まれてからもっとも焦りを感じているレンシア。

 そもそも結婚する気もないのだが、レンシアはこの状況を打破するための方法を探る。


「お、お父様。婚約というのは……私が相手を決めるべき事だと思うのです」

「レンシア、お前の気持ちは重々理解している。その上で、お前も気に入るふさわしい相手を私が見つけてこよう」

(全然理解してない!)


 つぅ、とレンシアの頬を汗が伝う。

 レンシアはふと、ゴードンの言っていた事を思い出した。


「……お父様は、私が当主ではオルティナ家を支えられないと思っているのですか?」

「そ、そういうわけではないっ! お前はとても優秀な子だ!」


 そうは言うゴードンだが、レンシアが普段から家の中でごろごろしている姿を見ているのが心配だったのだろう。

 どう見ても、目は泳いでいた。

 この話が出たのは、そもそもレンシアがいくら優秀に見えると言っても本当に見せかけだけ――両親はだらだら過ごすレンシアでは将来オルティナ家の支える事ができないのではないか、と考えていたのだ。

 それならば、とレンシアはある提案を切り出す。


「オルティナ家を支えられる――それだけの力を私が示せれば、私の事は私に決めさせてもらってもいいですか?」

「力を示す……? それはどういう事だ」


 スッとレンシアは立ち上がり、拳を握りしめて宣言をした。


「私は入学試験をトップの成績で通過してみせます。私が魔導師として学園でもトップだと認められたら、全て私に任せてもらいたいのです」

「なに、魔導師だと?」

「レンシア、あなたは魔法のお勉強もほとんどした事ないでしょう?」

「だから、です。私が努力して、必ず学園トップの魔導師になって見せますから」


 明日の試験でトップを取るなど、両親は到底できないと思っているのだろう。

 レンシアも、さらさら取る気などなかった。

 けれど、今は違う。目の前に迫る危機を回避するために、英雄は本気を出そうとしていた。

 レンシアの訴えに、ゴードンは「うぅむ」と唸るように悩んでいたが、やがて小さくため息をついて言った。


「お前がそこまでの決意を持って言うところは初めて見た……成長したな、レンシア」

「お父様……」


 本当は勉強せずともレンシアにはトップの成績で通過できるだけの知識があるという事を、誰も知らない。

 ここで重要な事は魔導師として学園でもトップであるという事と、努力をして取るという事だ。

 それが出来るのであれば全てレンシアに決めさせてほしいというのはつまり、元々魔導師としては頂点に君臨していた男が、今更一つの学園の頂点を目指すというとんでもなくぬるい話を提案している。


「分かった。お前の事を信じよう」

「お父様……っ!」


 レンシアの表情が明るくなる。

 これで婚約回避――完璧な作戦だとレンシアは内心でほくそ笑んでいた。

「だが……」とゴードンが一つだけ付け加えるまでは。


「どうせ目指すのなら、学園とは言わずに王国で一番の魔導師を目指しなさい」

「……え?」

「そうですね。オルティナ家の名に恥じないというのなら、それくらいの目標はほしいところです」

(え、え? どういう流れなの?)

「そういう事だ、レンシア。私達はお前の事をこの国一番の魔導師になれるように応援する。だから頑張るんだぞ!」

(えーっ!?)


 婚約話を回避する事には成功した。

 だが、レンシアが自由に生きるために課せられた条件は、国一番の魔導師になるという事。

 けれど、レンシアはやらざるを得なかった。

 何もしなければ、結婚をして家庭を支えなければならない。

 レンシアが平穏な日々を過ごすには、魔導師として大成する――前世のアルトがやった事と同じ事を再びしなければならなくなってしまったのだった。

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