3.小屋つくりの少女
レンシアの入るクラスは四回生のところになる。
レンシアの実力はすでにそのレベルも越えていると言ってもいいが、あまり年齢差が大きすぎるといけないという学園側の配慮だった。
(どのみち離れてはいるけどな……)
精神年齢だけで言えば周囲を遥かに上回っている。
レンシアはそう思いながら、教室で椅子に座っていた。一番背が低いためか、席は一番前の真ん中という非常に悪い位置にあった。
(これ寝たら怒られるやつだよな……?)
周囲はレンシアより背の高い上場ばかりだが、皆々レンシアの方を興味深そうに見ている。
まだ話しかけようという雰囲気ではないようだった。
周りはみな、一度は話をしたことがある知り合い同士なのだ。
レンシアはそのような事を気にはしないが、普通の子だったら精神的に少しつらいかもしれない。
父のゴードンが娘に《変な虫》がつかないようにと心配してか、わざわざ男女でクラスが分けられるフェンドールを選んだのだ。
(そう思うなら婚約の話とか出さないでほしかったけど……)
レンシアが入学時にがんばったのも、その事が原因にある。ただ学年が上がると最終的には男女混合のクラスになるのだが。
入学したばかりの評価は筆記と魔法に特化するが、年齢が上がれば武術なども取り入れられる。
その事も踏まえて、レンシアは四回生なのだろう。
正直、体力がないに等しいレンシアには運動系は相当厳しいものがある。
入学時はそれが評価されないから、露呈する事もなかった。
「はぁい、それじゃホームルームを始めますよ」
扉を開けて入ってきたのは、ふわりとした口調の女性だった。
その性格を表すように、髪型もふわりとした金髪だった。
ややウェーブがかかっているのか。
教師らしく控えめな色合いをした服装ではあるが、胸の部分が少し控えめではない。
これだと、男子のクラスを任せるには少し問題がありそうだった。
(そういう意味だとラッキーかも)
レンシアも人並み程度にはそういう事に関心はある。
ただ、表立ってはしゃぐほどではない。
むしろ養ってくれるとかなら大歓迎だ、と考えてしまうようなダメな人間だった。
「はぁい、はじめましての人ははじめまして。私はフィロ・テラール、今年のあなた達の担任になります。でも、授業で一度は顔を合わせてるかな? あっ、レンシアちゃんははじめまして」
「はじめまして」
ぺこりとレンシアが頭を下げると、にこりとフィロは笑顔で返し、
「はぁい、よくできました」
わざわざレンシアの頭をよしよしと撫で始めた。
レンシアは特に表情を変えることなくにこやかなままだったが、
(こういう感じの人か……)
フィロはレンシアが少し苦手なタイプだった。
レンシアの事をしっかりとした女子生徒としてではなく、小さな可愛い女の子という感じで見ている。
こういう事をされると、周囲からどう思われるか分からない。
フィロはきっと純粋にレンシアを褒めているのだろうが、他の生徒達からの印象は変わってくるだろう。
(面倒事は嫌だなぁ……)
そう思いながら、ちらりと周囲を確認する。クラスメートはなぜか、羨ましそうにレンシアを見ていた。
そこで、レンシアもある事に気付く。
(そうか、みんな子供だもんな。まだ頭撫でられたりするのが羨ましいのか)
レンシアよりも他の子の事を構ってあげてほしい。
むしろあまり構わないでほしいと思うレンシアだった。
「はぁい、この流れで紹介してしまいますが、レンシアちゃんはまだ入学したばかりです。飛び級入学なのでみなさんと同じクラスになりますが、分からないこともかたくさんあると思うので教えてあげてくださいね」
「「「はーいっ」」」
フィロの言葉に、クラスメートは元気よく答える。
今日は授業があるわけではなく、明日からの事について簡単な説明などがある程度だった。
数十分程度、フィロが話したところで、
「あ、もうこんな時間ですね。今日は午前中で終わりですから、皆さん早めに帰って明日に備えてくださいね」
こうしてホームルームが終わる。
レンシアはというと、うとうととしながらも何とか起きていた。
(た、耐えきった、耐えきったよ、俺は……。まるで子守唄みたいな声で話す人だな……)
フィロでなくとも、どのみちレンシアが眠くなる事には変わりない。
それも、レンシアは気付いていないが何度か意識を失ってコクリと頭が大きく揺れていた。
周囲にはバレバレだが、レンシアだけが気付いていない。
レンシアは身体に合った小さなカバンを手に持って立ち上がろうとする。
「オルティナ様っ」
そうして話しかけてきたのは、一人のクラスメートだった。
いや、実際に話しかけてきたのは一人だが、その後ろからも次々とクラスメートの少女達が集まってくる。
「同じクラスになれて光栄ですっ」
わざわざそれを伝えに来てくれたらしい。
想像とは違い、レンシアはクラスに歓迎されていた。
大貴族の娘で飛び級の天才――そんな少女がやってくれば誰しも近寄りがたいと思うのだろうが、彼女達はレンシアのどこかに話しかけても問題ないと思うところがあったのだろうか。
レンシアは疑問に思ったが、歓迎ムードならばよかった。
「ありがとうございます。私もそう言われると、素直に嬉しいです」
にこりと笑顔で返すと、パァと話しかけてくれた少女の表情は明るくなった。
「それから……」とレンシアは付け加える。
「様などと付けないでください。私の事はレンシアでいいですよ。みなさんと同じクラスメートなのですし、私はみなさんより年下ですから」
「え、いいんですか……?」
少し困惑した表情で少女は言ったが、レンシアは頷いて答える。
「もちろんです」
「えっと、それじゃあレンシア、ちゃん」
「……はいっ」
一瞬だけ、間が合った。フィロの事を基準にしたのか、レンシア『ちゃん』という呼び方になっていた。
いや、そもそもこのくらいの歳ならばそれが普通なのだろう。
うんうん、とレンシアが頷くと、さらに後ろで待機していた少女が一言――
「頭撫でてもいいっ?」
「え、別にいいですけど……」
そう答えると、レンシアの頭をよしよしと撫で始めた。
それにつられてか、次々と「私も!」と立候補する者が増えてくる。
ここでレンシアはある事に気付いた。
(撫でられるのが羨ましかったんじゃなくて、撫でてるのが羨ましかったのか……)
そう――レンシアを羨ましそうに見ているのではなく、自然とレンシアの頭を撫でているフィロの事を羨ましそうに見ていたのだ。
あちこちで「かわいい」だの、「ちっちゃい」だの、だんだん容赦のない感じにクラスメートが変化していく。
一度許容すると、この歳の子達はどこまでも加速していくようだ。――とはいえ、このまま頭を撫で続けられても困る。
「あ、あの……」
「あなた達、オルティナさんが困っているでしょう」
そう声を掛けてくれたのは、少し離れたところで様子をうかがっていた一人の少女だった。
肩にかかるくらいの茶色の髪。
他のクラスメート達よりも少し大人びた雰囲気を感じさせる。
少女に注意されると、クラスメート達は少しだけしゅんとしてレンシアに謝ってきた。
「ごめんね……確かに少しはしゃぎすぎちゃった」
「あ、気にしないでください」
「レンシアちゃんがかわいいからつい……」
クラスメート達からの謝罪を受けて注意した本人は、「ふぅ」と小さくため息をつくと、一人教室を後にした。
どこかで見た事のある雰囲気の少女に、レンシアは首をかしげる。
(入学式で見たのかな……)
そんな疑問を感じつつも、何とかレンシアはクラスメートの包囲網から抜け出す事に成功する。
成功したのだが――
「はあ、ちょっと疲れた」
レンシアは今、眠気も我慢している。何とか力を振り絞って歩いているが、いますぐにでも横になりたい気分だった。
そんなレンシアの前に、待ち構えるようにそれは現れた。
「べ、ベンチ……!」
誰も座っていない――ちょうどレンシアが横になってもいいサイズのベンチだった。
周囲を見渡すと、人通りはそこまでない。
中庭で死角となるような場所に、それはあった。
レンシアは導かれるようにそこで横になると、一気に脱力する。
「はぁ……気持ちいい」
日が当たらないから、肌寒い日だと少しきついかもしれないが、今の時期は丁度いいくらいだった。
むしろ、建物の間に吹く風が心地よい。
「すぅ……」
レンシアがそんな場所で寝転がれば――眠るのは必然だった。
小さな寝息を立てながら、レンシアは気持ちよさそうにベンチの上で眠り続ける。
「……はれ?」
パチリとレンシアが目を覚ましたとき、すでに夕焼けが周囲を照らしていた。身体をうんと伸ばして、レンシアは一度身体を起こす。
目をぱちぱちとさせてから、周囲を見渡した。もうすでにほとんどの生徒が下校してしまったらしい。
ここでは多くの生徒達が寮生活を送っている。
みな、寮の方に戻ったのだろう。
レンシアも当然戻らなければならないのだが――
「……帰るの面倒くさいなぁ」
ごろん、とまたベンチに横になる。
レンシアにとって、学園から寮までの距離はそれなりにあった。
どちらも学園の敷地内である事には変わらないのだが。
「……そうだ。どうせ明日も学園に来るわけだし、今日くらいここで一夜を過ごしてもいいよね」
そんな都合のいい解釈すら、レンシアは始めてしまう。
大貴族の娘であり、魔法の天才――そんな風に思われているレンシアだったが、中身は英雄と呼ばれたニート思考の魔導師だ。
どちらかと言えば、現代における一般的な常識はない方である。
「よし、そうと決まれば小屋でも作って寝ようっ!」
レンシアが魔法を使って、中庭に小屋を作る――初日からそんな事件を起こしたレンシアは、夜になるまでに見回りに来た教師に見つかったのだった。
――この後めちゃくちゃ叱られた。




