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25.最強の魔導師にはなりたくないけれど

「なるほど……そうなってもあなたは立つと言うのですね」

「私の前に立つのなら何度でも立ちますよ」

「傷ついても、自身が死ぬことになっても?」


 エルナの問いかけに、レンシアは表情を崩すことなく答える。


「痛いのも嫌ですし、本当なら戦うのも嫌です。働かずにリリナの世話になっていたいくらいです」

「ちょ、今言うこと!?」

「はい、今言っておこうと思います。それが今、私の戦う理由ですから」

「そう……レンシアちゃんは私を倒して英雄になるのね。あなたの魔法は、確かに正しいわ」


 エルナの周囲に魔法陣が出現する。

 エルナを覆うように展開された魔法陣は、魔神と融合したエルナを仕留めるためにレンシアが使える魔法を発動させていた。

 リリナの持っていた分の魔力増強剤を全て飲み干して、それを発動する。


「英雄になるつもりなんて、ありませんよ。普段通りの日常を取り返させてもらうだけです――《黒獄の炎》」


 レンシアが魔法を発動する。

 魔法陣内が、黒い炎によって包まれた。

 エルナ本体ごと魔神を焼き尽くすために、黒い炎は燃え盛る。

 炎はエルナの身体を伝い、網目状に広がった異形の腕をも焼き尽くす。


「これで、さよならですね。エルナ先生」

 最後にそう名前を呼んだのは、エルナがまだ動けるのに動かなかったからだ。

 レンシアに対して攻撃を仕掛けることができても、炎に包まれたエルナはそうしなかった。

 仮にそうしても、エルナの敗北に変わりはない。

 それが理由だったとしても、レンシアが構わなかった。

 エルナが最後に見せたのはレンシアと初めて出会ってから交わしたほんの少しの会話のときに、見せた優しげな表情だったからだ。


「ふぅ、これで本当に終わり、ですが……いかんせん身体がボロボロですね」


 レンシアがそのまま崩れるように膝を突く。

 リリナは先ほどから再生魔法を使い続けているが、レンシアの受けた毒と拮抗する状態にあった。


「無理しすぎよ……! 再生魔法でも追いつくかどうか――いえ、絶対間に合わせるからっ」

「私はもう意識を保つのもギリギリなので、一言だけ。無理はしないように、ですよ」

「ひ、人の気もしらないで! レンシア、とにかく意識をしっかり――」


 レンシアにはもう、声も届かないくらいだった。


(コリン……?)


 最後にレンシアが見たのは、自身の身体を支える大きな身体の――銀色の髪のエルフだった。


   ***


 旧帝国との戦いからまた、一週間が経過した。事の顛末は今度こそ、学園長のファブルにも報告してある。

 レンシアとコリンの二人で、旧帝国に所属する魔導師の一人であったエルナを打倒したのだ。

 ファブルも驚いていたが、実際に彼女が使っていた部屋からは旧帝国に関する資料が見つかったという。

 これで、今度こそリリナを襲った者達を排除したことになる。


「よしよし、本当に頑張ったわね……レンシアちゃん」

「……そ、そろそろ離してもらえますか?」


 そんなレンシアを抱きかかえるのは、かつての同胞であり英雄と呼ばれる者の一人――コリンの母親であるライナだった。

 およそレンシアの知っているライナとはまるで違う雰囲気に、レンシアは完全に自身がアルトであるということを言い出すタイミングを失っていた。

 ――というか、言いたくなかった。


(ま、まさかライナが子供の前だとこんな風になるとは)


 まさに予想外の出来事であった。

 ライナは子供好きなのだ。

 レンシア以外の二人――リリナとコリンはそれを知っている。

 むしろ、この状態が平常運転だと思っているようだった。


「ライナさん、本当にレンシアのこと気に入ったのね」

「んー、まあね。旧帝国の魔導師三人相手にそこまで立ち回れるなんてすごい子よ。まあ、コリンの助けもあったんだろうけど」


 そう言いながら、レンシアを抱く手とは別の手でコリンの頭を撫でてやるライナ。


「うん、でも、わたしもまだおかあさんには及ばない」

「いいのいいの、まだまだ子供なんだから」


 ライナの年齢を考えれば、コリンでもまだまだ子供なのだろう。

 むしろ、エルフ的な年齢で言えば十分に幼い子供ということになる。

 コリンの見た目を見れば何となく想像できることだが。

 ライナ自身もまた、旧帝国の者達の残党と戦っていたという。

 全てを倒したかどうかは定かではないが――少なくとも、目の前にある脅威は全ていなくなったと考えられた。


「あの魔神を復活させるようなことはさせないわ。レンシアちゃんが倒した魔神の一部が全てなら、これで解決なんだけどね」

「まあ……その点については分かりませんが、少なくとも旧帝国は連携をきちんと取っている組織ではないようです。どちらかと言えば個人で行動しているような……」

「そのあたりもしっかりと把握してるのね! 素晴らしい幼女――幼子だわ!」

(いま幼女呼ばわりしたな……)


 もしかするとライナはロリコンなのかもしれない――そんな疑念を抱きつつも、レンシアはライナの腕に納まるほかなかった。

 主に抱きつく力が強すぎるからだ。

 あの時――駆けつけてくれたのはライナだった。

 ライナが持ってきたのはレンシアが普段使っている魔力増強剤と同じタイプのもの。

 万一に備え、ライナも普段から持ち歩いているらしい。

 これは、アルトであった頃のレンシアの教えでもあった。


(何年経ってもそのあたりは覚えてるもんなんだな)


 ある意味――前世の自分に救われたことにもなる。

 ようやく手に入れた平和を、レンシアはこの上なく堪能するつもりだった。

 ライナにコリン、この二人がいればもう安心だろう。

 実際、ライナは単独で旧帝国の魔導師達と戦うだけの実力を持っている。

 アルトが死んでからも修行を積んで、《銀の剣聖》として最強と呼べる存在に近づいたのだろう。

 それでも正体について明かすのは、気分的に危険な香りがするのでやめておく。


「それで、ライナさんは何をしに来たのですか?」

「んー、レンシアちゃんの勧誘」

「勧誘? それはもしかしていかがわしい……?」

「そんなことしないわよ! まあでも、いかがわしいというよりはきな臭いところからの勧誘」

「きな臭いところ?」

「そ、あなたみたいな幼女――幼子を入れるのはどうかと思うけれど、特別に《護法騎士団》に入れることにしようかと思って」

「護法騎士団……?」


 まったく聞いたこともない組織の名前だった。

 王国にある騎士団とはまた違うところなのだろうか。


「早い話、旧帝国と戦うために作り上げた組織ってところかしら。レンシアちゃんならその素質があるわ!」

「へ……? 旧帝国と戦うならもう十分にやったのでは」

「もう、リリナを守るために頑張ってくれたじゃない! だから、これからも一緒に戦ってほしいなって」

(こ、こいつ……幼女幼女と言いながら俺をこき使うつもりか……!?)


 レンシアが危機を察知する。

 その護法騎士団というのにレンシアを引き入れて、これから何かあった時にレンシアに協力要請をするつもりなのだろう。


「ライナさん、いくらなんでもレンシアをこれ以上巻きこむのは……」

「何言ってるのよ、こんな強い子をそのままにしておくなんてどのみちしないわよ。聞けばこの子、授業中も天才的な魔法の使い方らしいじゃない」

「そ、それは……」


 すでに言い訳ができない領域にあった。

 レンシアは卒業生というあだ名がつくレベルの魔法の実力を持っている――それはすでに校内に広がっている事実だ。

 レンシアは必死に言い訳を考える。

 嫌だ、働きたくない! というのは簡単だ。

 しかし、リリナを守るという大義名分に対してそれを答えるのには迷いがあった。


(……リリナは確かに俺の世話をしてくれる重要な人物……! しかし、それを守るために護法騎士団なんて訳分からん組織に入るのは……)


 そう考えていると、リリナがレンシアの手を取る。


「リリナ……?」

「いいのよ、レンシア。私はもう大丈夫だから。レンシアには傷ついてほしくないし……」

(……そう言われたら、逆に断れないよなぁ)


 リリナの様子を見て、小さくため息をつくレンシア。

 レンシアはライナの方をちらりと見て答える。


「いいですよ、変な組織に特別ですけど、入ってあげます」


 かなり上から目線の発言――それでも、ライナの表情を明るかった。


「んー、物分かりのいい子は大好きよ!」

「そ、そのかわり……! もらうものはしっかりもらいますよ!」

「お菓子代?」

「違います!」

「じゃあなにかしら?」

「お昼寝タイム」


 ぽつりと答えたのはコリンだった。

 さすがコリン、よく分かっているとレンシアも頷く。


「そう、基本的に私は働かないので、そのつもりで」

「レンシアちゃんはニート思考の英雄ってことね」

(ぐっ、否定できんが嫌な言い方だな……)


 まるで以前の自分を見透かされたような言い方に、レンシアは顔をしかめる。

 それを見て、リリナがくすりと笑った。


「ふふっ、何だかレンシアらしい呼び名ね」

「ニート思考の英雄が……? 私らしい……?」


 そんな不名誉な呼び名で呼ばれるのは心外ではあったが、気付けばそこにいる全員が笑っていた。

 レンシアだけは、少し乾いた笑いが出る。

 レンシアは最強の魔導師を目指すつもりはないが、目指さなければまた父からの婚約話に戻される可能性がある。

 護法騎士団に所属することになるレンシアは、何かあればまた戦うことになるかもしれない。

 そうすれば――自ずと最強の魔導師として知られてしまうことになってしまうという危機に、レンシア自身も何となく気付いてはいた。


(リリナにとっての英雄くらいならいいけど……最強の魔導師とか別に目指したくないんだけど……!)


 アルトから生まれ変わったレンシアは、ニート思考の幼女のまま最強の魔導師への道を歩み始めていた。

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