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24.英雄になる者

 レンシアから動いた。

 激痛を伴う身体のままでも、レンシアの動きに迷いはない。

 地面を蹴ると同時に、エルナへと距離を詰める。

 エルナの両手は黒く染まり、異形へと変化していた。


(一部なら制御仕切れるのか……。だが、どのみち人間が長く耐えられるものじゃない)


 エルナが魔神の一部を取り込んだ時点で、その両腕を犠牲にする覚悟が――否、エルナには始めから命を犠牲にする覚悟がある。

 だからこそ、迷わずに魔神の一部と融合することを選んだのだろう。


(命を懸ける覚悟なら、こちらも経験済みだ)


 レンシアの周囲に魔法陣が展開される。

 レンシアの知る魔神の能力を考えれば、防御魔法さえ展開していれば近づくこと自体は問題にならない。

 遠くからの魔法を防がれてはじり貧になる――だからこそ、距離を詰めて確実に仕留める。

 すでに、レンシアには大きな魔法を放つほどの魔力が残されていないからだ。


「真っ直ぐに向かってくるのですね……それに迷いのない動き」


 グググ、とエルナが手を前に出す。

 レンシアの予想では、その手が変形することで攻撃を仕掛けてくる――そのはずだった。


「――!?」


 レンシアは足を止める。

 確かにレンシアの予想通り、その腕は変形した。

 だが、その形状はレンシアの予想とは異なり、まるで砲台のように筒状へと変化していく。

 そして、その先端に現れたのはわ黒い魔力の塊。


(あれは……魔神の攻撃形態……!)


 レンシアはすぐに理解する。

 かつて戦った魔神――その存在はほとんど普通の場合、戦う意思すら見せることはない。

 なぜなら戦うまでもなく、大地を進むだけで等しく相手を殺すことができるのだから。

 だが、エルナは違う。

 魔神の性質を理解した上で、その力を操っているのだ。


「さあ、これで死になさい」

「誰が好き好んで当たりに――」


 レンシアは跳んで回避しようとする。

 だが、再び足を止めた。

 エルナの狙いが、レンシアに対して向かっていないからだ。


「な……!」


 エルナが狙っているのはその先――リリナとコリンのいる場所だ。

 コリンを狙うならまだしも、リリナを狙って放つはずがない。

 だが、エルナはそのまま照準を変えない。


「あはははははッ、これで終わりですッ!」

(ちっ……制御できているわけじゃないのか……!)


 レンシアはそこで気付く。

 エルナはすでに、まともではなかった。

 レンシアの後方にはリリナとコリンがいる。

 今の状況を知らせているような時間はない。


「《速開の盾》!」


 レンシアの言葉に合わせて、一枚の魔力の盾が作り出される。

 さらに、それが幾重にも重なりあっていく。

 一度の詠唱に対して、レンシアは何重にも同じ魔法を発動した。


(展開の速さで間に合わせる……!)


 エルナの手元から、魔法が放たれた。

 黒い光線のようなそれは、レンシアの作り出す盾に衝突すると、クッキーを砕くかのように簡単に破壊していく。

 だが、破壊された側から次々とレンシアが盾を作り出していく。

 バリン、バリンと大きな音を立てながら何重にも連ねられた盾は、それでも徐々に枚数を減らしていく。


「あはは――は?」


 ここでエルナがようやく何かに気付いたように攻撃をやめる。

 盾の枚数は残り三枚――レンシアの魔力も相当消費していた。


「くっ……かふ」


 レンシアが膝をつくと同時に、血を吐き出す。

 呼吸は荒く、肌の色の変化も全身に回りつつあった。


「私としたことが……目的を失うところでしたね」


 満身創痍のレンシアを見下ろすように、エルナがレンシアの前に立つ。


「レンシアちゃん……どうしてそんなになっても戦おうとするのです?」


 エルナはそんな疑問を口にした。

 レンシアは立ち上がっていた。身体はすでに感覚自体薄れつつあるというのに、それでも戦う意思がある。

 肺に酸素を送るために風の魔法を。血を正常に巡らせるために水の魔法を。

 これほどまでに繊細な魔力のコントロールを可能とするのは、レンシアだからこそだった。


「エルナは、《英雄》という言葉を知っていますか?」

「英雄? もちろん、この地にもそう呼ばれた人はいますからね。ただ、やはり英雄と呼ばれる人達の中でも真に英雄と呼べるのは、やはりあの五人だけではないでしょうか」


 エルナの答え――その中には、アルトだった頃のレンシアが含まれる。

 レンシアは真っ直ぐに立ち上がると、エルナに向かって言い放つ。


「英雄はどんな困難でも解決できる人間なんです。だからこそ、皆が英雄と呼び、信じるんです」

「……それが何か?」

「それが、私が立つ理由ですよ……リリナと約束したので」


 負けないということ――かつて英雄であった男は、レンシアという少女になっても英雄であることに変わりはない。

 普段はやる気もなく、働きたくもないと思っているが、その根底にあるものもまた同じ。

 世界を救うことに命を賭けることができた男なのだ。


「でも、レンシアちゃんは英雄にはなれないわ」

「それはどうでしょうね……」


 レンシアが左手で指を鳴らす。

 その瞬間、カッと周囲を照らし出すように大きな光が発生した。


「なっ――ぐっ!?」


 次の瞬間、レンシアはエルナの顔を蹴り飛ばす。

 風の魔法を纏った状態で、さらに自身の身体を魔力だけで動かしていた。

 残された魔力の全てを、今この魔法に使い尽くす。


「無駄な、ことを!」


 エルナは変形した腕で振り払う。

 だが、レンシアはそれを避けて、さらに打撃による追撃を行う。

 幼いレンシアが魔力を乗せて殴ったとしても、その威力は高いものではない。

 それでも、エルナを怯ませる程度の威力はあった。


「こ、の……!」


 本調子ならばこのまま続けられたかもしれない。

 だが、レンシアの限界はすぐにやってきた。


「……っ」


 着地でバランスを崩したレンシアは、そのままエルナに殴り飛ばされて地面を転がっていく。

 レンシアから受けた攻撃で出血はあれども、エルナの方は問題なかった。


「終わりですね、今度こそ」

「……」


 その時、レンシアの前に石の壁が作り出される。それは数メートルにも及ぶ大きさ。

 あらかじめレンシアが時間差で発動するように仕込んでいた魔法だった。

 だが、すでにレンシアは動けるような状態ではない。

 エルナは迷うことなく、その石壁を破壊する。そこに現れたのは――白い剣士だった。


「うん、終わらせる」

「!?」


 砕けた壁の向こう側から、一本の剣が真っ直ぐに向かってくる。

 エルナはそれを左手で防いだ。

 ドスッと深く突き刺さったそれを掴み、そのままコリンが腕を切り落とす。


「な、に……!?」

「英雄は、一人でなるものじゃないんですよ?」


 地面に転がったままのレンシアがにやりと笑う。

 始めから――満身創痍のレンシアが勝てるとは思っていなかった。

 それはエルナだけでなく、レンシア自身も、だ。

 コリンは真っ向勝負で負けたわけではない。

 風の魔法を纏ったレンシアにもすぐに反応ができない程度に、エルナは近接戦闘には向いていない。

 完全に回復したコリンの動きには追い付くことはできないのだ。


「レンシア!」


 倒れたレンシアのもとへリリナがやってくる。


「大丈夫、ですか?」

「私の心配なんてしてる場合……!? すぐに治すから……!」


 リリナの再生魔法――それがあれば、ヒュドラの毒に侵されていても治療することができる。

 だが、レンシアはエルナからの一撃によって身体の一部も骨折し、それが内臓にダメージを与えていた。

 再生魔法でも、間に合うかどうか微妙なところだ。


「リリナ、まずは魔力の回復を」

「もう飲んでる! レンシアがくれたあれでしょ!?」


 あれと言うのは、レンシアが作り出した魔力増強剤。

 自身だけでなく、コリンやリリナに渡しておいたのだ。


「リリナが飲むのは当然ですが、私にもください」

「な、何を言っているの……? そんな場合じゃ――」

「いえ、必要だから言っているんです。まだ、勝負はついていません」


 エルナとコリン――圧しているように見える戦況だったが、一押しができていなかった。

 だからこそ、決着はレンシアがつける。


「ダメよ、そんな身体で」

「……たまにはわがまま聞いてくれてもいいじゃないですか?」

「いっつもわがままばかりでしょう! 普段だらけてるのにこういう時ばかり無茶して……」

「こういう時に無茶するので普段だらけてるんですよ」


 そんな風に冗談めかして答えるが、リリナは泣きそうな顔をしていた。

 レンシアが戦わなければならないということを、リリナも理解しているからだろう。

 それでも、傷付いたレンシアをそのままにしておけない――リリナは優しい子だった。


「それなら、私はすぐ側で再生魔法を使うから」

「……それが条件、ですか?」

「そう。本当はダメだって言いたいけど……」

「いえ、むしろ側にいてくれると助かります」


 レンシアが笑顔で答えると、リリナもようやく笑顔で答える。

 最後の戦いに向けて、二人は動き出した。


   ***


 コリンは剣を振るう。

 エルナがそれを片腕で防ぐ。

 先ほどとは打って変わりエルナの腕は硬く変質し、コリンの剣でも簡単には斬り落とせない。


「こ、の……!」


 エルナが腕を大きく振るった。

 コリンはそれを回避する。

 先ほどは完全に敵意の見えない状態で襲われたコリンだったが、まともな状態であればコリンがエルナに劣ることはない。

 戦闘面では魔神と融合していたとしてもコリンの方が強い――はずだった。

 だが、片腕を吹き飛ばされ、すでに満身創痍であるはずのエルナに対してコリンの決め手は欠けていた。


(おかあさんなら、ここで決められたかも)


 コリンは歯を食いしばる。

 剣の技術だけならば、《銀の剣聖》と呼ばれたライナと並ぶ――レンシアはそう見ていたが、実際には小柄なコリンの扱う剣技はライナには及ばない。

 耐久面と攻撃面では、いずれもライナに劣ってしまっていた。

 コリンもそれが分かった上で、手を緩めるようなことはしない。

 防げないのならば避ければいい。

 攻撃力が足りないのならば、もっと手数を増やせばいい。


「はやく、もっとはやく――」


 コリンの剣が加速する。

 あと一歩、打ち破れない壁を突破するために、コリンはさらに前に出る。

 一方のエルナは防戦一方だった。

 防ぐのでやっとなのは、エルナが元々魔導師であることに起因する。

《召喚魔法》の類を扱うのならば、エルナは少なくとも並みの魔導師もよりも優れている。

 ただ、エルナは魔法で戦っているのではない。

 魔神の力を借りてようやく、コリンの攻撃を防げる程度だった。

 厄介なのは、再生能力を持ち合わせていること。

 魔神は一部で、そして不完全ながらも魔力の源を手に入れたことで、その者を食いつくすまでは力を発揮することができる。

 エルナの失われた腕は、魔神が新たな異形の腕を生み出していた。


「ハアッ」

「……っ!」


 エルナの腕は大きな刃の様に変質し、コリンに襲い掛かる。

 剣で防ぐが、コリンの身体は後方へと飛ばされる。

 バランスを崩したコリンだったが、すぐに態勢を立て直す。

 距離を取れば、エルナの方が有利になるからだ。


「あ、アアアア……」


 ぶわっと広がるように、エルナの腕だったものが変形する。

 それは網目状に変質し、コリンを捕えようと動く。


「避けられないなら、斬る」


 コリンが前に出る。

 硬質化された網を斬り、エルナまで剣を届かせる――コリンにはその考えしかなかった。


「――甘いですね」

「っ!?」


 コリンの動きが止まった。

 地面に落とした変質したエルナの腕が、コリンの足を掴んでいた。

 それは地面に固定され、コリンの動きを封じる。


「これはただの目くらまし、ですよ。くふっ」


 にやりと笑うエルナ。

 もはやそれが彼女自身であるかどうかも判別できない。


「あなたさえ殺せば、聖女の力が手に入る……再生魔法があれば……っ」

「――すみませんが、それは無理な話ですね」


 エルナの身体を突然、鎖が縛り付ける。

 エルナが声の方向に視線を移す。

 そこに立つのは、リリナに身体を支えられながらも、エルナの方に手を向けるレンシアの姿だった。

 幼い身体で猛毒を受け、一度はエルナが倒したはずの――レンシアがそこに立っていたのだ。

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