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23.女の子一人くらい

「それにしても足止め要因にわざわざあなたがいるとは……《旧帝国》は人手不足ですね。二つの意味で」

「その通りだぜ、生意気な小娘よ」

「生意気な小娘ではなくレンシアです。父からもらった大事な名前があるのでそう呼んでください」

「はっ、随分余裕じゃねえか? 毒におかされるっていうのにな」


 すでに魔法による防御を展開しているフォウルは毒の効果を受けていないようだ。

 そのあたり、対策してくるのは当然だろう。

 そして、すでに毒におかされたレンシアを確実に仕留めるための存在――ヒュドラの毒。

 足元から徐々に痛みが広がっていくのが感じ取れる。


(ものの数分で全身に回り……激痛と共に死にいたる毒か。即効性ではないのが救いだな)

「脱出する方法でも考えてるのか? 無駄だぜ。そうさせないために俺がいる」

「脱出は考えていますが、別に無駄なんて事はありませんよ。こうして無駄口を叩く暇はあるので」

「自分で無駄口言うか。やっぱり生意気な小娘だぜ」


 フォウルはそう言いながら、拳を構えた。

 近接戦闘が得意な魔導師――だが、すでにレンシアの使うカウンター系の魔法についても把握されてしまっている。

 無闇やたらには突っ込んで来ないだろう。

 むしろ、レンシアが何かしようとすれば足止めをする――そうして時間を稼いで、毒で死ぬのを待つといったところだろうか。


「……作戦としては悪くないですね。私を確実に殺そうという意思が伝わってきます」

「ああ、確実に殺すつもりだぜ」

「小娘であるお前にこんな方法でしか勝てない――そうは思わない。もうお前を小娘だと思うのはやめたからな」

「……でしたら小娘呼ばわりはやめてもらってもいいですか?」

「はっ、それとこれとは話が別だ」

「そこまでして、旧帝国の目的を叶えようとするのは何故ですか?」

「理由? 理由はそうだな……俺は別に旧帝国の事なんてどうだっていい」

「……どうだっていい?」

「ああ、そうだ。俺が実際に国に仕えていたわけじゃない。あくまで俺の家柄が旧帝国に仕えていた魔導師ってだけだ。爺の代から親父が旧帝国のために尽くした。そして、息子である俺はその意思を継いだ――それだけだ」

「見かけによらず律義というか……自由に生きる選択肢はなかったんですか?」

「はっ、十分自由に生きてんだろ。これが俺の選択だからな」

「……そうですか。それでしたら、理由を問いかけるのはもうやめます」


 レンシアは小さくため息をつく。

 少しでも動こうとすると、フォウルがレンシアに反応するのが分かった。

 視線もレンシアに合わせようとしていないのが分かる。

 レンシアの動きを止める《魔眼》はあくまで、目が合わなければ意味がないからだ。


「あなたをかつての敵として……私は確実に仕留める事にしました」

「かつての敵、か。お前から見れば俺も過去の人間だろうな」

「いえ、そういう意味ではありませんよ。《魔神》を蘇らそうとする旧帝国は――かつて魔神と戦った私の敵でしかないので」

「……なんだと?」


 フォウルが驚きの表情を浮かべる。

 それでも、視線はレンシアの身体の方を見ていた。

 だからこそ――レンシアがもう一つ発動しているものについては気付く事ができなかった。

 レンシアが一歩前に出る。

 パシャリと水を踏む音と共に、フォウルが動こうとした。

 だが、フォウルは動かない。


「――かはっ」


 それは一瞬だった。

 フォウルが反応する間もなく、胸の中心部を一筋の光が貫いた。

 フォウルがその場で膝をつく。

 魔法で身体を守っていても――それを簡単に貫く威力の魔法を、レンシアは使える。

 フォウルが膝をついた事で、ようやく視線がレンシアと合った。

 レンシアのもう片方の目の色は青色に輝き、《魔法陣》が浮かび上がっていた。


「……なんだ、そりゃ」

「《静止眼》は相手の動きを止める魔眼――私の持つ昔ながらの魔眼です。片方しか使えないのが若干ネックでしたが……使えない理由は簡単です。もう片方には別の《魔眼》が宿っているので」

「別の……だと?」

「《魔法眼》。私の使える魔法の一部を記憶し、詠唱も魔法陣の展開も不要で発動させる事ができるものです。この目の前に浮かび上がる魔法陣が全てを代替してくれる――レンシアの魔眼です」


 英雄と呼ばれた魔導師――アルトの持つ魔眼とはまったく別物。レンシアとして生まれ、その才能によって生まれた新しい魔眼。

 まだ扱いには慣れていないが、レンシアはこの二つの魔眼を有していた。

 もっとも、魔法を普通に発動できる状態ではさほど役には立たない。

 同時に数種類以上の魔法を展開する分には役に立つが。


「……それがこんな形で役に立つとは思いませんでした」

「足止めすら、できねえとはな」

「私に魔眼を使わせただけでも十分ですよ。これ、結構消費激しいんですから」


 普通にしていても、すでにレンシアの魔力総量は半分程度。

 才能はあっても致命的に魔力の上限が低い。

 懐にある増強剤で幾分か補強できるが、《神代魔法》一発分はギリギリ残っているくらいだった。

 だが、ここから脱出する分も踏まえれば、相当ギリギリだと言える。 

 だからこそ、レンシアはこの時点で防御の魔法を解除していた。

 完全にヒュドラの毒に身をさらしながら、レンシアがするべき事はすでに決まっている。


「申し訳ないですが、あなたとこれ以上話している暇はありません。トドメは自分で刺してください」

「別に、いいさ。このまましばらく、毒の海にでも身体を沈めとく――」

「おっと」


 近づいたレンシアに、フォウルが手を伸ばした。

 それは攻撃というにはあまりにお粗末だったが、それでも最後の力を振り絞ったのだろう。


「……届かねえか」

「惜しかったですね」

「……悪いな、カーキル、さん」


 そう一言だけ呟いて、フォウルは意識を失った。

 いや――すでに絶命しているのだろう。

 それを確認する事も、レンシアはしない。

 最後に残した言葉は、カーキルへの謝罪――レンシアが倒した魔導師の名だ。


「意外と仲良かったんですね」


 そんな事実を知りつつも、レンシアはもう一つの魔法を展開する。

 レンシアはそのまま、魔法陣に手を直接突っ込んだ。

 それは、別の空間へと繋がる魔法――レンシアが以前、リリナの掌に残しておいた《おまじない》の魔法。


「ギリギリ間に合ったようですね」


 空間が歪んでいく。

 レンシアが掴んでいたのは、エルナの腕だった。


「……っ。レンシアちゃん、来たのね」

「レンシア……!?」

「すみませんね。少しだけ遅れました」


 今まさに連れ去られようとしているリリナの前に、レンシアは姿を現した。


「そのまま……死んでくれればよかったのに」

「そういうわけにはいかないんですよ」


 ちらりとレンシアはリリナの方を見る。

 リリナを心配させまいとレンシアは笑顔を浮かべた。


「かつて世界を救った人間が、女の子一人救えないわけがないじゃないですか」


 そんな風に、レンシアは言い放つ。

 バッとエルナがレンシアの手を振り払い、距離を取る。

 リリナの掌が青白く輝いていた。

 それは、以前レンシアがリリナの手に『おまじない』として描いた魔法陣。

 リリナに何かあった時のために、すぐに発動できる使い捨ての魔法として用意しておいたのだ。

 狙われるのはリリナ――それが分かっていれば、最終的にはリリナの下へ辿りつければ問題ないのだから。


「……召喚魔法。まさか、レンシアちゃんはリリナちゃんの掌に仕込んでいたのですね」

「ど、どういう事? レンシアは大丈夫、なの?」

「私は大丈夫――ですが」


 リリナは状況が分からないといった様子だった。

 ちらりと横目で見ると、リリナの後方にはコリンが倒れていた。

 状況から察するに、エルナが不意打ちによってコリンを倒したと考えるのが妥当だろう。

 レンシアはリリナを守るように立つ。


「レンシアちゃん、無理はしない方がいいですよ。その小さな身体に、猛毒が回り始めているではありませんか」

「え、毒……?」


 エルナの言葉を聞いて、リリナがレンシアの方を見る。

 足元から肌の色が変色し、そこから毒が広がっているのが分かる。

 それは、明らかに異常な状態だった。

 皮膚の色は変色し、さらにレンシアの呼吸も荒い。

 身体を動かしたのとは全く別の――脂汗を額に浮かべていた。


「本来ならば立っている事すら苦痛を伴うはず。幼いあなたに耐えられるはずはないのに」

「私はそれなりに我慢強い方なんです。これより凄い毒も食らった事があるので」


 かつて戦った《魔神》――致死レベルの毒を纏っていると言っても過言ではなかったのだから。

 結果としてその戦いでアルトは死に、レンシアとして生まれ変わったのだ。

 痛みに慣れているわけではないが、このくらいで倒れるほどやわな精神力ではなかった。


(まあ、本来なら今すぐにでもぶっ倒れたいところだが……)

「レ、レンシア……! すぐに治療しないと――」

「リリナ、コリンの治療を優先してください」

「でも!」

「大丈夫です。どのみち、タッカー先生――いえ、エルナを無視しての治療は不可能です。万が一私が戦いに敗れた場合、コリンの力が必要になります」

「……っ」


 レンシアは合理的な事を言ったつもりだ。

 けれど、それは九歳の少女に迫る選択としては大きなものだった。

 目の前で毒に冒された状態で、さらに学園の教師であるはずのエルナと戦おうとしている。

 リリナを狙っている者がまだ存在していたという事実も相まって、それはリリナにとって大きな負担になるだろう。

 それでも――リリナはよくできた子だ。

 だからこそ、ここでレンシアの言っている事も理解できるはず。


「レンシア」

「はい、何でしょう」

「すぐにコリンを治したら、あなたの事も治すから。だから、敗れた場合なんて言わないで……」


 それはレンシアが負けた後の事を考えての発言ではない。

 ここで負けるという事は、レンシアの死を意味する。

 それだけは認められないという、リリナの願いだった。

 実年齢六歳のレンシアに課されるには重い願いではあったが――英雄のアルトとしてそれは叶えるべき願いであった。


「もちろん、負ける気はありませんよ。あ、でもこの戦いが終わったら膝枕のお昼寝タイムを追加する事を約束してもらってもいいですか?」

「……うん、約束するから!」


 冗談めかして言ったつもりだったが、レンシアの言葉にリリナが即答して、コリンの方へと駆けていく。

 レンシアは改めてエルナと対峙した。

 エルナは微笑ましいものと見たという表情で、嬉しそうに言う。


「あなた達は仲がいいのですね。私は素直に嬉しいです」

「それならばあなたのしている事は間違っていると思いますが」

「ええ、その通りですね」


 レンシアの言葉に素直に頷くエルナ。

 エルナの行動は矛盾していた。

 生徒を大事に思うとしながらも――彼女は生徒を襲った《旧帝国》のメンバーの一人。

 そして今も、学園の生徒であるリリナを狙っている。


「エルナ、あなたの目的はなんですか?」

「レンシアちゃんに言ったところで分からないと思いますよ」

「分かりたくもない目的、という事でいいですか?」

「……そうですね、レンシアちゃんは頭のいい子ですから――理解はできるかもしれません。けれど、私の目的は《魔神》の復活。旧帝国の目的と何も変わりはないですよ」

「生徒を大切に思うのなら、魔神を復活させる事自体がおかしいと言っているんです」


 レンシアの言葉を聞いて、小さなため息をつくエルナ。

 あまり時間はない――けれど、レンシアは聞いておきたかった。

 教師として生徒を守りたいというエルナの言葉に嘘は感じられなかった。

 だから、本当にそう思うのなら説得できるのではないか、と。


「もちろん、守れるのならば守ります。生徒達は、私の大事な存在です。あなたもリリナちゃんもその中に含まれます」

「それなら――」

「ですが、犠牲は必要なのです」

「……犠牲?」

「ええ、私が作り出すのはどこよりも平和な世界。そのために魔神は必要なのです」

「まさか、魔神を抑止力に使おうと?」

「理解が早いですね、レンシアちゃん。褒めてあげましょう」


 エルナの言っている事――それはつまり、魔神を完全に制御して一つの武器とする事。

 それができるできないに関わらず、だ。


「あれを操るのは不可能です」

「知っているような言い方をするのですね、レンシアちゃん。けれど、その心配は無用です」

「どこからその自信が……」

「完全に同一のものを復活させればもちろん制御はできないかもしれません。けれど、リリナちゃんの魔法で魔神の一部を復活させる――一部であれば、十分に制御は可能であると考えられます」

「できなかった場合は全て終わってしますと言っているんです。あなたの守りたい生徒だって守れない」

「そういうできないかも、という話で説得するつもりなら、それは無理ですよ。私はやるもの。レンシアちゃん、私は生徒達を愛しているから――だからこそやるんです」

「そう、ですか」


 説得の意味はないと、レンシアは今のやり取りで悟った。

 エルナは魔神を復活させる――その目的は、生徒達を守るため。

 どこまでも彼女の考えは矛盾しているようで、それでいて魔神さえ復活させればあらゆる敵をも屠る事ができる力を手にする事も事実。

 エルナが固執しているのは、その絶対的な力なのかもしれない。

 大きな力というのは人を盲目にする――だからこそ、エルナは一つの真実を露呈させていた。


「そうだとすれば、私はあなたと止めます」

「その身体で、できるかしら」

「できますよ。だって、コリンを倒すのにも不意打ちをしたんですよね? エルナ――召喚魔法を使う人にはありがちな事ですよ。あなたは弱いから、私を別の場所に召喚した。あなた本人では、私を倒す事もできない。そうですよね?」

「……そう。そこまで気付いていたのですね」


 エルナ自身の戦闘力はほぼ皆無――そして、仮にここに魔物を召喚したところでレンシアに勝てる魔物ともなれば相当なレベルのものになる。

 そのレベルを何体も召喚してくるというのならば話は別だったが。


「一つ、先生として教えてあげましょう」

「……?」

「召喚魔法というのは、ただ召喚するだけではないのです。座標を合わせれば、そこに上手く融合させる事もできるのですよ?」


 そう話すエルナの両手が赤く輝きだした。

 それは通常の召喚魔法の魔法陣ではなく――体内に埋め込まれているからこそ、血液によって赤く染まっているのだと。


「なっ……そんな事をして無事で済むと思っているんですか!」

「無事である必要なんて、ないんですよ。レンシアちゃん、あなたはカーキルも倒した魔導師。私の可愛い生徒だとしても、油断はしない」


 エルナの両手が変化する。

 黒くおぞましい化物のような両手は――かつてレンシアが見た魔神の外殻に似ていた。

 エルナは、魔神の一部を自らの体内に召喚したのだ。

 魔神の一部――あれを再生させることで、魔神を蘇らせるつもりなのだろう。

 その一部が残っていた事にも驚きだが、すでに一部しかないとはいえ人間が体内に取り込んで長く持つはずもない。

 魔神の本体であれば触れただけで死んでしまうようなものだ。

 それでも、エルナは苦痛を感じさせる表情もせずに、レンシアと対峙する。


「それがあなたの覚悟、ですか」

「ええ、レンシアちゃん。あなたを殺して、私は魔神を復活させる」

「――分かりました。それでは、私もあなたを殺します」


 レンシアも構える。

 レンシアとエルナ――学園の生徒と教師であり、かつての英雄と魔神が相対した。

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