22.敵の正体
「これは一体どういう事ですか……」
山の奥地で、レンシアはそう絶望した表情で呟いた。
レンシアは四回生として、六歳という幼さながらも同じ授業を受ける事になる。
体力的には最早限界を越えているが、まだ目的地にはついていない。
「ほら、しっかりして」
「もう無理ですぅ」
リリナの励ましを受けて、ちらりとレンシアが視線を向ける。
だが、リリナはレンシアの甘えを許してくれない。
「おんぶとかしないから」
「わ、分かってますよ……?」
「疑問系でもダメ」
「そんなぁ」
「はあ、じゃあ少し休憩にする?」
「はいっ」
ビタンとその場で横になるレンシア。こういう時だけ凄まじい行動力を見せる。
「あ、汚れちゃうでしょ」
「どうせ山の中なら汚れますよ」
「そういう問題じゃないから」
くいっと両脇を抱えられて、レンシアは木陰まで運ばれていく。
このまま目的地まで運んでほしいと思うレンシアだったが、そうはならないのが現実だ。
この授業は課外で行われるものの一つで、生徒達が目的の小屋まで自力でたどり着く事が条件とされる。
そこで魔法を使用する事に制限はない。
途中に魔物が出てくる場合もあるため、常に警戒している必要はあるが、レンシアの警戒心はゼロどころかマイナスだった。
何せ、近くにコリンが待機しているのだから。
「それにしても……コリンは本当に留学生としてクラスにそのまま入るとは思わなかったわ」
「そういう名目にした以上、一度は入らないといけなかったんですよ」
実際、手続きを行っていたらしく、コリンは今レンシアと同じクラスにいる。
当然前々から噂になっていたため、レンシア以上に色んな生徒達からもみくちゃにされていた。
だが、さすが四十代、別に気にしてもいなかった。
このチームはリリナをリーダーに、レンシアとコリンのスリーマンセルとなっている。
うち、基本的に足手まといとなっているレンシアと単独行動が目立つコリンという統率感皆無なメンバーを揃えているが、これは授業担当者の配慮だった。
レンシアとコリンという曲者を扱えそうなのはリリナしかいなかったからだ。
「私の負担が増えている気がするわ……」
「いい事ですね」
「他人事!?」
レンシアとコリン、二人が同じチームになれた事は幸運とも言える。
あの戦いからすでに二週間が経過した。もう来ないのではないか、というくらい音沙汰がない。
音沙汰という意味では、コリンの母であるライナもいまだに連絡がつかなかった。
よほど遠いところにいるか、何かしらの事件に関わっている可能性があるとか。
(百年経っても忙しい奴だな……)
それも他人事のように心の中で呟きながら、レンシアは脱力する。
山の中の空気は気持ちよく、このまま休むどころから眠りたい気持ちでいっぱいになった。
そこへ、コリンがやってくる。
「この辺り、魔物はほとんどいなくなった」
「……いなくなった?」
「そうですか、ありがとうございます」
リリナの疑問をよそに、レンシアがそう答える。
コリンが片付けたのだろう。
実に優秀な遊撃手だが、常に気を配っているはずの講師達に見られていないか少しだけ気がかりだった。
気がかりなだけで、口にもしないし注意する気もないレンシアだったが。
「では、今日はここでキャンプしましょう」
「うん」
「普通に納得しちゃダメよ。レンシア、もう少し休んだら行くからね?」
「嫌です」
「本気の拒否!?」
「おんぶする?」
「えっ、ほんとですか!?」
ガバッと勢いよく身体を起こすレンシア。
とても疲れているようには見えない、とリリナから怪しむ視線が送られる。
「ダメよ、コリン。レンシアは甘やかしたらとことん乗ってくるんだから」
「わかった」
「ぐぬぬ……」
ここ最近、コリンはリリナの言う事もよく聞く。
むしろレンシアという怠け者より、優れたリーダーであるリリナの言う事を聞くのは自然な事ではあった。
ちなみに目的地にたどり着いたところで帰れるわけではない。今回は野外活動がメインであるため、目的地についたらそれはそれで食事の準備など色々待っているのだ。
食材の調達も、途中で行わなければならない。
「この授業必要ですか?」
「騎士の訓練に倣ったものだから、必要よ」
真顔で言うレンシアに、真っ当な答えを返すリリナ。
結局、何を言おうと行かなければならない。
「はあ……こうなったらあれ使いますか」
「あれ?」
「森の中でも走り回れる魔導車両です」
「なにそれ!?」
レンシアが土と木で作り出す事ができる魔法の乗り物だったが、リリナに止められてしまう。
魔法を使ってもいいというルールではあるが、レンシアは習った以上の事をしようとする。
リリナにはそういうところを注意するようにも先生から言われているのだろう。
結局、脱力したレンシアが再び動き始めるのに三十分も使う事になるのだった。
***
「はぁい。皆さん揃ったみたいですねぇ。それじゃあ、各自調達した食材で料理を開始してくださーい」
「「「はーいっ」」」
担任のフィロの掛け声に、クラスメート達の声が響く。
同じ学年の生徒達も含めると百人近い生徒達が山の奥地までやってきていた。
引率に来ているのは十人ほどの講師。
いずれも魔導師としては一流であり、この山にいる魔物程度なら簡単に倒す事ができる実力者達だ。
あくまでまだ子供の生徒達の安全にも配慮した授業という事になるのだろう。
そんな授業でも――体力の尽きたレンシアはごろんと横になっていた。
靴も適当に脱ぎ捨てたようにして、ベンチに横たわっている。
ベンチはレンシアが作り出したものだ。
「あのね……ベンチ作り出す余裕があるなら他にやる事があるでしょう」
当然のごとく、リリナに注意される。
レンシアはちらりと横目でリリナの方を見る。
「リリナ、私は頑張ったんですよ。ここまでこの私が……山を登る事すら奇跡と思われる私が!」
「自分でそこまで自分を卑下にする……?」
「しますよ、私は」
「そこは即答しないでほしいかな」
「私はまだ六歳。か弱い身なんです。ここまで頑張った点も踏まえたら、今は休んでも許されるのではないでしょうか」
「……最近、本当に隠さずにだらけるようになったわね」
「そうですか?」
(隠すのすら面倒になったからな……)
「隠すのも面倒とか思ってないでしょうね」
「何故それを!?」
リリナはエスパーなのかもしれない。
そんな風に考えるレンシアに対し、リリナは小さく嘆息する。
――とはいえ、幼いレンシアが頑張ったという事実はリリナも評価しているらしい。
「確かに、この山を六歳のあなたが登るのは正直きつかったと思うわ」
「でしょう……? すっごくきつかったんです」
「はあ……分かったわ。どのみち、レンシアは料理とかした事ないだろうし。私が作るわ」
「ありがとうございますっ」
レンシアは元気よくそう返事をした。
「元気あるじゃない」というリリナの言葉にハッとして再び脱力する。
あくまでもレンシアは徹底して休みたいスタンスを貫き通すつもりだった。
実際、体力がないのは事実だ。
喉は乾いているし、お腹も空いている。
けれど、それ以上にレンシアが重視をするのは身体を休める事。
食事をするにも体力を使うというのがレンシアの念頭にあるのだ。
どこまでも――さぼり癖が強くなっているというリリナの評価は間違ってはいない。
(リリナは優しいからなぁ。将来いいお嫁さんになるな)
他人事のようにそう考えるレンシア。
ごろごろとしていると、少し離れたところからコリンがやってくるのが見えた。
「レンシア、お昼寝?」
「はい、リリナの許可は得ました」
「許可はしていないけれど……」
「リリナ、薪」
「あっ、ありがとう、コリン」
「うん」
レンシアと同じくらいの身長しかないコリンは、リリナに自然と頭を撫でられていた。
そんな状態にもまったく違和感はないが、コリンの本当の年齢をリリナが知ったらどう思うだろうか。四十歳というのは人間で言うと四、五歳くらいなのだろうか。
小さいコリンがリリナに撫でられて少し喜んでいるように見えるのは自然な気がするが――
(それはそれで達観した幼女という事に……中々興味深いな)
そう考えているレンシアが一番達観しているのだが、本人は気付いていない。
他のチームも途中で得た食材を駆使して料理を始めていた。
調味料などは用意されており、自由に使う事ができる。
「リリナの手料理が楽しみですね」
「そんなにおいしくないと思うけど」
「大丈夫です。家庭的な感じが滲み出ているので!」
「ふふっ、なにそれ」
「リリナ、いい奥さん」
「コリンまで……まだ私も三歳しか違わないんだからね?」
そう言われると、かなりしっかりした九歳児だと言える。
中身年齢三十歳を超えているのにゴロゴロしてばかりのレンシアに対し、本物の九歳のリリナのしっかり具合――
(やっぱり将来はいい嫁になるだろうな)
レンシアがそんな事を気にするわけがなかった。
休みながら、レンシアが空を見上げる。
目を瞑れば眠りにつけそうな状況の中、コリンの顔が視界に入ってきた。
「どうしました?」
「レンシア、そろそろ仕掛けてくると思う?」
「ああ、その事ですか」
コリンの言葉を聞いて、レンシアは身体を起こす。
《旧帝国》――カーキルという魔虫使いは倒す事はできたが、まだ後二人の敵が残っている。
召喚師とフォウル。
フォウルの方はすでに底が見えている――レンシアでもコリンでも倒す事が出来る範囲の魔導師であるという事。
問題となるのは召喚師の方だ。
少なくとも、カーキルの操る魔虫を全て学園内に召喚できるだけの規模の召喚術を使う事ができる魔導師だ。
今ならばこの森の中にいくらでも魔物を召喚する事くらいできるだろう。
おそらくその事も警戒して、講師を十人近くこの授業に派遣したのだろう。
例年ならば五人程度で事足りていると聞いている。
学園側はすでに終わった事件であり、あくまで魔虫が学園を襲ったという事実に対しての対策を取っていると言える。
結局のところ、あの事件については学園長であるファブルの《協力者》の魔導師が敵を撃退したという事になっているらしい。
騎士団側がその報告で納得したかは定かではないが、騎士だけで学園を守りきれたかどうかも微妙なところだ。
そこをわざわざ掘り下げるために騎士団側も突っ込んでは来ないのだろう。
「そうですね……そろそろ来てもおかしくはないと思いますが」
「判断はできない」
「その通りです。いつ来てもおかしくないですが、来なくてもおかしくはない。いや、来るんでしょうけど、判断材料が少な過ぎます」
どういう条件下で襲ってくるか判断できなかった。
カーキルやフォウルならば、いつでも攻撃を仕掛けてくる可能性はあった。
だが、今回の召喚師はカーキルとあまり協力関係になかったのか、結局のところ撤退してそれ以上の動きを見せていない。
自分達の情報が広まっている可能性を恐れているのか、それとも本当に近くで狙える時を待っているのか。
この十人の講師の中にその召喚師が混じっていてもおかしくはなかった。
「どちらにせよ警戒は続けるしかないですね。私も色々と仕込みはしているので」
「うん、分かった」
「コリン! ちょっと手伝ってくれる?」
リリナに呼ばれて、コリンはこくりと頷いてリリナの下へと向かう。
何だかんだ、リリナの事をコリンは心配しているのだろう。
レンシアも心配していないわけではない。
ただ、下手に動いて隙を突かれるよりは確実にカウンターを狙った方がいいとレンシアは判断していた。
なにせ、本当に動きが分からないのだから。
「はあ、もっとゆっくりとした気分でだらけたいですね」
「それ以上だらけてどうするの!」
レンシアの心の声――のつもりが、がっつり漏れていた言葉にリリナの突っ込みが入るのだった。
***
「ふぅ、やはりリリナの作る食事は期待通りでしたね」
「うん」
レンシアの言葉にこくりと頷くコリン。
それを聞いてリリナは小さくため息をつきつつも、少し嬉しそうな表情をした。
「まったく、結局何もしてないんだから」
「皿くらいは洗いますよ」
リリナの作った食事は主に森の中で採った山菜が中心だった。
魔物の肉を主食にしようとしているチームもいたようだが、さすがに解体の技術がまだない者ばかりだ。
そこは教師達が手伝っているところを、レンシアはたびたび目にしていた。
レンシアが教師達を見ているのには理由はあったが。
「レンシアちゃん」
「あ、タッカー先生」
リリナがその名を呼ぶ。
レンシアの事を呼んだのはエルナ・タッカー――主に生徒達の問題行動の指導を担当する教師だ。
自作のベンチで横になっていたレンシアの事をずっと見ていたらしい。
その表情は少し険しかった。
「ダメですよ、レンシアさん。サボったりしては」
「サボっているわけではなく休憩しているんですっ」
「あ、えっと……そうです。タッカー先生。レンシアは別にサボっているわけじゃなくて――」
「リリナちゃん、今のレンシアちゃんをかばうのは優しさではありませんよ」
「うっ、ごめんなさい……」
「少しお話しがありますから、こっちに」
「……はい」
しゅんとした表情で連行されるレンシア。
リリナとコリンに見送られて、レンシアはエルナに皆から離れて森の方へと連れて行かれた。
これからレンシアの事を怒る準備というわけだ。
だが、その前にレンシアからも尋ねる事があった。
「あの、タッカー先生」
「なんです?」
「覚えていますか? 虫の魔物が学園にやってきた時、タッカー先生はトイレに行く私を止めましたね」
「そんな事あったかしら。授業中だから止めただけよ?」
「授業中に生徒を見かけても、他の生徒には声掛けはしても止めはしないですよね」
「!」
レンシアの言葉を聞いて、少し驚いた表情をするエルナ。足を止めて、レンシアの方を振り返る。
レンシアの《式神》がそれらの情報を確認している。
全ての行動を監視できるわけではないが、学園内での行動はすでに把握していた。どこまでも普通――エルナには疑われる要素などほとんどない。
それでもレンシアは問いかけた。
だが、特に慌てる様子もなくエルナは答える。
「それを正直に答えるなら、あなたの品行に問題があるからです」
「一理ありますね」
「……何か気になる事でも?」
「では、単刀直入に聞きますね。何故リリナを狙うのですか?」
「っ! ……レンシアちゃん、それはどういう事?」
「どういうも何も、質問の通りです」
「意味が分からない。私が何故リリナちゃんを狙うなんて?」
「あのタイミングで私を止めたのは、私が動くのを止めたかったからですよね。カーキルと戦える私を」
「だから、どういう事なの? その魔導師と戦えるって――」
「私はカーキルの事を《魔導師》とは言っていませんよ。今の会話の中に、カーキルを魔導師と断定する要素はありませんでしたが」
敵についての情報はファブルも学園にいる教師陣には説明している。
だが、説明した内容はあくまで学園に魔虫を放った者がいるという事だけで、魔導師であるというような情報も流してはいない。
《旧帝国》の情報を知るのは今のところファブルやレンシア、そして一部の騎士達のみなのだ。
「レンシアちゃん――いつから気付いていたのですか?」
「気付いていたわけではないですよ。ただ、召喚魔法が使えると聞いていた三人に同じ質問をするつもりでした。あなたが一人目だったというだけの話です」
ここまでの期間に特に大きな動きがなかったのは、やはり近くでレンシアやリリナの事を見ているから。
一番怪しかったのは担任であるフィロだったが、たったいま単独で接触してきたのはエルナだ。
何も察しないほど、レンシアも油断しているわけではない。
「そう……」
エルナの優しげな表情は変わらない。
エルナが俯き加減で小さくため息をつく。しゃがみ込んで、レンシアを向き合った。
「ばれてしまっては仕方ないです事ですね。もっとも、カーキルを倒したあなたをどうするかずっと迷っていましたから」
「それがすぐに襲ってこなかった理由ですか?」
「ええ、その通りですよ。だって、私は生徒達を愛していますから。それは、あなたも同じ。そして、守りたいという気持ちは今も変わらない」
「それならば、何故リリナを狙うのですか?」
エルナの言う事は矛盾している。生徒を愛している、守りたいという気持ちがあるのならば、決して旧帝国に協力するような立場にはならないはずだ。
だが、エルナは変わらない優しげな表情で続けた。
「だって……必要な事なんだもの。平和な世界を作るには、ね。だからカーキルのやり方は嫌いだったのだけれど、今決心しました――」
エルナの言葉と同時に、地面が光り輝く。そこにあったのは召喚の魔法陣。
それも、別の場所へと呼び込むものだ。
「ここにも魔法陣を……!」
「さようなら、レンシアちゃん。手間のかかる子は好きだけれど、もう会わない事を祈っています」
その言葉を最後に、レンシアの視界が別のものを捉える。
一瞬の静寂のあと、広がった光景は薄暗い部屋のような場所。
パシャリ、とレンシアの足が濡れるのを感じた。
「水……?」
(――じゃないな、これは……!)
レンシアは一瞬でそれを判断する。
魔力によって身体を防護服のように包み込むが、
「無駄だな。もう触れちまってる」
パシャリとすぐ近くで水を踏む足音が聞こえた。
その声の主はフォウル――旧帝国の魔導師だ。
フォウルは周囲を見渡しながら続けた。
「ここは《ヒュドラ》の体内。そんで、こいつの胃液には毒が含まれてる。分かるか、もう感染してるんだよ、お前は」
「……ご説明どうも」
ヒュドラ――それは猛毒を持つ魔物の事だ。《魔物使い》と呼ばれる者でもその魔物を操る事はできないとされる。
俗に言う《ドラゴン》に該当する魔物。その中に、レンシアは放り込まれたという事になる。
レンシアは改めて足元を確認する。胃液によるものか毒によるものか、靴下の部分が変色し、溶け始めていた。
そこから見える肌の色にも変化が見える。
毒というのは間違いないようだ。
「そして、毒にしてもお前は必ず戻ろうとするだろうからと、確実に仕留めるために俺がいる」
「困ったものですね。もてる女というのも……」
「はっ、いいじゃねえか。六歳だったか? 人生のモテ期ってものが早々に来てよ」
「こういうモテ期は勘弁してもらいたいですが……そうですね。私の世話をしてくれる大事なリリナに手を出す輩には鉄拳制裁といきましょうか」
ゴウッとフォウルの周囲を炎が包み込んだ。それに対し、レンシアは軽く息をはく。
ここで時間をかけるわけにもいかない。毒に侵食されているだけでなく――このままだとリリナにも危険が迫るからだ。
レンシアは静かにフォウルと対峙した。




