16.小剣聖
「ライナ……?」
レンシアは思わずその名を口にしてしまう。
かつて共に魔神と戦った存在であり、剣士というカテゴリにおいて彼女を上回る者はいないと、レンシアも思っていた。
そんな彼女のような剣技を、目の前の少女は見せた。
「ブイ」
(あ、これ別人だ)
無表情でピースをする姿は、レンシアの想像した人物とはまるで別人だと分かった。
だが、そっくりなその姿を見てレンシアもすぐに理解する。
「ライナの孫、ですか?」
「答えはノー。わたしはライナの娘――コリン」
(娘だと……!?)
レンシアと同じくらいの歳にしかみえない少女、コリンはそう言った。
コリンはちらりとレンシアの方を見る。
「レンシア・オルティナ。すでに連絡は受けてる。わたしは、おかあさんの代わりにきた」
そう言うと、コリンは旧帝国の魔導師二人に相対する。
剣を構えるその姿は、本当にライナにそっくりだった。
「今の動キ、見えましたカ?」
「追えなくはねえが、かなり逸脱してやがる」
「フフッ、ワタシも同意見でス。二対一ですガ、少し分が悪いですネ」
そう言うと、カーキルだけが前に出る。
臨戦態勢のまま、カーキルはコリンに向き合った。
「ワタシが足止めますのデ、あなたは退却ヲ。体勢を整えましょウ」
「……ああ、分かった」
「逃がさない」
先に動いたのはコリンの方だった。地面を蹴ると、即座にカーキルの横を抜けようとする。
だが、カーキルからいくつもの触手が伸び、それを阻んだ。
カーキルがこの場に残る、それから分かるのは、カーキルがまた本体ではないという事。
「フフッ、残念。こちらも逃がす事ができそうでス」
「虫……でも、問題ない」
ヒュンッという風を切る音と共に、コリンがその場で剣を振るう。
レンシアでもほとんど目では追えないほどの剣撃。
カーキルの腕が次々と吹き飛ばされていく。
千切れた腕はまだわずかに動こうとするものもある。
それらを全て切り伏せ、カーキルという男を構成する虫を次々と切り刻む。
その姿は本当に、ライナを彷彿とさせた。
(ライナの娘だって……? けれど年齢が――いや、エルフならあり得るか)
実際、ライナの年齢は魔神との戦いの時にはそれなりにいっていたはずだった。
それでも、エルフ換算で言えば若い方になるが。
魔神を倒した後の数十年後に作った子供だとしても不思議ではない。
何より、コリンの見た目とその剣技が全てを証明していた。
「フフッ、これは速い――」
「終わり」
スパァン、と渇いた音が響く。
カーキルの身体を構成された虫を殺し、その首を跳ねる。
カーキルの口元がにやりと笑ったように見えた。
コリンが振り返り、レンシアの下へとやってくる。
改めて見ても、ライナにそっくりな姿をしているが、瞼が少し垂れているように見える。
どちらかと言うと、眠そうな表情だった。
「ふわぁ……二日寝てないから少し疲れた」
「二日も? 休まずにここへ来たのですか?」
「その通り。おかあさん宛ての手紙は届いたけど、おかあさんは今各地を飛び回ってるから。わたしもたまたま戻ってきて見た」
「たまたまって……えっと、コリンは本当にライナの……?」
「うん、娘。まだ四十歳だけど」
「そうですか――って四十!? あ、でもエルフならそうか……」
ライナの娘であるコリンの年齢は四十歳――それでも、かなり幼い姿をしている。
曰く、エルフ族の中でも成長の遅い方であるらしい。
ただ、その剣技は間違いなくライナのものだった。
「その剣はライナに教わったんですね」
「そう、数十年くらいかな」
「それなら、確かに納得できます」
数十年――それだけライナに教わったのならば、同じように見えてもおかしくはない。
小さな姿をしているが、間違いなく彼女はライナの娘だ。《小剣聖》といったところか。
コリンは不思議そうな表情でレンシアを見つめる。
「ところで、あなたはおかあさんの知り合いなの?」
「え、どうして?」
「知っている風だった」
幼い姿をしていても、中々に鋭い観察眼を持っているようだ。レンシアは首を横に振り、
「いえ、《銀の剣聖》と言えば有名ですから」
「確かに、おかあさんは有名。いずれは連絡に気付いて来ると思うけど、わたしは奴らの足取りを追う」
「……追うよりも、待った方がいいと思います」
「どういう事?」
「彼らの狙いが分かりましたから」
「そうなの?」
「はい――彼らの狙いは、リリナという少女です」
「リリナ……? おかあさんが言ってた。大事な子だって」
「会った事はあるんですか?」
「ううん、ない。おかあさんとはしばらく会ってないから。けれど、その子が狙われているなら、わたしがリリナを守る」
「わたしも、リリナを守ります」
探さずとも、必ずカーキル達はやってくる。
もちろん、今後の動きについては相談する必要も出てくるだろう。
旧帝国の狙いは、再生魔法を持つリリナだ。狙う理由まではまだ分からないが、それが分かっただけでも十分に動きやすくなる。
レンシアはまだ身体が未熟な魔導師だが、十分な準備さえあれば――全盛期と同等の力を発揮する事はできる。
次に戦う時は、今度こそカーキル達を倒す。レンシアの平穏のため――そのはずだった。
だが、レンシアの気付かないうちに、リリナを守るためにレンシアは動いていたのだった。
***
先の戦いで枕を失ったレンシアは悲しみで枕を濡らす――そんな事はなく、とても気持ちよさそうにベッドで寝ていた。
そもそも、濡らす枕が存在していないのだが。代わりにひんやりとした抱き枕がある。
何か分からないがすべすべしていて気持ちいい。
しかも柔らかさも人肌のような――
「ん……? 抱き枕?」
そんなものレンシアは持っていない。
むくりと身体を起こして確認すると、そこにいたのはレンシアと同じく気持ちよさそうに寝ているコリンだった。なぜか全裸で。
「ん、おはよ」
「え、なぜに全裸……?」
「わたし、寝る時はこう」
「そうなんですか?」
「うん、解放感」
眠そうにしながらもそう答えるコリン。
ベッドの上で伸びをしながら、再びうたたねを始める。
それだけ気持ちよさそうなら――レンシアも実践する事にする。
「おはよう――って、何してるの!?」
洗面所からリリナが出てきた。
朝から全裸で同じベッドに横たわろうとする二人に、リリナが突っ込みを入れたところで朝が始まる。
今日もまた休日ではあるが、すでに学園の方には顛末を伝えてある。正確に言えば学園長――ファブルにだが、《旧帝国》所属の魔導師の狙いが、リリナの《再生魔法》であるという事。
そして、《銀の剣聖》ではなくその娘――コリンが旧帝国打倒のためにやってきたという事だ。
コリンについてはファブルも驚いたようで、存在は知っていたようだが、そこまでの実力があるとは知らなかったという。彼女一人でも、レンシアが戦った旧帝国の魔導師には十分対抗できる。
だが、コリンは魔法についてはあまり詳しくないらしく、あくまで彼女が教えられて特化しているのは剣技だった。
もちろん、ある程度の魔法までは使えるのだろうが。
対旧帝国の力を持つメンバーがまさかの幼女二人という事にも驚きだ。
ファブルは生徒であるリリナが狙われている以上、《王国騎士団》にも協力を仰ぐ事を検討すると言っていた。
ただ、旧帝国の情報は一部のものしか知らない事であり、また敵対する魔導師の実力は一線を画すものだ。
やたらに情報を広げて事を大きくしても――犠牲者が増える可能性はあった。
フォウルという近接魔導師ならば学園でも対抗できるメンバーはいるというが、ほぼ不死のような存在であるカーキルになると、ほとんどいないとファブルは言っていた。
ただ、ほとんどという言い方から察するに、戦えなくないメンバーもいるのだろう。
少なくとも、現状ではリリナを護衛するメンバーはルームメイトであるレンシアと、英雄の娘であるコリンの二人だった。
コリンもそれを理由に、二人の部屋に滞在する事が特別に許可されている。
「今後の事は?」
「そうですね、その話をする前に寝てしまいましたね」
「ん、リリナを守る方法」
「方法といっても、やることはシンプルですが」
「リリナを守って相手を倒す」
「正解です」
レンシアは疲れがたまっていたため、ファブルとの話を終えた後に寝てしまった。
ファブルはファブルでもちろん動いてくれるのだろうが、もっとも近くにいるのはレンシアとコリンだ。
危険だから、という理由で二人がリリナから遠ざけられなかったのは助かる。
正直、撃退しているという実績が大きいのだろう。
「私は学園周辺も含め、いくつか結界を配置します。少なくとも、敵の行動はそれで阻害か気付く事ができるでしょう」
「ん、わかった。わたしも常に警戒に回る」
「あなたの剣の腕はもう信頼していますので、お願いします」
「うん。レンシアも、虫を倒したって聞いてる。頼りにしてる」
コリンはレンシアの実力を知っているわけではないが、始めにカーキルを撃退したのがレンシアだという話は連絡済みだった。
お互いに敵と戦う実力がある――それが分かるだけで、二人の協力関係は十分だった。
守るものも同じなのだから。だが――
「わたし、お風呂入りたい」
「朝方ならシャワーは浴びられるはずですね。昨日汗かいたのにお風呂に入っていないので、私もちょっと気になります」
あくまで二人はマイペース。
珍しく、レンシアもシャワーを率先して浴びたいという発言をしているが、そんな二人の様子を見ていたリリナが口を開く。
「……あの、二人とも」
「ん」
「どうしました?」
「私の事を話してくれているのも分かるし、感謝もしてるんだけど――服は着よう?」
そんなリリナの言葉を聞いて、レンシアとコリンは向き合う。未だにベッドの上に横たわりながら話す二人は何も着ていなかった。
リリナを守る護衛が二人に増えた分――リリナの負担は二倍になったのだった。
***
「フフッ、調子はどうですカ?」
「ああ、再生魔法っていうのはすげえな。まあ、完治にはもう少し時間がかかるか」
映像が散りばめられた部屋の中で話しているのはカーキルとフォウル。
旧帝国の魔導師二人は、ようやく目的の少女を見つけたのだ。
「それは上々。あなたが完治したラ、ワタシも出ますのデ」
「……そりゃ、本気って事か」
「フフッ、当然。相手は我々よりも強いと思われる幼女が二人――不足などありませんヨ?」
「そりゃそうだろうが……俺らは負けてるわけだからよ」
「まったくもってその通リ。いやいや、彼女達の正しくあろうとする姿勢ハ、実にまぶしいものですネ」
そう言いながらも、どこか楽しそうなカーキルに、フォウルはため息をつく。
「あんたが楽しそうなのはいいんだが、実際戦うとしたらどうする? あのレンシアとかいう小娘の方は魔力不足っていうでけえ弱点はあるが、もう一人の方はあれだぜ」
エルフの少女は――カーキルを単独で撃破している。しかも剣技で、だ。
だが、カーキルは楽しそうに笑いながら答える。
「剣士の弱点、というものを知っていますカ?」
「ああ? 弱点だと?」
「正確に言えバ、防衛線における人数の少なさト、対人数性によるものですガ」
「いや、言っている事がよく分からねえんだが……」
「あなたは戦争のような事を経験していませんからネ。それは仕方ない事でス」
カーキルが全ての映像に目を通す。
その映像は、実に数百にも及ぶ――虫達の視界を通したものだ。
それらが、次々と移動を開始しているのが分かった。
「さてさて、あなた達は――ワタシを殺せますかネ」
二人の魔導師が、再び動き出す日は近づいていた。




