12.卒業生
ライナはすぐに連絡が取れる場所にいるわけではないらしい。
一応、各地に手紙を送る事でライナに連絡はつくはずとの事だった。
それでも、やってくるまでにはしばらく時間がかかるらしい。
(会ったらどんな感じでカミングアウトしてやるかな……)
レンシアは隠さない気満々だった。どんな形であれかつての仲間に会うのは悪い気分のする事ではない。
死んでからの話も聞けるだろうから、少し楽しみでもあった。
ライナは今のアルトの姿であるレンシアを見たら間違いなく驚くだろうが。一先ずレンシアとリリナはそのまま授業に行く運びとなったが、レンシアの瞼は重くなっていた。
久方ぶりにかつての仲間に会えるかもしれない――そんな興奮はすぐに冷めた。
レンシアは眠気には勝てないのだ。
「もうすぐ授業が始まるのに大丈夫?」
「無理ですぅ……」
だらんと溶けるように机に突っ伏しているレンシア。
リリナも早く起こした責任を感じているのか、あまり強くは言ってこなかった。
(ふっ、今日は合法的に寝られそうだな……)
今日の午前中は座学が多い。魔法学系の授業ならば、レンシアは本当の意味で起きている必要はない。
ほとんどの魔法については知っているし、四回生で習うのは四属性の中級魔法が中心だ。
それこそ、神級魔法まで会得したレンシアには不要なものだった。
ここ一週間の授業で、教師陣もレンシアが中級魔法を会得しているという事は大体理解しているはず。
そろそろこの子なら起こさなくても大丈夫、なんていう風に思われないかとレンシアは考え始めていた。
そのとき、教室の扉を開いて教師が入ってくる。
いつもと違う担当の先生だった。
「あー、今日の座学の授業だが、担当が風邪を引いたので私が代わりを務める事になった。その上で、授業内容を今日は全体的に変更する」
少しざわつく教室内。
こういう事は学園を通してもたまにある事らしい。授業内容が変わるくらいどうという事はない。
どのみち習うのは中級程度の魔法なのだから。
「それじゃ、校庭で実習するから出る準備をしろ」
「……は?」
「やったー!」
「校庭だってー」
「座ってるよりそっちの方が楽しいよね!」
そんな各々感想を述べている中、一人だけ絶望の表情を浮かべているレンシアがいた。
今日はゆっくり、教室内で過ごす予定だったのに――
「はあ……」
「レンシアさん? 移動するよ」
「あ、はい……」
「気持ちは分からないでもないけど、頑張って?」
「……はい、がんばります」
こくりと頷くレンシア。
露骨にテンションが下がっているレンシアに、リリナも苦笑いしている。
リリナは優しいけれど、甘くはない。真面目な性格な彼女が、レンシアが眠そうだからといって何かしてくれるという事はなかった。
「レンシアちゃん、魔法教えてー」
「あ、私も私も!」
「いいですよ……」
そんなレンシアのテンションを知らずに、クラスメート達は好き放題言ってくる。決して嫌がりはしないが、
(仮にも魔神を倒した英雄である俺が……学園のクラスメートの女子に魔法を教える事になるとは……)
そういう事は考える。
それはもう、レンシアとして生まれてしまった以上は仕方のない事だった。
学園内の敷地内では、練武場と呼ばれる場所が外と中で存在している。
天気のいい日は、大体外で行われた。
室内戦や野外戦など、用途によって変わるらしい。
どういう意思で学園に入学したか、というのは人それぞれだが――魔法や剣術を学ぶ以上は実際の戦闘訓練も必要になってくる。
四回生はちょうど、そういった授業も織り交ぜられてくるところだった。
「さて、せっかく外でやるんだ。今日は地属性魔法について学ぼうか」
担当の教師はそう言って、全員の前で魔法陣を地面に書き出す。
全員が囲うようにしてそれを見ていた。
クラスメートが気を使って、背の低いレンシアをわざわざ前にしてくれる。
(別にいいのに……)
しかもどさくさに紛れてレンシアの事をすごく触ってくる。変態ばかりか、このクラスは。
「さて、これが《岩の拳》の魔法陣だ。攻撃系の魔法としては発動も早い。地属性を中心に扱う魔導師を目指すなら、この辺りは結構主流になるな」
「詠唱はなんて言うんですか?」
「この魔法に詠唱はない。魔法陣のみで発動する。攻撃系の詠唱は大魔法に多いかもしれないな」
多岐にわたる魔法において、詠唱のみの場合や魔法陣のみの場合――両方必要な場合など色々な種類がある。
詠唱のみの魔法は比較的威力が弱く、そもそも攻撃系の魔法ではないものが多い。
逆に魔法陣を描くものは、複雑な効果を付与する事もできるため威力が増大する。
その用途に応じて、魔法を選ぶのも魔導師としてのセンスが問われるのだ。
「さて、せっかくだ。習うより慣れろと言うが――レンシア、お前なら発動できるだろ」
「……そうですね、できます」
「「おおっ!」」
クラスメート達から歓声があがる。
彼女達からすれば、今知ったばかりの魔法なのだ。それをレンシアはすでにできるというのだから、驚くのも無理はない。
実際に、全員の前で魔法を使うのはこれが初めてだった。
スッとレンシアは人差し指を立てて、空中に魔法陣を描き出す。
さらりと描きあげて発動するまでに約一秒弱――ドォンという大きな音と共に、五メートル以上の大きな拳が地上から上空めがけて突出した。
(まあ、これくらいの威力が妥当か)
おまけで拳にトゲトゲがついて殺傷力を上げておいた。
これで加点もつくだろう――そう思いながらくるりと振り返ると、全員が唖然とした表情でレンシアを見ている。
教師も含めて、だった。
「……? 何か――」
「えーっ!? レンシアちゃん今何したの!?」
一人のクラスメートがレンシアの肩を掴んで揺らす。
それを皮きりに、クラスメート達がレンシアに群がっていく。
「あ、ちょ――」
「魔法陣描いてるの見えなかったけど……なに、空中に描いたの!?」
「そ、そうですけど……」
「そんな事できるんだ! 初めて見たよっ!」
「えっ? はじめて?」
「……空中に描いて魔法を出すというのは、八回生――つまり、卒業生が習うものなんだが……」
(な、なんだって……?)
担当教師が困ったような顔をしながら言う。
生きている時代が違うから――レンシアは知らなかった。
入学試験は指定された場所に魔法陣を描いて、それを発動させるものが実技だった。
だから、レンシアが空中に描き出す技術を持っているという事は知らなかった。
そう、かつての時代で当たり前だと思ってやっていた事は、レンシアの年齢では圧倒的に高位の技術だったのだ。
教師はさらに続ける。
「威力も高い上に、効果付与までやっているな……レンシア、お前は参考にならないな」
「……すみません」
すごい事をした――それなのに、なぜか謝る羽目になるレンシア。
だが、クラスメート達のレンシアに対する評価はまた一気に上昇していた。
彼女達にとって、レンシアは可愛くてすごいマスコットキャラになっていたのだった。
その後――クラスメート達から次々と魔法の使い方を聞かれるレンシア。
気が付くと、教師よりもレンシアに人が群がり始めていた。
「あー、お前ら。レンシアのやった事はやろうと思ってできる事じゃない。まずはできる事から確実にやるんだぞ」
「えー、でも、私達もやりたいですっ」
「ダメなモノはダメだ。レンシアは参考にならないからな」
「……はーい」
(何で俺が悪いみたいな扱いに……これで評価下がったりしないよな……!?)
教師からすると、扱いにくい事この上ないような感じになってしまった。
だが、もう後戻りはできない。
一度見せてしまった以上、レンシアの実力は最低でもそこで固定されてしまう。
まずは学年で一番を目指そうかと考えていたレンシアだったが――すでに学園で一番なのではという噂まで流れる事になる。
「お前はもう卒業してもいいかもな」と教師に言われた事から、『レンシア卒業生』という渾名が知らないところで付けられていた。




