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1.プロローグ

《フィオラ》王国内の王都――《ミスリ》。

《フェンドール学園》に一人の少女がやってきた。

 長い黒髪に、真っ白の肌。髪の色と同じく黒い瞳は学園の中では目立った。

 清楚でいて愛らしい――そんな少女の名前はレンシア・オルティナ。

 王都では三大貴族と呼ばれている家柄の長女であり、レンシアが学園に入学するという噂が流れた時は学園内でも話題になった。入学試験の筆記はほぼ満点で、魔法に至っては入学時の基準の数段上の魔法を使ってみせた。

 六歳にして三つの飛び級入学――まさに魔法の天才であった。

 レンシアとすれ違うたびに、生徒達が振り返ってその姿を見る。


「あれがオルティナ家の……」

「魔法の天才で、その上あんなに可愛いなんて……色々と反則よね」


 そんな話を耳にしても、レンシアはにこりと微笑み返す。

 その微笑みを受けた人々は男性だろうと女性だろうと、胸を高鳴らせてしまう。

 レンシアはまた、正面を向いて歩き始める。目的地は本日、入学したばかりのレンシアにとって行かなければならない場所。

 レンシアは、コツコツとこれから入学式に参加するための式場へと向かっている。

 だが、数歩進むとピタリと止まり、壁に手をつく。少しだけ俯いたようにして、小さく息を吐いた。


「ふぅ……」


 レンシアはそうして歩き始める。また数歩歩くと、ピタリと歩を進めて「ふぅ……」と今度は深いため息をついた。

 先ほどから、レンシアは定期的に同じ行動を繰り返している。

 周囲の人々も、そんなレンシアの行動に疑問を抱いているようだった。


「一体何をしているのかしら……?」

「何か分からない事があるのかも。でも、声をかける勇気がないわ……」


 別にレンシアは困っているわけでも何でもない。否――あえて言うのなら困っている。

 それはきっと、周囲の人々には解決のできない問題だ。

 なぜなら、その問題はレンシア自身にあったからだ。

 また、歩みを止めてレンシアは考えた。


(どうして寮と学園はここまで遠いのだろう……)


 学園の敷地内を歩くだけで、息を切らしてしまった自分に困っていた。

 あくまでお淑やかな雰囲気を漂わせているように見えるのは、疲れないようにするための努力。六歳という年齢を考えてもこの体力の低さ――今までだらけた生活を送っていたツケだとも言える。

 レンシアは外で遊ぶという事をほとんどした事がない。やる事と言えば、大抵は家の中で本を読むか、ベッドの上でだらりと過ごす日々だった。

 大貴族の娘とは思えない生活であり、レンシアに羨望の眼差しを送る人々が見たら失望するかもしれない。

 けれど、レンシアはそんな事は気にするつもりはなかった。


(こんな事ならもう少し外で遊んだりしておけば――いや、それも面倒だからなぁ……)


 レンシアは少女らしからぬ思考を持っている。生まれたときから、レンシアはそういう人間だった。

 レンシアは普通の少女ではない。

 ――大貴族の娘だからではない。

 ――魔法の天才だからでもない。

 レンシアが普通ではない理由は、もっと別にある。


(けど、これも俺の未来のため……っ)


 レンシアは小さく頷くと、再び歩き始める。身体の疲れはすでに激しいが、それでもレンシアは止まる事はしなかった。

 ゆっくりと進むレンシアの事を、周囲の人々はちらちらと気にするように見ていた。

 レンシアは気にしないで、というように笑顔で返すと、なぜか恥ずかしそうに会釈をされてそそくさとレンシアから離れていく。

 そんなレンシアの正体――それは世界を救った英雄の一人であり、《神魔帝》と呼ばれた最強の魔導師、アルトだった。

 大貴族の娘にして魔法の天才と呼ばれるレンシアに転生したアルトの目的はただ一つ――


(俺は頑張って……働かずに楽に暮らすんだっ)


 それは、かつての仲間さえも知らなかった――ニート思考のダメ幼女の姿だった。


   ***


 全身を黒い毛並みに覆われた獣がいた。大きさは数百メートルに及び、二本の大きな角を生やしている。

 一歩、大地を踏みしめるごとに地震が起き、そしてそこから命が奪われていく。川に入れば水の色が黒い染まり、森に入れば木々が枯れ果てる。

 依然、止まる事のない侵攻を続けるのは《魔神》と呼ばれる存在だった。

 その魔神を見据えるように、少し離れた崖の上に五人の男女がいた。


「くっ、このままだとこの大陸諸共滅びるわね……」


 苦々しい表情で魔神を睨むのは《銀の剣聖》ライナ。

 銀色の長い髪に整った顔立ちをしているエルフ族の女性。ここにいる五人のリーダー格だった。

 そんな美しい姿も、今は血に染まって膝をついている。


「大陸どころか――あれを止められなければ世界が滅びます」


 それに答えるのは《導きの聖女》マリン。

 人間だが、女神による信託を受けた事により人ならざる力を持つ存在。ライナほどではないが、マリンも怪我を負っている。

 その状態で、他のメンバーの治療に当たっていた。


「だがよ、満足に近づく事もできねえ」

「まったく、その通りだね」


《深紅の剛腕》フロントと《夜の支配者》レグルスが言った。

 フロントはドワーフ族で、レグルスは吸血鬼の一族であり、このパーティの中では一際仲が悪いと言われている。屈強な身体を持つフロントでも立っているのがやっとな状態だ。

 吸血鬼のレグルスはこの中でもっとも不死に近い存在だが、すでに身体の再生が追いついていない。

 そんな二人でも――ここでは協力関係にあった。全ては魔神を打倒すためだ。

 だが、この四人でもまるで歯が立たず、こうして離れた場所から魔神が進むのも見ている事しかできない。

 すでに四つの種族で構成された大部隊はほぼ全滅状態にあり、生き残っているメンバーはわずかしかいなかった。……彼女達四人がここまで来られたのも、一人の男がいたからである。


「さて……どうしたもんかね」


 そう問いかけるのはマリンと同じ人間であり、全ての種族を含めて地上最強の魔導師と呼ばれている《神魔帝》アルトだった。

 少し長めの黒髪。左の瞳は赤く、《魔眼》と呼ばれる異能力を持っていた。

 アルトのみが使える《固有魔法》持ちであり、この中で唯一無傷であった。

 この中でまともに、魔神に近づいてダメージを与える事ができている存在でもある。

 アルトは目を細めて、魔神を見る。未だに魔神は怯む様子も見せず、一歩ずつ確実に侵攻を続けている。

 こちらで魔神に対抗できるメンバーはおそらくこの五人しかいない。


「……というか、テメエが無傷なのが納得いかねえ」

「それも同感だ」


 アルトの方を見ながらフロントがそう言うと、レグルスも頷いた。


「へっ、珍しく意見が合うじゃねえか」


 フロントとレグルスの意見が合う事は確かに珍しい。

 だが、それがアルトの状態が原因であると考えると、何とも複雑な気分だった。


「お前らなぁ……」

「アルトが戦えなくなったらそれこそ終わりよ。分かっているでしょ?」

「はい、こうして生きていられるのも、アルト様が防御魔法を常に展開してくれているからですし……」

「それは分かってるがよ……」

「このままでは、どのみち勝てない事には変わりないからね」


 ライナとマリンがそう言って二人をなだめる。

 フロントとレグルスも決して本心で言っているわけではない。

 ただ、このままでは埒が明かないと苛立ちを募らせていた。打つ手はない――そんな絶望感すら漂ってくる。

 そんな中で、スッとアルトが手を上げる。


「一つだけ方法がある」

「……その方法があるなら、是非聞かせてほしい」


 ゆらりと剣を持ちながら、ライナが立ち上がる。

 まだ全員、戦う意思が残っている。

 これならば――後は任せられるだろう。


「これから俺は死んでくる。その代わり奴に致命傷を与えてくるから、トドメは任せたぞ」

「――なんだって?」


 その場にいた全員が、驚愕の表情でアルトを見る。

 後に、地上最強の魔導師の最後はこう伝えられている。

 近づく事さえも容易ではない魔神に対して、自らの全てを掛けて致命傷を負わせたのがアルトであり、魔神を倒す事ができたのは彼の犠牲があったからだと――

投稿などで削除していた作品ですが、眠らせておくのもあれなのと、TS物の連載を一つ追加したかったので、再投稿します。

十万文字まではハイペースで更新する予定です!

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