夜はゆっくり休みたい。
初日はなかなか大変だった。
まだ魔王がどうのとか強さがどうのとかの話は出来なかった。
魔王討伐の話どころか生活の仕方とかの話ばっかり。
俺の元居た世界の人間とこの世界の人間は全く同じ人種なことを確認した。でも、俺個人はそのどちらよりも強靭で強いというのはまちがいない。
言葉がどのくらい通じるか、文字はどうか、数字はどうか、食べ物は?
生活様式とか結婚倫理観とか酒やら麻薬やら、医療とか色々な情報交換があった。
俺を受け入れるための情報交換の意味も有るが、未知の世界の情報が欲しかったんだろうね。
政治の話しを色々聞かれて答えたけど、正確に答えられたかな?自信ないわ。
どうやら魔王討伐への出発はまだ未定らしい。まあ、呼びつけられてすぐ行けとか言われても困るしね。
まあ、言葉は最初っから通じてる。だが、文字はさっぱり。
これについて頭良さそうな人は、
「女神がそうしたんじゃね?」
とか言ってるし。
驚いたのは全く接点がない二つの世界の神が一緒という事。
『女神アマンダ』
召還の途中のぐにゃぐにゃした世界で俺に話しかけて来たのも女神アマンダ。
ちなみに、女神アマンダの姿を俺は観た。多分直に観たのは世界で俺だけだろう。
女神アマンダは声は美しいが、わりと地味顔でつるぺただった。
思わず『ちっちぇー』と言ったら怒られた。
そしてつるぺたをバラしたら許さん!黙ってろ!と言われた。
うん、この建物に描かれている女神像は美人で艶っぽいスタイルで地味顔つるぺたではない。本当の事バラしてえ。
なにはともあれ、今日は終わった。
そして、俺に用意された寝所に案内された。
軍の本部から歩いていける距離の場所に俺の家を用意してくれたとな。
流石勇者待遇。
軍隊の施設の中のいちエリアが俺の為に用意された。もとは幹部用の職員住宅だそうで、大家族で楽々住める大きさらしい。
スゲーよ、風呂つき庭付きだよ。しかも、案内の人が言うには美人メイドと頭良さそうなバトラーが俺についてるんだって。
屋敷の前で立ったままの男女が俺を出迎える。
女の方は多分十代後半でシックな服で、この子がメイドに違いない。 黒っぽい髪で細身で真面目っぽい顔つき。(本当の性格は知らん)
バトラーは中年でから壮年のなりかけな年齢で服装も髪型もいかにもバトラーっぽい。(ハゲてません)
初対面なのにメイドとバトラーが玄関で俺に言う。
「お帰りなさいませ」
面食らったが、取り敢えず挨拶。
「有り難う。俺の名前はコウ。宜しく頼む」
ここで『世話人なんて要らないから!』とか言ってはいけない。彼らは俺の世話が任務。それを受けなければ彼らの立場が無くなる。それに、この世界とこの建物の勝手がわかんないし、彼らの存在は有難い。なんせ、俺はトイレの場所すら知らないし。前の世界では家事全般が俺の仕事だったから一人暮らしでもいいんだけど、知らない世界の知らない町ではちょっと無理。
そして俺をここまで連れてきた軍の職員さんは俺を見張りもせずに帰って行った。彼らいわく、「勇者が逃げようとしたら自分たちでは抑えるなんて無理っす」だそうだ。
そして、屋敷の食堂というかリビングに案内され、なんかの穀物を中心とした夕食が出されたが美味かった。そのまま勧められるままに風呂に入り、メイドの用意してくれた部屋着を着る。いつの間にかサイズぴったりのパンツまで用意されていた。至れり尽くせりだ。
前の世界では洗濯と風呂掃除するまでが俺の入浴だったな。
バトラーに翌日の予定を教えられ、困った事が有ったらホールに居るメイドに伝えればいいと言われた。
明日のために早めにベッドに入ったが、なかなか寝れない。ベッドと寝具は最高なのだけど、今日はイロイロあって眠くない。ていうかまだ寝るには早い時間。考えごとをすれば余計に目が冴える。
元の世界への未練。新たな世界での不安。
それなりに平穏な生活を手に入れたのに、また魔王討伐なんて血腥いことをしなければならないこと。
前の世界でも俺は強過ぎて異端だった。ほんの数ヶ月だったが幸せをくれた妻には感謝してる。童貞も妻に捧げた。その後数年はゴキブリ扱いされたけど。
さよなら元の世界。
眠れなくて部屋を出る。
「どうなさいました?」
寝所や他の部屋に繋がるホールのメイド専用席に控えて居たメイド。
その姿はメイドというより、美人秘書みたい。でもこの娘が秘書をやったらバトラーの仕事が無くなるかも。
夜勤か、大変だなあ。寝てていいのに。賊が来ても俺死なないから。
「いやね、眠れなくて。水かなにかないかなと」
「お待ち下さい」
そう言ってメイドは別の部屋に行ってお茶と菓子を持ってきた。気が利いている。
そのままホールの長椅子に座り菓子とお茶を頂く。メイドもひとつつまんでいた。
ついでだからこの建物やこのエリア、この町の事をメイドに聞いた。
いろいろ教えて貰ったけど、言葉だけだとよく判らない。歩いてこの目で見れば実感できると思う。
「つらくはありませんか?」
メイドが聞いてきた。なんて優しい声。
「うーん、別れの挨拶もできずに此方に来たからね。辛くないと言ったら嘘になるな」
「ご家族は?」
「妻が居たけど心配はしてないと思う。夫婦愛は冷めきってたしね。今頃酒屋のザブちゃんにアプローチかけてるかもな。これで良かったのかも」
そして、妻とザブちゃんの面白エピソードをいくつか披露すると、メイドが笑ったりヒいたりしていた。
そうか、もう妻とザブちゃんのその後も見れないんだな。あの世界のその後をもう見る事は無いんだ。
「そうですか。寂しくなったらいつでもお呼び下さい」
「え?」
「今が宜しいですか?」
そう言ってメイドは俺の手を取り、自身の胸に乗せた。
俺の顔を誘うように見るメイド。
「いわやらなたやかだめも!」
「私には遠慮は要りませんよ?」
「へああ!」
標準的な身長で細身で美人。黒髪碧目、巨乳ではないがメイド服を膨らませるには充分な大きさ。そして若い。真面目そうなのになんて大胆!まだ出会って半日も経ってないのに!
手には心踊る感触。
妻より小さいのにプリっとしてるよ、若いからか!
「部屋に行きましょう。私はコウ様のメイドですが妻になる覚悟は出来ています。勘違いしないでくださいね。妻です、遊び相手ではないですよ」
手を引かれる。
若い女の子特有のいいにおい。
吸い込まれる様な美しい瞳。ああ、綺麗!
妻はこう言う時の目つきはガン飛ばしてるようだった。
「いやいやいや!そういうのはほら、あれだ、あれ。なあ、わかるでしょ、ねえでもおっぱい良い!いやでも!まてまてだめ!あ、やっぱり、ちょっとだけ!いやまった!」
もうなにがなんだか・・・
ーーーーーーーーーー
朝日が眩しい。
寝すぎたかも。
致しませんでした。
超我慢しました。
余計寝れなくなって睡眠不足だ。
いや、致しても睡眠不足になったろう。
「私の処女を貰って下さい」
この言葉になんとか助けられ踏みとどまったんだ。
罠かも知れない!
こんな真面目そうな娘が積極的に迫って来て、しかも処女だとか、話が出来過ぎ。
出会って愛情が芽生える程の時間も経ってないのにおかしいでしょ!
偉い人に無理矢理やらされてるんじゃないの?
やっちゃったりしたら、後日怒り狂った幼馴染彼氏が俺を倒しに来るんじゃないの?
勇者がらみの物語によくありそうだよ。
力と権力を使って強姦したなあ!この悪魔!とかいわれて殺されるんじゃないの?俺。
あるいは、彼女を洗脳したなあ!とかいって不思議な武器で刺される?
あ、俺は死なないけど、修羅場はイヤよ。
いやね、
「初めては好きな人としなさい!」
って、言ったら、彼女は一瞬目が泳いだのよ。
少なくとも好きな人は俺じゃない筈。
やっぱ、田舎に残して来た彼氏とかいるんじゃね?
無理矢理ここに連れて来られたとかだったらむごい。
それとも給料がいいとか?
あ、まさか彼氏に噓ついて働いてるとか?
って、ことで丁重にお断りをしておいた。
ただ、偶然を装ってムニっとした。手が乗ってたし。
えがった〜〜
と、とりあえずは保留という事で。
「お早う御座います。朝食をどうぞ」
すっかり陽は昇り、朝食はどうするんだろう?と思ってたら朝飯が向こうからやってきた。
ワゴンに朝食を乗せてごろごろと押してくるメイド。
あれ?昨日の娘と違う。
昨日の娘よりも頭ひとつ低い身長で金髪。やや丸顔。胸は昨日の娘を遥かに超える!なにこのロリ巨乳。
「おはよう。君は?」
「シュリと申します。朝食時から夕方前までは私がお世話いたします」
「シュリさん、有り難う。ええと、そうすると昨日の娘は?」
「カナのことですね。カナは夕飯から朝食前までが担当です。暫くは私達二人でお世話を致します」
成る程、二交代ですか。
バトラーはひとりなんだろうか?ひとりな気がする。
テーブルに朝食を載せて整えるシュリというメイド。
朝から肉の塊が置かれる。
すげえな。
前の世界、体型を気にする妻との朝食は野菜中心で物足りなかったから嬉しすぎる。俺はダイエットしてないから、肉食おうとしたら『目の前で肉食うのは厭味か!』って、怒鳴られ殴られた。あの頃は家を出てから買い食いばかりしてたっけ。
「見ましたね?」
「え?」
「私の胸見ましたね?」
「いやいやいや、そういう気持ちはないから!」
「嘘です!絶対エロいこと考えてます! 私には指一本触っちゃ駄目ですからね!」
「触りません!誓います!」
「どうだか・・・
私を押し倒してあんなことやこんなことをしようと思ってるんでしょう!
男はみんなケダモノよ!
ましてや強い男程、女の気持ち考えないんだから!はっ、胸ね。この胸のせいね!ああ、可哀想な私!」
なにこの娘怖い。
絶対触れちゃいけないタイプだ。ちょっとでもなにかあったら大騒ぎして俺が悪人にされそう。
でも、『勇者』に魅せられて愛もないのにすり寄ってくるような軽い娘でないのはいいことだ。昨日の娘、カナはオカシイわ。あれで処女とかどうなってんの?
「うるさい!」
気がつくと昨日のメイドのカナが私服で立ち、後ろからシュリの頭にチョップをしていた。
「いたい」
威力はそれなりにあったようで朝食担当メイドのシュリが頭を抱えて痛がってる。
「寝れないじゃない!私の睡眠時間に騒がないで!」
「私のせいじゃない!このエロ勇者が私の乳を狙ってるからよ!」
「やかましい!ヤリマン!
あんたが見境無く男に抱かれるもんだから私まで変な目で見られていい迷惑よ!コウさん、シュリから変な病気貰わないでね。アタシに移るから」
ええ?
このロリ巨乳はヤリマンなの?それも病気を警戒するほど?やっぱ、近寄っちゃいけないタイプだ。
あれ?俺って性病にかかるのかな?不死者なら病気持ちの女の子も平気かも。
そしてさんざん俺を罵ったロリ巨乳、実はヤリマンと聞くと俺もちょっとお世話になりたくなった。
と、ロリ巨乳の胸を見たら、夕飯担当メイドカナが踵で俺の足をがん!って踏んできた!
「アタシにうつるからヤメて!」
「はい、しません」
なんで尻に敷かれてるの俺?
「シュリも私の将来の夫を誘惑しない!」
「してない!」
「あんた、エロいとか非難してる男にはいつも最後は跨がってるじゃない。お見通しよ、印象づけてるんじゃないわよ!危なっかしいから昼当番にされたの判ってないの?」
「てか、夫って何よ。なんでカナの夫なのよ、この男が。それに、昨日の夜、カナ誘ってたでしょ!人のこと言えないじゃない!」
「うるさい!」
うわあ怖い、二人に近寄らないようにしよう。
二人はぎゃあぎゃあとやりあっている。俺はそそくさと早口で食事を口に詰め込み服つかんで脱走した。今日もやること多そうだし。
ドアの外ここは静かだ。
静かに深呼吸をする。
植え木に水やりをしていたバトラー。水を得た植物がひかり輝く。バトラー麦わら帽子がよく似合う。気のいい年配者な佇まい。バトラーはすたすたと俺に近付いて優しい声でこう言った。
「シュリは胸以外を誉めるとイチコロです。そして声が大きいです」
あんた、ヤったな。
性格のいい勇者ってのもなかなか居ない