お母様ちょっと!
「ここがいいのか?」
「奥がいいの」
「ああっ、あなた凄いわ!」
「じゃあここは?」
「あっ!そこはダメ!ダメ!」
今日はカナの実家。
近所で取り壊される家が有ったので、かまどを貰ってきて設置している所だ。
いろいろ位置を試し置きしながら決めて、漸く落ちついた。
カナのお母様は現在独り暮らし。以前は親子四人で暮らしていたからデカイかまどだったけど、今は小さいので充分ということで交換したところだ。因みにカナには姉が居る。既に結婚して地元には居ない。
と、いうことで勇者パワーの出番だ。かまどくらい楽勝。
大きかったかまどでも火を弱めて使えばいいんじゃない?と思ったけど、デカイと、かまが温まるまでの時間がかかるから薪が沢山いるんだそうだ。そして、引きずり出した大きいかまどは既に引き取り手が居た。引き取りに来た台車にサービスで載せてやったさ。載せるのに比べれば下ろすのはそんなに大変じゃ無い筈。
カナのお母様とかまどの引き取り手の人に御礼されて作業は終わった。
「ねえ、孫はまだなの?」
「ぶっ!」
カナがお茶を噴いた!
俺も面食らったが、それ以上にカナが動揺した。
いやまだひと月も経ってないし、そもそも致してないし。お母様それは早すぎます! いや確かに出会ったその夜にベッドに誘われたが致してません。その後は全く誘われない。仲はいいと思うけど。
「この子ったら、コウさんのお宅への配属が決まって、初めての勤務の日に私に向かって『今日まで御世話になりました』とか挨拶をしてたのよ。もう、お嫁に行くみたいな挨拶だったわ」
にやにやしながら語るお母様。
「わーわーわーわーわー!」
顔真っ赤になって両手で耳塞いで喚くカナ。あら、かわいい。
「お、お、お、お母様。私達はまだそういうことはしてませんので」
「そうなの?早く孫欲しいわ。私、コウさん好きよ」
「いや、私が『カナさんの勇者』と決まった訳じゃないですし」
「それ聞いたけれど、確かめる方法なんて無いんでしょ、 カナ。だったらコウさんに決めちゃいなさい」
「うわーうわーうわー!」
混乱してるな。
「いや、俺もこの先どうなるか分からないですし」
「それも聞いたわ。でも、次の勇者が良い人とは限らないじゃない。性格悪かったら嫌よ。コウさんが良いわ。生きてる性悪よりも、死んだとしても良い人の方がいいわ」
「ちょっとそれはどうかと」
「あら、ちゃんと生きていてもダメな男だと女は不幸よ」
バトラー!
アンタのせいか!
アンタ、どんな夫婦生活してたのさ。
「はあ」
「折角だから今日は二人とも泊まって行きなさい。カナ、お宅のほうに連絡してきて。朝もこっちで食べるからって」
「まじ?」
「ほら、早く行く!」
追いたてられるように出されたカナ。
家にはお母様と俺だけ。
カナが居なくなるとお母様は改めて丁寧に俺に向いた。
「コウさん、あなたには感謝してるわ。カナのこと宜しくお願いします」
深々と頭を叩く下げるお母様。やっぱりカナを俺が貰うことは決定なの?
「そんな、頭を上げて下さい」
「あの子は『例の予言』のあと酷い毎日だったわ。婚約破棄されて、向こうのご家族からは責められて。随分酷い言葉を言われてたわ。尻軽とかビッチとか裏切り者とか昔の仲間達にも言われたの。辛かったわよね、友達もみんな敵になって。向こうさんの家柄が良かったの。女友達にはそれで余計嫉妬されてたのもあったのかもね。婚約破棄になった途端に苛められるようになって。私も辛かったわ。カナが悪い訳じゃないのにね」
「すいません。俺のせいで」
「仕方ないわ。でも、あれは友達なんかじゃ無かったのよ。でも、良かったわ。勇者がコウさんで。コウさん、良い人だもの。お陰でカナすっかり元気になって。あんなに嬉しそうなカナ久し振り」
「そ、そうですね」
いや、ほんとに俺に決定?
いいのかなあ?
カナ可愛いから俺は嬉しいけど。
「でも俺も結婚歴あるような男だし・・」
「なら経験者がリードしなきゃね。今夜は精のつくもの食べなきゃね」
そう言うとお母様は立ち上がって食事の準備に入ってしまった。既に食材は買ってあるらしい。
「今夜はがんばってね」
えええええ!
マジですか!
「いやほらあのその、カナさんの意思もー!」
「だーいじょーぶよー」
台所から陽気な返事が来た。お母様・・・
夕飯大変美味しゅう御座いました。肉料理に何かの球根が一杯。味付けはやっぱり親子だ、殆んど一緒。ゴツい食材ばかりなのにこってりはしていない。
後片付けはカナ。
テーブルに残るお母様。
あら、お酒ですか?
青い果実酒みたいなやつ。
それを楽しそうに飲むお母様。
「コウさんもいる?甘口よ」
そういったところでカナが戻ってきた。
「カナも座って」
そう言ってお母様は俺とカナにカップを差し出し、お酒を注いだ。
「じゃあ、乾杯しましょう」
「なんの乾杯でしょう?」
「そうね。コウさんは自分の無事を祈って。カナもね。私は元気な孫が生まれることを祈るから」
「お母さん!」
「お母様!」
「カナ、今日決めなさい」
「お母さん、なにいってるの!」
「あなたが勇者の子を産むのよ。コウさんいい人じゃない。コウさん死ぬかもしれないのよ?生きてるうちに子供の顔見せてあげなさい。もたもたして生まれる前に死んじゃったら、コウさん可愛そうよ。無事生きていてくれれば一番いいわ。でもこればっかりは分からない。コウさん、リードしてあげてね。じゃあ、乾杯!」
「乾杯」
「乾杯」
三人で同時に飲む。
甘い酒だ。
お母様の話が重い。
それはカナも同じだったようだ。
カナが勇者の子を産むのは予言されてる。俺が子供の顔を見ずに死ぬかも知れない可能性。どうせ生まれるのなら父親に顔を見せた方がいいのは当たり前だ。
ひょっとしたら子供の顔を見れない。それもカナと俺の可能性のひとつ。のらりくらりと先延ばしにしていた事がひとつの悲劇を生むかもしれない。そうでないかも知れない。
若者にとって『時間』は無限に感じる。期限が決められてないならば焦る事はない。だが、『見えない期限』を提示されたようなものだ。
「じやあ、私寝るから」
そう言ってお母様は酒瓶と自分のカップを持って出ていった。自室で飲んで酔ってその勢いで寝るんだろう。俺達の邪魔はしないと。
カナの部屋。
「ええと、俺床でいいから・・・」
「だだだだ大丈夫、ほら、一緒に寝れるって、うん、アタシのベッドりっぱ!ももももももう寝る?」
いかん、テンパってるよカナ。
「もういいのか?」
「な、なにが?」
「婚約者のことは」
「もういいの。終わったことよ」
テンパってたのに真顔になるカナ。
「コーはいいの?奥さんの事は忘れた?」
未練がないと言ったら嘘になる。最後は冷めきっていたとはいえ、良かった時代もある。
「同じだな。もう終わったんだ。戻ることはないよ」
「アタシ達似た者同士なのかな」
「そうかもしれない」
「アタシでいいの?ほんとはシュリみたいな凄い娘が好きなんじゃない? アタシだよ?」
「カナは素敵だよ」
「そ、それにきっとアタシは下手だし」
また狼狽え始めたカナの口を俺の口で塞ぐ。小さい顔だ。震える細い身体。
俺のカナ。