71話 ツンデレジジイVS祖父ラブな孫 下
訪問者を確かめにきたのか、そこにはスティーブンが立っていた。気付いたエリクトールが「あ?」と目を向け、二人の視線がピタリと合った。
直後、ぴしゃーんっ、と互いの間に何かが落ちたような幻聴が聞こえた気がした。
まるで宿敵同士、もとい犬猿の種族同士が対面でも果たしたかのような空気感が広がった。メイベルは、「おいおい……」と自分より随分と背が互い両者を見やる。
「ほぉ。これはこれは、都会の大学に出てからほとんど疎遠になっていた不良な孫じゃねぇか。いや~久々に見たが、相変わらず可愛くねぇ面しとるわい」
「そっちこそ、相変わらず社交辞令も出来そうにない顰め面だな、エリクトール爺さん。まだ画家として活動出来ていたとは、驚きだ」
「まだ自分の祖父にしつこくつきまとっているのかい、孫」
「俺の爺さんに、頬染めてる友達の少ないクソジジイに言われたくない」
引き攣り笑顔で牽制し合う二人の間に、修正不可なマイナスの空気が落ちた。
わー、くだらねぇ、とメイベルは表情に出して見守っていた。遅れてやってきたエインワースが「どうしたの?」と、不思議そうに首を傾げて声を掛けた。
「やぁエリクトール、待っていたよ。来てくれて嬉しいよ」
「あっ、こちらこそ! ほ、ほほ本日はお誘いありがとうエインワースッ」
慌ててエリクトールが答え、差し出された挨拶の手をぎゅっと握り返した。
「さっき話していた紅茶葉を買ってきた」
「ありがとう。すまないね、列車を一本乗って行くと言っていたから、ついでにリザーブ店で買ってきてくれると有り難いなと思って」
「いいんだ、お互い様さ。ワシも好物のアップルパイにありつけるのは有り難い」
得意げな表情で照れ隠しをして、エリクトールが紙袋を手渡した。
どうやら、打ち合わせとやらは地元では行われなかったらしい。まぁ企業のビルもない田舎町だ、メイベルは「それよりも……」と面倒なオーラの方へチラリと横目を向ける。
そこには、友人同士、自然体でやりとりしているエインワース達を、真っ黒いオーラを背負って見ているスティーブンがいた。色々と思って声も出ないでいるようだ。
やれやれ、と小さく息をついて歩き出す。
「画家の頑固ジジイ、ツンデレもほどほどにな」
直後、家に向かって先に歩いていくメイベルの後ろ姿に、エリクトールが「は、はああああああ!?」と声を上げた。
「おまっ、ワシのどこかツン……!?」
「そのまんまだろ。せめて、もうちょっとうまくデレろよ」
「ぐぅ、その口の悪さはどうにかならんのか」
「どうして私が『どうにか』しないといけない?」
しれっと言い返したメイベルを、エリクトールが何やら言いたい様子で「ぐおぉ……」と呻く。言いたい事はよく分かる、という表情をスティーブンが浮かべていた。
「というか、あいつは真っ先戻るのかよ……?」
スティーブンが疑問を呟く中、エインワースが動かないまま、にこにこと笑顔で待っていた。
と、一旦家の中に入っていったメイベルが、すぐに玄関を再び開けて外に出てきた。その手には杖を持っており、スタスタと歩いてくると、ずいっとエリクトールに差し出した。
「なんじゃい、嫁」
「向こうの家と違って、ここは玄関前に数段、段差があるからな」
回答を聞いたエリクトールが、目を丸くする。
メイベルは、じっと金色の『精霊の目』で見上げたまま続けた。
「エインワースの玄関先の階段は、少し高さもあるから、杖を使った方が楽になる」
足がつらいんだろう、とは言葉にされなかった。
意地っ張りなエリクトールが、そうと分かってゆっくり杖を受け取った。メイベルは触れない距離を示すかのように、手を離すと、身体ごとそっと離れる。
しばし思案顔で見ていたスティーブンが、そこからふっと視線を外した。
「段差のところは、俺が手伝う」
彼が声を掛けると、エリクトールが顰め面を返した。
「ジジイ扱いしなくても大丈夫だ、孫。ワシはエインワースと同級生だぞ。やつもまだピンピンしとるだろ」
「ふふっ、そうだね」
エインワースが「さ、行こうか」と告げ、エリクトールが後に付いて歩き出した。
その様子を、メイベルはぼんやりと見つめていた。段差に足を掛けた際に問題がないのを確認して、ようやく指先からも力が抜けたのを、スティーブンが横目に留めていた。
「あの爺さんの足が悪いってのは、いつ気付いたんだ?」
ふと、スティーブンが問う。
メイベルは、自分が立ち止まったままでいるのに気付いて足を進めた。その隣を追うように彼が続くのを感じながら、別に教える必要もないのに独り言みたいに話していた。
「前に、エインワースに頼まれた頑固ジジイの家に行った」
「それで?」
「家は改装と改築がされていて、新築みたいにキレイで――段差部分が極力ない造りをされていたから、そうなのかな、て」
足の症状も、個人差があって色々違っているので推測の一つだった。
でも、予想していたようなひどさはなかったようだ。杖一つで問題なく段差をこえていったエリクトールを見届けて、メイベルの口許に小さく安堵した苦笑が浮かぶ。
「――俺には、手を取って支えたかったように見えたけどな」
口の中で呟いたスティーブンの声は、先に家の中に入ったメイベルの後ろで、風に運ばれて消えていった。
家主と客人らが腰掛けて少し後、リビングのテーブルに、もう一人分の紅茶が追加で用意された。
「まさか、あんなガサツで口も悪い精霊の嫁に、紅茶を出される日がくるとは……」
エリクトールが、めちゃくちゃ不思議そうにティーカップを見下ろす。
「しかも、そのへんの紅茶より美味い……」
「私は、美味いものを飲んで食うための努力は怠らん」
「ひっでぇ理由だなぁ。精霊だから紅茶は得意、とかにしとけよ、せめて」
一息ついたところで、これから準備が進められる祭りについてエリクトールとエインワースが話し始めた。設営の段取りに関しては、スティーブンがたびたび口を挟んで確認する。
メイベルは、その様子をティーカップを両手で持って眺めていた。
アップルパイとスコーンを、もう一つずつだけ食べた。そうして彼女は、残りの紅茶も飲んでから、そっとティーカップを置いてこう切り出した。
「エインワース、私は少し散歩の用を思い出した」
かたり、と控え目に音を立てて椅子から立ち上がる。
「おや、まるで今決めたみたいに聞こえたよ?」
プライベートな話へと移行していたエインワースが、きょとんとして見る。
ふっ、とメイベルは口角を僅かに引き上げた。
「ゆっくり話せばいい。【精霊に呪われしモノ】がそばにいたんじゃ、客人もゆっくり落ち着けないだろ。もしかしたら午前中にあった祭りの話し合いの件で、近所の他の誰かが訪問するかもしれないしな」
「別にワシは構わんぞ。エインワースの嫁だしな」
メイベルは、そう口を挟んできたエリクトールをじっと見つめ返した。
エインワースと同じく、自分よりも『少し年下』の人間。それでいて、同じようにこちらを恐れていない気がある――珍しい、新鮮だ。けれどそれは、同時にあまりよろしくはない事ではあった。
「なんだ?」
「私はたらふく食ったからな。今は、散歩したい気分なんだ」
くるりと踵を返して、ひらひらと片手を振る。
「なんだ、そんなことだったのか」
自由精霊め、とエリクトールが呟く声がする。
気を付けて散歩しておいで、とエインワースが見送りの言葉を掛けてきた。そうしたらガタン、と椅子が引かれる音がして――。
「俺も行く」
勝手にスティーブンが付いてきた。




