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精霊魔女のレクイエム【3部/精霊女王の〝首狩り馬〟編(完)】  作者: 百門一新
2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編
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51話 教授と精霊助手、慰霊碑を訪ねる

 ホテルを出たところで、再びスティーブンが若干痛みの残る首の後ろをさすりつつこう言った。


「…………なぁ、寝ている俺を床に落として起こすとか、ちょっと乱暴すぎるんじゃないか?」


 まさか爺さんにそれやってないだろうな、と口にしたところで、ふと気になったように続けて彼は尋ねる。


「しかも、なんだか顔の横も痛いような気がするんだが……」

「んなの知るか。勝手な打ちどころが悪かったんだろ」


 前をずんずん歩くメイベルは、視線も返さずぴしゃりと言った。ホテルで朝メシをたらふく食ったものの、ムカムカとした怒りは収まっていない。


 今朝のは、完全に不意打ちだった。

 人間側では【精霊の呪われしモノ】について、随分あれやこれやと噂されているようだが、そもそもメイベルはキスの一つだってした事はなかった。


 想定外である。まさか爺さん大好き(?)で、精神年齢も残念そうなこの人間(おとこ)が……と忌々しげに思う。結構手慣れている様子には、本気でゾッとした。


「お前には、いつか倍返しで嫌がらせの報復をしてくれる」


 メイベルは思い返しながら、口の中で怨念を込めてそう呟いた。


 ちゃっかりその台詞を拾った彼が、一方的な報復宣言だろうと言わんばかりに「はぁ?」と顔を顰める。華奢なローブの後ろ姿に目を留めたまま声を掛けた。


「なんでだよ。普段から嫌がらせ級の迷惑しかされてねぇのに」

「寝起きがものすごく悪いのを、どうにかしろ」


 愚痴るような声で、ピンポイントにそう指摘を返した。


 そんなメイベルの後ろでは、スティーブンが心底疑問だという表情で眉を寄せていた。朝受けた「いてっ」という衝撃で、しばしぐるぐるしていたもやもやの一部も飛んでしまっていた。


 二人がこれから向かおうとしているのは、ヴィハイン子爵および当時の被害者たちの供養の第一の儀式として使われた場所だった。地上の怨念を抑え込んだと資料にも明記されており、現在はきちんとした慰霊碑になっているらしい。


「デカい浄化や封印ってのは、基本的に数を分けて『打ち込む』。年月劣化で少しほころびが出ていたとしたら、この現象に少しは幽霊の(たぐい)が関わっているとも推測出来るわけだ」


 力いっぱい歩いたおかげか、ホテルから少し離れたところで落ち着きも戻ってきた。メイベルは歩きながら、黙々と後ろを付いてくるスティーブンにそう言葉を投げる。


 自分がここにいるのは、彼に協力しなければならないからだ。そう思い返していたら、なかなか後ろから反応がこない事に気付いた。


 思えば、後ろを付いてくるばかりで、『エインワースの孫』はしばらくずっと黙ったままだ。


「おい、聞いているのか?」


 訝って振り返ってみると、パチリと目があった彼が「え、あ、なんだ?」と戸惑いの声を上げた。


「いきなり振り返るなよな。なんかお前、冗談じゃなく本気で怒っているみたいだったろ」


 こちらがピリピリとしているのが、じわじわと遅れて気になりでもしたらしい。思わず顰め面を強めてみると、スティーブンの表情に『やっぱりまだ怒っているのだろうか』という困惑が滲む。


 普段は強気でツンとしているだけあって、ちょっと気持ち悪いな。


 そう思いながら、メイベルはピタリと足を止めてこう言い放った。


「お前が言っていたその『慰霊碑』の、正確な住所が分からん」

「は……?」


 じりじりと歩く速度を落としていたスティーブンは、呆気に取られたように立ち止まってメイベルを見る。


「え、お前知ってて先を歩いていたんじゃ――」

「元々、今日のスケジュールを昨夜立てたのはお前だろ。だから案内しろ」

「…………要求は偉そうなのに、案外素直というか」


 困惑しつつ、それでも彼は「嫌な気がしないのはなんでだ……?」と呟いて、彼女の前を行った。そうして二人は、教授と助手らしい様子で道を進み出した。


 朝の仕事が始まったバルツェの町は、人々が元気に行き交っていた。大半が農業に従事している者で、組合や役所仕事の男たちの姿もチラホラと見られた。


 ただ、一度見掛けていた者たちなのか。フードまでしっかり被っているメイベルを見て、一人、二人とそそくさ離れて行く者たちはあった。精霊に馴染みがなさすぎるせいなのか、かえって好奇心を覚えたかのように、しげしげと目を向けてくる珍しい男も少しいた。


 やがて、ホテルから一番近い距離にある一つ目の『慰霊碑』に到着した。


 小さな公園のように柵で敷地が縁取られていて、外から見えないよう配慮されているのか、少しの木々に囲まれていた。


 そこを進んでみると、視界が開けて大きな石碑が姿を表した。それを『精霊の目』で留めるなり、メイベルは大きな目を見開いた。


「――これは、想定外だったな」


 すぐには言葉が出なくて、声も少しつっかえてしまう。


「怨念を浄化して抑えるはずの封印術式が、壊されている」


 どういう事だろうかと目を向けてくるスティーブンに、そう言いながらもパタパタと駆け寄った。手をかざすと、慰霊碑の中に組み込まれている『術式』を引っ張り出す。


 そのまま両手を広げて、本来はとても美しいはずの、巫女と神官による古き時代の複合型の魔術陣を眺めた。キラキラと黄金色を放っている事から、聖なる魔力はそのまま残されているようだ。しかし、術としては機能出来ないほど、陣がバラバラに分解されてしまっている。


 魔力を視認出来ないスティーブンが、「?」という顔で慰霊碑を見やった。どこも欠けていないのを確認する様子に気付いて、メイベルは手と視線をそのままにこう教えた。


「お前の目には見えないだろうが、この慰霊碑には強力な浄化の魔術陣が複雑に組み込まれていて……こんなに『崩されて』いるのも久しぶりに見た。かなりの腕というか、魔術的なセンスがないと出来ない」


 スティーブンは、メイベルが目に留めている部分を不思議そうに眺める。


「ふうん。俺には何も見えないが――精霊の目から見ると、かなりまずい事になってるのか?」

「それなりに『見る目』のある魔法使いでも、恐らくは絶句する」

「幽霊が続々出ちまうって事か?」

「いや、聖なる魔力は生きているから、浄化されている魂分に影響はない。ただ、土地に染み付き残っている怨念が、抑えが外れた事でじわじわと地上に湧き出す。濃いモノであれば、勘の鋭い人間には霊現象の影として映らなくもない」


 だが、と続けながらメイベルは魔術陣を慰霊碑の中に戻した。


「今、懸念すべきは、怨念を抑え込む機能が人為的に壊されている事だ」


 考えられる可能性は色々とある。そう思案に入ったところで自然と言葉が途切れてしまい、メイベルは自分の沈黙にも気付かず考え耽った。


 そんなメイベルの横顔を見て、スティーブンがほん数秒ほど考えた。


「――分かった」


 ざっと考え立てると、そう切り出して次の行動を提示する。


「なら一旦、儀式の格になったとされている全部の石碑を調べてみよう。俺は魔術だの魔法だのはよく分からねぇが、今のお前を見ていたら、まずい状況だっていう事くらいは分かる」


 行くぞ、スティーブンが歩き出した。


 一瞬呆けてしまっていたメイベルは、少し遅れて彼の後を追った。変な人間だ。信用しないと言ったり、それでいて信じて即行動を決めて移したり……その背中を、不思議そうに眺めてしまった。

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