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精霊魔女のレクイエム【3部/精霊女王の〝首狩り馬〟編(完)】  作者: 百門一新
2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編
46/97

46話 考察と本と、時には紳士な教授

 ジュゼの家を離れ、歩きながら腹ごしらえをしつつ町の資料館に向かった。

 そこは町の歴史などか残されている場所で、書物コーナーには沢山の文献や紙の資料が揃っていた。


 どうやら、残されている過去の幽霊騒ぎの事象から、現状と照らし合わせて『屋敷内はやっぱり幽霊騒動とは関係ない』事を、キチッと確認取りしたいらしい。


 メイベルは彼に付き合って、書棚の間に一つずつ置かれた奥の閲覧席へと一緒に腰かけた。テーブルに次々に本を重ねていく彼を眺めつつ、さてどうしたものかと思う。


 こちらとしては、これといってやる事もない。


 よしと言わんばかりに腰かけたスティーブンの向かいで、どのくらいかかるのか、何で時間を潰せばいいのかと、しばし椅子に楽に腰かけたままぼんやりと考えていた。


 すると、必要な個所のページを読み込む彼の眉間に、次第に深い皺が入っていった。もはや表情にも隠せない苛々が滲み、頬杖をついた指先がせわしなく頭を叩く。


 学者特有のアレかな、と考えてじっと見ていたら、ようやく視線を察したのか彼が顔を上げてきた。


「俺はな、噂話やら紙の上で伝えられている幽霊は信じてねぇ」


 パチリと目が合うなり、認めるようにそう言ってきた。


 というより、ただの主張である。察したメイベルは、そんな彼を放っておく方向で、左様ですかと言わんばかりに片手を振って「はいはい」と聞き流した。


 それから、テーブル席の横にある窓をぼんやりと眺めていた。館内は人がほとんどいないせいか、向かい側からページをめくる音だけがよくしている。


 やっぱり暇であるし、かといって眠気はないので一寝入り出来そうにない。


 メイベルは、あまり音を立てないように立ち上がった。もし人が通っても大丈夫なように、被ったままのローブのフード部分を深く降ろし直す。


 すぐ後ろの本棚の前に立って眺めてみた。とても背の高い本棚だ。背表紙の文字を読み進めながら、ふと、上から二段目あたりでメイベルの目が留まる。この町にまつわる詩人の唄を集めたものであるらしい。


 本棚を前に、じっと見上げていると後ろから声がした。


「何してんだ」

「別に」


 答えたメイベルは、目を向けたままちょっと小首を傾げる。


 これなら自分も暇潰しがてら楽しく読めそうなのだが、この身体のサイズだと、手をめいいっぱい伸ばしても取れそうにない。かといって、後ろにある椅子を引っ張ったとしても、やっぱりちょっと足りないだろう。


 通ってきた道のりに、台らしき物はなかったように思う。もし探しに行くべく一旦ここを離れると言ったら、この煩い教授が気に食わないと言わんばかりに止めるのでは?


 うん。彼の事だから、「勝手に動くな」やらと色々文句を言いそうだ。


 それはそれで面倒なので、それならあの本を取るのは諦めて、他に気になるタイトルがないか探してみる方がいいだろう。


「気になる本でもあんのか?」


 ふっと、再び怪訝な声が投げ掛けられた。


「それなら魔法で取りゃあいいだろ」


 そう簡単にホイホイ使って消費するのが、問題ない状態であったら出来るんだけどな。


 そう思いながらメイベルは、もう一度「別に」とそっけない前置きを置いた。それから、ついじっと本を目に留めたまま、嘘にはならない言葉を言った。


「読みたい本があるわけじゃな――」

「んなわけねぇだろ」


 突然、真後ろから声が降ってきた。


 一体なんだと思って振り返ってみると、背後にスティーブンが立っていた。見下ろしてきた彼と目が合ったかと思ったら、顰め面で問い掛けてくる。


「んで、どの本が取りたいんだ?」


 少し遅れて、メイベルは無表情のまま「それ」と自分の幼い指を向けた。


 スティーブンが本棚から一冊引き抜いて、「ほらよ」とメイベルに渡した。それから、あっさりと踵を返すと、先程まで座っていた椅子へと向かう。


「ったく、普段から遠慮知らずな癖に、なんでここで気を遣ってんだよ。取って欲しいんだったら、はじめからそう言えよな」


 ぐちぐち言いながら、ドカリと腰を下ろす。そこで彼が、遅れて気付いたように「ん?」と言って、疑問でならんと言わんばかりの皺を眉間に刻んだ。


「精霊って、そもそも本を読むのか……?」

「一部の精霊は読むぞ。たいていの種族は読書への興味関心が薄くて、人間が朗読すると聞いてはくれる」


 メイベルは、手にした本を不思議そうに眺めながら椅子に座り直した。そう教えたところで、ふっとスティーブンへ視線を返す。


「あ? なんだよ」

「本、取ってくれてありがとう」

「………………は?」


 当たり前のように礼を言ったメイベルが、本を開く。

 え、は、と呆けていたスティーブンが、今のは聞き間違いか幻覚なんじゃないかと、深刻に考える表情で読書に戻った。


 それから、どのくらい経った頃だろうか。


 メイベルは、自分が読んだページが、それなりの厚みになったところで目を上げた。少しかかってすっかり仕事モードで読み込み出していたはずのスティーブンが、ひどい険悪なオーラを放っている。


 眉間にはクッキリと不機嫌な皺が入り、こめかみには我慢もピークに達しそうだと伝えてくる青筋も見えた。思わずメイベルは、真っすぐ指を向けてこう言った。


「顔に『クソくだらねぇ』『そもそもこういうのを書き残す必要があんのか』って書いてあるぞ。なら、読まなければいいのでは?」

「女がその物言いはどうかと思うんだがな」


 ギリィ、とスティーブンが歯を噛み締めるようにしてメイベルを睨み返す。


「けど、ピンポイントで当たってるから、あまり強くも言い返せねぇ」

「そうか。かなり悔しそうな表情だな」


 むしろどっちでもいいよ、とメイベルは興味のない目をしていた。


 スティーブンが、前に広げていた大きな本をパタリと閉じた。既に山積みの本の半分を確認し終わったせいか、「そもそもな」と頬杖をつき自分なりの納得を口にする。


「俺としては今のところ、建物の中に見えたとかいう影については、目の錯覚か、もしくは歩いている人間がいたとしか考えられねぇ。ちょうど魔法協会に依頼したタイミングで、そいつらが館内に入ったタイミングで目撃した、とか」


 そう片手を交えて述べられ、メイベルは同意するように持っている本を置いた。


「人間の可能性ってのは、考えておいてもいいかもしれないな。私も、少し『そう推測している部分』はある」

「へぇ――あ、そういや喫茶店『ポタ』のマクベイも、森辺りでも霊を見ていないって言ってたな」


 世話になった喫茶店『ポタ』の若き店主で、幽霊を見る目を持っているマクベイ・シュダー。森の近くを通った際、彼はオバケの類は見なかったと話していた。


 メイベルが思い返していると、スティーブンがこう続けた。


「んでもって、今のところ封印やらなんやらで、地下屋敷のものが影響する事はない、と――そうすると、原因はやっぱり外だろうなとか思うわけで」

「ふうん。それで?」

「つまりさ、幽霊騒動ととらえられるような事を起こしている『人間』がいる、とか」


 ここまでの推理からすると、その可能性は捨てられなくなる。


 話しながら候補の一つとして考えがまとまったのか、スティーブンが椅子にもたれて腕を組んだ。その目は、もう必要ないと本の山を無視していた。


「そうすると、もっともあやしいのは無法魔法使いと、そいつと魔法でやりあってる取締局の連中なんだよなぁ。この土地は、あんまり魔法とは縁がないみてぇだし」


 そう思案をぶつぶつ口にした彼が、しばし考える間を置いてから「よし」と言った。


「夜の現場を実際見てみるか」


 メイベルは、予測していた言葉を聞いて「それがいいな」と答えた。

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