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精霊魔女のレクイエム【3部/精霊女王の〝首狩り馬〟編(完)】  作者: 百門一新
2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編
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43話 【呪いの屋敷】、ヴィハイン子爵邸へ 下

 謎の小動物の死骸が埋められているのを確認した後、二人は再び先へと進み出した。それからもうしばらく進むと、木々が開けて立派な門扉を持った屋敷が見えてきた。


 文化財産として登録された、【呪いの屋敷】ヴィハイン子爵邸。


 敷地の門と柵は、時代の古さは窺えるものの、役所がきちんと管理しているだけあって錆や破損は見られなかった。敷地内は、元々庭園などあっただろうと推測させられるほど広く取られていて、その向こうに尖塔と沢山の窓を持った『貴族の館』が存在感を露わに建っていた。


 一旦、その屋敷の裏手に回って『双子屋敷』の由縁を確認してみる事にした。すると、話にも聞いていた通り、ぽっかりと口を開けた巨大な地下空間の『大穴』があった。


 そこには、まるで写し取ったみたいにそっくな『もう一つのヴィハイン子爵邸』があった。三階建ての尖塔部分まですっぽりと穴の中に収まっていて、覗き込んでみると底はかなり深い。


「すごいな。一体どうやって出入りするんだ?」

「魔法で入口が繋げられているみたいだ」


 メイベルは、精霊の目で確認してそう教えた。


「そもそも魔法の専門家とではないと、立ち入りを禁じているんだ。一般人だけのための縄梯子なんかはいらないだろう」


 魔法を使っての出入りと聞いて、スティーブンは嫌そうな表情を浮かべた。


 物は全く同じであるし、地下屋敷が発見されるまで幽霊騒動が続いていたのは地上の屋敷の方だ。ひとまずは実際の間取り確認を含め、役所に寄せられているという『窓から影が』『幽霊火が』といった目撃場所を確認すべく、二人はヴィハイン子爵邸の表へと戻った。


 鍵を差し込むと、扉はカチリと音を立てて開いた。入ってみたその館内は、長い年月物とは思えないほど綺麗にされていた。


 半年に一回の備品確認と清掃のおかげか、古い場所にありきたりな雲の巣だとか白い埃の層だとかは見られない。歩くと床からはコツンといい音がしていて、軋みは確認出来なかった。


「ああ、なるほど」


 玄関フロアから全体を見回したメイベルは、察して呟いた。


「形が残っている限りは、解けない魔法がかけられているな。人間でいうところの、仕掛けや罠とでもいうべきか。そのために建物自体の劣化がかなり遅いんだろう」


 館内はキレイに片付いていて、棚や装飾品も当時のままに残されていた。良い意味で古い時代の暮らしの背景やら、当時の貴族の生活様式や雰囲気が伝わってくるようだった。


「ふうん。まぁ、当時の暮らしぶりにしては質素な印象だな」


 スティーブンが、オバケ屋敷というわけでもなさそうだと少し気が抜けた様子で述べた。玄関や戸棚の装飾品、天井からさがったシャンデリアや、上へと続く階段脇の絵画品といったものをざっと眺めていく。


「この年代の屋敷はいくつか見た事があるが、それなりに当時の時代背景を残しつつも豪華絢爛って感じだった。それに比べると、なんだかあっさりしている気がする」

「――あまり、過ぎる贅沢はしていなかったんだろう」


 その事からもヴィハイン子爵の人柄が紐解けていくようで、メイベルは思うところがあって独り言のように言った。歩き出したスティーブンに続きながら、ゆっくりと館内の様子を見ていく彼女の目に、ひっそりと微かな哀愁が過ぎる。


 役所に寄せられている幽霊の影を見ただといかいう相談は、全て二階の窓の方だ。まずはそちらを確認しようと階段を進み出したものの、つい、途中でそこからの眺めをじっくり目に留めてしまっていた。


「どうした?」


 気付いたら足が止まっていて、前を進んでいた彼に声を掛けられて我に返った。感じたことを一旦胸の奥にしまって、なんでもないような冷静な表情でこう答える。


「いくつか魔法はかけられているが、立ち入った者をことごとく殺してやろう、っていうくらいの数じゃないな、と」

「そうだとしたら怖すぎるだろ。どんな恐怖の館だよ」


 そう言ったスティーブンの反応から、自分の無表情がうまく機能しているらしいと分かった。調子を戻すように、続いて『わざと』ニヤリと返して見せる。


「知らないのか、ヴィハイン子爵邸のような屋敷は、他にもあるんだぜ」

「その悪党面やめろ、イラッとするわ」

「でもソッチは、本当の【悪魔のような館】だけどな。必ず誰かが触れるもの、通るところ、踏んでしまうところに冗談じゃ済まない類の呪いの魔法が掛けられ、何十もの調査団が全滅した――こっちのは、分かる者がいれば全部避けられる『仕掛け』だ」


 ふっと表情を解き、辺りを見やってポツリと言う。思うところがあるような眼差しを見て取ったスティーブンが、全く分からんと言わんばかりに顰め面をした。


「避けられるに越した事はねぇだろ」


 そう述べた彼は、ふと気付いて「あ」と眉間の皺を消す。


「おい。そういや俺が先頭に立ってるけど、この階段は大丈夫なんだろうな?」

「この階段だと、そこの絵画に触れなければ何も起こらないし、そもそも問題があれば前もって私が警告する」


 視線を戻して、メイベルはぴしゃりと答えた。


 すると、スティーブンが、掛けられた台詞に似合わない表情を浮かべた。奇妙な間を置いた後、ゆっくりと顔をそらしたかと思うと手をあてて伏せてしまう。


「…………なんか、一瞬、お前が頼もしいと感じた自分が嫌だ」

「何言ってんだ。いいから、とっとと進め」


 しっしっ、と手を動かして、メイベルは彼に探索再開を促した。


 ヴィハイン子爵邸の二階は、一階部分よりも屋根が低かった。室内の様子が分かるよう全ての扉が解放それており、より当時の生活ぶりが雰囲気として伝わってくる。物々しい様子の置き物などはなく、保存状態の良さから廃墟に比べれば不気味さはない。


「怪奇現象に関わっていると思われるような、魔法の仕掛けはなさそうだな。そもそも『発動しているもの』だって見られない」


 私室らしい部屋の続く北側の廊下を進みながら、メイベルはきょろきょろと目を向けてそう述べた。


 窓からは明るい日差しがさし込んでいて、ひっそりと静まり返った廊下は明るい。出来るだけ自らでも危険を回避するよう、周囲の物には触れず隣を歩くスティーブンが声を掛ける。


「じゃあ、マジで幽霊関係だったりするのか?」

「私の目では、その手のモノが動いた痕跡は視認されていない」


 メイベルは、歩く廊下の先を眺めやってそう言った。影が動くのを見たという別の廊下にも、そういった存在が動いたという気配は残されていなかった。


「今の時点での感想を述べると、むしろ館内の方が『空気がキレイ』だ」

「とすると、異変の原因は屋敷周囲ってことか? つか、建物の外側の壁にも仕掛けはあったりすんのか?」

「あるにはあるが、それはこの屋敷の形を守るための魔法であって、怪奇として見られてしまうような現象を引き起こすタイプのものじゃない」


 そう答えたメイベルは、ふと進む足を止め、それからそばの窓に歩み寄った。


「私が見た印象からすると、原因の元があるとしたら、館内を除いたヴィハイン子爵邸敷地内といったところか。ただ、過去の怨念による呪いの気配で覆われている現状だと、『原因の元と絞り込み』も難しい」


 過去には庭園があったかもしれない芝生の地と、その向こうに見る森に目を留める。太陽の光りを浴びたその景色は、メイベルには、ただただなんでもない風景の一つにも思えた。


「人間に怪奇として見られる事象については、魔法使い、精霊、亡霊、どちらも思い当たることが多すぎる。そもそも人間が動いたことによって、偶然が重なってそういった三次被害の環境現象が起こるのも、少なからずある」


 直接人的被害が出ているわけではない。ハッキリと悪意ある魔法やら呪いやらを起こしているのと違って、ついでの副産物として引き起こされているものの原因を探すのは、容易ではないだろう。


 とはいえ、とメイベルは話を続けた。


「もし魔法の痕跡が残らない『魔法使い』が関わっているのだとしたら、また話は変わってくる」

「ああ、あいつか。確かに怪しい感じだよな」


 思い出したスティーブンが、少し前の事を振り返るように思案する。


「もし屋敷の方に反応しての事だとしたら、あの逃走も腑に落ちる。あの無法魔法使いが、何かしら目的があってこの町に留まっているとも考えられるだろ?」

「見事に痕跡がなくなってしまうその魔法に原因があるとしたのなら、その影響で怨霊による怪奇現象・もしくは呪いと誤解されるような異変が起こって騒がれている、とも推測出来る――が、古き大精霊による呪いも厄介なものだからな、まだなんとも言えない」

「だとしたら、地下屋敷の方があやしいか?」

「いや、私がそっちをそのまま後回しにさせたのは、神官か巫女クラスが貼った結界が壊されずに機能しているのを『見た』からだ。あれだと、もし呪いの力が残っていたとしても地上まで出てくる事はない」


 メイベルは、彼の方へ顔を向けてそう言った。


「他に可能性があるとしたら、封じられる前に地上にまで影響を及ぼした、強い呪いによる力の影響を受けた第二、第三の副産物的な呪いの代物だな」

「副産物の、呪いの代物……?」

「たとえば、精霊の力を借りた呪いの魔法の影響を受けて、人間の怨念がこもった別の物が同系統の小さな呪いとなることがある。小さな墓石を動かしたら悪夢ばかり見るようになって生気を奪われる、だとかいうのも、実は『精霊の呪い』の一つだったというのもザラにある」


 話を聞いたスティーブンが、嫌な予感が込み上げたという表情をした。


「…………それって、精霊の力を借りて魔法使いが掛けた呪いの飛び火、ってやつか?」

「まさにそれだな。精霊は要因がない限り、勝手に人間世界へ呪いを与えたりはしない。与えられた物、贈られた物、契約による交渉で『人間が許可』した事へのみ影響を及ぼす」


 そう話していたメイベルは、強い視線を察知してピクッと反応した。


 外から向けられているものだ。そう分かってさりげなく窓の外へ視線を向けてみると、木々の間にローブで全身を隠した大きな男が立っているのが目に留まった。先程見た魔法使い達とは違う、上品な黒色をしたローブだ。


 それなりに階級が上の方の『討伐課』の物だ。


 そう思い出していると、ローブのフードから大男がチラリと目を覗かせてきた。その『経験を積んですっかり逞しくなった顔』を見て、メイベルはソレが誰であるのか気付いた。


 随分老けた、そんな感想が頭に浮かんだ。


 もう二十年は経っているのだから、当然だろうか。


 そうすると、『彼』は三十代後半だろう。あの『白の魔法使い』の元を旅立って、立派な魔法使いになったらしい。いつか黒のローブを得てやるのだと、よく志を口にしていて――。


「なんかあんのか?」

「――別に」


 ふっと回想を止めて、メイベルはそう答えた。


 機会を待ってろ、いずれ話す、そう窓の向こうに手で『魔法使いの部隊』で使われている合図を送った。それから、なんでもないようにスティーブンの方へ身体を向けると、


「一階からも不審な気配は感じないが、一旦は見てみよう」


 そう提案して歩き出した。

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