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精霊魔女のレクイエム【3部/精霊女王の〝首狩り馬〟編(完)】  作者: 百門一新
2部 ヴィハイン子爵の呪いの屋敷 編
33/97

33話 フォード委員長とその依頼

 平地が目立つ広大なグレイデン州は、サリハ王国が持つ三大州の一つである。美しい自然の景観、場所によっては歴史を感じさせる素晴らしい街並みが今も残されており、代表的な観光地も多く存在している。


 その都市からだいぶ離れて存在しているのが、三つの村が合併して出来たバルツェの町だった。通っている列車は三本しかなく、アスファルトも敷かれていない歴史ある古風な町だ。


 メイベル達は一旦、その一つ手前の大きな町で列車を降りた。キツキツなスケジュールのおかげで、話が長引かなければ、本日最後の列車でバルツェ入り出来る予定だった。


「まずは、ここにある文化審議会の、フォード委員長率いる特別委員会の連中に会う」

「今回の相談依頼主、だったな」


 列車旅の道中、聞かされていた話を思い返しながらメイベルは言った。彼は普段から個人活動で依頼事も受けており、フットワークが軽く国内外で色々とやっているようなのだ。


 今回のフォード委員長とやらについては、これまで面識はないという。届いた相談依頼書は表向き『推薦があって調査をご依頼したく~』と書かれていたようだが、させる気満々の決定文章となっており、大人の事情からもう断れないレベルだったとか。


「魔法協会に所属している者から名前が出たのがきっかけで白矢が立って、お前が世話になっている教授にも話が通されていた、と」

「おい、俺が見てないからって薄ら笑いを浮かべんな。視界の横に入ってきてイラッとする」

「フードを被ってるのに器用な奴だ」

「隣にいたら嫌でも分かるわ」


 彼の頭は随分高い位置にあるし、しっかり隠れていると思うんだけどな。

 そう思いつつも、無駄な口論をする気はなくて、メイベルは面倒になって肩を竦めただけだった。


 

 文化審議会の所有する建物は、駅から徒歩十数分の距離にあった。シンプルな外観をした三階建てで、また別件で出張しなければならないというフォード委員長ら臨時調査団は、休館日であるというのに、わざわざ鍵を開けて館内の会議室で待っていた。


「ようこそいらっしゃいました、スティーブン教授。あなたのご活躍とお噂は、かねがね伺っておりますよ」


 そう言って握手を求めてきたのは、五十代半ばのフォード委員長だった。簡単に紹介された調査メンバーは全員四十代前半ほどで、長閑な地方出身の柔らかな気性と学者風な雰囲気が目立った。


「ところで、ウィッチャー地方の古代遺跡の秘宝騒ぎの件も聞きましたよ。いやはや驚きました。盗賊団とやりあって他の宝まで奪い返しただけでなく、実は呪いの巨人とも戦かっていた、とお話を聞いたのですが、本当ですか?」

「は、ははは……まぁ、その、そう、ですね。実に信じ難い話なのですが」


 そう答えるスティーブンの愛想笑いは、今にも崩壊しそうになっていた。そのこめかみには薄らと複数の青筋が立っていて、一度だけ遭遇した魔法使いの集団のうち、どの『クソ魔法使い』が自分の名前を出したのか分かったようだった。


 どうやらエインワースと違って、かなりやんちゃで落ち着かない性格をしているらしい。今度会ったらぶちのめしてくれる、と彼の引き攣ったブチ切れの作り笑いは語っていた。


 メイベルがそう思っていると、「ところで」とフォード委員長が見てきた。


「先程から気になっていたのですが、随分お小さいこちらのお連れの(かた)は……?」

「えッ、ああなんというか別に怪しい奴じゃないから!」


 顔を覗き込もうしたフォード委員長を、スティーブンは慌てて止めた。肩を掴んで自分の方を向かせると、不思議がっている彼とその後ろの調査団のメンバーに言う。


「これはアレだ! えぇと……そうッ、助手!」

「あ、助手だったのですね。これは失礼致しました。助手も弟子も取らなかった偉大なスティーブン教授が、とうとう教え子を取って助手として雇われたというのは、大変喜ばしい事です」


 背格好から、学生か何かだとも思われたようだ。フォード委員長達が、安心しきった様子で微笑ましげに話している光景を前に、メイベルは薄ら笑いを浮かべて隣に囁きかけた。


「人外と魔法使いだけは助手にしないんじゃなかったのか、孫」

「うるせぇ。俺だってこんな紹介はしたくなかった」


 ぶすっとして囁き返したスティーブンが、「それからココでは『孫呼び』すんなよ」と注意した。


 全員が会議席に腰かけたところで、早速フォード委員長が切り出した。


「【双子屋敷】と呼ばれている、この地区の文化財産はご存知でしょうか?」

「いや、手紙をもらって始めて知った。いくつもの魔法が仕掛けられているため、建物内は立ち入り禁止になっている――んだったか」


 答えるスティーブンの表情には、だから縁がなかったとこなんだよと浮かんでいた。楽に腰かけて腕を組んでいるメイベルが見守る中、フォード委員長らが改めて説明を始めた。


 バルツェの町には、集落から少し離れた先に旧ヴィハイン子爵邸がある。当時の権力争いに巻き込まれ、家族を皆殺しにされた悲劇の子爵として知られている元領主だ。


 たった一人残された子爵は、嘆き、狂い、しばらくもしないうちに自殺したという。それからというもの周囲一帯で怪奇現が続き、神官達が清めて怨霊を封印した。しかし、怨みはあまりにも強いとの事で、長い年月をかけて怨念が鎮まるよう彼の家は残されたのだ。


「当時、それでも奇妙な現象は完全には消えなかったと記録にはあります。それほどまでに怨念が強いのだろう、と思われておりましたが、恐ろしい呪いが隠されていたのです」


 語るフォード委員長は、額に浮かんだ脂汗を拭う。


「発見のきっかけになったのは、建造から数百年の建物を保存するという活動が始まった頃でした。ヴィハイン子爵邸を訪れた調査団が、それと瓜二つの地下屋敷を発見したのです。それが『双子屋敷』と呼ばれている由縁でもあります」


 どうやら強力な精霊の魔法がかけられていたらしい。その契約が数百年で解除されたことで、その地下屋敷の入り口は、調査団が歩く少しの衝撃だけでポッカリ開いたのだという。


 寒気を覚えながら足を踏み入れたところ、広間に三十三の棺桶と遺骨が発見された。それはヴィハイン子爵の家族を殺害したとされている三十三人の関係容疑者の数と合致しており、彼らが忽然として行方不明になったという歴史の記述から、本人達だろうと推測に至った。


 呪いのために、憎き三十三の死体を『材料』としてわざとここに置いていた。彼らを殺したのは子爵で……そう考えると怨みの強さは恐ろしく、遺体を全て回収したことで怪奇現象は完全に起こらなくなったという。


 ヴィハイン子爵邸、または双子屋敷と呼ばれて今日(こんにち)に至る。約七百年を経た現在では、歴史的文化財産の一つに認定されている【呪いの屋敷】だ。


「なるほど。それで正式な登録名が【呪いの屋敷】なわけか」


 三十三人分もの遺骨が発見された強烈な印象のせいだろう。説明を聞いていたスティーブンが、ひとまずは納得してやるといった様子で、ガリガリと頭をかきながら口にした。


「だが一ヶ月前から、また奇妙な現象が起こり始めている、と」

「その通りです。上の組織委員会に報告致しまして、歴史が歴史なだけに嫌々ながら魔法協会へ調査依頼を出してもらえました。しかし、魔法の痕跡はないとのことで」


 フォード委員長が、大変困っているのだと感じさせる声で答えた。嫌々ながら、という部分に昔からの対立関係が見て取れて、メイベルとしては口を挟む気にもなれなかった。


 一ヶ月ほど前から、ヴィハイン子爵邸の周囲一帯では異変や通報が続いていた。

 屋敷側から聞こえてくるという怨念のような呻き声。家畜がいなくなる。匂いがするという相談を受け、先日掘り返した土の中からは小動物の遺体がごろごろ出てきた。


「ちょっと待て。動物を埋めたというのなら人間の仕業だろ」

「はい、私達もその可能性を疑いました。しかし目撃者はなく……この件で魔法使いによる調査が行われたのですが、呪術や魔法の痕跡もないものですから、これは歴史ある呪いか何かなのではと」


 その際に、次の町へ向かう彼らのうちの一人から『スティーブン教授に頼んでみたらどうか?』と推薦されたらしい。幽霊騒ぎもあってバルツェの町長も参っており、あの屋敷を置いていて本当に大丈夫なのか、どうにか出来ないなら壊してくれと相談があったとか。


「スティーブン教授を召還しますとお教えしたら、一時取り乱していた町長も、すっかり安心して落ち着いてくださいました。町での調査滞在中にかかった費用は全て持つとのことで、『全て任せる!』と伝言を頂いております」

「………………」

「ははっ、なんか武神でも召喚するかのような言い回しで笑える。どんだけ暴れてきたんだよ孫――むがっ」


 うっかり言葉がこぼれ出たメイベルの口を、スティーブンが素早く塞いだ。領収書の送り先に付いて説明していたフォード委員長が、「何か?」と聞き返す。


「いやいやなんでもない、気にするな」

「そうですか。ちなみにこちらが全資料となっております。これは本来持ち出し禁止となっておりまして、お時間の都合もあって一時貸出という形になります。大事に保管くださいませ」

「分かった。あとできちんと返却する事を約束しよう」


 言いながら、スティーブンがしっかりとした茶封筒を受け取った。


「ヴィハイン子爵邸は、町の建築文化財産として登録されてからは役所がみています。我々が半年に一回、魔法の専門家を連れて館内のチェックなどを行っているのです」

「中には入れるのか?」

「魔法関係の専門家を連れていれば可能になっています。別で申請書がございますので、同行させる専門家様のお名前をお書きください。出入りの許可申請の手配についても役所に頼んでおきますので、明日、そちらで屋敷の鍵の受け取りをお願い致します」


 説明は以上になります、とフォード委員長が話を締めた。


 スティーブンが立ち上がるのを見て、メイベルも「ようやくか」と腰を上げた。正面にいる男達にあまり見られないよう、顔を伏せてじっと続けているというのも疲れる。


 会議室から出る際、見送る彼らが揃って深々と頭を下げ「どうぞよろしくお願いします」と二人に頼んだ。

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