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23話 精霊×魔法使い×精霊

 人界と精霊界の狭間は、簡単に言えば鏡の向こうの世界みたいなものだ。


 そこには人界に一番近い次元だから、風景だけが映し出されて生命は存在していない。互いの世界の通り道のようなもので、精霊と魔法使いが出入りしている。


 使う利点としては、人界から姿を隠せる事だろう。そして、強い精霊を召喚する際の二次被害や暴次防止にも役立つ。次元で切り取られている空間のため、魔法協会に探知されてしまう事もない。


 精霊狩りの問題が上がった時、魔法協会は対策に打って出てはいる。しかし、人間が異次元を完全に管理するなど不可能で――


「違法魔法使いなら、もっと上手く使う。つまり派手な音を立てて気配も消せないのは、霊体タイプの精霊まで『具現化』する異次元空間の危険性を解かれても『理解しない未熟者のバカ』だ」


 狭間の世界に入ったメイベルは、叱り付けるように言いながら探し当てた場所に踏み込んだ。しかし、木々の向こうの現場を見たところで、少し沈黙してしまう。


「人数多いな……」


 思わず、口の中に言葉を落とした。ハッとしてこちらを振り返ったのは、見習い級のローブをした五人の男だった。その背には魔術師協会のマークがある。


 バカがこんなにもいたとは、とメイベルは今の魔法協会の廃れ具合というか、そういった諸々も考えて同情の眼差を向けてしまう。気配を辿るために使った『魔法道具の紙』が、力の抜けた手から滑り落ちた。


「緑の髪に金の精霊の目――こいつッ、あの町にいたはずの【精霊に呪われしモノ】じゃないか!」


 他の者たちよりも魔力が強そうな青年が、目立つ夕日色の短髪を揺らしてそう叫んだ。

 何故こんなところにいるんだと、彼らが騒ぎ始める。メイベルは鬱陶しそうに腰に手をあてると、片手を上げてこう述べた。


「あのな、訓練で使用する際には、魔法協会が定めている場所を使うのがルールだぞ。そこを管理している精霊と契約をしてあるから、物音一つ人界に影響する事がない」

「試してみたらここで繋げられたんだ。というか、なんで住処を離れられているのかは知らねぇけど、弱体化している『このサイズ』で人間の行動にいちいち口を挟むな、【精霊に呪われしモノ】」


 背の高い青年が、顔を顰めてそう言う。


「ふうん、そこは知っているんだな。――けど他の魔法使いも使用していない土地の魔力を使って、次元の入口をこじ開けるのも、ルール違反だぜ」


 稀に古の契約によって、その土地を守っている特別な精霊が存在している場合がある。彼らは人間に崇められ神格を得ており、怒りを買ったとしたら何が起こるのか分からない。


 そう、メイベルが初級魔法使い向けの説明を淡々と伝えると、青年たちがいよいよ鬱陶しそうにざわついた。


「うるせぇ悪精霊だな」

「人間並みに話せるからって、説教かよ」

「なんで先輩たちが、あんなに危険だっていうのか分からねぇ。ただの悪精霊だろ、しかも見てみろよ『あの姿』」


 こちらの話も聞かないで、明るい髪色の男がそう言って指を向ける。


 この人間のグループのリーダーなのだろう。魔法使いは、元々持って産まれた魔力量で格を付けたりもする。分かりやすいタイプのガキだなと、メイベルは顔を顰めてその様子を眺めていた。


「このサイズなら中級魔法使いでも対応出来るだろ。それなのに、いまだ住民からのクレームにも対応してないってなんだ? そのたび俺ら新人が、宥め役で苦労してるってのに……」


 その理由に関しては知らない、か。


 メイベルは、まだまだ無知な魔法使い見習いたちを眺めて推測する。近付かない、関わらない、拒絶して寄せつけない、それが『もっとも知られている対処法』。そして、それは『ほぼ正しい』のだ。


 人間が勝手に分類している【悪精霊】は、通常の精霊より魔力を持つ『特別型』のうえ、『高知能型』である事が多い。


 その中で持ち前の性質だけでなく、存在そのものから『厄介な影響力を与える素質持ち』もいる。正しい知識を持ち、慎重に対応に打って出ないと――『餌になる』か『影響力を受けて死ぬ』。


「なら手っ取り早く【討伐課】の俺らで駆除してやる!」

「は……?」


 そんな声が聞こえて、考え耽っていたメイベルは顔を上げた。


 そこには、これくらいなら全然俺らで対応出来る、と顔を見合わせている『人間のガキ共』の姿があった。見た瞬間にイラッときて、「おいコラ」と声を掛ける。


「違反の立場で何言ってんだ。正当ぶっているが、お前らのはただの証拠隠滅だからな」

「黙れ悪精霊め。移動するための弱体型かは知らんが、【精霊に呪われしモノ】を退かしてやったとしたら、俺らにとっちゃ功績を上げるチャンスだろ」


 クソ苛々すんな、まだこういう阿呆な魔法使い思考の奴がいんのかよ。


 メイベルは何個も青筋を立てて、怒りでぶるぶる震えていた。悪精霊だからという差別的な『無意味な討伐』に関しては、大昔にあった精霊戦争以降に禁じられている。

 彼らが一斉に杖を構えた。「かかれ!」と聞こえた途端に、対夜属性向けの光の攻撃魔法が飛んで来て、メイベルの最後の堪忍袋の緒も切れた。


「ざけんなッ、魔法使い見習いのガキ共が。私は今、精霊としての力はほぼ使えない状態にはなってはいるが、人間の魔法が使える精霊魔女だぞ!」


 そう怒鳴り返しながら走り出し、メイベルは詠唱もなく指先を向けて『同じ魔法』をあてて打ち消した。


 砲弾のように次から次へと繰り出されてくるソレが、避ける彼女の魔法によって木々や地面にあたる前には弾けて消える。青年たちが躍起になったように杖を振って、自分たちに近づけないよう狙って打ち続けた。


「くそッ、なんであたらねぇんだよ!」

「しかも同じ攻撃魔法を放ってきやがって!」


 経験にあるからだよ。


 メイベルは心の中で答えた。その魔法が発動するまでの時間と、こちらに到着するまでの速度も知っている。


 見習い程度の魔法使いが、精霊とも契約していない身で力も借りず、自分たちだけで打てる魔法数には限りがある。ここから『ぶっ飛ばす』には、攻撃魔法を打ち続ける彼らの魔力量が尽きるのを待てばいい。


「そもそもな、上級魔法使いなら【雷】を混ぜて【光攻撃】を強化するんだっつの」


 魔力を圧縮する分、威力を上げつつも消耗をぐっと抑える事が出来る。だから、こうして身軽に動きながら、いくつもの魔法を壊すことが容易になるのだ。


 それが見破れない程度の魔法使いなんて、たかが知れてる。


 そう思って呟いたメイベルは、彼らの攻撃がフッとやんで「ん?」と疑問を覚えた。もう魔力量が底をついたのか?


 昔は、何人もの魔法使いが、駆除だの退治だの挑んできたものだったが、こんなに力尽きるのが早いのは初めてだ。最近は上位の魔法使いになれる人間も少ないと聞く――そんな風の噂を思い返しながら、目を向けたところでギクリとした。


 青年たちが陣形を組んで、こちらに杖を向けてぶつぶつと小さな声で詠唱を始めていた。その足元に巨大な魔法陣が浮かび、煌々とした炎の輝きのような光が灯り始める。


「嘘だろマジか……っ、見習いの癖に複合魔法が使えるのかよ!」


 メイベルは、駆除課の人間が、本格的に消滅させる時にだけ使う【精霊殺しの光】でぞわぞわした。咄嗟に身構えたものの、それに対抗出来るような『人間の魔法』が何も浮かばない。


 術者よりも強い精霊魔法で打ち消せばどうにかなるものの、今の自分には不可能だ。死ぬ気で行使したとしても、より『終わりが近付く』だけ――。


 もし、ここで『ようやく楽になれる』としたのなら。


 ふっ、とそんな事が脳裏を過ぎる。でもすぐ頭に浮かんだのは、エインワースの事だった。


 自分は約束した。それなのに、奴を見届けないまま先に逝くのか。


 いいや、それは断じてさせない。

 だって何度も名前を呼んで、もう情が湧いてしまったのだ。無知で呑気な、『少し年下の』人間の男。


 メイベルは「諦めるもんか」と前を睨みつけた。光によって守られているから、正面から近づく事は出来ないだろう。そうするとやっぱり、あのクソガキ共の魔法発動を途中解除するのは、難し――



「難しい事などありはしない。『核』になっている人間が死ねば、解ける魔法だ」



 不意に、重々しい声が場に落ちた。


 男たちが、先頭の明るい髪色をしている青年が『首に大きな鎌の刃をピッタリとあてられている』光景を前に、揃って動きを止めた。強くなり始めていた光が、途端に弱まる。

 ぶるるっと馬の呼吸音、そして蹄の音がした。


「『死の害』をなそうというのなら、この首、落としてくれるが?」


 人間の男の上半身をした、逞しい立派な馬の身体を持ったモノがそう言う。波打つ漆黒の髪に、白目のない『暗黒の精霊の瞳』をしていた。


「なっ、なんで【首狩り半人馬】がいるんだよ! 本来は精霊女王の兵のはずだろッ」


 鎌を向けられている男が、今にも首がキレイに落ちる状況を察して、総毛立ってそう叫んだ。その場で足踏みする蹄の動きだけで、夜に属する精霊の魔力が場を圧し、他の青年たちはどうにか呼吸をしているだけでやっとだった。


 求めている返答以外の問いを聞いて、カチリ、と鎌の刃が立てられる。


「待てヤめろ! 手を出すな!」


 メイベルは、ハッと我に返って怒鳴り付けた。

 半人馬が、ゆっくりと深淵の目を向けてくる。上半身は人間の姿をしているとはいえ、生粋の高位精霊だ。人界の常識やルールを理解せず、言葉による交渉も通用しない。


「また面倒な相手が出たもんだな……ッ」


 忌々しげに呟いたメイベルは、ズカズカと地面を踏み締めて向かいながら怒鳴った。


「私は『手助け』を必要としていない! 今にそれを証明してやる、だからテメェはそこで大人しくじっとしていろ半人馬め!」

「それは、『望み』か」


 抑揚もない声で言って、ソレがゆっくりと首を傾げる。


 顔は人間の男。しかし、その黒い目は光を灯しておらず、見た者に深い穴の向こうを覗き込んでいるような冷気を感じさせる。


「ああ、『私からのお願い』だともッ」


 メイベルは答えながら、奴の気が変わる前にと走り出した。


「いいかクソガキ共! 私は人の魔法が使える【精霊に呪われしモノ】だ! お前らがもう金輪際ここを不法に使わないとするなら黙っててやるッ、――魔法教会まで『ぶっとべ!』」


 オリジナルの短縮詠唱を口にして、思い切り大きく手を振った。魔力が溜められ始めていた彼らの魔法陣が、それに反応して転移魔法陣へと形を変える。


 青年たちが「はぁ!?」と叫んで、発動準備を始めた自分たちの足元の『魔法』を見た。


「そんな馬鹿な! 『ぶっとべ』なんて、そんな短縮詠唱あっていいはずがな――」


 直後に言葉が途切れて、その姿が強烈な光に呑まれ、一瞬にして場から消え失せた。

 再び、辺りは夜の静けさに包まれた。メイベルは、こっそり細い息を吐き出した。中途半端に展開されている魔法陣があって助かったなと、短い詠唱と少ない魔力だけでどうにかなった事に安堵する。魔法協会まで飛べば、彼らの身は『もう安全』だ。


 半人馬が鎌を降ろした。漆黒の尻尾を振った後、彼がこちらに歩み寄ってくるのを、メイベルはジロリと見やった。


「――私が私自身を害そうとしても、同じなんだろうな」

「それが決まりである」


 淡々とした返答があった。


 メイベルは、ギロリと睨みつける。


「お前とは別の半人馬だったが、私が殺されない場面であっても『人間が死んだ』。説明もなくて、首を一瞬で落として帰っていったんだぞ」

「我らの同胞も、本能からの危機感を察知しただけ。だから始末したのみ。前触れもなく精霊を襲おうとする人間のオスも、また、謎」


 目の前で立ち止まった彼が、手を胸に当てて恭しく頭を下げた。


「人間側の理由は知らぬ。ただ、母になりたくば『そう望む』だけでいい。我らも他の種族も、精霊女王と同じくいつだって跪き身を与え、どこにいても駆け付けよう」

「必要ない」


 メイベルは、ぴしゃりと言った。


「私は――【精霊に呪われしモノ】はそういう種族じゃない」


 表情は冷静だったものの、痛くなるほど拳を握りしめていた。

 人界を理解しない悪精霊の【首狩り半人馬】が、ゆっくりと身を起こす。心底不思議そうな目を夜空に向けやった。


「人間は、どうして妙な名前を付けたがるのか」

「…………」

「それではさらばだ、【精霊女王に直接祝福されしモノ】」


 馬の嘶きが夜の世界に上がる。道を通り抜けるようにして近くを漂っていた精霊たちの気配が、ビクリとして息を殺す。


 馬の蹄が、虫けらを踏みにじるように地面を抉った。

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