15話 孫in庭、そして二次被害再び
あれから数十分後、スティーブンはジャケットを脱ぎ、シャツの袖もまくった姿で小さなスコップを握り、菜園の野菜の収穫に当たっていた。
ただひたすら、土をざくざくと掘り返している。先程、彼にそれを頼んだエインワースは『どこかにジャガイモがまだ埋まっていたはず』と頼んで、先に収穫した野菜を持って一旦家の中に戻っていた。
「なんで俺がこんな事を……」
「爺さんに頼まれて、少年みたいな目で『任せてくれ』と言ってオーケーしていたのは、どこのどいつだ」
「少年みたいなって言うなッ」
メイベルはその声を聞きながら、そもそも『どこかに埋まっているはず』って、ザックリすぎる説明だよな、とずっと考えていた。
土をいじるのは久々だろうからと、非常用の助っ人としてエインワースに残るよう頼まれた。おかげで隣のハーブの木の痛んでいる葉を、ついでに落としているところである。
その時、彼女をジロリと睨みつけたスティーブンが、スコップがカツンっと跳ね返される音と感触に気付いて、手を止めた。
「ん? なんか石とは違う当たり心地が――って、なんだこのドデカい豆はあああああ!?」
二メートルしか離れていない距離で、メイベルは両耳を手で塞ぐ。それから、実に騒がしい男だなと思いながら目を向けた。
「祖父と孫、揃って同じ感想をするもんなんだなぁ……。そいつは【土の恵みのモノ】だよ」
なんだ、まだいたんだな、と言って歩み寄ると、メイベルは隣に立ってそこを見下ろした。
その声が近くで発された途端、少し掘られた土から覗くつるりとしたベージュ色が、ビクリとする。しゃがんだ状態でいたスティーブンが、真上から見下ろしたまま怪訝そうに首を捻った。
「…………おい、コレが精霊の一種であるのは理解したが、――なんか怯えられてるっぽいぞ、お前」
「気のせいだ。以前に出た際、エインワースと一緒に丁寧に埋めてやった」
メイベルがそう答えた瞬間、土から覗いたつるりとしたベージュ色が、ぶるぶると小さく震え出した。顔面を埋めたようなくぐもった声で、こう言うのが聞こえた。
「丁寧じゃないよ、かなりガサツなんだよ。お願いだから【精霊に呪われしモノ】にはさせないでッ。もう浅い所に出てきたりしないから、どうかお兄さんが僕を埋め直して!」
しばし、場に沈黙が落ちた。
遠くのどこかで、飛翔する鳥の泣き声がする。それを聞き届けたスティーブンが、真顔を土の精霊に向けたまま、メイベルに問い掛けた。
「…………小さい声で、なんか訴えられたんだが」
「よし。深い穴を掘って、そこに石と共に投げ込んでくれる」
「やめろよ大人げないッ」
スティーブンの叫びと、土の中からくぐもるような「ひぃぇえええええッ」という悲鳴が重なった。彼は「テメェは動くなよっ」とメイベルに釘を刺したうえで、その隣に深い穴を作るべく急ぎ手を動かし始める。
「くそっ、なんだって俺がこんな事を」
「ちなみにそれを両手で取り出して、『顔を見よう』とはするなよ。見た者は、例外なく心臓発作を起こす」
「おまっ、何そんな危険な精霊を庭に埋めてんだよ!? ここ爺さんの庭だぞ!?」
「初めて発見したのは、エインワースだったな」
そういえばと思い出したメイベルは、全く手伝う気もない顔で、偉そうに腕を組んで立ったまま呟いた。
「おいいいいいいいッ、マジでぶっ飛ばすぞ! ヤめろよ爺さんの寿命どころか、俺の寿命まで縮むわ!」
「あいつ、楽しそうだったぞ。『速やかに戻す』って言ってた」
「バッチリ警戒してんじゃねぇかド阿呆ッ、しかもちゃっかりさせんな!」
チクショーと呻いた彼が、先程よりもスピードを上げた。忌々しげに穴を掘り進めながら、愚痴るようにこう続ける。
「というか、これまでこの家で精霊とか見た事ないってのにッ――」
「エインワースが『精霊の嫁をとった』事で、すっかり精霊だらけになった」
「てんめぇええええええええ! つまり元凶はお前じゃねぇかよ!」
スティーブンは、勢いよく顔を向けてそう叫んだ。
勢い余ってスコップが手から離れ、まるで叩きつけるように落下してベージュ色に直撃した。そこから「ぐぇっ」とくぐもった悲鳴が上がるが、彼は気付かない。
「まさか他にも色々と危険な精霊が来てないだろうな!? どうなんだ!?」
「いちいち煩いぞ、――孫」
「だからぁッ、テメェはいちいち俺の名前を忘れてんじゃねぇよ!」
ブチリと切れたスティーブンは、「わざとなのか!? わざとなのかお前!?」と怒りを表すように手でバンバン土の上を叩いた。
ちょうどそこにはスコップがあった。ついでのようにガツンガツン叩かれた【土の恵みのモノ】が、「あんたわざとなの!?」と悲鳴を上げ続けている。
メイベルは面倒になって、パッと浮かんだ平和な精霊の一つを口にする事にした。
「二回ほど来たのは、【子宝を祝う精霊】だ」
「なんつうモンを呼びこんでんだテメェはああああああああ! 危険すぎるッ」
「お前、何をムキになって怒っているんだ? コウノトリより『確実』だぞ」
「それこそアウトだっ! 門のところに来たら即追い返せッ、いいな!?」
「はぁ? 何言ってんだ。この前は、リビングまで入ってきて――」
そう答えかけたメイベルは、説明するのが途端に面倒になって、こう締めた。
「――何もせず帰っていった」
「その間はなんだッ、一体何をやらかそうとしたんだお前は!」
とうとう我慢出来なくなったスティーブンが、メイベルのローブを掴んで揺らした。立ち上がった際、うっかりその足が『勢い余って』土を踏み、ピンポイントで革靴の底に沈んだベージュ色の物体が「ぐはっ」と、最後の断末魔を上げてピタリと動かなくなった。
その時、くすくすと穏やかな笑い声が聞こえた。
「すっかり仲良くなったようで、嬉しいよ」
裏口から出てきたのは、様子を見に来たらしいエインワースだった。祖父の声を聞いた直後、動きを止めて、スティーブンがゆっくりと彼を見つめ返す。
「……爺さん、この構図を見て普通そういう感想出ないと思う。俺たちの相性は、とにかくむちゃくちゃ悪い」
「そうかな? 意外とぴったりだと思うのだけれど」
その回答を受けたスティーブンは、ますます理解し難いという表情を浮かべた。
「いや、自分の妻をそういう風に言うのも、おかしいだろ――」
「エインワース、私がこいつとお似合いだと? 私にも選ぶ権利くらいはあるし、そもそも紅茶を激不味で淹れるような男に、きちんとしたメシが作れるとも思えん」
「まだそのネタを引っ張るのかよ!」
真顔で言ってのけたメイベルを、彼は再び揺らした。しかし、じぃっと祖父に見られている視線に気付くと、条件反射のようにパッと手を離す。
エインワースは、きょとんとした表情でゆっくりと首を傾げた。
「おやおや、まだ紅茶は苦手なのかい? 大学の先輩にも教えてもらっていたと言っていたのにねぇ」
「…………珈琲はきちんと淹れられるし、別に俺は、紅茶を毎日飲むわけでもないから困ってな――」
「メイベルの紅茶も、とても美味しいのだけれど、久々に私が淹れてあげようか?」
「俺は今、すごく紅茶を飲みたい気分だ」
スティーブンは、前言撤回の勢いでそう答えた。
「ふふっ、それは良かった。すぐに用意するから、しっかり手を洗ってから入っておいで。一旦紅茶休憩にしよう」
そう言ったエインワースが、嬉しそうな顔で家に入っていった。
それを見届けたメイベルは、普段の無表情を『マジかよこいつ今なんて言ったんだ』という具合に変化させて、スティーブンの真剣な横顔を凝視した。
「…………お前、どこまで『爺さんっ子』なんだ」
「おい、その目と表情を向けてくるのはヤめろ。……別にいいだろ、久々だし、爺さんの紅茶は世界で一番美味いんだ」
「つまりアレか、もはや崇拝しているかファンクラブレベルの『好き』、と」
「お前、その単語どこから拾ってきた?」
メイベルとしても、エインワースの紅茶は大変気に入っている。だから、スティーブンと二人で早々に【土の恵みのモノ】を埋め直してしまう事にした。
何故か、ソレは気絶していた。恐らくは、地上の空気に耐性がないせいだろう。
そう思った彼女は「なんて軟弱な」と言うと、その精霊の顔が見えないよう布でぐるぐる巻きにした。スティーブンが止めるのも聞かず、深く彫り返した穴の中に「ふんっ」と、思いっきり投げ入れたのだった。