14話 祖父と孫の久々の再会
都市内から離れた緑豊かな田舎町、ルファに到着したのは、夕刻よりも随分早い時刻だった。一泊分の旅行鞄を片手に持ったスティーブンは、数年振りの地だというのに、疲弊感たっぷりの表情を晒していた。
「最悪な列車旅だった……」
げんなりとした様子で、彼が言う。
列車を降りてから、ようやくフードを外せたメイベルは、道案内するようにやや前を歩き出すと「短い列車旅で情けないぞ」と声を投げた。
「あっという間に到着したじゃないか」
「その間、お前は購入した大量の弁当を消費するのに忙しかったからな。きっと時間経過すら頭から吹っ飛んでんだろうよ」
信じられん、全部一人で食いやがった……あと時間が経つにつれて超目立っていた……スティーブンは顔を押さえて呻きながら、メイベルの後に続くように足を進めた。
彼の祖父であるエインワースは、玄関脇の縁側のゆらゆらと揺れる椅子に腰かけていた。
こちらを見るなり、彼が子供みたいな印象のある丸い目を少し見開いた。それから背を椅子から起こすと、明るい調子でピンっと人差し指を立てる。
「まさかこんなに早く到着するとは思わなかったよ。ははは、うっかり居眠りをしていた」
「エインワース、だからそのノリの軽い感じの指の仕草、ちょっとヤめた方がいいぞ……」
メイベルはそう言いながら、スティーブンが通過した小さな門扉を閉めた。エインワースが「よいしょ」と言って立ち上がり、久しぶりに来た孫を歓迎した。
「よく来たねぇ、スティーヴ。また少し大きくなったんじゃないかい?」
「いや身長は伸びてないよ。というか、二年前に来た時も既に大人だった――」
「はははっ、私は二十五歳まで身長が伸びたよ」
「――爺さん、俺もう二十七歳なんだが」
スティーブンが真剣な表情で、自分と同じくらいの背丈がある祖父を見てゴクリと息を呑む。
久しぶりに顔が見られて嬉しいようだ。メイベルは、エインワースがとても喜んでいるのを感じた。無茶ぶりに付き合わされているスティーブンも、どことなく照れて仏頂面をしている風で「でも元気そうで良かった」と続けている。
力強い握手で訪問の歓迎と列車旅を労った後、エインワースはメイベルに向き合った。
「メイベルも、長旅お疲れ様」
「長旅でもないぞ。ルーベリアの都市から出ている列車よりも、短い時間だ」
メイベルが淡々と答えるのを聞いて、彼は「そうかい」とにこやかに相槌を打った。まるで十二歳ほどの孫にも見える小さな彼女の緑の頭を、ぽんぽんと撫でる。
「おい。子供扱いするなよ、エインワース」
「え~、コレはおつかいを褒める感じなのだけれど――駄目だったかい?」
「お前の大きな手で身長を縮められている感じがして、嫌だ」
「おやまぁ。それは困ったねぇ」
エインワースは、考える風で言って視線をよそにそらす。けれど引き続き頭をぽんぽんとされていて、メイベルはこめかみにピキリと青筋を立てた。
「ならその手を止めろ。そして孫が来てくれたからといって、はしゃぐ気分をそうやって私に向けるな」
「いたっ」
頭をポンポンと叩いていた祖父の様子を見て、スティーブンはやや思案気に顰め面を浮かべていた。顎に手をあて、口の中で「まるで『妻』というよりは、『家族』に接しているみたいな……」と小さく覚えた違和感を呟く。
その時、手を軽く払われてしまったエインワースが、彼の方を向いた。
「改めて紹介しよう、私の妻『メイベル』だ」
気を取り直すように、にっこりと笑ってそう言う。
先程まで懐かしさもあって雰囲気が柔らかかったスティーブンが、途端にピリピリとした空気を発して祖父を見つめ返した。
「こっちの役所から知らせが来ていたけどさ、……爺さん本気か? 相手は精霊で、しかも【精霊に呪われしモノ】だぞ」
鋭い声を返されたエインワースは、相変わらず意図の読めない穏やかな微笑みを浮かべていた。スティーブンは納得いかない眼差しを、数秒もしないうちに困惑へと変える。
メイベルは、どうしたもんかなと思いながら、少し面倒そうに視線をそらした。
ここ数日、一緒に暮らして分かった事がある。かなり長生きしているせいか、元々の性格が成熟してそうなっているのか、彼は精霊がやる『言葉遊び』のように極力嘘などつかないでいるのだ。そして、必要であれば言葉にせず沈黙で語る。
まぁ、それは自分も同じか。
そう思って、メイベルは小さく息をもらした。彼らに目を戻すと、さてどう出るのかなと『自分より少し若い』エインワースの様子を見守る。すると彼が、話題ごと空を変えるように『孫』にこう切り出すのが見えた。
「実はね、うっかり居眠りをしていたせいで、夕飯の支度がほとんど進んでいないんだ」
「は……?」
「メイベルと一緒に手伝ってくれるかい? スティーヴ」
愛称を呼ぶその声は、とても落ち着いていて愛情深かった。
二年ぶりに目の前にして、その声を聞けたスティーブンに断れるはずはなく――彼は直前のことも構わずキリリとした目をすると、「何をすればいいんだ?」と尋ね返していた。