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13話 孫、祖父の家を目指す事になりました

 地方都市サーシスの最大の駅の中、メイベルは『1550番』と金の装飾で書かれた立派な黒塗り列車の中を、小走りで進んでいた。


 乗車賃も高いだけあって、通路も一般車両に比べてかなり広い。二つの座席が向かい合う計四人席で一組となっており、後半の数車両は長旅向けに一部屋タイプにもなっているようだ。


 一旦離れていた席に戻ってみると、そこにはかなり機嫌が悪いエインワースの孫――スティーブンが窓枠に頬杖をついていた。


「まだ発車してもいないのに、もう列車酔いか?」

「露骨に『情けねぇなコイツ』という目を向けてくるな、違うからな」


 腕に大量の駅弁を抱えていたメイベルは、そう言われて察したように一つ頷いた。


「なるほど。トイレなら二両目に立派なのがあったぞ、こっちのはまだ『使用中』だった」

「トイレ事情じゃねぇよ!」


 スティーブンは、席に座ったメイベルにガバリと顔を向けた。備え付けテーブルを引っ張り出して一つ目の弁当をセットする彼女に、続けてこう怒鳴りつける。


「『弟さんですか?』と訊かれたあげく、当のテメェになんで『こいつより年下とかありえん』とか言われなくちゃならねぇんだッ」

「なんだ、そんな事が悔しかったのか? ――事実だろ」

「お前の今の見た目的にッ、他の人間から見るとそれは事実にはならねぇんだよ……!」


 彼は頭を抱えて呻くと、肘当てに拳を打ち付けて小さく震える。


「つか、魔法の【姿変え】だとしても、他に何かあっただろう。なんで男の子で、しかも十三歳にもいかないような背格好にしてんだよッ」

「言っておくがな。これは髪を短くしただけであって、別に姿の性別は変えてないぞ」


 メイベルは、一つ目の弁当を開けながらそう言った。


 向かい側から、スティーブンが「……?」という目を向けてくる。それに気付いて、しっかり見つめ返してからこう続ける。


「適当に魔法を使って、適当に髪を短くした」

「それで子供スタイルとか、お前魔法のセンスないんじゃねぇのか!?」


 列車が動き出す振動を感じながら、メイベルは箸を手に取った。流れ始める車窓の光景が、プラットホームから大都会の風景に変わるのを見つめながら、弁当のおかずを口に放り込む。


 確かによくよく見てみれば顔は女でもあるような、ないような……そう思案気に口の中に呟きを落としていたスティーブンが、そこで呆れた眼差しをした。


「……まだ食べるのかよ……。ケーキ食ってから、二時間も経ってねぇぞ」

「このハンバーグ、味がいまいちだな」

「だからっ、テメェは人の話を聞けよコラあああああああああ!」


 動き出した列車内に、スティーブンの叫び声が響き渡った。


 メイベルは全く動じず、口をもっきゅもっきゅと動かしながら、切り分けたハンバーグをもう一つ箸でつまみ上げていた。ソースでてらてらと光る焼き目と、中の肉加減を眼前でじっくりと観察する。


「完全に冷えている訳ではないのに、このバサバサ感が残念すぎる。しかもエンドウ豆かと思った緑は、ただのどこぞの葉っぱだった」

「せめて野菜って言ってやれよ……。お前、どんだけエンドウ豆大好きなんだ? つか、そんなのが好物の大食い精霊とか、聞いた事ねぇぞ!?」

「なんだ、さっきから煩いな。ほら、だって『全然美味くない』だろ」


 チラリと顔を顰めたメイベルは、そう言いながらスティーブンの口にハンバーグを押し込んだ。


 彼が、切れ長の薄いブルーの目を少し見開く。その近くで、彼女は腰を上げた姿勢で「だろ?」と確認の言葉を掛けると、口角を引き上げて偉そうにこう告げた。


「手作りの方が美味いに決まってる」

「……まぁ、そりゃ同感ではあるが」


 彼はもぐもぐと口を動かしながら、そう答えて宙を見やる。


「まさかお前、ハンバーグも一から作れるとか言わねぇよな……?」

「煮込みハンバーグのソースまで、私は一から作る派だ」

「なん、だと……!?」

「そんなに驚く事か? ああ、もしやお前の好みのタイプって意外と家庭向き清楚系な、家事料理がすごく出来るぼんっきゅっぼんの美女だったりするのか――むがっ」

「その背格好で『ぼんっきゅっぼん』発言はヤめろッ」


 着席しようとしていたメイベルは、今度は頭の上と顎下からガッツリ手で掴まれて、口を閉じさせられていた。警戒すべき精霊なんじゃないのかと指摘してやろうとしたものの、そのままの姿勢で座席に戻されてしまう。


 手を離したスティーブンが、自分も座り直したところでビシリと指を突き付けた。


「いいかッ、テメェは黙って大人しく食ってろ!」

「おい、フードの中で髪がボサボサになったぞ、――孫」

「だから、トムといる時に何度も『スティーブン』だって教えただろうがああああああ!」


 なんであいつの名前はサラッと覚えて口にしておいて、俺は違うんだよコイツ――と、彼が顔を押さえてくぐもった声で言う。


「くッ、こいつといると、ストレス性高血圧で死にそうだ……!」

「日頃ストレスをため過ぎてんだろうな、可哀そうに。『爺さん』に癒されて、しっかりリフレッシュして――とりあえず一晩で完全復帰しろ」

「おい、同情顔で言ってのけた後、威圧を掛けて命令系発言するのはヤめろ」


 メイベルは、その発言を聞いていなかった。サクサクと食べ進めると、空になった一つ目の弁当箱を隣の席に置いて、続いて新しい弁当を開けて中を覗き込む。


 その時、スティーブンが遅れて気付いたように、ふっと自分の手を見下ろした。



「――……精霊も、あったかいんだな。まるで人間みたいだ」



 そう独り言をこぼすと、二個目の弁当を食べ始めたメイベルへ思案気な目を向けた。

 気付いた彼女が、次のおかずを選んでいた手を止めて「なんだ」と短く尋ねる。スティーブンが途端に「あ、いや、その」と小さな動揺を見せた。


「なんか、意外に柔らかかったなと…………」

「そりゃ髪なんてそんなものだろ」

「あの、そうじゃなくてだな」

「ん? ああ、なるほど、『髪じゃない方の事』か。まぁ性別は変えていないからな。でもお前二十七だろう。女の肌を知らない訳でもあるまいし、顎にちょっと触ったくらいで大袈裟な――いてっ」

「お前は人間世界のあれやこれやの知識を詰め込む前にッ、まずはデリカシーというのを勉強しろッ!」


 そう怒鳴ったスティーブンは、直後ハッとしたように言葉を切った。


 頭を叩いた拍子にメイベルの箸の先にあった蒸し人参が、ぽろっとこぼれ落ちて床を転がっていった。真ん中の通路を歩いていた車内販売の女性員が、それに気付いて「あら?」と目を留めると、転がってきた先を確認してギクリと硬直する。


 そこには、殺気立った目で大人の男を威圧している、座席の下にも足が届かないローブに身を包んだ子供の姿があった。


「――おい。テメェ、私はこの弁当の中で一番人参を楽しみにしていたのに、なんて事してくれてんだ。あ?」

「す、すまん」


 あまりの怒気に圧されて、スティーブンが咄嗟に降参ポーズを取って謝る。


「食べ物の怨み、晴らしてくれる」


 ギラリと目を据わらせたメイベルが、そう言って箸を構えた時、車内販売の女性員が慌てて駆け寄った。


「お客様ッ。人参の代わりと言ってはなんですが、人参サラダのサンドイッチ等いかがでしょうか!?」


 そう女性が声を掛けた直後、メイベルの怒気が消えた。


 近くにいた乗客たちも、気配に圧倒されて黙って見つめていた。その注目を一心に集めたメイベルは、真面目な表情を女性販売員へと向けると、


「この男が払いますんで、その人参サラダのサンドイッチをください」


 と真剣な様子で頼んだのだった。

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