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低層

「はぁぁっ!」


 掛け声と共に剣が振られた。

 肉の焼き焦げる臭いと不快な悲鳴が、離れた場所にいるオレの所まで届いた。

 視線の先ではグラシオスが邪妖精(ゴブリン)を切り裂いていた。

 背丈は人間の子供程度。緑色の肌を持つモンスターだ。

 単体ではそれほど強くなく、人族の大人ならば訓練を積んでいなくても勝ててしまう。身体能力に優れる獣人や悪魔などの半霊体ならばなおさらだ。

 遭遇した時は汚らしい歯を見せてニヤニヤと嗤っていた彼らだが、今は苦悶に満ちた表情で血を流して地面に転がっていた。

 単体ではなく群れで強さを発揮するモンスターにも拘わらず三匹程度の群れでしか出てこないのは、まだ迷宮の序盤である証だろう。


 迷宮探索開始から二日目。

 モンスターが出現しない安全地帯を発見したオレ達は入り口付近から拠点を移し、探索範囲を広げていき、ここまでたどり着いた。

 現在は迷宮地下三階。十五日以内に地下十階に辿り着くという実習のクリア条件を考えると順調すぎると思われるかもしれないが、地下四階からはモンスターだけではなく罠も出現する。探索速度は著しく落ちるだろう。


「お疲れさん」

「ああ、プリムラがいる以上、ゴブリンは殲滅しないといけない。お前は苗床にぴったりだからな」

「迷宮内のモンスターは生殖活動をしないんだけどね」


 睡眠をとって体調が戻ったグラシオスは真面目腐った顔で頷いた。

 通常のゴブリンは他種族をさらって子供を産ませるが、迷宮のゴブリンについては違う。雄だろうが雌だろうが、迷宮への侵入者は皆殺しにしようとする。

 迷宮がモンスターを産みだせる以上、モンスターは子供を作る必要が無いのかもしれない。もしくは、外敵を苗床にしておくのはリスクがあるという事なのかもしれない。

 オレが苦言を呈すとグラシオスはむっとした顔をした。


「何を言う。女を攫って子供を産ませようとしないゴブリンはゴブリンではない。確かに迷宮のモンスターは生殖活動をしないと言われているが、その説は間違っていると思う。根拠のないただの感だが」

「そのゴブリンに対する偏見止めない?」


 オレは地図を書きながら口元をへの字にした。

 苗床にされてそうだの言われて複雑な気分になったオレとは裏腹に、アルマとリナの機嫌はすこぶるよかった。


「あんな雑魚と戦っても何の練習にもならないわ!」

「攫われないとしても不快な事に変わりはない。グラシオスが代わりに戦ってくれるのは楽でいい」


 だそうだ。

 オレがもう少しで地図を書き終えるという所で、リナが何やら鼻をひくつかせていた。


「……何か近づいてくる。たぶん、骨格(スケルトン)が五体くらいいるわね」


 その情報を聞いて、アルマとグラシオスが周囲を警戒し出した。オレも地図をしまっていつでも回復魔法を使えるように準備する。

 そして、人間大の白骨が迷宮の曲がり角から出現したと同時に、リナが動いた。


「『アイスグラウンド』」


 冷気が迷宮を覆い、地面が凍り付いていく。モンスター本体は凍り付かないが、足元は確実に悪くなった。

 そこにアルマが剣を握って飛び込んで行く。足元が凍っているのにもお構いなしだ。


「『ゲール』」


 氷の上で崩れた姿勢を風の魔法で整える。そして、バランスを崩しているスケルトンに剣を叩きつけた。

 何の武具も持っていないスケルトンは受け止める事が出来ずに関節をバラバラに砕かれた。

 その瞬間を狙って彼女の背後に襲い掛かった二体目のスケルトンは、何もない所で突然怯んだ。アルマが生み出した突風をもろに浴びたのだ。

 アルマが風を利用して氷の上で体を捻る。そして、そのまま一閃。

 奇襲を仕掛けたスケルトンは頭蓋を叩き割られて沈黙した。


「ふぅ」


 アルマは、軽く息を吐いて臨戦態勢を解いた。

 一方、グラシオスは最後に残ったスケルトンに向けて剣を振るっていた。地面にはバラバラに砕かれたスケルトンが二体放置されていた。


「らぁああ!」


 滑らかにスケルトン二体を屠ったアルマとは違い、グラシオスの戦い方は荒々しい。

 彼の持つ剣が発熱して真っ赤に染まっている。グラシオスが凍った地面に踏み込むと、一瞬で氷が溶けて水になった。

 魔法で体を固定していたアルマと違い、グラシオスは自分の足で地面をしっかりと踏みしめている。

 何の変哲もない基本通りの一撃。

 しかしそれは、氷に足を取られていたスケルトンにとっては致命傷になった。

 頭骨を砕かれて体がバラバラと崩れ落ちた。


「よし」


 グラシオスの剣から熱が失われ、氷を溶かした靴底の熱も消え去った。

 彼の所属する『魔剣術専攻科』では剣に魔法を纏わせる技術を教えていた。グラシオスはそれを応用して靴に火の魔法を纏わせて地面の氷を溶かしたのだ。


 周囲から魔物がいなくなった事を確認してオレ達は一息ついた。


「順調ね! まだ回復魔法の出番はないわ!」


 リナの言う通りここまで大きな怪我をすることなく進んでいる。出てくるモンスターがまだ弱く武器も持っていないし。

 オレは地図を取り出して続きを描きだした。他の三人は周囲の警戒に戻っている。

 数分かけて地図を書き終えて頷いた。


「ここら辺の地図は書きあがったよ」


 オレは三人の前で地図を広げて現在地を指さした。

 グラシオスは興味深そうに覗き込み、リナとアルマは周囲の警戒を続けている。


「……こっちは当たりだな。先への階段が無い」

「何でだよ。外れじゃん」


 オレは肩を竦めてため息を吐いた。

 かなり前にあった分かれ道から間違った方向に進んでいたらしい。オレ達は先に進む道が無い一角を探索していたようだ。

 しかし、グラシオスは首を横に振った。


「いいや、行き止まりにこそ宝がある。それに、地図を全て埋めないと気持ち悪いからな」

「……えぇ」


 オレは彼の言い分に共感できずに首を捻った。

 行き止まりに宝があるとは限らないし、危険な迷宮の中に長時間いたくない。だから早く踏破してしまいたいというのが正直なところだ。

 地図が埋まらなくても、他の探索者から買えばいいし。


「とりあえず戻ろう。この様子だと隠し通路もお宝もなさそうだ」

「おう」


 オレ達は安全地帯を経由して定期的に休みを取りながら分かれ道まで戻った。

 そこから探索範囲を広げていく。

 まだ罠もないし、敵も弱いし、武器を持った上位種も出てこない。

 オレ達は余裕を持って、地図の空白を埋めていった。

 そして、今日はもう野営の準備を始めるかと思い始めた所で、地下四階への階段を見つけた。


「どうする?」

「戻った方がいい。罠があると進みが遅くなる。安全地帯までは遠いかもしれない」


 リナの問いかけにアルマが答えた。

 その場で相談して決める。グラシオスだけが探索続行を提案し、残りが安全地帯まで引き返そうと提案した。

 多数決で引き返す事になった。それにしても、リナが戻る事を了承したのが意外だった。


「地下四階の安全地帯まで魔力が持ちそうにないの」


 ふんだんに魔力が残っていればまだ先に進みたかったのだろう。苦々しくため息を吐いた。


「それじゃあ、今日は安全地帯で休もう。始めの見張りは……」

「私がやる。まだ魔力は残っている」

「分かった。じゃあ頼むよ、アルマ」


 これからの方針を決めて俺たちは地図を頼りにモンスターの出現しない安全地帯まで後退した。

 明日からは地下四階。いよいよ迷宮探索本番だ。


書き貯め終わり。週二回は上げたいよね……。

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