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実習開始

 曇りのない青空の下、持った若者たちが集っている。

 種族や服装は人それぞれであり、統一感はない。しかし、いずれも戦うための装備である。

 彼ら彼女らの心意気はおおむね一つに纏まっていた。

 軽い喧騒に包まれて活気に包まれた空間に男の声が響いた。


「諸君! よく集まってくれた!」


 壇上に立った男は良く通る声を張り上げた。

 ティエラ学園の中庭に集った生徒たちの喧騒が嘘のように鳴りやんだ。

 壇上に立っている長い髭を蓄えた壮年の男を見てオレは、相変わらずカッコいいなぁと憧れの視線を送る。

 彼はティエラ学園の学長である。若い頃には数多くの迷宮を踏破した有名な探索者だったらしい。

 ぜひともああいう年の取り方をしたい。髪の毛が薄くなってきた父さんみたいな年の取り方はしたくない。


「諸君らはこの半年間、数多くの事を学んできたと思う! それは何も学業だけではない! 仲間を見つけ、自分にできる役割を見つけ、共に迷宮に挑んだことだろう! その成果を見せて欲しい!」


 学長は中庭に集った生徒たちを見渡した。

 真面目に話を聞いている者、早く話が終わらないかと欠伸を噛み殺している者、興奮に鼻息を荒くしている者、熱っぽい視線を送る者、様々な生徒がいるのが見えるのだろう。

 ちなみにこれらの表情を浮かべているのは、オレ達のパーティメンバーである。


「諸君らには十五日以内に迷宮十層まで到達するのだ! 迷宮の再構築は終わり、この先は未開の領域になった! 今までのような先人の足跡が付いた地ではない! 今までのように攻略は出来ない! 手探りで暗闇の中を彷徨い、いつ魔物の襲撃があるのかと怯えながら進む諸君らに、不意に現れる悪辣な罠が襲い来るだろう! 諸君らには、この過酷極まる迷宮で経験を積んでもらおう!」


 学長は中庭の一角にある迷宮の入り口を仰ぎ見た。

 迷宮は年に一度、構造が変わる。それがつい一週間ほど前の事だ。

 その間、安全を確かめるために教師が迷宮に出入りしており、生徒たちは迷宮に踏み入っていない。

 これまでの地図はまるで役に立たなくなっている。

 石造りの階段が地下に伸びており、中に入った者はただでは帰さないと主張するように、禍々しい気配を放っている気がした。

 しかし、この学園に通っている者にとっては身近な感覚だ。

 彼の脅すような演説を聞いて、生徒たちは苦笑を浮かべた。

 怯えを見せる生徒はごくわずかだ。

 学長はゆっくりと周囲を見渡して、ニヤリと笑った。


「怖いか? 恐ろしいか? だが、それすらも楽しむのだ! 諸君らは迷宮で数々の困難に遭遇するだろう。そしてそれを乗り越えるのだ! 困難を打ち破る力を身に付けたと、自らを誇りに思え!」


 タンッと音を響かせて男は杖を地面に突いた。

 高そうな杖だ。どれほど大きな魔法を行使できるのだろうか。

 魔法使いとしては見ているだけで涎が出てくる逸品だ。

 そんな高価な物を、学長は生徒に発破をかけるために使った。


 「しかし、まだたった半年だ! 何事もうまくこなせる訳が無い! 諸君らにはこの実習でそれを思い知ってもらう!」


 学長の試すような視線がオレ達生徒に送られる。


「この半年間、魔物への対処法や罠への対処法を十分に学んできた。だが、それだけでは足りない! 実際に迷宮に潜れば、思いもよらぬ問題が諸君らに襲い掛かるだろう! それらの原因は、パーティメンバーの考え方の違いによるものから、技術不足からくるものまで多岐に渡る! それを乗り超えて経験を積むのだ! 乗り越えられないのならば、逃げ出してもいい! それは今後の課題として自分を見つめ直す足がかりとなるだろう!」


 彼は向けられた生徒たちの視線に頷き返した。

 自信に満ち溢れた者から、不安を感じている者まで、全ての視線を受け止めても動じない。


「迷宮探索において最も重要な心構えを胸に刻め! 『生き残れ!』 十五日後、全員が生きてこの場所に集うのを楽しみに待っている!」


 学長の宣言と同時に、オレ達は深々と頭を下げた。




 ――

 ――――


「わたし達の番はあとどのくらいかしら?」

「どうだろう。順番は無作為に決められるらしいから」

「最後だろうな。主役は最後に登場するものだ」


 真面目腐った顔で頷いているグラシオスに誰も言葉を返さない。面倒な絡み方をされると学習したからだろう。

 アルマは面倒そうに目を細め、リナは呆れた目線を向けている。オレは苦笑するしかなかった。

 学長の挨拶の後、オレ達は順番に迷宮に潜っていく生徒たちを見送りながら、中庭の隅に移動していた。

 ソロ(ぼっち)が大半を占めるオレ達パーティの学内ヒエラルキーはとても低いのである。たぶん。


「今日中に中に入れなかったら昨日訓練しなかった時間が無駄だったって事ね」

「そんな事は無い。休憩は大事。それに、いつでも万全の状態で戦えるようにしておくのも探索者に求められる能力」


 つまらなさそうに鼻を鳴らしたリナに対して、アルマがじっとりとした視線を向けた。昨日、昼寝時間を削られた事や、リナを一晩自室に泊らせた事を根に持っているらしい。


 そのアルマの言葉に対して、グラシオスはビクリと肩を震わせた。

 こいつは個人的な用事がなかなか終わらず、寝不足になったらしい。どうせ小説を読みふけっていたのだろう。

 そんな訳で待ち時間の間にちょくちょく仮眠を取るグラシオスは、合流したリナの呆れた視線に怯えている。


 さて、寝不足のグラシオスはさておこう。

 なぜすぐに迷宮に入れないのかというと、迷宮内のモンスターが出現しないポイントが限られているからだ。

 そのため、実習を受ける生徒たちが一度に迷宮に入ると危険な場所で野営をしなければならないパーティが出てくる。

 よって、二つか三つパーティが中に入り、時間をズラしてから次のパーティを入れるのだ。


「あっ、あの子のパーティだ」


 次に突入するパーティの中に、先日罠の解除法を教えていた女の子がいた。

 オレは早めに迷宮に潜れる彼女たちを羨ましく思った。主に早く中に入りたくてうずうずしている獣人の苛立ちを感じるからである。

 リナにはもっと落ち着きを持って欲しいものだ。




 結局、オレ達は初回組の中に入れなかった。

 仮眠を取りたいグラシオス的にはありがたい事だろう。

 その後、数時間後に発表された第二陣の中に組み込まれる事になった。

 翌日や翌々日の組に回される可能性もあったが、今日中に出発できてよかった。

 今日に向けて体調管理をしてきたのが無駄にならなかった。


「さて、入ろうか」


 オレ達は入り口を守っている教師たちに見送られて迷宮の奥へと進む。

 注意点や心構えや声援を受けてから迷宮に潜る。

 その後、ほぼ同時に入った第二陣のパーティとは別れた。

 まだ魔物が現れない迷宮内をオレ達は固まって進んだ。


 オレ達のパーティに斥候職はいない為、一人が先行して様子を見てくる事は出来ない。全員が周囲に気を配りながら進む。

 メンバーの盾になるタンク職はアルマとグラシオスが担当し、この二人が一番前に陣取った。

 隊列の真ん中にはオレが着く。回復役の為、最悪オレが倒れなければ立て直しは可能だ。さらに、地図の作成や罠の解体もオレが担当する。罠の解体に失敗してオレが倒れる可能性もあったが、他に出来る者がいないので仕方がない。

 リナは後衛のアタッカーだ。アルマとグラシオスが足止めしている所に魔法を放って仕留める。

 けれど、彼女の魔力の総量は少ないため、大物が現れない限り小技を使い、アルマかグラシオスが止めを刺す事になる。

 純粋な魔術師としては少々物足りない彼女だが、種族や今までの経験により近接戦も本職戦士並みに出来るため、不意打ちで背後にモンスターが現れたり、乱戦になったりしても、対処できる安定感がある。


「これだ。これが俺の求めていた学園生活だ!」

「気が合うわね!」


 オレが地図を書いて足を止めている間、グラシオスとリナは楽しそうに周囲の警戒をしていた。

 たぶん、気が合っていないと思う。

 リナは力を振るう事を楽しんでいるようだが、グラシオスは仲間と迷宮に潜るというシチュエーションを楽しんでいるようだ。グラシオスはぼっちだったからな。

 オレもアルマも浮かれている二人に注意をしない。

 まだモンスターも弱く、出現率も低い。地下一階は罠も仕掛けられていない階層で、まだ安全な場所だ。

 オレは油断によるリスクよりも、場を盛り上げて士気を上げるメリットを取った。

 さらに言えば、オレ達だけでモンスターに対処しないといけない訳でもない。

 他のパーティも入り口付近でマッピングをしており、頻繁にすれ違う。

 次の拠点となる安全地帯を見つけるまで、それは続くだろう。


 そうしているうちに、ここら辺の地図を書き終えた。

 三人に先に進む事を告げる。


「どうだ? 不自然な空白地帯でも見つからないか?」

「今の所はないなぁ」


 グラシオスは楽しそうにオレの手元の地図を見下ろした。

 恐らく、隠し通路がこの辺にないか確かめたいのだろう。

 アルマは嫌そうに顔を顰めて言った。


「隠し通路の先には行きたくない。敵の強さが跳ね上がる事が多い」

「敵が強くなるなら行きましょうよ! いい腕試しになるわ!」

「私たちの目的は試験終了の地下十階までの到達。無駄な寄り道はするべきじゃない」

「いや。ロマンは大事だ。隠し通路の先に一生遊んで暮らせるようなお宝や、伝説のモンスターがいるかもしれない」

「流石! グラシオスは分かってるっ!」


 いや、絶対分かってないだろ。

 強い敵と戦いたいリナと、一獲千金を狙っているグラシオスには意識の隔たりがあると思う。

 けれども、隠し通路の先に進みたいという意見に相違はないようで、お互いに噛み合いそうで噛み合わない会話を楽しそうに続けていた。

 アルマはオレの元まで来てぼそりと言った。


「あの脳筋たちを止めて」

「……まぁ、いいんじゃない? 危険敵が出てくるような隠し通路は教師が封鎖しているだろうし」


 そのための準備期間だ。

 実習の前に、再構成が終わった迷宮を教師が一週間かけて安全を確認している。

 ユニークモンスターや致死性の罠が発生していないか。一年生では対処できないモンスターが出現するようになっていないか。

 その他もろもろの安全確認を昨日の夜までずっとやっていたのだ。

 危険な敵がいる隠し通路は封鎖されているだろう。

 アルマは憂鬱そうにため息を吐いた。


「まぁ、敵が多いところまで進めば二人もおとなしくなるでしょ。気楽に行けるのは今だけだろうし」

「そう。なら早く先に行かないと」


 アルマはぎゅっと手を握って気合を入れた。

 やる気を出してくれたのなら何よりだ。


 こうして、オレ達の迷宮探索は和やかに始まった。


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