親睦会
2017/10/27
魔法→魔術に改変。
推理には全く影響はありません。
換気のために開かれた窓から外を見つめると、どんよりとした曇り空に包まれている。
明日の実習は晴れるだろうか? 天候がどうであろうが迷宮の内部には何ら影響を及ぼさないだろうが。
「……」
「……」
「ぅるるる……」
薄暗い部屋に集った三人はカードの束を囲んで膝を突き合わせていた。
一人は不機嫌そうに牙を剥いており、一人はふらふらと体を揺らしてぼんやりとしている。オレは彼女たちと自分の前に一枚一枚カードを配る。
手元の束が無くなった所で、先ほどからこちらを見つめて威嚇してくる少女に向けてため息を吐いた。
「……何でそんなに不機嫌なの?」
「どうにもこうにも! こんなの、実習前日にやる事じゃないでしょー!」
先ほどからずっとオレを威嚇し続けていたリナは配られたトランプを頭上に放り投げた。
パラパラとカードが部屋に舞い落ちる。
カード以外にも教科書や服が無造作に床に散らばっており、掃除も行き届いていない。
三人が床に座るために荷物を部屋の隅に動かしていたが、その上にトランプが何枚か落ちてしまった。……全部見つかるだろうか。
「それには同感。私は寝ていたい」
この部屋の主ことアルマは、ぼんやりと手元に配られたカードを眺めていた。自分のカードを伏せ、露わになったリナのカードに視線を落としている。
いや、このままゲーム再開しないから。カードは配り直すからね?
「仕方ないじゃん。見張ってないとリナはまた一人で訓練するつもりでしょ? 今日はこれ以上の魔術の使用は禁止ね」
「でも、いつもの習慣をこなさないと気持ち悪いし……」
「……リナ。プリムラの言いつけは守るべき」
急に部屋に押しかけられた理由がリナにあると今になって知ったアルマは、じっとりとした視線をリナに向けた。
彼女の非難の目を向けられたリナは言葉を詰まらせてたじろいだ。
オレは散らばったトランプを拾い集めて再びシャッフルする。アルマがカードを渡すまいと抵抗してきたが、無視して全てを回収した。運よく、全てのトランプをすぐに見つける事が出来た。
リナの手札を暗記したのが無駄になったことに腹を立てたのか、批難の矛先がこちらにも向いてきた。
「リナの監視をするなら一人ですればいい。私を巻き込まないで」
「それも考えたんだけどね……。夜は色街で食事したいから他の人に頼まないといけなかったんだよ」
オレがぼそりと呟くと、二人はいきなりオレから距離を取った。
まぁ、夢魔の食事は異性の精気だからな……。エロい事をすれば腹が膨れる訳だ。引かれるのも無理はない。
分かってはいても少し悲しくなった。
「あんまり感じなかったけど、プリムラもやっぱり夢魔だったんだ……」
「グラシオスの精気を食べてると思ってたのに」
「違うから! 直接は食べないから! 道まで洩れてきている精気を食べに行くだけだよ!」
誰が男と交わるか!
かと言って、同性と交わっても精気を食べられないから困る。
女の子と触れ合っても、可愛いなぁだとか柔らかいなぁだとかしか感じられずに空しくなるだけだった。
ちょっと泣きそうになっていると、アルマが話を元に戻した。
「それで、リナが訓練を止めそうにないから私の部屋に連れてきたわけ?」
「うん。見張ってないと絶対に魔術を使うから」
「むぅ……」
反論で出来ないのか、リナは唇を尖らせた。
アルマも迷惑そうにオレたちを見つめている。
「私は明日に向けて寝ていたい」
「いや! 実習前日だからこそ、みんなで連携を確認すべき!」
「そう言われても……、グラシオスは用事があるってどこか行ったし」
「休日に外出なんて信じられない」
魔術中毒の気があるリナに対して、オレは遠回しに反対した。アルマは面倒だという感情を隠しもしなかった。
「大体、連携は昨日と一昨日で確認できたはず」
「でも、一日置いたら不安じゃない?」
「そこは大丈夫だよ。当日の初めは先に進まずにモンスターを狩ってウォーミングアップしようと思ってる」
オレはトランプを配り直しながら呟いた。
アルマは興味深そうに手元のトランプを見つめていた。見た事が無い遊具だそうだ。
オレは親父と度々遊んでいたが、よくよく考えてみれば親父以外にトランプを持っている人を見たことが無い。売っている所を見たことが無い。
おそらく、親父の故郷の遊具なのだろう。ちなみに、もう帰れないほど遠いところらしい。
「でも、二日しか連携の確認をしていないじゃない。それだけでうまく動けるか不安ね」
今度はリナもトランプを放り投げたりしない。遊ぶ気満々の空気を醸し出しているアルマに流されたようだ。
「休むのも立派な仕事。私は寝ていたい」
「アルマは寝る前に部屋を片付けような」
ぼそりと呟いてみたが、堪えた様子はない。アルマは呑気に欠伸をしながらリナの手札をひいて、数字が揃った二枚を捨てた。
オレはアルマの手札から一枚選んで引き、手札に同じ数字が無いか確かめる。
「それに、今のままでも連携も取れていたと思う」
「そうかなぁ……?」
アルマは昨日の連携で満足しているようだが、リナは納得いっていないようだ。
尻尾を振りながらどのカードを引くかを考え、悩んだ末にオレの手札からカードを引いた。
パーティを組んで活動していたリナと、ソロだったアルマには認識にズレがあるらしい。
オレも三人以上のパーティを組むのは久しぶりだった。
学園に入ってからは、たまにグラシオスと組むくらいしかしていない。
「まぁ、あんなもんじゃない? ソロで活動していた人ばっかりだし。お互いに邪魔にならないだけマシだよ」
「うぅ……。志が低い……」
リナは尻尾をぺたんと畳んでアルマに手札を差し出した。
アルマは即断即決でカードを引いていく。
そして、手札のカードを確認しながら首を傾げた。
「そういえば、プリムラは治癒術師なのに一人で迷宮に?」
「うん。たまにグラシオスと組んでいたくらいで、後は一人。治癒魔術だけじゃなくて剣術と魔術も使えるよ。……下手クソだけど」
扱えると言ってもほぼ初心者だ。
クラス内での腕は下から数えた方が早い。低層なら何とかなる程度だ。
オレはアルマの手札からカードを引いて顔を顰めた。
外れを引いた。アルマの顔は変化が無くて読みにくい。
オレ達は雑談を続けながら、トランプで時間を潰した。
リナは外れを引くと大げさなリアクションを返した。けれども、アルマは最後の最後まで外れを回避し続けた。
結局、リナが連戦連敗する事になった。
「何で一回も外れを引かないのっ⁉」
「毎回表情に出てた。途中から隠すようになってたけど、尻尾と耳の動きでバレバレだった」
「ずるっ⁉ 納得いかないっ!」
リナはアルマに詰め寄り、アルマは面倒そうに顔を顰めていた。
その様子を眺めつつ、オレは『この調子なら大丈夫か』と安堵の息を漏らした。
リナはアルマを苦手に思っている。
理由は分からない。
アルマはリナを必要な人材として彼女なりに歩み寄っていると思う。けれども、昨日一昨日の練習ではその距離感は縮まらなかった。
リナはパーティのメンバーだからといって、苦手な人物とパーティを組む事を納得していないように感じた。
一緒に遊んでリナのわだかまりが解ければいいと思う。
休日は一人で寝ていたかったらしいアルマに恨まれたかもしれないが、リナがアルマに苦手意識を持ったままよりはマシなはずだ。
アルマは気に入らない人間とも必要とあらば協力し合えるようだ。オレを恨んでいても当日は合わせてくれるだろう。
オレはそう自分に言い聞かせて、二人のやり取りを眺めていた。
けれども……、何か致命的な間違いを犯しているという感覚を捨てきれなかった。