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エルフの剣士

「それで、これから四人目のメンバーを探しに行くの?」

「うん。後衛のオレとリナに対して前衛がグラシオスだけっていうのはバランスが悪いからね」

「後衛……、後衛……、えへへへへ……」


 オレとリナは女子寮の中を歩いていた。

 リナは後衛扱いされるのが嬉しいのか、栗色の尻尾をぶんぶんと振っている。

 グラシオスは留守番だ。『情報屋』の時は一緒に行動したが、女子寮の中を男がうろついているのは好ましくない。


「アルマ・ドロシア……。ここだ」


 求めた人の名前が書かれたネームプレートを見つけてオレは立ち止まった。

 彼女の名前を見た途端、リナはニコニコとしていた顔を引きつらせてオレの制服の袖を引っ張った。


「プリムラちゃん、プリムラちゃん……。もしかし、四人目の候補ってアルマさん……?」

「うん。そうだよ」

「うへぇ……、あたしこの子苦手だぁ……」

「好き嫌いを言っても仕方ないじゃないか。パーティ組むのを決めたのが遅かったんだから」

「ううぅ……。ずっとソロで挑もうとしてたから反論できない……」


 リナはぺたんと耳を閉じてどんよりとした気分を隠そうともしなかった。

 オレは四の五の言っても仕方ないと部屋をノックする。


「ちょ、ちょっと! わたしまだ心構えが出来てないー!」

「あ、ごめん……」


 リナがオレの頬を引っ張って講義する。

 オレは彼女に謝り倒すが、許してくれる気配はなかった。ぷにぷにと何度も引っ張られた。

 そして、……扉の向こうからは返事がない。


「……出てこないわね」

「そのふぁいにへをはなしてくれるとふれしいんでふが」

「あっ……」


 抗議するとリナはようやく手を離してくれた。

 オレは痛む頬を撫でるが、それでもまだ反応が無い。

 オレとリナは顔を見合わせた。


「外出中かな?」

「あり得ない。あのアルマさんが用事もなく外出するなんてあり得ないよ! それに、中からアルマさんの匂いがする!」


 リナは鼻をひくつかせて顔を顰めた。

 ノックが聞こえなかったのかとオレはもう一度扉を叩いた。今度は声を出して呼びかけながらだ。


「ごめんくださーい! アルマさんはいますかー」


 何度か扉を叩いても返事がない。

 寝ているのかと首を傾げると、急に扉が開かれた。

 中から半眼で眠たそうな妖精族の少女が現れた。

 妖精族の中でも、エルフと呼ばれる種族だ。妖精族の中では比較的人間に近い姿で、細身で耳が尖っているのが特徴だ。

 そんなエルフの彼女は、寝癖でぼさぼさになったセミロングの白髪を隠そうともしない。

 制服のオレたちとは違い、薄いシャツとハーフパンツだけのラフな格好だ。色白の四肢が露わになっている。

 彼女は袖で口元の涎を拭いながら、気だるげにしていた。


「……君たちは誰でしょうか? いえ、何の用でしょうか?」


 彼女の問いかけに答えようとしたが、その前にリナが口を開いた。

 気のせいか彼女の口調は少し刺々しい。


「同じ『黒魔術専攻科』一年のリナ・グランディーネよ。アルマ・ドロシアさん」

「リナ……、リナ・グランディーネ……。そうですか。同じクラスですか。すみません。覚えがありません。それよりも、用件を伺いたいんですが」


 アルマさんは首を傾けて記憶を探っていたようだが、思い出せなかったようだ。ぼーっとした顔で考えるのをすぐに放棄した。

 リナが不機嫌そうに耳としっぱを逆立てているのにも気にかけずに、大きな欠伸を漏らした。


「オレは『治癒術専攻科』一年のプリムラ・イルシオン。アルマさんには三日後の迷宮探索実習で一緒のパーティを組んで欲しいんだ」

「嫌です」


 オレが要件を口にすると、アルマさんは考える素振りも見せずに即答した。

 リナがそっぽを向いてさらに不機嫌になった。

 しかし、事前に『情報屋』の資料を読んで断られる事を覚悟していたオレは一つ頷いた。彼女が食いつきそうなエサはちゃんと持ってきている。


「オレ達と一緒に迷宮に潜るのも悪くないと思うけど」

「なぜ? 実習まではあと三日。前日は体を休めた方がいい事を考慮すると、今日を入れてあと二日。そんな即席パーティで挑んでも足を引っ張るだけ。ソロで潜った方が効率的」

「前日なのに休むのね。怠け者め」


 リナはぼそりと呟いた。

 オレはアルマさんに今の言葉が聞こえていないか、気が気ではない。

 冷や汗を垂らすが、幸いアルマさんには聞こえてはいなかったようだ。寝癖になった髪をを弄って上の空だ。

 あと、リナにはあとで前日の鍛錬を減らすように指示しとかないと。直前まで無茶な練習をしていそうだ。


「アルマさん。一人で迷宮に潜るリスクは理解してる?」

「ええ。けれど、地下三階までなら私の力量でも問題ない。それに、この課題は成績に影響しない。適当にモンスターを狩ってリタイヤするだけいい。必要のない事はしたくない」


 そのやる気のないアルマさんの言葉を聞いてリナが不愉快そうに舌打ちをした。


「リナ!」


 オレはリナを咎めるが、彼女は不機嫌そうにそっぽを向いた。

 アルマさんはリナを一瞥するとオレに向き合った。


「君のパーティメンバーは私と相性が悪そう。余計に組まない方がいい」

「それでも、お互いに組むメリットはある。ソロで潜ると後で指導が入るらしいよ?」

「……本当?」


 アルマさんは顔を顰めた。

 やはり、彼女はペナルティの事は知らなかったようだ。

 プリントにも書かれていないし、事前告知もされていない。その情報の入手経路は先輩からの口コミと、先輩から情報を得た同級生の噂話くらいしかない。

 交友関係が狭そうなアルマさんが情報を得られる可能性は低かった。

 さらに言えば、指導についての噂を聞いていたら既にパーティを組んでいてもおかしくない。『情報屋』の資料を見る限り、そういう人物だ。

 案の定、アルマさんはすぐに意見を変えた。


「私もパーティに入れて欲しい」

「……わたしは納得できないわ」

「リナ……」


 オレは頭を下げたアルマさんに手を差し出したが、背後から不機嫌そうなリナの声が聞こえた。

 アルマは初めてまともにリナの顔を見た。

 じっとりとした彼女の視線に、リナは少したじろいた。


「な、なによ……?」


 アルマさんは無造作にリナに近づくと、無言で彼女の顔を観察し――いきなりリナの頬に舌を這わせた。

 オレは思わず手で目を覆ってしまった。と言っても、指の隙間からガン見しているのだけれど。


「……えっ? えぇっ⁉」


 アルマさんは混乱の最中にいる彼女を地面に押し倒し、真っ赤に染まった彼女の頬にもう一度唾液の後を付けた。

 リナは体を捻らせて拘束を逃れようとするが、アルマさんの腕はしっかりと彼女を捕まえて逃がさない。


「ちょ、ちょっ、えぇっ⁉ 何してるの⁉ 何してるのっ⁉ 離れてよ、アルマさん!」

「これから、一緒のパーティの仲間になる。アルマって呼んで欲しい、リナ。……プリムラもそう呼んで欲しい」

「……あ、うん。分かったよ……」


 唐突に話を振られてオレはコクコクと頷いた。

 リナは訳が分からないというようにさらにジタバタと暴れている。

 またしても、アルマが頬を舐めると、ぴゃっというよく分からない悲鳴を漏らした。


「アルマさ……、アルマ! それは分かったけど! これは何っ⁉ なんでわたし押し倒されてるのっ⁉」

「親愛の印。犬は相手の顔を舐めて情を示すのでしょう? 何故か嫌われているようだけど、わたしはリナと仲良くしたい。その方が効率的」

「犬じゃないし! 狼だし! それに、甘える時は口元を舐めるし……っ!」

「そう。それは悪かった」

「ちょ、やめー!」


 アルマは墓穴を掘ったリナの唇に躊躇なく舌を伸ばした。

 リナはぶんぶんと首を振って必死に唇を死守している。


 オレは指の隙間からリナの痴態を観察しつつ、アルマの力に驚愕していた。

 リナは今まで戦士として友人に頼られていただけあって、かなり力が強く、筋肉もついている。

 しかし、アルマはそんなリナを完全に抑え込んでいた。

 薄いシャツとハーフパンツから除く四肢はほっそりとしていて、とても力があるようには見えないのにも関わらずだ。

 何かタネはあるのだろうが……。ともかく、剣士としては優秀なようだった。


「プリムラ! プリムラっ! 見てないで何とかして! だから、この子と組むのは嫌なのよ!」


 騒ぎはオレが我に返ってアルマを引き剥がすまで続いた。

 ちなみに、リナは顔を唾液塗れにしながらも最後まで唇を守り切ったようだった。




 白狐ノ月、第二の火ノ日。実習三日前。

 パーティメンバー:プリムラ・イルシオン、グラシオス・アロ、リナ・グランディーネ、アルマ・ドロシア


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