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獣人の魔法使い

「で、対象はここに入り浸ってるってるのか」

「『情報屋』の資料ではそうなってたね」


 オレ達はその部屋をこっそりと覗き込んでいた。

 生徒たちが集まり、案山子に対して魔術を放っていた。木刀を持った生徒同士で打ち合っている。

 コソコソと足音を殺して部屋に入り、隅っこで声音を落として話し合っていた。

 オレは女子生徒に剣を教えている男子生徒に視線を向けずに指さした。


「おい。そこらへんの生徒に話しかけてリナ・グランディーネが居ないか聞いて来いよ。男だろグラシオス」

「いやいやいや。俺が行くよりもお前が行った方が警戒されないだろ? お前が行けよ自称男子」

「いやいやいや。オレが行くのはマズいって。この男女入り混じった空間に凸って流れ弾がオレに当たったらどうするよ? こんな青春を謳歌しててキラキラしてて、カップル成立していないやつらの方が少なそうな空間のど真ん中で淫気垂れ流したら、パーティ始まるよ? 未成年観覧禁止のエロ小説みたいなパーティ始まるよ?」

「嫌だ。俺は馬に蹴られて死にたくない。それに普段喋ってるやつらと雰囲気違いすぎる。喋れない。喋ったら、確実に(ども)るし、喋るネタがない。ちなみに、普段喋ってるのはお前だけだ」

「嘘だろ、お前っ⁉ 見た目だけならあっち側だろ⁉ 彼女の一人や二人いてもおかしくないだろ⁉ マジで情報屋の資料通りなの⁉」

「俺には無理だ。お前とキャラのエロさについて語り合えても、三次元の恋バナにはついていけない。彼女も出来たことが無い。大体、お前も見た目だけならあっち側だろう? 男を複数部屋に連れ込んでアホ面してそうな顔してる」

「誰が淫乱ピンクだこの野郎」


 グラシオスの胸倉を掴むと、ニヘラと笑われた。

 ちょっとムカつく。額に青筋を浮かべていると後ろから声を掛けられた。


「ちょっと! ここは訓練をする場所! 不純異性交遊する場所じゃないわ!」


 振り向くと興味深げに狼耳をピクピクと動かしている女子生徒と目が合った。彼女は腰に手を当てて怒り心頭な様子だった。

 しかし、彼女の顔は怒り以外の要因でものすごく赤かった。


「あっ……」


 よくよく見ると、オレ達は周りの生徒の生暖かい視線を一点に集めていた。

 そして、自分たちの状況を客観的に顧みる。

 オレがグラシオスを押し倒して無理矢理に迫っているように見えるのかもしれない


「違うし……っ! オレ達そんな関係じゃないし……っ!」

「あだっ⁉」


 彼の胸倉から手を離すと、力が抜けたグラシオスが地面に頭を打って悶絶した。

 獣人の女の子は何やら考え込むと、やがてうんうん頷いて理解を示してくれた。


「……そうよね。夢魔が清らかなお付き合いをする訳が無いものね。一回限りの関係だもんね。でも、公共の場でそんな過激な事はダメだから! ちゃんと隠れてやりなさい!」

「そういうのでもないから! 確かにそういう種族だけれども! 不本意ながら、そういう種族だけれも!」


 女子生徒は斜め上方向に納得して指を突き付けてきた。

 オレは公衆の面前で恥ずかしい勘違いをされて泣き出しそうになってしまった。




 ――

 ――――


「はっ、やぁ!」


 可愛らしい掛け声と共に、訓練所に轟音が響く。

 オレとグラシオスは訓練所の一角に巨大な氷塊に叩きつけられるのを見て感嘆の声を上げた。

 人一人くらいなら簡単に押しつぶせてしまいそうな氷塊を作り出した少女は額に湧き出た汗を服で拭った。


「さっきの子がリナ・グランディーネだったのか」

「うん。そうだよ」


 オレがグラシオスを押し倒していると勘違いした女の子がオレ達の探していた生徒であった。

 不純異性交遊ではないと説得しても信じてくれなかったが、周りの人がオレの事を知っていたようで、彼女に耳打ちしたことでこの騒ぎは収まった。

 一年生に男と関りを持たない変わり者の夢魔がいるというのはそこそこ有名なようだった。

 同時に、リナ・グランディーネも有名なようだった。

 オレは周囲を見渡した。


「……」


 彼女が派手な魔術を使い始めると周りの浮ついた空気が引き締まったのを感じた。

 リナ・グランディーネは鬼気迫る表情で魔術を行使し続けている。

 魔術の使い過ぎで顔色が悪くなり、肩で息をするようになっても魔術を使い続けていた。

 彼女の纏う真剣な雰囲気に当てられて、デート気分で訓練所に来ていた爆殺候補者たちは鍛錬を去り始めたのだ。


「優秀な魔術師だな。ここまでデカい魔術を使える一年はそういないぞ」

「そうだね。でも……」


 グラシオスの感想にオレは目を細めて声を潜めた。

 確かに魔術の威力は申し分ない。一年生の中でも上位の威力だとは思う。

 だが……、魔術的なスタミナが少ない。

 獣人は身体能力が優れているが、魔術への適性が著しく低い。

 体の底から無理矢理魔力を捻り出しているせいで体に多大な負荷をかけている。

 それから、何発か魔術を行使したところで、リナ・グランディーネは訓練所の床に膝を着いた。

 オレは急いで彼女に近づいた。


「大丈夫?」

「えへへ……。こんな所を見られるなんて恥ずかしい……」

「……」


 彼女の額に手を当てて体温を確認し、魔術で生み出した光を目に当てて瞳孔の動きを調べた。

 怪我はしていない。

 しかし、魔力の使い過ぎで、体調に異常をきたしている。


「リナさん。今日はこれ以上の訓練は禁止ね。これ以上魔術を使うと明日に響くよ?」

「リナでいいよぉ。でも訓練しないと上達しないから……休憩してから再開するわ」

「……バカっ」


 彼女の額を指で弾いた。

 リナは額を蹲って涙目でオレを睨み付けた。


「うぅ……。何をするの!」

「治癒術師として忠告する。今日はもう止めろ。今はまだ酷い疲労で済む。これからあと一回鐘が鳴るまで訓練すると、明日まで不調が残る。さらに鐘が一回鳴るまで繰り返すと気を失う。目を覚ましてからも鐘が一回鳴るまで繰り返せば、後遺症が一生残る。さらに続けて鐘が鳴るまで訓練をすれば、死んでもおかしくない。」

「えへへ……。ならあと二回鐘が鳴るまでは繰り返せるね……」


 オレは顔を顰めた。『情報屋』の資料に書かれていた通りの娘だ。


「ねぇ、リナ。五日後の実習でオレ達とパーティを組んでくれない?」

「……。ヤダ。わたしは誰ともパーティを組まないよ。足手まといにしかならないもん。それに、プリムラちゃんは獣人の前衛としての力が欲しいんでしょう? 友達も前衛としてパーティに加わってくれってうるさいもん。煩わしい」


 リナは卑屈で皮肉気な笑みを向けた。


「そんな事は……」


 オレはそれを否定する事が出来なかった。

 治癒術師としての経験が、彼女が魔術師として大成しないと知っている。

 しかし、触診のために彼女の体を触れてみて分かった。制服で隠れて分かりにくかったが、しなやかな筋肉がしっかりと付いている。

 前衛の戦士としての適性は高い。

 彼女は戦士としてなら大成できるとオレの経験が知っている。

 そんな彼女が魔術師としてやっていくのは勿体ないと感じて、口ごもってしまった。

 しかし、そうは思わなかった人間もいた。グラシオスだ。


「なんだお前。カッコいいじゃないか。浪漫が溢れてる」

「グラシオス……」


 黙ってしまったオレと違ってグラシオスは自然体で彼女の前に躍り出た。


「カッコいいって……」

「ああ。自分に才能が無いと知っていても、魔術を使おうとする。最高にカッコいいじゃないか」


 グラシオスはオレの頭に手を乗せてぐりぐりと撫でまわした。

 オレは何をするんだと彼を睨み付けたが、彼は軽く口元を歪めて笑うだけだ。


「コイツも夢魔で治癒術師として信頼されにくいってのに、わざわざ治癒術専攻科に入ったんだぜ? お前の拘りを否定する訳が無いさ」

「まぁ、そうだけど……」


 勿体ないと思ってしまっただけだ。

 彼女の戦い方を否定するつもりはない。

 オレはぼそぼそと呟いた。


「……リナ。オレ達のパーティに加わって欲しい。魔術師としての君の力が必要なんだ」

「魔術師としての力……」


 リナは震える手の平を震わせていた。

 豆が潰れた跡があり、固くなった皮膚に覆われている。

 彼女が普段から剣を握っていると分かる手だ。

 昨日買った情報には、彼女は『黒魔術専攻科』にも関わらず、友人たちと迷宮に潜る際に前衛を任されている事が多い事に不満に思っていると記されていた。

 初めて魔術師としての腕を見込まれて、驚いているようだ。そして、掠れた声を絞り出した。


「わたしも戦ってみたい……。魔術を使って迷宮に、潜りたい……っ!」

「よし。これでパーティ成立だ」


 グラシオスはオレとリナの腕を取って、手を繋がせた。

 リナはオレとグラシオスを交互に視線を向けて笑みを浮かべた。オレは彼女に目を合わせられなくて視線を外した。


「……よろしく」

「こちらこそよろしくお願いします!」




 白狐ノ月、第二の地ノ日。実習四日前。

 パーティメンバー:プリムラ・イルシオン、グラシオス・アロ、リナ・グランディーネ


推理に関係ないが、この世界の一週間は六日間。

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