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『情報屋』

「長居したくない場所だな」

「その割には楽しそうだな?」


 オレは軽くスキップをしているグラシオスを見て眉を細めた。

 埃の溜まった細い階段を、オレ達はランプを掲げてゆっくりと降りていった。

 グラシオスはニヤニヤと笑いないがら、足音を殺して歩いている。


「楽しくない訳が無いさ。女の子と二人っきり。秘密の通路を通って逢引きなんてシチュエーションなんて、ようやく学園生活が始まったって感じだ」

「お前は今までの学園生活をなんだと思ってたんだ」


 どうせまた、最近読んだ小説に影響されたのだろう。

 明日には、絡んできた不良の先輩を叩きのめさないと学園生活ではないとほざいている気がする。男子寮に彼を迎えに行った時にグラシオスが読んでいた小説がそういう内容だったからだ。

 つまり、逢引きなんて彼の妄言だ。聞き流すに限る。


「それで、この隠し通路はいったい何なんだ? 資料室の床をいきなり引っぺがしたのにはびっくりしたぞ」

「学園の中に何でも知っている情報屋がいるっていう怪談話があるんだ。持っている情報を使って裏から学園を操っている……なぁんて言われているけど、合ってるのはこの先にいる先輩が情報通って事だけ」

「何でそんな事を知ってるんだ? 学園の卒業生に知り合いでもいるのか?」

「そんなとこ」


 そんな話をしているうちに、階段を最後まで降りきった。

 オレはふと思い出した事があって口を開いた。


「そうそう。向こうはオレたちがここに来る事は知ってるし、こっちの事も事細かく知っていると思う。でもあんまり驚かないでね? めちゃくちゃからかわれて遊ばれるから」

「分かったよ」


 オレはため息と共に呟いて、彼が頷くのを待った。そして、大きな扉に向き直る。

 階段の先に立ちふさがる重々しお金属製の扉を何度かノックして、オレ達は部屋の主が出てくるのを待った。


「ごめんくださーい。『情報屋』さんはいますかー」

「……雰囲気ぶち壊しだ。こういうのは秘密の符丁があるものじゃないのか? それに、今更いうのも何だが、夜中に訪ねるのは迷惑だろう。夜這いをかけに来たと思われるぞ」

「……夜の訪問が夜這いという固定概念は捨てようか。それに、先輩は夜行性の人だから」


 何度か呼び掛けていると、かちりと音を立てて鍵が外れた。

 誰も扉に触れていないのにも関わらず、キィキィと錆ついた音を立てて扉がゆっくりと開かれた。

 埃が舞い、グラシオスは顔を腕で覆った。


「これは……、入って来いって事か?」

「そうだろうね」

「お、おいっ!」


 オレがランプを掲げて真っ暗な部屋に入ろうとすると、顔を強張らせたグラシオスに肩を掴まれた。

 なぜ引き留められるか分からずに首を横に傾げた。


「不気味だけど危険はないよ。あっ、それとも怖いのー?」


 ふとその可能性に思い至り、ニヤニヤと表情が緩むのを抑えきれないまま彼の顔を見上げると、彼はまじめ腐った顔で頷いた。


「ああ怖いね。いいや、危ないと言った方が正しい。こういう所に入っていくのは『死亡フラグ』ってやつだ。それに、先に進むとしても男が先導するのが普通だろ?」

「小説の読みすぎだよ」


 オレは呆れてため息を漏らした。

 けれども、彼の行動理念(ポリシー)に逆らうのも面倒だったので、ランプを彼に渡した。


「じゃあ、先導お願いします。オウジサマ」

「おう! 任せとけ!」


 オレが投げやりに言うと、彼は生き生きとして暗闇の中を進んでいった。

 埃の積もった本棚が部屋の主の元へと誘うかのように配置されている。

 棚の上に置いてある資料を手に取ってみると、さらさらとした埃の感触があった。

 先導していたグラシオスが振り返ってオレの手元をランプで照らした。

 資料の表紙には人の名前と思われる文字がかかれている。しかし、別の国の言葉で書かれており読む事は出来ない。


「なんだこれ。ここらで使われている文字じゃない」

「この学校に通う誰かについて調べた資料だよ。『情報屋』は資料を読者が知らない言語に変改する魔術を使っている」

「ふぅん……」


 オレから資料を受け取ったグラシオスが捲った羊皮紙の資料には、小さい文字でぎっしりと情報が書き込まれていた。

 彼は目を顰めて文字を追った。


「手触りは安価で粗悪な羊皮紙だ。こんなに小さく文字を書いてまともに読める字になっているのはおかしい」

「ああ、それか」


 オレが彼の手にある資料のページを捲ると、グラシオスは資料の異常さに息を飲んで後ずさった。


「うわっ……」


 グラシオスが地面に積まれていた資料の山に足を取られて、バランスを崩した。

 彼に密着していたオレも巻き込まれて地面を転がった。

 パサリと音を立てて、埃の積もった資料が虚空に舞う。

 オレはグラシオスにのしかかられるようして倒れている。

 そして、胸にかなりの違和感。

 彼の手の平がオレの二つの膨らみを鷲掴みにしていた


「「……」」


 お互いに沈黙したまま見つめ合い、静かな時間が流れた。宙にまった資料がパラパラと落ちてくる。

 オレは固まってアワアワと戦慄いていたが、グラシオスは無反応だ。

 何が起こったか分からずにフリーズしているのかと思ったが、床に転がったランプに照らされたグラシオスの顔をよく見ると、特に混乱している様子はない。

 もしかして、コイツは何も感じていないんじゃないか。平常運転だ。

 というか、人の胸を鷲掴みにしたまま、何やら思案しているようにも見える。

 オレは一人で慌てているのが馬鹿馬鹿しくなって、じっとりと彼の目を睨んだ。


「おい。何か言えよ」

「すまん。慌てて胸から手を離すべきか、これ幸いにと胸を揉みしだくべきか迷ってるんだ。どっちが、普通の反応なんだろうか?」

「いいから、離れろ!」


 オレは真面目腐った顔で首を傾けているグラシオスの股座に膝蹴りを喰らわせた。

 グラシオスの顔からサァっと血の気が引き、一気に表情が青白くなった。

 股間を押さえて蹲ったグラシオスが冷や汗を垂らし、掠れた声で呻き声を上げた。


「お、お前は……。お前はやっぱり女だ……。男がこんな残酷な仕打ちをできる訳が無い……」

「おい、テメー。もっかい蹴られたいのか? 胸の感触よりも蹴りで判断したんだもんな? 結構デカめだと自負してんだぞ?」


 オレは彼の胸倉を掴んで目を合わせた。

 それに、これでもちょっとは手加減したんだぞ? 力いっぱいやったらオレまでひゅんってなるから。

 もう一発蹴りを入れられかねない状態に焦ったのか、グラシオスはズルズルと後ろに逃れようとする。


「お、落ち着け……。自分が男だと言うのなら胸の一揉みや二揉みは水に流せ。な?」

「………………。都合のいい時ばかり人を男扱いしても説得力ないぞ?」


 一瞬、それもそうかと頷きかけたが、コイツがオレを男扱いする時は何かやましい事がある時だ。

 やっぱり許さないでおく。

 オレがもう一回くらい蹴りを入れようと彼を立ち上がらせようとして――、背後から声を掛けられた。


「人の家で痴話喧嘩は止めて欲しいのだけれど」

「……」


 振り向くと、オレと同じ制服を着た女が立っていた。

 気だるげに首を傾けると、長い黒髪がさらりと肩を伝った。人族に似ているが、額から生えた二本の黒巻き角が、彼女の種族は悪魔(デーモン)だと教えてくれる。

 オレと同じ制服ではあるものの、上から羽織った黒いカーディガンや、前ボタンが外れて今にも零れそうな大きな胸が強調されている様が、退廃的な雰囲気を醸し出している。学園内の生徒が纏う若いエネルギーとは真逆の暗い気配だ。

 オレが彼女に気を取られているうちに、グラシオスが動いた。

 今のうちにオレの手から逃れようとしたのだ。


「あまり動かないで下さる? ワタシの資料が汚れてしまうわ」


 彼女はため息を吐きながらグラシオスに釘を刺し、地面に落ちた資料を拾った。

 オレは零れかけた彼女の胸に視線がいったが、グラシオスの視線は彼女の手元の資料に向けられていた。

 グラシオスが驚いて躓き、オレを押し倒す原因となった物だ。

 彼女の拾い上げた資料には、次々と自動で文字が書き足され、刻一刻と内容が更新されていた。

 見えない何者かが文字を書き続けているような光景に、グラシオスは息を飲んだ。


「治癒術専攻科一年のプリムラ・イルシオンと、魔剣術専攻科一年のグラシオス・アロですわね。ワタシは斥候術専攻科に所属する者。お気軽に『情報屋』とお呼びください」

「はい。よろしくお願いします。先輩」


 本名を名乗らず『情報屋』という通称だけを伝えた女は恭しく礼をした。

 オレも会釈して言葉を返す。

 グラシオスは股間を庇うような、違和感のある動作でよろよろと立ち上がり、深刻そうな表情で口を開いた。


「な、何故オレ達の名前を……?」

「それぐらいの事は知られてるって言ったはずでしょ……」

「いや、驚いておくのが普通の反応だろう?」


 オレの呆れ声にグラシオスはまじめ腐った顔で言い返した。『情報屋』の女は楽し気にクスクスと笑った。


「それにしても嬉しいわぁ。なかなか過去を探れないお二人がここまで来て下さるなんて……」


 そう言って、『情報屋』はぺろりと唇を舐めた。

 オレは顔を顰めてポケットから袋を取り出した。袋からはちゃりちゃりと音が鳴り、中身がお金である事は簡単に想像がつくだろう。

 グラシオスは眉を顰めた。


「おい。お前くらいの乳があるなら、その間から取り出せ。それが普通だ」

「ちょっと黙っててくれる?」


 オレはグラシオスを一睨みしてから『情報屋』に袋を放り投げた。

 彼女は受け取った袋の中身を確認して片眉をピクリと動かした。


「オレ達の欲しい情報はこれで足りる?」

「ええ……。十分すぎるほどだわ。本当にアナタの過去が気になるわぁ。一年生の癖にこの場所に辿り着くコネと言い、身の丈に合わない大金と言い……、上級探索者ユートの関係者だという情報は間違っていないのかしらぁ?」


 オレは鼻を鳴らして腕を組んだ。


「どうせ言っても信じてくれないから、言わないよ」

「そうですか……。あり得ない事かどうかはワタシが判断したいのだけれど」


 彼女は自分の胸の間に硬貨の入った硬貨を仕舞った。グラシオスはその光景にキラキラと目を輝かせた。


「おお! 胸が大きい女性が小説で出てきたらよくする動作だ! リアルでは初めて見た!」


 鼻息を荒くして楽しそうにしているグラシオスに『情報屋』はヒラヒラと手を振って微笑んだ。オレは彼の脛を蹴り飛ばした。

 けれども、脚力が足りなかったのか堪えた様子はない。鼻で笑われてちょっとイラっと来た。

 彼好みの仕草を一通り振りまいた『情報屋』は二束の資料を棚から取り出して俺たちに渡した。

 表紙に目を落とすと、二人の女子生徒の名前が書かれていた。


「リナ・グランディーネ、アルマ・ドロシア……」

「この二人はアナタが求めている人物像に合致していると思うのだけれど」


 オレは資料を捲って二人の情報を確認した。他の資料に掛かっていたようなプロテクトはない。

 資料を流し読みしてみると、二人ともパーティを組んでおらず、かつ女性である事も確認できた。

 紛れもなくオレ達が求めていた人材だ。

 二人を引き込んで四人パーティを組めれば、そこそこバランスの取れたパーティになるだろう。


「資料は持ち出し禁止よぉ。ここで、できる限り読んでいく事ね」


 オレは地面に腰を下ろしてしっかりと資料を読み込んでいく。グラシオスも俺の後ろから資料を見ていたが、急に立ち上がって『情報屋』に問いかけた。


「なぁ、ここに書かれている事が本当に正しいという保証はあるのか?」

「……なぁに? アナタはワタシの情報を信じられないのかしらぁ?」

「おい、止めろよグラシオス!」


 オレは苦い顔をして彼を止めようとした。

 情報の正誤を疑うのは彼女に対する最大の侮蔑だろう。

 けれども、彼は鼻を鳴らして取り合おうとしない。


「プリムラはどんな情報を求めているか話していないし、『情報屋』も料金について話していない。何も言わずに目だけで意思疎通するのは小説ではよくある事だが、そんな事をして認識に差異があったら面倒だろう。少なくとも、『情報屋』についてよく知らないオレは信用できない。勘違いモノというジャンルがあるというのに、そんな事も分からないのか」


 どこかズレた主張があった気もするが、彼の言う事も(もっと)もだ。

 彼女も感じる所があったようで重々しく頷いた。


「それもそうねぇ。それじゃあ、ワタシの情報がどれほど正確かを証明してあげる」


 そう言って彼女は。棚の中から羊皮紙を二枚取り出した。


「この二枚は持ち出して貰っても構わないわぁ。どう扱っても二人の自由よぉ。これを見ればワタシの情報の正しさを証明する事が出来ると思うのだけれど」


 グラシオスは『情報屋』から受け取った紙を覗き込んだ。文字を追うにつれて彼の表情が険しくなっていく。

 オレも気になって二枚の紙を覗き込んだ。


 ――――――

 名前:プリムラ・イルシオン

 所属:治癒術専攻科一年

 種族:半霊体(夢魔)

 夢魔という種族にも関わらず、男性との性的接触を極端に嫌う。

 治癒術師としての腕は学園でもトップクラスである。斥候術、攻撃魔術、白兵戦の技術も修めているが、そちらの技術は未熟である。

 迷宮探索の総合力は高いが、夢魔としては未熟である。淫気が制御できないため、基本的に女性としかパーティを組むことができない。

 五日後に控えた実習に臨む為に女性のパーティメンバーを募集中。

 淫気を受けて発情しないグラシオスの事を同性愛者だと疑っている。

 彼女の素性を探る事は困難を極めた。

 筆者が辿る事が出来たのは三年前、王都で存在を確認。

 王都の迷宮から脱出後、ユートという名を名乗り上級探索者ノーチェと接触。酒場で口論を起こした。なお、彼女が王都の迷宮に潜ったという記録は存在しない。よって、迷宮内の転移罠によって別の迷宮から訪れたと考えられる。

 ノーチェの友人にユートという名の上級探索者が存在する。彼は高位の治癒術師であり、プリムラが王都に現れる二日前に迷宮に潜って行方不明になっている。

 プリムラの技能がユートと酷似している点や、彼の名を名乗ったことから、プリムラとユートの間には何らかの関係があると考えられる。

 ――――――


 ――――――

 名前:グラシオス・アロ

 所属:魔剣術専攻科一年

 種族:不明

 魔剣士としての腕は一年生の枠に収まらない。

 学園の迷宮に入ったという記録は無いが、校内の迷宮から現れた。転移罠によって他の迷宮から転移させられたと推測される。その際、記憶喪失である事が明らかになる。

 見た目は人族だが、本人の記憶が無いため正確な所は分からない。

 優れたルックスのおかげで彼に話しかけようとする人間は多かった。しかし、数々の暴力事件を起こすうちに、彼に話しかける人物は減少した。

 彼は人が寄り付かなくなってすぐに図書館に引きこもって生活。

 二学期に入る事には性格が丸くなり、生徒や教師に一切暴力を振るわなくなった。しかし、未だに恐れられる存在である。

 また、珍妙な言動を好むようになったことが原因で、さらに避けられるようになった。

 現在友人といえるのはプリムラ・イルシオンだけである。

 彼女とは親しい間柄ではあるが、ち〇ぽに弱そうな人物だと常々心配している。

 そのためか、校内の迷宮にゴブリンが出現するたびにそれを殲滅する姿をよく確認されている。

 ゴブリンの殲滅が余りにも過激だったため、校内の『ゴブリンを愛でる会』に苦情を言われている。

 ――――――


 渡された紙を読んだグラシオスは深く深く頷いた。


「……。なる程。先輩の情報は信頼できるようだ。プリムラがちん〇に弱そうだと直接口にした事は無いからな」

「理解してくれて嬉しいわぁ」

「おい。テメー等のオレに対する認識について物申したいんだが」


 オレは青筋を浮かべ、羊皮紙を取り上げてポケットに突っ込んだ。

 グラシオスは何を当然の事をと言いたげに真顔だ。『情報屋』は楽しそうに笑みを浮かべていた。


「それでぇ? 〇んぽに弱そうな夢魔ちゃんは必要な情報を得られたのかしらぁ?」

「得られたよ! 得られたけど、その後の辱めで記憶から消してしまおうと思ったよっ! なんでいちいち下ネタを突っ込んでくるんだ⁉」

「とか言ってるけど、グラシオスくん、どう思う?」

「下ネタではない。単なる事実だ。保健体育の教科書を読むことを下ネタとは責めないだろう? それと同じだ」

「俺ってそんなに弱そうに見えてるの⁉」


 オレは夜にも関わらず、腹の底から叫び声を上げた。

 近所迷惑になると、グラシオスに真面目な顔で諭された。納得いかない。

 ……追加料金を払って、グラシオスに変わるメンバーを紹介してもらった方がいいかもしれないと少し思った。




 白狐ノ月、第二の火ノ日。実習五日前、深夜。

 パーティメンバー:プリムラ・イルシオン、グラシオス・アロ


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