同類探し
俺は挙動不審に周囲を見渡していた。けれども、誰も俺を見咎める事はしない。それぞれの友人たちと話すのに忙しいのだ。
学園の必修科目『迷宮生物学』の講義中の教室はガヤガヤと騒がしかった。
「えー、モンスターにも知能があります。つまり、見え見えの罠には引っかかってはくれないのです。罠を仕掛ける際には人間を相手にする感覚で挑みましょう。特に、ユニークモンスターは人間並みに頭が回りますからねー。遭遇する確率は低いとはいえ、探索者として暮らすのなら、一度や二度は遭遇してもおかしくありません。心してください。……いつユニークモンスターと遭遇してもおかしくはない。そういう心構え一つが生死を分けるのです」
講師の説明が一段落する度に生徒たちは隣に座っている友人に話しかけている。
なお、俺に話しかける相手はいない。グラシオスはサボりだ。
不良の先輩に絡まれるか、美少女に話しかけられるのを校舎の屋上で昼寝しながら待っているのだと思われる。
実習の前だけあって、実用性に特化した講義になっていた。
生徒たちにとってはありがたい話だが、常識のようにそれらの情報を知っているオレにとっては退屈な変化だ。
モンスターの生態と、その能力への対処法。それらを学べるのはいいが、何故そのような能力を持つに至ったのか? そのモンスターの生態を模倣した技術がどう暮らしに役立つのか? という事まで話してくれた元の講義の方がオレは興味がある。
講師が一段落喋り終えて革袋から水を飲んでいる間に隣人と意見や感想を交わしている。
実習前という事もあって、学習態度から気合が滲み出ていた。
「同類がいない……」
生徒間でも仲良しグループが既に形成されており、経験不足な一年生はそのままパーティを組むことが多かった。
入学してから親しくなったのがグラシオスだけな為、教師の指導を避けられそうなパーティは組めそうにない。
ちなみに、グラシオスの所属するパーティに入れてもらう事は出来ない。
そもそも彼はパーティを組んでいないからだ。
顔の造形が整っているのにも関わらず、彼もソロだ。
「オレとグラシオスでひとまず二人。最低でもあと一人。確実に指導を回避するためにあと一人くらいは欲しい」
そんな事をぶつぶつと呟いているうちに、教室が静かになった。講義が再開したのだ。
生徒たちは雑談を止めて聞き入っている。
「自分に有利な地形に立つ事。これは対人戦や屋外の戦闘において重要な事です。迷宮のモンスターが飽和し、地上に現れた時には有利に立ち回れます。国がそのための砦を準備していますからね。しかし、私たち迷宮探索者が迷宮で有利に立ち回る事は難しい。なぜだか分かりますか?」
講師が教室の最前列に座っていた生徒に質問した。
「迷宮の特性に合わせたモンスターが出現するからです。必然的に、地の利は向こうにあります」
「そうですね。しかし、それだけではありません」
黒巻き角と黒い羽が特徴的な男の子はスラスラと答えた。
しかし、講師はそれだけでは足りないと言う。
「モンスターは迷宮の罠に掛かりません。彼らがどうやって罠を感知しているのかはまだ明らかにされていませんが……。それでも、分かる事もあります。盗賊科の生徒たちは知っているかもしれませんが、しばしば、モンスターが迷宮の罠を避けるようにして動く姿が確認されています。熟練の探索者にはその動きを読んで罠を見抜く者もいますねー」
「それでは、僕たちが罠を仕掛けても意味がないのでは?」
「いえ、モンスターが簡易出来る罠は、迷宮由来の罠だけですよ。ですから、安心して罠を仕掛けてください。……とまぁ、迷宮の罠はモンスターにとって障害にはなりませんが、私たち探索者にとっては障害になります。地の利はあちらにあると言っていいでしょう。頭がいいモンスターの中には迷宮の罠を積極的に利用する種もいるから気を付けてくださいね」
生徒たちは再び隣と相談を始めた。
オレはここぞとばかりに周囲に視線を向けるが、やはり同類は見当たらない。
罠を利用するモンスターについて講師に質問し、講師は問いに答えている。
何体かモンスターの名を挙げ、教科書の何ページに詳しく乗っているのか話した。
それ以外にも、ユニークモンスター含め、罠を使う可能性があるが証明されていないモンスターについても触れていた。
重要そうな講師の考察が始まったからか、すぐに生徒たちのざわめきは消えていった。
結局、一年生全員参加の必修講義中に、パーティに入ってくれそうな同類は蜜からなかった。
――
――――
全学科共通の必修科目だけではなく、『迷宮斥候論』や『魔術運用実技』といった専門学科の講義でもパーティを組めそうな人物を探してみたが、友人と既に組んでいたり、他学科の生徒と組むのが決まっていたり、再履修の上級生だったりでなかなか見つからない。
なお、オレの所属している『治癒術専攻科』の生徒とはパーティを組むのは難しかった。
ほぼ全員が治癒魔術専門で攻撃に回れない為、必然的にクラスメイトとはバラける事となる。
さらに言えば、オレの種族は夢魔である。
他学科では夢魔や悪魔、吸血鬼、グールと言った種族も受け入れられているが、これら種族に対して当たりの強い宗教の信徒が多い『治癒術専攻科』では肩身が狭くてパーティが組みにくい。
勿体ない事に、『迷宮トラップ解体論』の講義を上の空で受講し終えて、オレは黙々とメモ代わりの羊皮紙を片付けた。
無論一人である。周りにいた同級生や再履修生たちは皆、友人がいるようなのに。
しかし、教室から出ようとした頃、一人の女子生徒に声を掛けられた。
「あ、あのっ! プリムラさん! ちょっといいですか?」
「うん?」
振り返ると、獣人の女の子が立っていた。耳を確認するに犬の獣人だ。
毎回出席チェックで名前を聞いているはずだが、思い出せない。いろんな学科の講義を受けている弊害である。
直接名前を聞く勇気がなかったので、次の講義の時にはきちんと点呼を聞いておこうと思った。
「何かな?」
「えっと、私……、魔術の込められた罠の解除が苦手で……、少し教えてくれないでしょうか?」
「うん。いいよ」
オレは笑顔を浮かべながら頷いた。
彼女は顔を赤らめてお礼を言った。可愛い。
一瞬、貴重な時間を使いたくないなと思ったが、女の事二人っきりでお話できると思えば、役得だった。それに、他の人の解体作業を見学するのも中々いい刺激になる。
オレも彼女も次の時間は授業を取っていなかったため、校舎の中庭のベンチに座って練習を開始した。
「練習に使うのはこれです……」
「へぇ……、もうこんなのに手を出してるのか。これ、二年生以上が対象のやつじゃん」
彼女が取り出したのは、購買で売られている立体パズルだった。
多くの部品から構成されるそこそこ大きな箱で、正しい手順を踏めばバラバラにする事が出来る。
当然ただのパズルではなく、斥候職の罠の解体練習に用いられるものだ。下手な解き方をすると、パズルに蓄えられた静電気が流れる罠が作動してしまう。
彼女は一年生に求められる技術以上の難易度のパズルを購入していた。
「一年生向けはあらかた解き終えてしまったので……」
「それは凄いね」
素直に驚いて褒めると、彼女はまた顔を真っ赤にしてしまった。
「ひ、ひとまずやってみます……っ!」
彼女は照れたのを誤魔化すようにパズルを解き始めた。
彼女の手元を見て、感心してしまった。
動きに迷いが無く、手にブレが無い。
さらに、十本の指だけでは作業が追い付かなくなる場所では、手のひらや手の甲まで指代わりに使っている。
オレがやると絶対に罠を作動させてしまうだろうなぁと思いながら、彼女の解体技術を凝視する。
(本当に、一年生かよ……。……あっ)
罠の魔法陣に魔力を供給している大本を止めずに、魔法陣自体の解体に挑んでしまったようだ。
物理的な罠は全て危なげなく解除していたが、魔術の感知が難しかったらしい。
魔法陣の解除に失敗して、パチッと音が鳴る。
手に静電気が流れた彼女は、苦い顔をしてパズルから手を離してしまった。
「ううぅ……。いつもこうなるんです……」
彼女は静電気を受けた指先を手で擦りながらため息を吐いた。
恥ずかし気に伏せられた目が髪に隠れた。
「……貸してみて」
「……はい」
オレは彼女からパズルを受け取って、カチャカチャと弄る。
物音を立てずにパズルを解体した彼女のようには行かないが、オレも少しは罠を解体できるようになってきていると思う。
「え……?」
かちりと音を立てて魔法陣が外れ、パズルの最後のピースが外れた。
彼女は唖然とした表情でオレの手元を見つめていた。
「何で……」
「大本の魔力源を解除する前に罠の本体に手を付けたよね? 先に魔力の供給を切らないと」
「だって、魔力源周りには別の罠があって、どうしても外せそうになかったから……」
「あー……、それかぁ……。根元をよく見て」
外した魔力回路を彼女に見せて、その一角を指さした。
怪訝そうに目を細めていた彼女は驚きに目を見開いた。
「え……」
「このパズルに込められた魔力源の大きさから考えると、罠を二つも起動できないよ。これは形だけのこけおどしだ」
魔力源を覆っていた罠には魔力が供給されていなかった。
大本をよく見てみると、途中で回路が切断されていており、ただの張りぼてであるのが見て取れる。
彼女はまんまと制作者の意地悪な仕掛けに引っかかっていたのだ。
「ううっ……、悔しい……」
「今度からは魔力の出力上限もちゃんと確認しようね」
オレはベンチから立ち上がって彼女の頭を撫でた。
彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
そして、自分がやらかしてしまった事に気が付いた。いきなり頭を撫でるのは距離感が近すぎただろうか。
「ごめん……。癖なんだ……」
「いえっ! そういう訳じゃ……」
彼女は否定してくれたが、あまり好ましくはないだろう。
実年齢はともかく、オレの方が年下に見えるのは確かだ。
子供に子供扱いされて頭を撫でられれば、気恥ずかしくもなるだろう。
オレは慌てて手を離した。
「えっと、ありがとうございました。勉強になりました」
「うん。こちらこそ。オレも無駄のない段取りの組み方を見れて勉強になったよ」
「では、わたしはこれで」
彼女はぺこりと頭を下げて去っていった。
しばらく歩くと、赤くなった顔を隠すように駆け足になったのが可愛らしかった。
テレテレとそんな彼女の動きを見送った所で後ろから声を掛けられた。
必修の講義をサボっていたグラシオスだ。いつから見てたんだ。
「お前があの子を中庭に連れ込んだ辺りからだ。美少女も絡んでくる不良の先輩も屋上に来なかったからな。寝たふりしているのも暇だった」
「マジで屋上でサボってたのか……。暇ならこっちに来ればよかったのに」
「女だけの花園を踏み荒らす趣味はないな。オレはまだ百合厨に殺されたくない」
グラシオスは訳の分からない拘りを見せた。
父さんからフラグだのテンプレだのという概念を教わってはいるが、それでも彼の言葉は理解できない事がある。
一部の小説愛好家たちの間で流行っている言語らしいが、クラスの大半は彼の言葉がさっぱり分からないだろう。
グラシオスは戯言を垂れ流している口を閉じて、真面目な顔で指摘した。
「パーティに入れてもらわなくてよかったのか?」
「……あの子のパーティには男の子がいるからね。教室で話しているのを見た」
「なるほど。お前が男子のいるパーティに入ると、複数人での不純異性交遊が始まり、未成年閲覧禁止小説のような、体液的にドロドロなバッドエンドルートに突入するもんな」
「耳が痛いね」
前言撤回。やはり戯言だった。
けれども彼の馬鹿馬鹿しい戯言を否定できずに、オレはベンチに肘をついてため息をついた。
オレはとある理由で、異性を誘惑する夢魔の淫気を制御しきれてない。ゆえに、男性とパーティを組んでいる時に力を暴走させてしまったら、退学モノの不祥事を引き起こしてしまう可能性がある。
ただ、グラシオスは例外だが。
以前、事故で淫気を垂れ流しにした時に彼は全く発情しなかったからだ。
問い詰めてはいないが、彼はゲイだと思う。
夢魔という種族と男好きする容姿のせいで男友達が出来にくい為、彼のように気軽に話せる男性は貴重な存在だった。
「で、どうするつもりだ? 時間はもうほとんどないぞ?」
彼は声音に緊張感を乗せて問いかけた。
オレは肩に掛かった桃色の髪の毛を弄りながら唸り声を上げた。
「……仕方ない。気が乗らないがあいつを頼るか。ティエラ迷宮学園七不思議が一つ『地下室の情報屋』」
グラシオスはまじめ腐った顔で頷いた。
「なる程、これはエロ小説ヒロインのテンプレ展開だな。エロい対価を求められる予感がする」
「誰がエロ小説ヒロインだ!」
白狐ノ月、第二の火ノ日。実習五日前、日中。
パーティメンバー:プリムラ・イルシオン、グラシオス・アロ