エピローグ
「久しぶり」
「うん。久しぶり」
学園の講義の後、そそくさと教室を出ようとした所に声を掛けられた。
振り向くと、頬が赤くなっている妖精の少女が立っていた。どうやら講義中に居眠りをしていたらしい。
「ここは本当に変わらない。変わらなさ過ぎてびっくり」
「うん……。そうだね……」
実習で多くの死傷者が出たというのに、この学園は変わらない。
探索者とは命がけの職業である以上、それも当然なのかもしれない。けれども、なんだかそれが無性に寂しかった。
あの実習の後、オレ達はグラシオスの言葉に従って一方通行の転移罠のあった場所から元の迷宮に帰還した。
彼の助言通り、転移罠のあった一角を遠くから眺めた結果、通路の左右に仕掛けられた罠の配置に規則性がある事が判明した。そして、その規則に従っていな場所を念入りに調べると、迷宮の仕掛けを動かす水晶が出てきた。
魔力を込めると、一方通行だと思われていた転移陣が起動し、機関にも使えるように変化した。
「まさか本当に最後の言葉が本当に脱出経路だったは思わなかった」
「そうだね。オレも最後の最後まで疑っていたよ」
他に手がかりが無かったため、オレ達は彼の残した言葉に従うしかなかった。
犯人が明確になった事で互いの不和が消え、連携が戻っていた。罠の場所も概ね把握できていたため、帰りの攻略は意外と簡単だった。
迷宮から脱出したオレ達は事の顛末を教師に伝えた。
オレたち以外にもいくつか被害が出ていたが、教師が動いたおかげで救出された生徒も大勢いた。
彼らによって、グラシオスの捜索が行われたが、結局見つける事が出来なかったそうだ。
「でも、不思議とね。『ああ、やっぱりか』って思えたんだ」
グラシオスが直接オレ達を手にかけなかったのは、少なからずオレ達に友情を感じていたからではないか。そう信じている自分がいる。
アルマはじっとオレを見つめていた。
「……人とモンスターは殺し合うしかない。プリムラが考えているようなことは絶対にない」
「それは。そうかもな」
オレは薄く笑ってそう答えた。アルマは拍子抜けたしようにキョトンとしている。否定的な意見が飛んでくると思っていたらしい。
彼が何を思って行動していたのかは推測するしかない。本人もよく分かっていなかったのだから、オレの願望が正しい保証はない。
「アルマはグラシオスを追わなくてもいいのか? リナはグラシオスを殺そうと迷宮探索に躍起になってるみたいだけど」
「面倒だからどうでもいい」
あっさりとした答えだった。
しかし、少し恥ずかしそうに言葉を繋げた。
「……でも、リナが一緒に来いって言うなら手伝ってもいいと思ってる。プリムラが言い出しても同じ」
「……そっか」
「それじゃ」
恥ずかしかったのか、一方的に会話を終わらせてアルマは去っていった。オレはそれを黙って見送った。
オレは、これからどうしようか? 少し考えてすぐに首を振った。グラシオスが居ようと居まいと関係ない。
答えは出ている。探索者として再起する。ただそれだけだ。
オレは迷宮を攻略していく事を選び、あいつは探索者を撃退する事を選んだ。
次に会う時には、たぶん――
オレは自分の両手を見つめて力を込めた。
何も変わらない。変わらない。はずなのに、どこか物悲しい気分だった。
これにて完結です。ここまでご付き合いいただき、ありがとうございました。