説得
「プリムラ。お前の推理ではこの中の誰にでも犯行が可能だ。にも関わらず、オレが犯人だと考えた理由を聞こうか」
彼の言葉にリナとアルマが頷いた。
対して、オレは深呼吸して心を落ち着かせた。
オレの推理には物的証拠が無い。犯行可能なのはグラシオスのみであるという状況証拠のみ。
それだけで、リナとアルマを納得させられなければ、オレの負け。
犯人の思惑通りにここで全滅する事になる。
慎重に話を組み立てなければならない。
「犯人がユニークモンスターだとすれば、事件を起こした動機はすぐに分かるよね。迷宮のモンスターは探索者を殺す事が役割で、犯人はモンスターの役割を果たしただけ」
「……そうだな」
「犯人は、夜のうちに立ち入り禁止の印を改竄した。……オレ達がまんまと誘い込まれた通路以外にもいくつか仕込みがあったんだと思う」
犯人の狙いが迷宮に入る全ての探索者ならば、オレ達が誘い込まれた通路以外にも罠が仕掛けられていると考えるのが自然だと思う。
印を改竄するだけで、自分の手を汚さずに敵を倒せるお手軽な手だ。
けれど、この作戦には問題があった。
「この方法だと、確実に標的を殺せるか分からないんだ」
想像する事しか出来ないが、犯人は不安だったんだと思う。
この仕込みでは、標的が確実に死ぬ訳ではないからだ。
「少しでも探索者を倒したかった犯人は、自分の手で直接探索者を殺すことにした。だから、安全地帯を抜け出して先行しているパーティを壊滅させた。……でも、どうして犯人は彼らを殺せたんだろうね?」
「……? そんなの簡単でしょう? 普通に抜け出して、標的の所に向かえばいいだけじゃない」
リナは何を当たり前の事をと首を傾げた。しかし、アルマはオレの言いたい事に気が付いたようだ。
「……確かにおかしい。私たちの前に探索者がいると知っていないと、犯行は成立しない」
オレは彼女の意見に頷いた。
犯人には僅かな時間しかない。闇雲に犠牲者を探しているような時間は無いはずなのだ。
「迷宮の罠を誰かが解除した痕跡があったんだ。先に進んだパーティが居る証拠だよ。……オレがそれを話したのはグラシオスだけだ」
この話をしたのはオレとグラシオスがテントで休んでいる時だけだ。つまり、先に進んだパーティが居ると知っているのはオレとグラシオスだけという事になる。
しかし、グラシオスは肩を竦めた。
「犯人が盗聴していなかった保証はないな。プリムラが見つけられなかった罠を調べて知った可能性も否定できない」
グラシオスは、あまり表情が変わらない。
しかし、付き合いが長いオレには嘲っているようにしか見えなかった。
「他にも、怪しい点はいくらかあるよ。転移の罠のある隠し通路を見つけられたのはグラシオスのアドバイスがあったからだ」
「それはただの偶然だ。それに、肝心の転移罠を見つけたのは俺じゃない」
その言葉にリナがびくりと肩を震えさせた。転移罠を踏んだのが彼女であるからだ。
しかし、オレは首を横に振った。
「それこそただの偶然だよ。誰も罠を見つけられなかったら、自分で発動させる気だったでしょう?」
「はっ! 都合の悪い所だけが偶然か! 笑わせるなっ」
グラシオスの怒りの籠った視線と、アルマとリナの半信半疑の視線がオレに向いている。
だからオレはグラシオスを疑った理由を足していく。
「グラシオスがオレの淫気を浴びても発情しないのは、モンスターだからと考えれば納得がいく」
グラシオスが淫気を受け付けないのは同性愛者だからだと考えていた。しかし、彼が生殖を必要としない迷宮のモンスターだったからだとも考えられる。
「たまたま、そう言う体質だけだったというだけだ」
「たまたま……、ね?」
疑い続けられているグラシオスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「さらに言うなら、グラシオスは迷宮探索の一日目は寝不足だった。徹夜で罠を仕掛けて回っていたのなら説明が付く」
「実習前の緊張で眠れなかったんだ。自室で軽く訓練していたらいつの間にか朝だった。……偶然やこじつけに頼り過ぎだな。そんな穴だらけの推理で納得できると思うか?」
「そっちこそ。君に疑いがかかるような偶然が起こり過ぎじゃないかな? これだけ君に都合が悪い事が重なって、偶然だと言い切れるの?」
グラシオスは息を飲んで、周囲を見回した。
一つ、二つの偶然では納得していなかったリナとアルマだが、流石にこれだけ偶然が重なれば、疑いの目が向く。
しかし、決定的な証拠が出てこない。
ゆえに、まだ疑いの目が向いているだけだ。
だから、グラシオスはオレに対して苦笑を浮かべている。
「どうした? それだけか、お前の根拠は」
「いや……、一連の事件が同一犯なら、それを犯行が可能なのはお前だけなんだよ……」
「何……?」
オレが苦い顔をした事に、グラシオスは顔を顰めた。
これを言えば、後戻りはできない。彼とは決別する事になる。
ここまで来てもまだオレの中に信じられないでいる思いがある。しかし、オレはその想いをねじ伏せた。
「……実習前日、アルマはリナを見張るために彼女の部屋に泊っていた。アリバイが無いのはオレとお前だけだ」
「……」
オレは自分が犯人ではないと知っている。この時点で犯人が彼であるという疑いが強くなった。
しかし、他のメンバーはオレが犯人ではないと言い切れない。だから、彼が犯人である証拠を足していく。
「先行チームを襲撃するためには安全地帯から出る必要がある。そして、オレだけがアルマの結界から出ていない……。罠を仕掛けられてかつ、先行チームの殺害が可能なのは、オレ達の中でお前しかいないんだよ……っ!」
オレは、弱々しく声を絞り出した。
そして、グラシオスは何も喋らない。
沈黙の中、アルマがゆっくりと動いた。彼女は剣をグラシオスに向けて構えてゆっくりと
オレの近くへ後退する。
「……確かにグラシオスは怪しい」
「そんなっ、嘘っ、嘘だっ!」
しかし、リナはまだ納得できていない。グラシオスとアルマの間で杖を構えた。視線をせわしなく彷徨わせてアルマとグラシオスの両名を警戒している。
「グラシオスっ! 何とか言ってっ! わたし達の中に犯人なんていないって証明してよっ!」
リナは頭を抱え、いやいやと錯乱したように頭を振った。
彼女は仲間の中に犯人がいるとはどうしても思えないようだ。
最後まで仲間を信頼できる彼女の純粋さと探索者としての才能に感心するが、すぐにこちらの味方に付いてくれない現状に歯噛みする。
「確かにお前の推理は成立するだろう。オレがユニークモンスターならば、犯行が可能で、犯人と思しき行動も多いだろう」
リナは信じられないような顔でグラシオスを見ている。
しかし、彼にはまだ余裕がある。嫌な予感が止まらない。
そして、グラシオスはオレが最も口にしてほしくない問いを口にした。
「確かにオレが犯人ならば筋が通るだろう。物理的にはな《・・・・・・》! では問おう。……なぜオレはお前たちを殺していない? 先行チームを手にかけていながら、お前たちを手にかけない理由はなんだ?」
オレは歯噛みする。彼の問いが、唯一解き明かす事が出来なかった謎だからだ。
リナは不安そうな目でオレとグラシオスを見比べている。
どうするべきだ……? 何かを言わなければいけない。
これだけ状況証拠が揃って、グラシオスが犯人ではないとは考えにくい。オレはグラシオスが犯人で間違えないと思っている。
しかし、リナはそうではない。彼女を納得させなければグラシオスにまだ勝ち目が生まれてしまう。
こういう、策が暴かれる状況を想定して、あえてオレ達を後回しにした?
ダメだ。グラシオスを疑っているオレ達には納得できても、彼を疑っていないリナには納得できない理論だ。
「……それは分からない。それを推理する材料がオレには無い」
口から出たのは正直な言葉だった。
仲間を口で遣り込めるという方法を取りたく無かったからだ。
しかし、後一手。後一手が足りない。グラシオスを追い詰める事が出来ない。
嫌な汗が背中を伝う。
このままではリナを説得する事が出来ない。
オレが焦っている中、初めに口を開いたのはグラシオスだった。
「……そうか。お前にも分からないか。分からないのか……。残念だ」
彼の表情は本気で残念そうだった。なぜそんな顔をするのか分からない。
困惑するオレ達をよそに、グラシオスは笑い始める。悲しそうに、それでいて不可解そうに。
そして、決定的な言葉を口にした。
「そうだ。俺が全てを仕組んだ。オレが罠を張り巡らせ、先行チームを殺害した犯人だ」
――
――――
いきなりの宣言。
確かに犯行方法は暴かれた。数多くの状況証拠もある。
しかし、明確な物的証拠が無く、まだグラシオスを信じようとしているリナもいた。
オレが明確な答えを用意できなかった点から話を広げてリナを味方に付ければまだ勝ち目があるはずなのだ。
にも関わらずに自分が犯人だと認めたグラシオスの考えが分からない。
一番動揺していたのはリナだ。
それもそのはずだ。彼女だけが、彼を最後まで信じ続けていたのだから。
「嘘……。嘘よね……。そんな事をするはずが無いわよね……?」
「いや、間違いなく俺が犯人だ。俺が罠を張り巡らせ、パーティの不和を煽るために毒を飲み、先行チームを殺した」
「そんな……。嘘だ、嘘だ嘘だぁっ! そんな事があっていいはずがないっ! あっていいはずがないんだぁ!」
リナは涙を流しつつ、頭を抱えて叫んだ。そして、杖を落としてしまう。
グラシオスは即座にリナに駆け寄り、その首を刎ねようと剣を振るった。冷酷な、何の躊躇もない斬撃だった。
「リナっ!」
アルマの剣がグラシオスの剣とリナの間に差し込まれて火花を散らす。
本来では間に合わない間合いの差を、アルマの突風が埋めていた。
剣戟が続く。しかし、リナはなかなか動けないでいる。
「立って! いつまでも私に守らせないで!」
「ちっ、最期に一人ぐらいはと思ったんだがな……」
グラシオスは後ろに飛んで、ため息を吐いた。
叱咤されたリナがよろよろと立ち上がり、グラシオスを睨み付けた。
「本当に……。本当にグラシオスがやったの……?」
「ああ、本当だ。俺がやった」
命を狙われてなお、信じ切れないと言った様子のリナだったが、ようやく実感が湧いてきたのか、次第に目が鋭くなっていく。
杖に膨大な魔力が集まり、瞳孔が開いて獣に近い目になっていく。
「そう……。そうなのね……。なら、お前は敵だっ!」
殺意のままに魔法を詠唱したリナは氷塊をグラシオスの頭上に生成して彼を叩き潰そうとした。
しかし、剣に炎を纏わせたグラシオスは距離を取りながら、氷塊を切り刻んでいく。
バラバラになった氷塊が降りすさぶ中、風を纏ったアルマがグラシオスに切りかかるが、彼はその全てを受け流しながら後退していく。
「はあぁっ!」
「ぐっ……」
押している。喰らえば致命傷の氷塊と剣の両方に意識を割かなければならないのだから当然であろう。しかも、暴風によって動きを阻害され、風が弱い場所に逃げれば氷塊が落ちてくる。グラシオスは二人の連携に防戦一方だった。
時間が経てば経つほどに彼の体に傷が増えていく。明らかに不利な形勢だ。
「ちぃっ……!」
だから、彼は撤退する。安全地帯から抜け出して通路に飛び出した。
彼を逃がすまいとアルマが追撃をかけるが――
「逃がさないっ!」
「ダメだっ! 『シャドウチェイン』!」
嫌な予感がして、グラシオスを拘束させるために構築していた魔法をアルマに向けて放った。
アルマの腕に鎖が巻き付き、彼女の動きを無理矢理止める。全体重を受け止めた彼女の腕が軋み、骨が砕ける嫌な音が響いた。彼女の口から呻き声が洩れる。
次の瞬間、彼女の目の前に巨大な刃物が落ちてきた。迷宮の罠だ。
ギロチンのような刃を掠ったアルマは絶句する。そのまま突撃していれば、胴体が真っ二つになっていた所だ。
鎖をアルマの胴に巻き付かせて彼女を安全地帯の前に引きずり戻す。
リナは怪我をしたアルマを守るように二人の間に入る。
オレはアルマの腕を魔術で治しながらグラシオスを睨み続けた。
お互いに動けない。
オレ達がグラシオスに近づこうとすれば、罠で迎撃されるだろう。一方、グラシオスが安全地帯に入り込めばまた袋叩きだ。
硬直状態になった事を確認し、グラシオスが剣を下した。そして、歪んだ顔で問いかける。
「なぁ、プリムラ。俺は、何でお前らをギリギリまで殺そうとしなかったんだろうな……?」
話を聞くだけ無駄だ。早くアルマを治して魔法による遠隔攻撃を仕掛けるべきだ。
しかし、どうしてか彼の言葉から耳が離せなかった。
「分からないんだ。分からないんだよ……。お前らを殺す機会はいくらでもあった……。なのに、俺は毒で不安を煽っただけだった。直接殺さずに迷宮に殺させることを選んだんだ……。本当に何でだろうな?」
「……」
オレは何も言う事が出来なかった。
“もしかしたら”という考えはあった。でも、それはあまりに自分に都合がよすぎて、信じられない意見だった。
「まぁ、今となればどうでもいい事か……」
グラシオスは遠い目で薄く笑った。
何か言わないとと思いながらも、何も言葉にできない。
「……プリムラ。脱出経路は転移罠のあった場所だ。壁に近づいて探すんじゃない。離れて壁を見るんだ」
「なんだそれ……」
「まぁいいさ。信じるも信じないも好きにすればいい」
脱出経路を明かす意味が分からない。彼にとって、オレ達は敵で、助ける意味が無いはずだ。
オレの混乱をよそに、どこか晴れ晴れとした顔の彼は、迷宮の奥へとゆっくりと後退していく。
「ま、待てっ!」
凶悪な魔力を秘めたリナの魔術がグラシオスを襲う。
しかし、彼が壁に触れると、通路にひびが入り、天井が崩れ始めた。
魔術がグラシオスに届く前に瓦礫に押しつぶされてしまう。
「また、機会があれば会おうか。みんな」
「待て、待てっ! 待てよ、ちくしょう――っ!」
リナの絶叫が迷宮に響き渡った。けれど、出来る事は何もない。
オレ達はただただ彼を見逃すしか出来なかった……。
2018/3/26
『実習開始』に、リナとアルマが一晩一緒にいたという点を明記。
『挑戦状』の後書きに書いた記入漏れはこの点です。一緒にいたと匂わせる流れでしたが、明記されていませんでした。