泡沫の記憶
「そろそろこの迷宮も最後だな」
「そうね。今まで以上に気を引き締めましょう」
狭い通路の中、灯を持った一団が足音を殺して歩を進めている。
金属鎧を身に着けて腰に剣を吊るして大盾と松明を持った大男が先行し、軽装の皮鎧を身に着けて二振りの短剣を腰に吊り下げている少女が、彼の横で聞き耳を立てて周囲の警戒をしている。
黒衣を纏った杖の先に光を灯した女性、そして、白衣を纏って杖を握りしめている俺がその後に続く。
大男が立ち止まり松明を掲げて通路の曲がり角を覗き込んだ。
「やっとこの階段に辿り着いたか」
「罠は無さそうね。――とユートの魔力は大丈夫?」
軽装の少女に話しかけられて、俺と黒衣の女はそれぞれ頷いた。
いざという時の切り札である俺と黒衣の女は、これまでの探索でも十分に楽をさせてもらっているのだ。不足がある訳が無い。
「降りるぞ」
鎧の大男の言葉に全員頷き、ゆっくりと階段を下っていく。
時折、軽装の少女が階段に仕掛けられた罠を見破っては工具を使って手早く解体していた。
鎧の大男は彼女の一段後ろに付き、不測の事態から彼女を守れるように警戒を強めている。
俺と黒衣の女もいつでも戦闘に入れるように警戒しながら二人の後をついていく。
ふと手元の地図に目を落とすと、前回到達した場所を既に超えている事が分かった。
前回はこの地図を作っていた友人が階段に仕掛けられた罠で負傷したため、いったん引き上げる事になったのだ。
「……大部屋に出る」
階段を降り切ると、その先は大部屋になっていた。
軽装の少女が中の様子をこっそりと伺い、危険が無いか確かめる。
「魔物の影は無いけど、部屋の中心に宝箱があった。それに、部屋の奥に道が続いていて、まだ奥があるみたい。地図職人がいないし、宝箱の中身を回収して今回の探索は終わりにしましょう」
一同が彼女の提案に頷いている間、俺は顔を顰めた。
彼女の意見には賛成だが、どうにも慣れない。
迷宮に宝箱があるのは彼らにとって当たり前の事なのかもしれないが、俺は宝箱が迷宮にある事の違和感をいつまで経っても受け入れられないでいた。
俺の葛藤をよそに、皮鎧の少女は慎重に大部屋を歩いて宝箱にむかった。
彼女は数歩進んだところで、部屋の入り口で待機していた俺たちに向けて囁いた。
「床に罠があるから注意して。手持ちの道具じゃ解除できそうにないから、あたしの踏んだ場所以外は踏まないで」
俺たちは頷いて彼女の後ろを歩いていた。
彼女は不規則な動きで宝箱まで向かって歩く。
俺たちの目にはとても罠が見えていないが、彼女にはくっきりと目に見えているようだった。
そして、一度も罠を踏むことなく宝箱の場所までたどり着いた。
皮鎧の少女はしっかりと宝箱を調べて何もない事を確かめる。
「よし、罠は無い。――……?」
「どうしたの?」
「しっ!」
黒衣の女の問いかけに、皮鎧の少女は険しい表情で静かにするように指示を出した。
周りを警戒している彼女に従って周囲を警戒する。
そして――
「来たぞっ!」
鎧の大男が俺たち三人を庇うように盾を構えた。
次の瞬間、轟音と共に迷宮の壁が勢いよく破壊された。
大男の盾が飛び交う石礫を防ぐが、防ぎきれなかった欠片が俺たちの身体を切り裂いた。
「戦闘準備!」
俺の叫びに続いて、黒衣の女が魔術の詠唱を開始する。
「――さんは二人を守って!」
「了解した!」
大男が、見えない罠を警戒して動けない俺と黒衣の女を守るように立ちふさがり、唯一罠を看破できる少女が短期で侵入者に向って飛び掛かる。
その時になって、俺はようやく侵入者を知覚した。
「こいつらは……っ!」
壁を破って部屋に入ってきたのはこの迷宮に巣食うモンスターどもだった。
武装した骨格や、武装した邪妖精、トロール……。
しかし、異常なのは、この迷宮に存在しないはずの地獄の猟犬が混ざっている事だ。
そして、それらを真っ暗な人影が率いている。
全身に黒い瘴気を纏い、本体がどんなものか分からない。
それは明らかに――
「ユニークモンスター……っ!」
迷宮に現れるイレギュラー。
通常のモンスターとは一線を画す力と、人に準じる知能を持つ存在。
侵入者を殺す事しか頭にない人類の敵対者。
「……はぁっ!」
皮鎧の少女は出来るだけ地面に足を付かないようにモンスターたちの身体を踏み台にしながらその首を引き裂いている。
宙を跳ねて次の得物の身体に乗り移るたびに、鮮血が舞う。
けれど――
「……気を付けろ!」
大男の叫びが響き渡った。
少女一人では群れを成してなだれ込んでくるモンスターは抑えきれないでいた。
特に、治癒能力が高く、首が太いトロールは怯ませるのが精いっぱいで、さばき切れていない。
モンスターたちが物量に任せて、部屋の中央で固まっている俺たちを取り囲むような陣形に広がってゆく。
迷宮に生み出されたモンスターたちは、罠の位置を知覚しているのか、迷いのない足取りだ。
それでも、罠を避けるために動きが鈍くなる事があった。
皮鎧の少女がその隙に付け込んで、モンスターを一体一体屠っていくが、それでもやはり、抑えきれない。
『オォォォオオォッ!』
「ちっ!」
瘴気を纏った人型が、人ならざる咆哮を上げる。
俺と鎧の大男は黒衣の女を守るように陣形を組んだ。
「耐えろよ、ユート!」
「分かってるよ、――さん!」
本来、守られる側の存在である俺まで戦闘に参加しなければならない状態に舌打ちながらも、同意の言葉を綴った。
鎧の大男は気合の入った叫びをあげながら、迫ってきたモンスターたちを吹き飛ばしていく。
剣で叩き切るというよりも、盾で吹き飛ばすと言った戦い方だ。
吹き飛ばされたモンスターたちは別のモンスターたちを巻き込んで吹き飛んでいく。
そして、吹き飛んだ先で罠を踏んだのか、地面から伸びた槍によって体を貫かれたり、飛来した毒矢を受けたりして数を減らしていた。
しかし、罠の暴威は俺たちにも降りかかった。
飛んできた毒矢を皮鎧の少女が短剣で弾き飛ばし、俺は伸びてきた槍を間一髪の所で躱した。額に嫌な汗が浮かぶ。
「ちょっとおっさん! あたしにも当たりそうになったんだけどっ⁉」
「無茶言うな! こんな乱戦で罠なんか気にかけてられるか!」
そう言いながらも、既に罠が作動済みの場所にモンスターを吹き飛ばす配慮を見せた。
乱戦になってそれだけでも出来る大男は確かに凄腕なのだろう。
不可視の罠に気を付けろと言う方が無茶な話だ。
一方、俺は物理的な攻撃を防ぐのを大男に任せて、ヘルハウンドが吹きかけてくる炎を魔力の障壁を使って防いでいた。
また、大男の守りを突破してくるゴブリンを杖で殴り飛ばして、大男の間合いまで乱暴に運んだ。
「雷撃の準備が整ったわっ!」
俺と大男に守られながら魔術の詠唱を続けていた黒衣の女が叫んだ。
しかし、皮鎧の少女が魔術の攻撃範囲に入ってしまっている。
少女はスケルトンの剣戟を短剣で受けながら必死の形相で叫びを上げた。
「あたしに構わず打ってッ! 防御姿勢を取るッ!」
「三、二、一、……! いきますッ! 『チェイン・ライトニング』!」
カウントの終了と共に、黒衣の女が地を杖で強く突いた。そして、彼女を中心として円形の結界が張られた。
同時に、激しい雷撃が地面を伝って放たれる。
眩い閃光が辺りを覆い尽くした。
「はッ!」
スケルトンと打ち合っていた皮鎧の少女は、剣を弾き飛ばすと同時に、耳を押さえてしゃがみ込んだ。
しゃがみながら、足の踵を付けてつま先立ちになる。
地面を伝う雷撃を片足から反対側の足へと流し、雷の被害を最小限に抑えようとしたのだ。
しかし……。
「まずいっ! しゃがむなっ!」
「え……?」
鎧の大男が焦りを顔に張り付けた形相で叫ぶ。
けれども、その声は雷撃による轟音と、モンスターの悲鳴にかき消されてしまった。
光が収まって、周囲を確認すると、俺たちを取り囲んできた大量のモンスターの亡骸が地面に倒れ伏していた。
息のある個体も、何とか生きているだけで、まともに動く事が出来ないようだ。
「え……?」
しかし、倒れ伏しているのはモンスターだけではなかった。
皮鎧の少女も地面に倒れ伏している。肌には火傷の跡が残り、感電してしまったことが見て取れた。
「――さん! 辺りを警戒してて!」
「おう!」
俺はモンスターの身体を踏み台にしながら、少女の元に駆け寄った。
その後を鎧の大男や、黒衣の女が続く。
少女の体にはまだ息があった。
けれども、体の火傷が酷い。それに――
(なんだ、この切り傷は……)
彼女の太ももに鋭利な刃物で刺されたような傷があり、どくどくと血が流れ出している。
おそらく、雷に対して取った防御姿勢を斬撃によって崩されたのだ。そのせいで雷を受け流せずに感電してしまったのだろう。
しかし、それだけではない。傷口から侵食するように肌が紫色に変色しており、凄まじい速度で周りを侵食していた。
それなりに長く迷宮に潜ってきたが、こんな症状は見たことが無い。
俺は治療のために短剣で彼女のズボンを引き裂き、患部を露出させた。
「『キュア』」
火傷の治療よりも謎の侵食を解除するのを優先して、状態異常回復の魔術をかけた。
どんな原理かは分からないが、大抵の毒や病気を打ち消してしまう便利魔術だ。
「クソ……っ!」
浸食が収まる気配はない。
俺は冷や汗を垂らして悪態をついた。
これが効かないのなら、詠唱に時間がかかる上位の魔術を使うしかない。
けれども、間に合うのだろうか? 侵食速度が速すぎる。
それでも、俺は詠唱を開始しようと地面に膝をついた。
その瞬間、苦悶の声が響いた。
俺の頬にパシャリと生暖かい液体がかかる。
「なっ……!」
振り向くと、背後から迫った瘴気を纏った人影に、鎧の大男は首を引き裂かれていた。
雷撃で吹き飛んだと思われていたユニークモンスターが、大男と黒衣の女の警戒をすり抜けて攻撃を仕掛けてきたのだ。
おびただしい量の血が吹き出し、大男はぷっつりと糸が切れたように倒れ伏した。
首の切り口は紫色に変色しており、皮鎧の少女を攻撃したのもこのユニークモンスターだと想像できた。
毒の出所は分かっても、大男を治療する事は出来ない。
なぜなら、毒の有無にかかわらず、出血が多すぎてもう手遅れなのが分かってしまったからだ。
「……っ! 『ライトニング』!」
黒衣の女は瘴気を纏った影に向けて、詠唱の殆どいらない基本魔術を放った。
『オオオォォォッ!』
影は苦悶の声を上げて痙攣した。体がドロリと溶けるように地面に落ちる。
けれども、倒した訳ではなさそうだ。流体になった影はそのまま、倒れていたトロールに這い寄って、その口の中に流れ込んでいく。
瘴気を纏った不定形がトロールに飲み込まれていくたびに、その体がびくりびくりと痙攣していた。
「逃がすかぁ!」
嫌な予感がした俺は、手に持っていた短剣を握りしめてトロールの喉元に突き立てる。
ごぽりと血の泡を吹いてトロールはよろめくが――
ニヤリと、瘴気を纏った不定形に取りつかれたトロールが笑った気がした。
どさりと音を立ててトロールが地面に倒れ伏す。
そして、カチリと何かがハマった音がした。
「ぁ……?」
頭上から、ピシリ、ピシリと音が聞こえた。
恐る恐ると顔を上げると、天井にひびが入り始めていた。
俺は冷や汗を流してその光景を見つめていた。
「嘘だろ……?」
そして、次の瞬間、崩落が始まった。
俺は咄嗟に頭を庇って蹲り――
――
――――
「ぅぅ……」
俺は朦朧とする頭を振って強引に意識を覚醒させた。
額を切ったのか、溢れた血が目に入って視界が狭くなっている。
それでも分かる事はあった。
目の前にバラバラになっても瘴気を纏っている不定形の残骸が転がっている。
それらは、無造作に地面に転がっている碧色の宝石のようなものに向かって寄り集まろうと蠢いていた。
宝石には血管のような赤い線が浮き出ており、それがドクンドクンと脈動していた。
「くっ、ううぅ……っ!」
立ち上がろうと体に力を入れるが、足が動かない。
よく見ると、片足が瓦礫に押しつぶされていた。
けれども、俺は体に鞭打って、短剣を握った腕を振り上げた。
恐らく、この宝石のようなものは魔物の核だ。人間で言う心臓にあたる重要な器官だ。
「ふーっ、ふーっ……」
幸いにも、宝石は俺の手の届く距離に転がっていた。
狙いを澄まして、一気に腕を振り下ろす。
……短剣はあっさりと宝石を穿ち、真っ二つに叩き割る事が出来た。
『オオオォォォ……ッ⁉』
耳を劈くような叫びが聞こえる。
宝石に寄り集まろうとしていた不定形が激しく蠢くが、次第におとなしくなり、やがて完全に動きを止めた。
「はぁ、はぁ……」
何とか生き残る事が出来た安堵から、俺はその場にどっと倒れ伏した。
……おそらく、トロールに取り憑こうとしたユニークモンスターは、あの時点でだいぶん弱っていたのだろう。
最後のあがきに、自分から罠を踏んで俺たちを巻き込もうとしたヤツは、罠を起動させるも、自分自身もダメージを受けて、弱点を外に露出させてしまった。
不運にも、奴の核は生き残った俺の目の前に転がった。
運に味方されただけの勝利であった。
俺は痛みをこらえながら、魔術で一時的に筋力を増幅させて岩を退かした。
岩に潰されていた足を引き抜き、軽く魔術で治療する。
そして、辺りを見渡して状況を確認すると、俺のすぐ近くに落ちた瓦礫の下から真っ赤な鮮血が滲みだしているのが見て取れた。
岩の下からは血濡れた黒衣のローブが覗いている。――黒師の女が身に付けていた物だ。
「……っ! ちくしょうっ! なんで……っ!」
俺は手の平で顔を押さえて涙を堪えた。
鎧の大男は首を掻き切られた時点で即死だった。
皮鎧の少女は全身が紫色に変色し、既に息が無いと分かってしまった。
黒衣の女は先ほどの崩落で押しつぶされてしまっていた。
俺の他に動く影は無い。
敵も、味方も関係なく、皆死んでしまった。
いったい何がいけなかったのだろうか?
俺が攻撃魔術を使えたのならば……、黒衣の女が大魔術を使う必要もなく、堅実に、事故の可能性を減らして敵を殲滅できたかもしれない。
俺が近接戦も出来たのならば……、皮鎧の少女の負担が減って、雷撃が放たれるまでに撤退が出来たかもしれない。
俺が罠を見抜く事が出来たのならば、不定形モンスターの最後のあがきを止められたかもしれない。
しかし、今更悔やんでもどうしようもない事だ。
みんなはもう居なくなってしまった。
俺は、ふらふらと階段に向かって歩き出した。
パキリ、ぺちゃりと、モンスターの死体を踏みしめて部屋を出ようとした。
遺品は回収できない。下手に動いて罠を踏んでしまえば、今度こそ生き残れる自信はない。
モンスターの死体を踏んでいけば、ひとまずは安全だろう。俺は肉と骨を踏みしめる嫌な感触から意識を逸らしながら出口に向かう。
けれども、現実は無慈悲だった。
カチリと何かが嵌まる音と共に、俺の足元に赤色に光り輝く魔術陣が浮き上がる。
「し、しまっ――⁉」
階段の手前、モンスターの死体が無い、安全を確認できなかった位置に、再び罠が仕掛けられていたのだ。
俺は運悪くその罠を起動させてしまった。
「うぐっ……」
俺は全身に激しい痛みを感じてその場に蹲ってしまった。
体全体が灼熱し、バキバキという決して人体からは鳴ってはいけない音が聞こえる。
「くそ……っ! ちくしょおおおおォォォッ!」
絶叫する俺の意識は次第に闇に飲み込まれていく。そして、これまでの思い出が脳裏をよぎり、ある所でぷっつりと途切れた。
……とある上級探索者たちの冒険は、ここで終わった。
――
――――
「ぅっ……、ぅう……」
「……おい、大丈夫か……?」
可愛らしい唸り声がどこからか聞こえた。
そして、それを案ずる声も。
微睡の中にいたオレの意識が少しずつ覚醒していく。
回らない頭が周囲の情報を処理し、ひとまず質問に答えを返さないといけないと結論付けた。
「……問題ない」
腕を使って光に慣れていない目を守った。
それでも、何度か目を擦って徐々に光に慣らしていく。
跳ねあがった心拍数を落ち着かせるために深呼吸をすると、独特なインクの匂いが鼻についた。
少し光に慣れてきた目を開けると、心配そうにオレを見下ろす少年の姿が目に入った。
目つきの鋭い金髪の少年だ。ともすれば侮蔑の視線を投げかけられているようにも見える。しかし、ただ見られているだけだという事は半年ほどの付き合いで分かっている。
目つきは鋭くとも、笑うと絵になるくらいには容姿端麗な少年だ。笑ってくれれば、背景と合わさってとても絵になる事だろう。
彼の後ろには、棚にぎっしりと詰め込まれた本が並んでいる。そんな本棚が、十も百もこの場所には置かれていた。
それを意識して、オレは学園の図書館で調べもの中に眠くなったのを思い出した。
寝そべっていたソファから体を起こすと、体の下に潰されていた桃色の髪が垂れて目にかかる。
オレはそれを手で耳の後ろに持ってきた。
「本当に大丈夫か? 美少女が意味深な夢にうなされ、あわれもない声を上げる……。これは不思議系ヒロインからの救難信号が送られて来たか、これから訪れる不穏な未来を予言したというシチュエーションに違いない」
「そんな訳ないだろう……。本当に大丈夫。ちょっと嫌な夢を見ただけ……」
オレの口から出たのは想像以上に弱々しい声だった。自分で思っているよりも堪えていたらしい。ツッコミにキレがない。
澄ました外見とは一致しない、とんちんかんな受け答えをした金髪の少年――グラシオスは碧色の瞳でじっとオレの姿を観察していた。オレはその視線に負けずに目を見つめ返した。
先に根を上げたのは彼の方だった。
「はぁ……、そうか、残念だ。突然美少女が現れて、謎生物との戦いに巻き込まれる展開は俺の得意分野なんだがな……。それにしても、女の子が公共の場で無防備に寝るのは感心しないぞ。艶めかしい呻き声をあげてるもんだから猶更だ」
「どんな得意分野だ⁉ それに……、オレは女じゃない。エロい声を出したりもしてない!」
「自称男の美少女とか、どこのエロ小説ヒロインだお前は。オレは女の悦びを教えられて即堕ちするお前なんか見たくない。……お前がどう言うのも勝手だが、客観的に見てプリムラを男だと思う人はいない」
「……」
そう言われてオレは自分の体を見下ろした。
小柄な体躯を学園の女子制服に包み、身長に似合わない巨乳が存在を主張している。
俯くと、ふわりとして軽くウェーブのかかった髪が唇に掛かったので指で退けた。
指が触れた唇は想像以上に柔らくて、自分でもドキドキしてしまう。
もしも鏡を見たのなら、庇護欲を誘う幼さを持ちながらも、欲情を誘う艶めかしい雰囲気を纏った少女が、不機嫌そうにしている姿が映るのだろう。
オレは言い返す言葉が見つからずに、ガシガシと髪を掻いた。
「確かにそうだけど……」
「お前が性別を本気で隠す気もないのに自称男と言い続けているエロ小説ヒロインなのはみんな知っている。だが、まぁ、今更そんな事はどうでもいいんだ。それより、これを見てくれ!」
「誰がエロ小説ヒロインだ……」
オレの心の性別がどうでもいい事扱いされた事に不満を持ちながらも、彼の差し出した羊皮紙に目を落とした。
「ずいぶん前から告知されていた実習の告知じゃないか」
プリントには、この半年の学校生活で学んだ成果を確かめるために、実際に迷宮を探索する実習が行われると書いてあった。
「実習予定日をちゃんと確認しろよ」
日にちを確認すると、『白狐ノ月、第三の風ノ日』と表記されている。今日が『白狐ノ月、第二の風ノ日』だから、ちょうど一週間後か。
一か月ほど前に始めて告知された時と、先日、掲示板にお知らせが張り出された時にも確認しているが、今グラシオスが掲げているプリントと内容に相違ない。
オレはそれがどうしたのかと首を掲げた。
「……それがどうしたんだ?」
思った事がそのまま口に出た。
オレのにべもない反応に、グラシオスは頭に手を当てて口を尖らせる。
「実習はパーティを組んで行うものなんだよ。で、プリムラはどこのパーティに受け入れてもらうのか決めたのか?」
「……? オレはソロのつもりだったんだけど」
この実習の結果は成績に影響しない。
この行事は、これまで自分が何を身に着け、自分に何が足りないのかを見直すために行われている物だ。
だから、パーティを組んで実習会場の迷宮をぱっぱと踏破するよりも、一人でどこまでやれるのかを確かめようと思っていたのだが。
それに、オレがパーティを組むのには問題があるし……。
困惑したオレの様子を見て、グラシオスは合点がいったと言うように頷いた。
「美少女がソロで迷宮に潜るなんて、触手の苗床フラグがビンビンで、お前がそれを望んでいる変態だという事は置いとくとしよう。実習の成績が余りにも悪い生徒には、補習が課されるのは知ってるか?」
「この学校の迷宮に触手は出ねーからっ! 補習の件は、まぁ……」
しかし、この行事で実際に補習になった人間を見たことが無い。
だから自分が補習を受ける事になるとは欠片も思っていなかったのだが……。
「いつの話だよ。最近、評価法が変わって補習行きになる生徒が結構でてるみたいだ。……それに、ソロだと後で指導が入るらしい。迷宮探索で一番大事なのは仲間との信頼関係だって事だろうな。仲間との絆で秘められた力の覚醒を促すなんて教員サイドも分かってる」
「そんな都合のいい覚醒があるか! でも……、理にかなっている」
グラシオスの戯言は置いといて、迷宮探索で一番大事なのは仲間との信頼関係だって事は理解できる。
でも、それは困る。
学びたい事があって学園に来ているというのに、補習でその時間を削られるのは勘弁だ。
オレはガタリと音を立てて立ち上がり、頭を抱えて呻き声をあげてしまう。
「実習まであと一週間……。それまでにパーティメンバーを探して、連携を確認しないといけない……」
正直、気が重い。
けれども、やるしかない。
オレは、自由な学園生活を謳歌するためにパーティメンバーを探す事を決めた。
「パーティを組む代わりにご奉仕しろとか言われて即堕ちするなよ?」
「誰がするかっ⁉」
白狐ノ月、第二の風ノ日。実習六日前。
パーティメンバー:プリムラ・イルシオン、グラシオス・アロ
基本的に後半のノリでやっていきたいですね(願望)