犯人
今回で事件の犯人が示されます。この話からの方はご注意を。
「それって犯人が分かったって事?」
リナは口元を手で押さえながら問いかける。オレは出来るだけ力強く頷いた。
アルマは無表情で、グラシオスは眉間に皴を寄せてオレに視線を向けていた。
オレは挑戦的に彼らを見つめ返した。
犯人を暴くのに弱々しさはいらない。
堂々と胸を張れ。
感情がこの答えを認めようとしなくとも、論理だけを淡々と語る場面だ。
「今回の異変は全て一人によって引き起こされたと考えるのが自然だと思う。だって、これだけの異変が偶然重なったなんて考えられないもの」
これが前提条件。
可能性が高い順に検討していくと、偶然異変が重なったと考えるのは最後の最後になるだろう。
「今回の異変は大きく三つに分けられる。危険な罠が密集した区画が封鎖されていなかった事、グラシオスに毒を盛られた事、先行していたパーティが殺されていた事だね。じゃあ、どれから検討していけばいいんだろう? オレは毒だと思う」
「……なぜ?」
「この異変だけ、犯人が絞り込みやすいから」
「……っ⁉」
皆の息を飲む声が聞こえた。
これまでの探索では偶然毒が混入したと結論されていた。それを今更になって否定したことで険しい目で向けられる。
オレはバクバクと脈打つ心臓を押さえつつ、深呼吸する。
彼女らが薄々と感じながらも明言できなかった疑念を、オレは言語化する。してしまう。
「……俺たちの中の誰かが毒を盛ったと考えるのが、一番自然だ」
「……」
居心地の悪い沈黙が訪れた。
しかし、アルマがつまらなさそうに鼻を鳴らした。
正直、居心地が悪かったので助かる。
「切羽詰まったこの状況で誰かが死ねば、私たちが生きて帰れる可能性がほとんど無くなる。このタイミングで私怨による犯行を起こすとは考えにくい」
「……ああ、それね。今は置いておこうか。誰に犯行が可能だったかが重要なので合って、動機は後回しだ」
オレ達の中に犯人がいるという考えは、犯人が自分の命を軽視していないと成立しない。だからこそ、今までその可能性を排除してきたのだ。
しかし、犯行が可能かどうかだけを考えた時、一番可能性が高いのはこの中の誰かである。
外部からの侵入者を見落としたと考えるよりも常識的な考えだと言えよう。
「誰が毒を入れたのかは一旦置いておこう。誰にでも毒を入れるチャンスはあったんだから」
見張りのために一人っきりになった時に毒を食器に仕込めば、誰にでも犯行が可能になってしまう。だから、この件からはこれ以上の犯人を絞り込む事が出来ない。
次に考えるべきは先に迷宮に入った五人の殺害についてだ。
「オレ達の中に毒を盛った犯人がいたという事と、一連の異変が一人によって起こされたという前提を持って先行隊が殺された事件を考えようと思う」
「わたし達のうち誰かが五人を殺すのは無理よ。だって、わたし達四人はずっと一緒にいたじゃない」
リナが眉を顰めて唇を尖らせた。
確かに、オレ達は迷宮に入ってからずっと一緒に行動してきた。しかし、それは正確ではない。
「確かにオレ達は一緒にいたけど……。それは完全じゃない。用を足しに安全地帯から抜け出る事もあったでしょう?」
「そんなっ! 無理よ! だって、わたし達が休んでいた安全地帯から、皆が殺されていた場所まで四人でも二日かかったのよっ⁉ 用を足すような短時間で移動できる訳が無い! 都合よく安全地帯を行き来できる転移罠でもあったって言うのっ⁉」
オレは彼女の考えに首を振った。何故なら、オレは転移罠を見つけられていないからだ。
けれども、転移罠を使わずとも安全地帯どうしを短時間で行き来する手段は本当に無いと言えるのだろうか?
「よく考えてみて欲しい。安全地帯間を移動するのに本当に二日間もかかると思う?」
「そんなの当たり前でしょ⁉ モンスターや罠があるし、正確な道も分からないんだから、時間がかかって当然よ!」
「うん。そうだね。その通りだ。……でも、モンスターと一切戦わずに、罠を避けながら進めるとしたらどう?」
「……っ⁉」
迷宮攻略に時間がかかる原因はモンスターや罠による所が大きい。
不意打ちを受けないように慎重に進まないといけないし、罠を見落とさないようにじっくりと進む。しかも、そうまでして進んだ道が正解だとは限らないのだ。
では、モンスターや罠を一切気にせずに走り抜けた場合はどうだろうか?
ゴブリンたちが溜まっていた大部屋で不意打ちに失敗した時、オレ達は安全地帯に向かって全力疾走した。
この時は、今までの探索で通路に罠がない事が分かっていたし、正しい道も把握していた。モンスターも殆ど無視して逃げる事だけに集中していた。
結果、半日かけて進んだ道を一息で走り抜けてしまっている。
つまり、二日間かけて進んだ道のりは、実は大した距離では無いのだ。
罠とモンスターの邪魔が入らず、正しい道を把握しているのならば、用を足す程度の時間があれば十分に往復できてしまう。
「でもっ! そんな事が出来る訳が無いっ!」
「確かに。今は犯行現場から次の現場までの距離があまり離れていないと事だけ分かってくれていればいいよ」
さて残りの異変は一つだけだ。
と言っても、最後の異変はそこまで難しくないのだけれど。
「実習のレベルに見合っていない罠がある区画が封鎖されていなかった理由は簡単だよ。教師が付けた警告の印があった通路を犯人が破壊して、転移罠に誘導するように偽の印を書いただけだ」
邪妖精が密集していた大部屋の先から入れた隠し通路。その一角は破壊されていた。
本来の立ち入り禁止の印があったのはあのあたりだろう。
犯人は教師が迷宮の調査を終えてから実習が始まるまでの一晩の間に、地下四階まで進んで印を改竄しておいたのだ。
「オレ達は四階まで三日かかったけど……。道を知っていれば、一晩もかけずに戻ってこられる距離だよ。余った時間で他の場所にも似たような罠を仕掛けているんじゃないかな」
事件を纏めよう。
教師が迷宮内の調査を終わらせた後に迷宮に侵入し、実習が始まるまでの一晩の間に警告の印を改竄する。
何食わぬ顔で実習に参加した犯人は、安全地帯でグラシオスに毒を盛ってパーティ間の不信感を煽り、自分が手を下さずにオレ達を始末しようとした。
また、用を足しに行くフリをして、先行していたパーティに接触して全滅させた。
「以上が事件大まかな概要だ」
オレが宣言すると、リナが呆れ顔でため息を吐いた。
「真面目に考えてる? 犯行現場までの距離は近くても、罠とモンスターが邪魔で短時間に移動できる訳が無いわ。それに、迷宮の構造を知っているのは教師だけよ。なのに、犯人がこの中にいると考えるのは矛盾しているわ」
彼女の疑念にグラシオスも頷いた。アルマは何やら考え込んでいるのか口元を覆っていて、表情が見えない。
彼女たちの意見にオレは頷いた。
オレも初めはそう思っていた。けれども、違う。違うのだ。
「確かにそうだね。……でも、教師以外に迷宮の構造を知り得た人物がいたとしたらどうだろう?」
「はぁ? そんな人がいる訳ないでしょう?」
リナがしかめっ面で肩を震わせた。グラシオスも同意するように首を振る。
……けれども、アルマがぽつりと呟いた。
「……ユニークモンスター」
安全地帯が沈黙に覆われる。
これまで呆れ顔だったリナの表情が凍りつく。グラシオスは感情が抜けたように無表情になった。
アルマは自分の発言が信じられないのか唇が震えている。
オレはアルマの発言を引き継いで口を開いた。
「……そう。ユニークモンスターならば、積みあがった問題を解決できるんだ」
モンスターは迷宮の罠の位置を把握していると言われている。
そして、オレが女になる前に遭遇したユニークモンスターは迷宮の壁を打ち壊して奇襲を仕掛けてきた。迷宮の構造まで把握していてもおかしくはない。
さらに、モンスターは人を排除するために種族が違っても連携してくる。犯行に及ぶにあたって、モンスターは障害にならない。
もしもユニークモンスターがオレ達のうち誰かに成り代わっていたのならばどうだろう?
その人物は自由に迷宮を動き回れたはずなのだ。
オレはここまで一緒に戦ってきたパーティメンバーを見渡した。
……この中に、警告の印を改竄し、毒を盛り、クラスメイトを殺害した犯人がいる。
オレは覚悟を決めて一人の人物を指さした。
「――犯人はお前だ。グラシオス」
名前を挙げて、宣戦布告する。
リナとアルマの息を飲む声が聞こえた。
そして、オレの宣言に対して、彼は余裕を持って不敵に笑った。
まだ詰みではない。まだ逃げ場は残っているのだから――