挑戦状
久しぶりの更新ー。もう別作品に浮気しない。たぶん、きっと……。
「だが、犯人を見つけるとは言っても、どうしたものか」
グラシオスは腕を組んで口元をへの字に曲げた。
オレとリナの強い要望を受けて、五人を殺害した犯人を捜す事になったが、手掛かりは見つからない。
こういう時は、情報を一から整理しなおすべきだ。
「まずは、これまでの事を整理してみよう」
オレの提案に、異常が起こり始めたのかを纏めてみる事にする。
「初めの異変は迷宮の罠ね。危険な罠が試験で出される訳が無いもの」
リナの結論に全員が頷いた。
ゴブリンの群れをやり過ごして訪れた隠し通路で俺たちは転移の罠に掛かった。そのまま先に進んだ結果、とても学園の実習で出すようなレベルでは済まない罠に何度も遭遇する事になった。
これが最初の異変。
「次に俺に盛られた毒か。だが、誰にも毒を入れる理由は無い」
「だから迷宮の罠に使われていた毒が不注意で入ったと考えるのが自然だって結論になったのよね?」
「ああ、そうだ」
休憩中にグラシオスが毒で倒れた。
結界の存在から、食事に毒を混入させたのはパーティメンバーと考えるのが自然だ。しかし、迷宮から脱出できるかできないかの瀬戸際で、メンバーを減らすような真似はしないだろう。
これが二つ目の異変。不注意による毒の混入だ。
「最後にこの部屋の惨状か……」
「……あまり思い出したくない光景ね」
最後にこの部屋で行われた殺人。
明らかに人間による殺人であった。傷口の形状から、人間による犯行だとは確定している。
「……でも、今にして思えば、異変はもっと前から起きていたのかも」
三人の視線が集まった。
直接的な視線に気圧されてオレは肩を竦めた。
「転移の罠のあった場所が封鎖されていない事がまずおかしいんだ」
明らかに転移後の迷宮は一年生の実習レベルを超えた難易度だ。
本来ならば封鎖されていて然るべき場所だろう。
「教師が見落としていたのかも」
「偶然とはいえ、生徒が見つけられるような場所よ? しかも二組も。複数の教師が調査して見つからないなんて事がある?」
駆け出し探索者が見つけられるような隠し通路を、この道のエキスパートが複数人集まって見つけられなかったとは考えにくい。
教師が偶然見つけられなかったという可能性は考えなくてもいいと思われる。
「誰かが立ち入り禁止の印を消したのかもしれない」
転移の罠があった少し前の通路は崩れていた。
本来であれば崩れた壁に立ち入り禁止の印が刻まれていたという可能性がある。
教師が見逃したのではないなら、誰かの悪意がこの迷宮に渦巻いていると考えていいだろう。
であれば、グラシオスの毒や五人の惨殺も印を消した人物によるものと考えるのが自然だ。
迷宮内の探索者の命に関わるような出来事が三つも起こって、それが全て別口の犯行だとは考えにくい。
重い沈黙がオレ達を包む。
何者かの悪意が渦巻いているという結論だけが突き付けられるが、容疑者が全然絞れない。
……今回の異変は三つバラバラに考えれば、それぞれに理屈をこじつける事は難しくはない。
転移罠の未封鎖は教師の不注意で説明が付く。
毒の混入は罠の毒が不注意で混入したか、トップレベルの探索者やユニークモンスターいった規格外の存在がアルマの結界を抜けたと考えれば、不可能ではない。
先行組の殺害は、彼らに恨みを持つ何者かがいただけだ。
どれも極々低確率だが、起こらないとは言い切れない。
問題は、そんな低確率でしか起きない事故や事件がぽんぽんと起こっている事だ。
悪意ある何者かの意思が働いていると考えるのが自然である。
しかし、誰か一人の犯行だと考えると、途端に犯行が難しくなる。
教師が迷宮の調査を終了した日の夕方から、翌朝までの間に迷宮四階まで潜って印の偽装する驚異の探索力。
見張りの目とアルマの結界をすり抜けられるほどの隠密性と魔術への知識。
毒を盛られた安全地帯から先行隊が殺害された安全地帯までオレ達が辿り着くまでの二日間。オレ達がモンスターと戦った事と、罠やモンスターは復活まで半日程度かかる事を考えると、一日前後しかない。その短時間の間に、迷宮を踏破して先行隊を殺害するほどの戦闘力。
そのすべてを兼ね備えているとは、どんな超人だと頭を抱えたくなる。
ここまで考えた所で、教師の誰かが犯人なのでは? という考えが浮かぶ。再編成された迷宮を調査していた教師ならば、一晩で迷宮四階の印に偽装工作をするのも可能だからだ。
しかし、その考えは捨てざるを得なかった。
基本的に教師は実習に不干渉。犯人が教師の誰かだとして、他の教師の目をかいくぐってまで生徒の殺害に及ぶだろうか? さらに、グラシオスに毒を盛ってから、次の現場に向かうまでの間は教師と言えども強行軍になる。
そんな事をしないといけない理由は?
そもそも、先行組の五人を倒せるほどの実力がありながら、オレ達に対して毒という不確定要素が大きい代物を使った理由も不明だ。
可能ではあるが、疑問点が多すぎる。
何か犯人を特定できるような情報が欲しいところだ。
部屋に満ちた沈黙を破ったのは、諦観に満ちたグラシオスの声だった。
「……やはり、先に進んだ方がいいのではないか? ここで考えていても埒が明かない。先に進んで教師に助力を請うべきだと思う」
「同級生を殺した犯人を見逃せっていうの?」
「そうは言っていない。何者かが悪意を振りまいているのなら、俺たちの前にも現れる。その時に捕らえればいい。それに、ここでこうして話していても帰れる訳ではないからな」
「……」
リナは悔しそうに唇を噛んで黙ってしまった。オレも何も言い返すことが出来なかった。
確かにグラシオスの言う事も尤もだ。
しかし、オレは今でも犯人を捜すべきだと思っている。
だが、そうしないといけないと考える理由は、長年の探索者生活からくる勘だ。理論的な説得は難しい。
先に犯人を見つける必要がある理由は他にもある。
このパーティの信頼関係だ。
毒が混入してからパーティの信頼関係が崩壊し、連携がおぼつかない。このまま先に進むと全滅する事は火を見るよりも明らかだ。
一時的でもいい。信頼関係を取り戻すためには、共通の敵を作り上げる必要がある……。
オレは荒んだ目で皆の顔を見渡した。
落ち着いた様子のグラシオス。悔しそうに歯噛みするリナ。表面上は眠そうに、しかし手を握りしめて緊張を隠しきれていないアルマ。
このまま、グラシオスの案に押されていけば全滅する。確信があると言ってもいい。
真犯人が見つからないなら、一人を犯人に仕立て上げて結束を固めた方が、生存確率は上がるのではないか?
仲間が死んでいくのはもう嫌だ。しかし、前回の敗北とは違って自分の手を汚すことになる。
こんな考えが思い浮かんでしまう自分自身に嫌気がさした。
「プリムラ。酷い顔」
「……っ!」
非道な考えを咎められたような気がして、体がびくりと跳ねた。
「だ、大丈夫……。ちょっと考えが煮詰まっていただけだから……」
言い訳のような言葉が漏れた。皆と顔を合わせるのが気まずくて、顔を逸らしてしまう。
皆の心配そうな視線が痛い。
この中の誰かを生贄に仕立て上げようとした事を見透かされたようで心が痛い。それに、皆を全然信じてない事を責められているように感じた。
……口では信頼が大事だと言いながら、オレは皆を信じられないでいる。
アルマの結界を抜けて毒を盛るには熟練の技がいる。しかし、オレ達のうち誰かが毒を盛ったと考えれば簡単に説明がついてしまう。どうしても推理の最初にその可能性が頭をよぎってしまう。酷い裏切りだ。
オレがぐるぐると自分を責めるような思考に侵されている間にも会話は進んでいく。
リナは、先に進もうとするグラシオスの意見に納得できずとも、理解は示し始めている。……理解してしまっている。
「俺たち探索者は迷宮に関わる事を選んだ時点で危険な目に合う事を覚悟していたはずだ。偶然ユニークモンスターに遭遇する事もある。偶然、宝箱を見つける事もある。ならば、偶然事件や事故が重なる事もあるだろう? それでいいじゃないか」
「……?」
今何か、ぴりりと引っかかるものを感じた。
偶然なんてものは常識的に考えられる事象を全て考えた後、それでも説明がつかない場合にようやく考慮するべき可能性だ。
今の違和感はグラシオスの意見に賛同しかねるという感情が原因だろうか?
いや、違う。もっと、もっと別の何かだったはずだ――
「納得できない事はあるだろう……。だが、まずは俺たちがこの迷宮から生きて生還する事が重要だと俺は思う。……プリムラ?」
「えっ……? ぁあ……?」
パチパチと音を立てて一つの真相が組みあがっていく。
形が違い、隣り合っていた事件と事件が結びつかなかった。その欠片の間に、見落としていた要素が足された。
しかしオレは、出来上がった一枚の絵を直視しきれないでいた。
分かった。分かってしまった。この事件の犯人が。けれど、それは――
オレの考えが正しいのならば、この事件はあまりにも非効率に過ぎる。
動機や犯人、犯行方法まで推理は組みあがっている。しかし、一点だけ、非効率な部分に説明がつかない。
オレはみんなの顔を見渡した。誰も彼もが突然呻き声を上げて押し黙ったオレを見ている。
自分の考えが間違えていないか再検討。しかし、すぐには矛盾を思いつけない。
自分の出した答えが信じられない。信じられないが……。
ここでオレが真実を黙ったとしよう。
しかし、それでは誰も納得しない。特に、気が立っているリナには本気で怒られそうだ。
何よりも――
「ここで手をこまねいているだけだと全滅する」
もう二度と、仲間を失う悲しみは味わいたくない。
そう考えた所で自嘲の笑みが浮かんだ。仲間を信頼しきれていない奴の考えとは思えない。
しかし、仲間を信頼しきれていないからこそ、今回の事件の真相に辿り着けたと言える。
オレはため息を吐き、心を落ち着かせた。
そして、宣言する。
オレ達を追い詰めた悪意に宣戦布告しよう。
「……今から答え合わせを始めよう」
疑念はある。
しかし、犯行可能な人物はたった一人しかない。
何故犯人は非効率な方法を選択したのかという疑問は残った。しかし、それを推理する材料は無い。
足りない要素がオレの推理を否定してくれると願いながら、オレは事件の真相を語っていく――
ここまでで推理に必要な情報は出揃いました。
作中で言及されていない隠し通路や未知の罠、偶然や未知の魔術の介入はありません。犯行に使用されたギミックは作中で示された情報だけで推測できます。
また、プリムラは犯人を示す明確な証拠を得ている訳ではありません。彼女(彼)は犯行可能な人物が一人しかいない事を根拠に犯人を推測しました。
※追記:プリムラが一人にしか犯行が不可能だと発言していますが、読み返すと必要な情報を一つ入れ忘れていました。現状では、犯行可能な人物が数人おり、その他の情報から一番怪しい一人を選ぶことになります。
改稿はヒントになり得るため、プリムラの推理後に修正します。
2018/3/26 記入漏れの情報を追加