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不和

 罠の危険度が跳ね上がっていると気が付いてから二日が経った。

 けれどもオレ達は未だに次の階層への道を見つける事が出来ないでいた。今まで以上に慎重に行動しているため、歩みが遅くなっているのだ。


「『アイスブラスト』」


 同じ階層に留まる時間が増えれば、その階層でモンスターに遭遇する回数も増える。

 襲い掛かってきたワーウルフにリナの魔法が襲い掛かった。


「『シャドウチェイン』」


 ワーウルフが怯んだ隙に魔法で攻撃する。

 奴の足元から鎖が伸びて締め上げる。首に巻き付いた鎖がギチギチと音を立てて、血が滲む。

 ワーウルフは拘束から逃れようとジタバタと暴れるが、疲れのせいか次第に動かなくなってきた。


「はっ!」

「ちょ、ちょっと!」


 ワーウルフが動かなくなってきたのを確認して、短剣でワーウルフの喉を引き裂いた。

 刃を入れた拍子に飛び散った血と手に伝わる感覚に顔を顰めた。

 ワーウルフは何度か痙攣すると次第に動かなくなっていった。オレはワーウルフが完全に動かなくなったのを確かめてから鎖を消した。

 支えを失ったワーウルフの体が血だまりの上に倒れ込む。


「こっちは終わったか……。そっちはどう?」

「こっちも終わったとこ」


 オレが振り返ると、アルマが肩で息をしながら、剣についた血潮を払っている所であった。

 軽く周囲を見渡すと、ワーウルフの死体が七体転がっている。

 怪我が無いのはオレだけで、三人は満身創痍といった様子だ。

 二人掛かりでようやく一体を相手にできるワーウルフが七体。

 狭い通路に誘い込んで連携を崩しはしたが、流石に連戦は辛かったのだ。さらに、解体する時間の無かった罠も容赦なく襲ってきた。

 誰も死ななかったのが奇跡みたいなものだ。

 身軽さを確保するために最低限の防具しか身に付けていないアルマと、魔術回路を仕込むために耐久力が落ちた防具を着ているリナは怪我が酷い。

 特に前衛であったアルマは特に怪我が多く、体の至る所から出血している。さらに何度も返り血も浴びてしまったようだ。

 グラシオスも幾らか怪我をしているが、比較的ましな方だ。異常な勘の良さでダメージを避けていた。極限状態の中では、彼のような理屈をすっ飛ばして危険に対処できる人物が頼りになった。

 オレは怪我の酷かった順に治療を施していく。

 アルマとグラシオスは普通に治療を受けてくれたが、リナは最後にこちらを睨みつけてきた。


「……さっきの、どういうつもり?」

「さっきのって?」

「さっきの戦闘よ!」


 リナは牙を剥きだして地団太を踏んだ。


「アンタは治癒術師! 魔力はいざという時に備えて取って温存しないといけないの! なのに必要もないのに魔法を使って……!」

「あれはリナの魔力総量を考えると必要な魔法だった」

「わたしの魔力が尽きても前に出られる! けど、アンタの魔力が尽きたらこのパーティは壊滅よ⁉」

「今のリナは魔術師用の装備じゃないか! 剣士の感覚で前に出たら大怪我だ! それを治療するより援護した方が消耗しない!」

「でも、アンタだって前に出てたじゃない! 鎖で縛っても確実に止まる訳じゃない!」

「そんな事まで考えてたら何もできなくなるだろうが!」


 リナの言い分も分かる。

 分かるが、下手に魔力を温存してリナが治療不可能な怪我を負っては意味が無い。

 それに迷宮探索者というリスクの塊な人種に絶対の安全なんてありはしない。少しのリスクで大きなリターン(魔力の節約)があるのなら積極的に取っていくべきだ。


「止めておけ。こんな所で争ってもどうにもならん。物語の中だと死亡フラグが立つ場面だ」


 間に割り込んだのはグラシオスだった。

 オレ達二人の視線に晒されたグラシオスは淡々と言い放った。

 本気で怒っている時に物語だの死亡フラグだの言われると虫唾が走る。


「……ちょっと、アンタどういうつもりよ」


 リナも気に障ったのか、毛を逆立てて舌打ちをした。

 しかし、視線の先がどうにもおかしい。彼女の視線はグラシオスではなく、彼の背後にいたアルマに向けられていた。

 アルマは手で口元を隠しており、目尻が少し濡れていた。欠伸をしたのは明白だった。


「どういうつもりって、何が?」

「ふざけんじゃないわよ! アンタやる気あるのっ⁉」


 リナの指摘にアルマは心底めんどくさそうに顔を歪ませた。


「わたしが何か言っても無駄。二人は迷宮探索に関する考え方が違う。ならば、お互いが納得するまで話し合うしかない。わたしは早く安全地点に進んで休みたい」

「なんて投げやりな……っ!」


 アルマとリナの睨み合いが始まった。

 いつの間にか言い争いの舞台から降ろされて腹が立ったが、首を振って頭を冷やす。

 何度も深呼吸をして今にも叫び出してしまいそうな怒りを飲み込んでいく。


「いいかげんにしろっ!」


 険悪な雰囲気になった所にグラシオスの怒鳴り声が鳴り響いた。

 彼の背にはピリピリと魔力が渦巻き、剣気が駄々洩れになっている。反論されれば即座に剣を抜きかねない雰囲気だ。

 入学当初に見せていた粗暴な顔を隠そうともしなかった。


「言い争いは安全地帯に着いてからだ。それまでは自分の役割を果たせ! モンスターがここに集まる前にここを離れる。プリムラは誰かの指示があるまで魔術で援護はしなくていい」

「……分かった」


 リナは不機嫌そうにアルマから視線を逸らした。当のアルマはつまらなさそうに欠伸を漏らした。

 リナはアルマを一層鋭く睨み付けたが、何も言わなかった。

 オレもしぶしぶと頷いてグラシオスの指示に従った。


 オレ達は血で汚れた体を拭いてから探索を再開した。

 表面上はいつも通りに。しかし、口数は少なく、連携の精彩は次第に欠けていった。




 ――

 ――――

 何度か戦闘を繰り返したが、幸いにもワーウルフの群れに遭遇する事なく安全地帯に辿り着く事が出来た。

 けれども、リナとアルマの間の雰囲気は最悪で、オレとリナの間にもよくない空気が漂っている。

 さらに酷いのは無理矢理パーティをまとめ上げたグラシオスだ。

 二人から不満の視線が向けられており、ついついオレもそんな目をしてしまう。


「安全地帯。やっと休める」

「はっ、軟弱ね。この程度でバテちゃうなんて」

「おいリナ。いちいち突っかかるなよ」

「何よ」


 再びオレとリナの間で火花が散った。

 アルマは相変わらず興味なさそうにうわの空だ。グラシオスは頭が痛そうにこめかみを押さえていた。

 オレもいつ暴言が飛び出してもおかしくない気分だったが、グラシオスの様子を見ると多少は落ち着いてきた。

 オレの方が年上なのにグラシオスに心労をかけ続ける訳にはいかない。


「今日はここで休もう。全員頭を冷やせ」

「ふんっ。何日休んでもわたし達は相いれないわ」

「奇遇。私も同感」

「……」


 リナは敵意を隠そうともせず牙を剥きだしにして威嚇する。アルマは眠そうでありながらも冷ややかな目でリナを見つめていた。


「仲良くしろとは言わん。だが、輪を乱すな。協力しろ。妥協しろ。探索者に一番大事なのは、信頼だ」

「……ふんっ」


 リナは何かを言いたげだったが、結局何も言わなかった。

 ひとまずは言葉を飲み込んだようだった。


「飯食って寝るぞ。アルマ。今日も結界を頼む」

「了解」


 アルマはグラシオスの指示に従って安全地帯に風の結界を張った。

 結界がある限り、この部屋の臭いや音は外に漏れる事は無い。また、誰かが結界を通ると、アルマが察知できる。


 アルマが結界を張っている間に、オレとグラシオス、リナの三人で夕食の準備を進めていく。

 倒したワーウルフの肉を道中で汲んだ水で煮込んだ。

 モンスターの死体は迷宮に取り込まれてしまうが、魔力を帯びさせる事で守っている。水はモンスターの生命維持のために迷宮が生み出しているのだろう。運よく水源を見つけれたならば水筒を満タンにするのは基本的な事だ。


 食事中の雰囲気はぎこちなかった。口を開けば喧嘩になってしまうと誰も彼もが分かっていたのかもしれない。


 オレ達の連携は甘い。

 パーティを組んでまだ間もないからだ。

 低層のうちは問題なかったが、難易度が上がった途端にその綻びが顕在してしまった。

 少し難易度が上がるたびに現れる連携の穴を少しずつ鳴らしていく予定だったが、難易度が跳ね上がった事で修正が間に合わなくなった。

 考え方の違いや細かいミスが積もりに積もってメンバー間の不和に繋がってしまっている。

 けれども、退路が立たれている以上、それでも先に進むしかないのだ。


 鍋の中の肉を皆でつつき、それぞれの水筒から水分を補給して、体力だけは潤った。

 裾で口元を拭いながら久しぶりにグラシオスが口を開いた。


「……寝床はどうする。変えるか?」

「いつもと同じで構わない」

「……わたしも」


 グラシオスの提案にアルマとリナが二人とも反対した。

 テントは二つ。組み分けはアルマとリナ、オレとグラシオスで今までずっとやってきた。

 オレはグラシオスが異性に欲情しない事を知っているが、付き合いの短いリナとアルマは彼と一緒の寝床で眠るのに抵抗があるようだ。

 二人の仲が特に悪いとはいえ、異性と寝るのに比べるのはマシという事なのか、それともここで寝床を変えるのは負けた気がするという事なのだろうか?


 ともあれ、いつも通りの組み合わせで確定した。




 ――

 ――――


「――っ!」


 深夜。オレ達は見張りの順番を決めて眠りについた。

 しかし、オレはすぐそばで誰かが動く気配を感じて飛び起きた。

 身構えて周囲を警戒していると、濡れタオルで体を拭いているグラシオスの姿が目に入る。彼は上半身裸であった。

 それを確認して安堵の息を吐いた。


「なんだ。グラシオスか……」

「――おかしいだろう。普通はお前が裸になっているシーンのはずだ」

「こんな時でもお前はブレないな」


 グラシオスは自身の水筒に手をかけて中身を一口飲んだ。

 口から零れた水が彼の筋肉質な体を濡らす。

 まだ見張りを交代する時間ではない事を確認してオレは寝袋の上に胡坐を掻いた。

 グラシオスは眉をピクリと動かして苦い顔をした。


「おい。パンツ見えてるぞ。はしたない」

「おお、すまん」


 まだ男の時の癖が抜けきらない。

 オレは足を揃えて座りなおした。やっぱり、下着程度じゃこの男は何も感じないようだ。

 特にオレが慌てふためかなかった事が気に入らないのかまた顔を顰めた。


「それにして本当に勘がいいな。起こさないように気を付けたつもりなんだが」

「オレは夢魔だからね。夢と現実の境界はあってないようなものだよ」

「そうか」


 グラシオスはそれだけ言って黙り込み、黙々と体を拭いている。

 沈黙に耐えきれず、グラシオスに声を掛けた。


「なぁ、グラシオス。この隠し通路についてどう思う?」

「どう、とは?」


 オレはグラシオスの性癖を頭から追い払って真面目な話を切り出した。


「だっておかしいだろ。転移してからは即死トラップまで出てきてる。こんな危ない場所を実習で出すと思う?」

「……出さないだろうな」


 グラシオスは皮鎧を着け直しながら思案して、やがてポツリと呟いた。


「転移の罠を踏んでから様子がおかしいのは確かだ。だが、帰り道が無いんだ。危険だろうと何だろうと先に進むしかない。余計な事を考えている暇があるなら、生き残る事だけを考えた方がいいと思うがな」

「オレは考えるのを止めてはいけないと思う。迷宮では違和感を放置してはいけない。勘だけど」


 探索者時代の経験から、もやもやとする違和感を放置すると碌なことにならないと知っている。

 だから、この違和感を放置するなどあり得ない。

 グラシオスはそうか、と呟いて口元に手を当てた。


「……教師が転移陣を見落とした可能性は?」

「それはない」


 オレはきっぱりと宣言した。

 グラシオスは片眉を上げて訝し気な視線を向けてきた。


「言ってなかったけど、転移陣を踏んでからも他のパーティの痕跡をちょくちょくみかけるんだ。学生にも見つけられる隠し通路を教師が見つけられないとは考えにくい」


 罠が復元しているので、誰かがここを通ったのは半日以上前の事だ。

 魔力を帯びて迷宮にされにくくなった血痕が罠に付着していたり、魔力を帯びた攻撃で強引に罠を解体した痕跡が残っていた。


「教師よりも優れた生徒がいるかもしれん」

「そんな生徒がいたら噂になってるだろ……」

「力を隠すとはさすが主人公」


 真面目な顔で頷いているグラシオスは当てにならない事だけは分かった。

 グラシオスはこの考察よりも休む方が大事だと思っているのか、寝袋の中に潜り込んだ。

 オレも眠ってしまうまで考えていたが納得できる仮説はついに立たなかった。


 結局、今日はこれ以上話し合う事は無かった。


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