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死の気配

「ふむ。先に進むしかないだろう」


 初めに口を開いたのはグラシオスであった。

 彼にオレ達三人の視線が集中する。

 グラシオスは両手を広げて仰々しく周囲を見渡した。暗く落ち込んだ空気を吹き飛ばすように。


「よくよく考えてみろ。進入禁止の通路はこちら側ではなかった。であれば、ここは一年生でも対処できる場所だ。そう悲観的になる場面(シーン)じゃない」

「それもそうか……」


 グラシオスは呟いたオレに目を向けて目を細めた。


「プリムラ。その魔法陣は本当に一方通行なんだな?」

「うん。そうだけど……」

「リナとアルマも起動させてみてくれ。エロハプニングに合う運命の元に生まれたプリムラだ。この先の敵がエロイベント御用達のモンスターならば、運命が捻じ曲げられて魔法陣が誤作動を起こしているかもしれん」

「んな訳あるかっ!」


 オレは魔法陣の前から離れてグラシオスの脛に蹴りを入れたが、軽く躱された。

 場を和ませるための軽口だと分かっているからこそ、話に乗らなければならない。

 頬を膨らませて息を荒げていると、アルマが呑気そうな声を上げた。


「確かに一方通行の魔法陣。プリムラのラッキースケベ体質の影響で誤作動を起こしている訳じゃない」

「……別に改めて確かめる意味ないよね?」


 神妙な顔で魔法陣を改めているアルマを睨み付けると、不思議そうな顔で首を傾けられた。

 人を焚きつけておいてグラシオスは何事もなかったかの様に話を進めた。


「プリムラの体質は置いといてだ。ここが一年生でも攻略可能だと判断されたのならば、どこかに帰還用の魔法陣があるはずだ。もしくは、試験会場でのどこかに転移しているのかもしれない。敵と戦ってみれば何階にいるか分かるだろう」

「んー……? よくわかんないけど、敵を倒せばいい訳ね!」


 首を傾げていたリナに呆れた目を向けながらも、グラシオスは頷いた。


「そうと決まれば先に進むぞ。プリムラ先導を頼む」

「了解」


 オレは自分の代わりにみんなを纏めたグラシオスに頭を下げてから、先に進んだ。




 ――

 ――――


「そっちに行ったっ!」

「分かってる! っと……⁉」


 地図を埋めながら迷宮を進み、初めに出会ったのは狼人(ワーウルフ)であった。

 リナのような人族に獣耳や尻尾と言った特徴が現れた獣人ではなく、獣が二足歩行しているような外見だ。

 知能は獣で行動原理も獣であるため、対話は不可能である。

 何よりも迷宮に生み出されたモンスターであるため、侵入者を殺すという意思しか持っていないようだ。

 それが二体。うち一体はグラシオスとアルマが抑え込んでいるが、二体目が後列のオレとリナの元に迫ってくる。


「『アイスブラスト』!」


 牙を剥きだし、涎をまき散らしながらオレとリナの元に突撃してきたワーウルフにリナが魔術を放った。

 冷気の突風を受けるが、軽く体を横にズラすだけで直撃が避けられてしまう。

 避けたと言っても鋭い冷気が皮膚を裂いて毛皮が赤く染まっている。しかし、怯んだ様子はない。

 ワーウルフが鋭い爪をリナに向かって伸ばした。


「ちぃっ――!」


 接近され過ぎた事に焦ったリナは杖を捨てて、掌打でワーウルフの腕を受け流した。

 腕をいなされても牙を突き立てようとするワーウルフの首に手刀を落として地面に叩きつけた。

 けれどもワーウルフは体をばねの様に跳躍させてリナから距離を取った。


「『シャドウチェイン』」


 オレはワーウルフが着地する瞬間を狙って黒魔術を放った。

 影から魔力で出来た黒い鎖が伸びてワーウルフを打ち付ける。皮膚が避け、血と共に獣の呻き声が迷宮に響いた。


「ちょっと! 魔術で敵を倒すのはわたしの役目でしょー!」

「今そんなこと言ってる場合じゃないよね⁉」


 鎖が巻き付いて身動きを封じられたワーウルフの顎にリナの拳が入って昏倒した。

 とどめは自分の魔術でないと気が済まないのか、リナは巨大な氷塊を宙に生み出して、ワーウルフを押しつぶす。

 ワーウルフの足が何度か痙攣したと思うと、次第に動きが鈍くなって止まった。氷塊の下から赤い染みが溢れ出してくる。


「ひとまずこっちは終わったかな」

「……こっちも終わった」


 オレ達がワーウルフを倒すと同時に、もう一体と交戦していたアルマとグラシオスも敵を撃破したようだ。向こうのワーウルフは心臓をグラシオスの剣に貫かれて絶命していた。

 血の臭いが不快なのですぐに先に進むことにする。


「ワーウルフか。なかなかに手強いモンスターだが、今回の個体は弱い方だな。さしたる苦戦はしなかった」

「それでもゴブリンよりは全然強いよ。群れで現れたらきついかも」

「だが、これでハッキリした。まだ倒せないレベルじゃない。地下七層くらいの強さか?」


 少数なら撃破できる。しかし、群れで現れれば撃破は不可能。逃げるしかない。

 群れで現れても(大分消耗するとはいえ)蹴散らす事が出来るゴブリンとは格が違うモンスターである。

 そんなモンスターが出たのであれば、オレ達が転移した先は地下四階ではなく、さらに下層だと考えるのが自然だ。


「気を付けて進もう。グラシオスの見立て通り、転移の魔法陣はゴールまでのショートカットだったのかも」


 戻れないと知った時には不安に襲われたが、一気に先に進んだと思えばこれほど気分が明るくなってくる。

 普通の迷宮探索だとまだまだ警戒を怠ってはいけない場面だが、教師が安全を確認済みという保証がオレ達に安心感をもたらしていた。


 しかし、それも最初の頃だけであった。




 ――

 ――――

 迷宮に入って五日目。転移してから二日目の事だ。


「あぁ……っ⁉」


 オレは手の平から走った激痛に思わず体をのけ反らせた。

 罠の解体中に、死角から剣が飛び出てきたのだ。

 解除失敗だ。

 剣は手の平を貫通し、どばどばと鮮血が溢れ出している。それだけではなく、オレの体をこの場所に縫い留めていた。

 悲鳴に混じって何かががひび割れる音が聞こえた気がした。

 音は頭上から聞こえた気がする。以前の経験から、何が起こるのか理解してしまう。


「プリムラっ!」


 グラシオスが必死の形相で叫ぶと同時に、背筋にぞわりとした冷たい感覚が走った。

 命が危機に晒されているような最悪の場面で感じる悪寒だった。


「ああああ……っ!」


 オレは剣が突き刺さっているのを無視して全力で手を引っ張った。

 ぶちぶちと肉が裂ける激痛に涙が零れ出る。

 手の肉が引きちぎれ、勢い余ってオレは地面を転がった。

 と同時に天井が崩れ、先ほどまでオレがいた場所に瓦礫が降り注ぐ。

 オレは間一髪で崩落に巻き込まれずに済んだ。

 嫌な汗が背筋を伝った。


「だ、大丈夫……⁉」

「大丈夫じゃないかも……」


 腰が抜けて自力で立ちあがる事が出来ない。

 アルマに肩を貸してもらって、ようやくよろよろと立ちあがる。

 剣が刺さっていた手からはおびただしい量の血が流れ出ていた。

 とても我慢できる痛みではなかった。

 オレは呻きながらも魔術で治療を施した。傷口が消えてからグーパーと手を動かして異常が無いか確かめる。

 いつの間にか溢れていた涙を拭い、問題なく手が動くのを見届けてからグラシオスは口を開いた。


「今の罠は確実に殺しに来ていたな」

「そうだね……。とてもじゃないけど、一年生の実習で出ていいような罠じゃない」


 即死トラップが出るような区画は封鎖されていて然るべき場所だ。にもかかわらず、ここまで何の警告もなかった。


「どうしよう……」

「どうするって言っても……、進むしかないと思う」


 転移した階層を調べても帰り道は無かった。

 オレ達には先に進むしか選択肢はない。

 しかし、このような罠がこれからも出てくる迷宮を進むとなると、生還は絶望的と言うしかなかった。


「……行くぞ。ここで立ち止まっていても始まらん。あれこれ考えるのは安全地帯についてからだ」


 絶望に犯され、次の指針を見失ったパーティを動かしたのはグラシオスだった。


「そうよね……。ここで立ち止まっても何も解決しないのよね……」

「起こった事は仕方がない。これからどう動くかの方が大事」


 リナとアルマは自分に言い聞かせるように呟いた。

 首を振って絶望を振り払う。オレもいつまでも落ち込んでいる訳にはいかない。


「先に進もう」


 オレ達は脱出経路を探して歩き出した。

 誰も助けに訪れない地の底へ。


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