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進入禁止

遅れて申し訳ない……。とあるゲームで幼女に靴下捧げる儀式をしていました。

「素晴らしい! 絶体絶命のピンチに隠し部屋に逃げ込んで命を救われるなんて! これぞ王道! オレが望んでいた展開だ!」

「絶体絶命は言い過ぎだと思うけど」


 オレ達は隠し扉の先で一息入れていた。

 みな休息を取っているが、グラシオスだけは鼻息を荒くして気分を昂らせていた。

 興奮しすぎて疲れがたまりそうだ。

 グラシオスが機嫌よさそうに歩き回っているのを無視して、アルマが不安そうな目をオレに向けた。


「扉は大丈夫? 向こうにも魔術師はいたけれど」

「大丈夫だ。そのために水晶を壊したんだ。迷宮の力で修復される半日後まで開けられないよ」

「でも私たちも出られなくなった」

「それは大丈夫。こっちから扉を開けるための水晶があるはずだから。この手の仕掛けは大抵そうなっている」

「ならいいけど……」


 少し扉を調べたところ、すぐに傷のついていない水晶が見つかった。

 今からゴブリンに奇襲をかけるのも、彼らがいなくなるのを待つのも自由だ。

 しかし、今取れる選択肢はそれだけではない。隠し通路の先に進むという事も可能である。


「隠し通路を見つけて先に行かないのならば、何のために探索者をやっている?」

「強い敵がいるかも! わたし、戦いたい!」

「隠し通路の先は敵が強くなる事がある。私たちの手に負えない敵が出るかもしれない。たかが実習で危険を犯したくない」


 グラシオスとリナは奥に進みたいようだ。

 しかし、アルマは渋い顔で否定した。


「……大丈夫じゃないかな。実習の前に教師が安全を確認しているし、オレ達の手に負えない敵が出る道は封鎖されているよ」

「……仕方ない」


 アルマは心底面倒そうに顔を顰めたが、期待の籠ったグラシオスの目と、批難に満ちたリナの目を見てため息を吐いた。

 どうやら、止める事は出来ないと諦めたらしい。


 軽く食事をとった後、オレ達は隠し通路の先に進んだ。


「その、ごめんな……」

「いい。気にしていない。あの二人に逆らう方が面倒」


 嬉々として先に進むリナとグラシオスに聞こえないようにアルマの耳元で囁くが、彼女は淡々とした答えを返した。

 オレは軽く頭を下げて、地図を作る作業に戻った。

 アルマの機嫌も重要だが、地図の作製も重要である。

 隠し通路に入ってから罠の隠し方が巧妙になっていた。

 一つの罠だけで仕留めようとせず、一つ目の罠を避けて安心している所を狙う罠が増えた気がする。

 オレ達は警戒を強めて先に進んだ。


「……何これ?」


 リナが警戒心の籠った目で通路を見ている。

 彼女の視線の先の壁は崩れており、瓦礫が山のように積み重なっていた。

 生半可な攻撃では壊れない迷宮の壁がボロボロになっているのは珍しい事だった。


「少し前に誰かが戦闘行為を行ったのだろうか? それにしても、一年生レベルの攻撃で迷宮の壁が壊せるものなのか? そんな物語の主人公のような才能を持った生徒がいるのなら是非とも会って話したいものだ」

「……いや。違うと思う」


 オレは崩れた瓦礫を手に取って唇に指を当てた。

 手のひらに乗せた瓦礫に触れた感触に異変は無い。普通の石屑だ。

 いや、迷宮の壁は外の世界にある素材とはまるで違う物質だそうだが……。

 迷宮の壁としては普通だが、おびただしい量の魔力がこびり付いていた。


「たぶん、実習が始まる前に壊されたんだと思う。教師とユニークモンスターの戦闘があったのかもしれない」

「……? 迷宮は半日くらいで修復されるんじゃ? わたし達が迷宮に入ってもう三日だよ? 先生たちが迷宮に入ったのはもっと前よ」


 リナが不思議そうな顔で首を傾げた。

 アルマはじっとりとした目で彼女を見つめていた。たぶん、講義で習った事を忘れているリナに呆れの感情を抱いているんだと思う。

 けれども何も言わなかった。

 だから、オレが彼女の代わりに発言する。


「迷宮は修復能力を持っているけど、異常な量の魔力を込めた攻撃を受けると、修復が遅れる事があるんだよ。ユニークモンスターが出たなら、なりふり構わず大魔術を行使してもおかしくはない」


 もしくは、ユニークモンスターが教師を迎撃するために何らかの攻撃を仕掛けたのかもしれない。

 どちらにしろ、ここで一年生では対処できないような強力なモンスターとの争いがあったとみて間違いないだろう。

 アルマはあからさまにため息を漏らした。


「……ユニークモンスターがいたのなら、ここら辺のモンスターは強力なのかも。やっぱり、戻りたい」

「何言ってるの! 強い敵と戦うなんて腕が鳴るわ!」

「格上との闘いを乗り越えてこそ、新たな力に目覚められるというものだ」


 アルマは助けを求めるような視線をオレに寄越した。

 しかし、彼女の背後には目をキラキラとさせている戦闘狂が二人いた。


「強いと言っても、通路が封鎖されていないって事は一年生でも対処できるってことだと思うよ?」


 オレは苦笑いしてそう答えた。

 アルマはもう一度深いため息を吐いた。

 オレ達は瓦礫が散らばる通路を踏みしめて先に進んだ。

 彼女は何も言わなかった。

 不満をため込んでいないかとも思ってチラリと彼女を見るが、アルマは欠伸を噛み殺しながら歩いていた。


「……」


 気が抜けているのを注意すべきか、あまり口うるさく言わないでおくべきか……。

 迷いながらも先に進む。

 瓦礫で足場が悪かったのはほんの少しの距離だけだ。すぐに普通の道に戻った。

 しかし、進んだ先のT字路には二つ目の異常があった。


「『進入禁止』か。これはフリだな。先に進むなと言われると進みたくなる」

「流石にフリじゃないよコレ」


 T字路の片側の壁には緑色のインクでくっきりと『進入禁止』の文字が刻んである。

 インクには凄まじい量の魔力が込められており、迷宮の自浄作用が効きにくいように加工されていた。

 ここから先は一年生には荷が重いと判断して教師が用意した物だろう。


「じゃあ、進めるのはこっちだけね」


 戦闘狂の気があったリナも教師の警告には従うのか、何の文句も言わずに警告が無い道に体を向けた。


「いや、ここは立ち入り禁止の道に進むのが王道だろう。主人公とはそういうものだ」

「いいから黙って先に進む」

「おぐっ⁉」


 立ち入り禁止の通路を物欲しげな顔で見つめていたグラシオスはアルマの突風を顔面に浴びて息苦しそうにしていた。

 その後は肩を竦めてから先に進んだ。


 分かれ道の後、何体かのモンスターと遭遇し、罠にも何度か遭遇した。

 隠し通路に入る前よりモンスターも罠も強力になっているが、対処できないほどではなかった。

 オレ達は順調に奥へ奥へと進んでいく。

 けれども、やはりと言うべきか、そうそう簡単に迷宮を攻略できる訳はなかった。


「……行き止まり?」


 T字路を超えてから先は一方通行であった。

 なのに、道は途切れている。


「地図は?」

「うーん……。怪しげな空白は無いんだけどなぁ……」


 地図を見ても隠し通路がありそうな場所は無かった。


「正解は立ち入り禁止(あっち)側だったのか?」

「それじゃあ、かなり戻らないといけなくなるじゃない……」


 リナがうんざりしたようにため息を吐いた。

 彼女だけではなく、グラシオスやアルマも肩を落としている。

 徒労に終わってしまった時間を考えると、オレも頭を抱えたくなってきた。


 リナはここまでの苦労が無駄になるのが嫌だったのか、ペタペタと壁や床を触って隠し通路が無いか探し始めた。

 罠は無いと思って誰も彼女を止めなかった。既に罠が無い事はオレが既に確かめていたからだ。

 だが……。


「えっ⁉」


 リナが壁を触ろうと足を踏み出した時、彼女の足元が光り、白い魔法陣が展開された。

 陣は急速に広がり、オレ達全員を包み込む。


「……っ⁉ まずい、これはっ!」


 オレ達は危険を感じてすぐにでも魔法陣から逃れようと動くが、魔法陣の展開速度が速すぎて逃げ切れない。


「――――っ⁉」


 魔法陣はオレ達全員を飲み込むと、光を放って作動した。

 視界が白く塗りつぶされて、何も見えなくなる。

 オレ達四人は魔法陣から逃れる事は出来なかった。




 ――

 ――――


「……ここは」


 頭がガンガンとする。胃の中の物を全て戻してしまいそうな不快感が腹部にあった。

 チカチカとする目を擦って周囲を見渡すと、オレ達がいるのは相変わらずの迷宮であった。

 しかし、構造の細部が違って見える。

 念のために地図を取り出して確認してみるが、やはり手持ちの地図と齟齬がある。


「転移の罠……!」


 危険度の高い罠を踏んでしまった事に青ざめたオレは急いで周囲を見渡した。

 すぐ近くでグラシオスとアルマがよろよろと立ち上がろうとしていた。二人は平然とした表情をしているが、どこか顔色が悪い。

 リナは倒れて起き上がってこなかった。

 ひとまず、別々の場所に飛ばされるという最悪な状況には陥らなかったようだ。

 次にリナの体に異常が無いか確かめるが、特に問題は見当たらなかった。

 転移のショックで目を回しただけで、すぐに目を覚ますだろう。

 オレは安堵の息を一つ吐いた。


「転移か……。分断されていないって事は、罠の類じゃなくて正規ルートって事か。運がいい」

「でも、一応戻れるか確認しておいた方がいい」


 全員無事だと分かって落ち着いたアルマとグラシオスがチラリとこちらに目配せをした。

 オレは頷いて帰り用の魔法陣を探した。

 隠されていた魔法陣自体はすぐに見つかった。しかし……


「……戻れない。これ、一方通行の転移陣だ」


 オレ達四人は退路を失い、迷宮に閉じ込められていた。

 重苦しい静寂が落ちて、しばらく誰も口を開こうとはしなかった。


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