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突破

 オレ達は大部屋から溢れ出したゴブリンと遭遇しないように慎重に先に進んだ。

 声を出して相談せずに、ジェスチャーだけで意思を伝えて見つかるリスクを減らす。

 それでも戦わないといけない時はある。

 どうしても通らないといけない通路にゴブリンがいる時には戦闘を行った。

 その戦闘も、向こうの死角から襲い掛かり、増援を呼ばれる前に先手必勝で首を落とした。


 そして、ずいぶんと時間をかけて大部屋に唐突した。

 中を覗き込むと、見張りらしいゴブリンが三体ほど。

 大部屋の奥の通路に向かうためには交戦が避けられない。

 それでも、数十体と相手にするよりはずいぶんとマシだ。

 オレは声を落として囁いた。


「……部屋の中にはいくつか罠が見える。オレが突っ込むから、アルマとリナはサポートを頼む。グラシオスは周囲の警戒を」


 三人は頷いてそれぞれ頷いて自分の役割についた。

 リナはいつでも魔術が使えるように準備し、アルマはオレの後ろにぴったりと付いた。

 そして、周囲に援軍の気配がない事と、部屋の中の敵の注意が逸れている事を確認する。


「行くぞ……っ」


 オレは短剣を構えて正面から大部屋の中に突っ込んだ。

 ゴブリンどもが驚きの声を上げようとする。その内、一匹が援軍を呼ぼうと口を開くが――


「『ゲール』」

「『アイスブラスト』」


 ぴったりとオレの背に張り付いていたアルマとリナが魔法で援護する。

 風と血の滲むような冷気を浴びて怯んだゴブリンたちは、短剣をねじ込まれてあっけなく血だまりを作っていった。

 しかし、ここでグラシオスの焦った叫びが聞こえた。


「何匹か近づいてきてる! 悲鳴を聞かれた!」

「追ってくるのは無視して先に行こう! 部屋の奥へ!」


 思わず舌打ちを漏らしながらも次の指示を出す。

 さっきまで他のゴブリンはいなかったのに、間が悪い。

 オレはグラシオスを迎えに部屋の入口まで戻り、罠を避けて彼を部屋の先まで連れてきた。

 その際、オレ達が来た道からゴブリンが迫ってきているのが見えた。

 オレとグラシオスはリナとアルマと合流して大部屋の先の通路に踏み入れる。


「これは戦うしかないか……」


 ここから先の道は全くの初見だ。

 どこに罠があるか分からない。

 必然的に、進行速度が遅くなる。

 後ろから迫るゴブリンたちから逃げきれないだろう。

 それを理解したのか、リナとグラシオスがゴブリンに向かって武器を構えた。


「わたし達の出番ね! アルマはプリムラを守ってなさい!」

「俺が殿を務めるとはな。死亡フラグになるか、それとも主役として無双する事になるのか……。腕が鳴る」


 アルマはリナの指示に頷いた。

 オレが神経を張り詰めさせて罠を探しながら先導し、追いついてきたゴブリンをリナとグラシオスが一撃のもとに打ち滅ぼす。アルマはオレにぴったりと付いて不測の事態に備えていた。


「キリが無いな」

「そうね……。倒しても、しばらくすると次が来ちゃう」


 オレ達が進むのは人が一人通れるくらいの通路だ。単調な道がしばらく続いている。曲がり角はあれど、分かれ道が無い。

 大部屋にリーダーが陣取って指揮をとっているのか、定期的に二、三匹のゴブリンが通路の入り口から迫ってくる。

 今はいいだろうが、前方から敵が現れれば挟み撃ちにされてしまうだろう。


 しかし、一本道が続くのも悪い事だけではなかった。

 この地形なら、ゴブリンに囲まれる事なく一対一に持ち込める。

 また、広範囲を薙ぎ払うために大魔術を使う必要が無いため、大部屋でまとめて相手するよりかは少ない消耗で済む。

 ゴブリンが諦めてくれるまで進むのが早いか、隠れる場所が見つかるのが早いか、次の安全地帯に辿り着くのが早いか、挟み撃ちにされるのが早いか……。

 そんな事を考えながら鐘が二つなる程の時間を歩いた。

 奥に行けば行くほど、ゴブリンの追撃が緩くなっている。大部屋のゴブリンたちはオレ達を狙うのを諦めているのかもしれない。

 しかし、先に進むと、頭の痛い問題が出てきた。


「行き止まり……」


 通路の先には何もなかった。物言わぬ壁がそびえ立っているだけだ。

 オレとリナ、アルマはため息を吐いた。

 肩を落とすオレ達とは対照的に、グラシオスは地図を埋められてご満悦の様だった。


「大部屋のゴブリンを殲滅して安全地帯に戻るしかないな……」


 こちらのルートは外れだ。

 安全地帯よりも前に合った分かれ道のもう片方が正解だったらしい。

 消耗して大部屋を突破したのが無駄になった。

 オレ達は道を引き返し、大部屋まで向かうしかなくなった。

 途中、放置されて時間が経っているゴブリンの死体が、光の粒になって迷宮に還って行くのが見えた。


「血の臭いが消えてくれて助かるわ。あまり嗅いでいると不快になるもの」

「……プリムラ。ここで少し休憩していくのはどうだろう。次のゴブリンが襲ってくるまでに少し時間はある。血の臭いも消えたし、リナがくつろげるのはこの辺だけだと思う。何よりも、俺は安全地帯以外で休むというのに憧れている」

「えー。別にいいわよ、わたしは……。それよりもとっととさっきの部屋を突破して、安全地帯で休みたいわ」


 グラシオスの休憩の提案にリナは頬を膨らませた。

 オレは唇に指を当ててどうするべきか思案した。

 この通路で削ったゴブリンの再出現(リポップ)までは十分時間がある。大部屋の守りは多少薄くなっているはずだ。

 しかしながら、安全地帯付近の罠は復活し始めているだろう。

 ゴブリンと戦って消耗した状態で、大部屋から安全地帯まで集中力が持つだろうか?

 少しでも早く大部屋のゴブリンを突破し、罠のある道中を歩く時間を極力短くするのか? それとも、少しでも休憩して罠と格闘するか?


「……少しだけ休もう。今までの戦闘で疲労が溜まっているはずだ」


 オレは休憩する事を選んだ。

 罠が再出現しても、どこに度の罠があるのか地図に書き込んである。

 急ぐ意味はあまりないと判断した。


「……休憩。最高」


 アルマはすぐさま壁に背を付けて休みだした。

 グラシオスもそれに続き、リナは少し躊躇したがそれでも壁に寄りかかった。

 グラシオスとリナはモンスターを警戒して通路を見張っているが、アルマは完全に休憩している。

 眠ってはいないが、ぼんやりとしていて何を考えているのか全く読めない。

 一つ言えるのは、周囲の警戒を二人に任せてしまった事だけか。


 疲れた足をマッサージして疲労を取ったり、軽く体を動かしたり、武器の手入れをしたりしていると、時間が緩やかに過ぎていく。

 体力が回復し、リナがそわそわし出した頃、グラシオスが通路の先を険しい顔で睨み付けた。


 同時に、休憩時間が終わった。リナが耳をぴんと立てて周囲の気配を探った。


「ゴブリンが来てる」

「……よし、行こう。ここからは一気に安全地帯まで突破する」


 リナとグラシオスは頷いた。アルマは休憩を邪魔された恨み言を漏らしながらのろのろと立ち上がった。

 アルマが剣を抜き、臨戦態勢に入ったところで、ゴブリンがL字路から現れた。


「『アイスグラウンド』」


 リナの魔法を合図に、グラシオスとアルマが駆けだしてゴブリンを切り伏せた。

 そして、L字路の先の残党を始末しようと飛び込むが……


「うぉ⁉」


 グラシオスに向けて火の玉が飛んできて、彼はそれを剣で切り裂いた。

 大部屋のゴブリンを少しずつ釣ろうとした時に、アルマを負傷させたものと同一の物だ。

 今回の襲撃には、部屋に一体だけいた上位種も参加しているようだ。

 グラシオスは剣を振って次の火の玉を切り伏せた。

 剣では防げないはずの魔術攻撃だったが、剣に魔術が掛けられた為か、あっさりと火の玉は霧散する。

 怯んだグラシオスは一旦ゴブリンから距離を取った。

 次の瞬間ゴブリンはL字路からわらわらと湧いてくる。


「さっきの大部屋のゴブリンどもが一気に来てる! ここで俺たちを仕留めるつもりか!」


 グラシオスの叫びに呼応するように杖を持ったゴブリンが火の玉を放った。

 火の玉は子供程度の身長しかないゴブリンたちの頭上をあっさりと通り過ぎて、グラシオスに向かう。

 彼は火の玉を無視できずに剣で防ぐが、その間、至近距離のゴブリンに対して無防備な姿を晒してしまう。

 至近距離のゴブリンに腹を殴られたようで、苦し気な声を漏らした。


「主人公の引き立て役でしかない雑魚が図に乗るなっ!」


 グラシオスは大きく剣を振り、ゴブリンを両断した。

 その勢いのまま、次に襲ってきた火の玉を切り裂き、勢い余って通路の壁に剣をぶつけてしまう。


「取り回しにくいっ!」

「どいて。『ゲール』」


 またもや、隙を作ってしまったグラシオスの背をアルマが押し、氷の上を滑ってグラシオスがオレ達の元へ転がってくる。

 アルマは後衛になっている上位種に風を送り、魔術の狙いを逸らさせながら前衛のゴブリンを相手にした。

 しばらくは持ちこたえられそうだが……


「まずいな……」


 通路は細い一本道で、一度に戦闘に参加できるのは一人だけ。

 巻き込みそうで魔術でサポートする事は難しい。

 それに比べて、背丈の低いゴブリンは前衛に一匹が戦い、最後尾にいる上位種が魔法で攻撃するという手段が使える。しかも、前衛は倒されてもまだまだ替えが利く。

 アルマはよく凌いでいるが、汗で肌に髪が張り付いているのが見える。相当無理をしているようだ。

 すぐに誰かが代わらなければならない。

 そんな事を考えながらグラシオスの受けた打撲を治していると、彼はオレの肩を突かんだ。


「プリムラ。さっきの戦闘中に壁に剣をぶつけたんだが……。どうにも、壁を殴った感覚に違和感があった。何か分からないか?」

「本当?」

「ああ。……まずいな、俺はそろそろアルマと代わる」


 グラシオスはポンッと俺の頭を撫でてから立ち上がり、ゴブリンを食い止めているアルマの元に向かおうとした。

 だが、彼が戻る前にやらなければならない事がある。


「リナ! もっと通路の奥まで凍らせて! アルマ! ゴブリンを一旦、押し戻して!」

「うん! 『アイスグラウンド』!」

「『ゲールブラスト』」


 リナが地面を凍らせて、アルマが突風の魔法を使った。

 ゴブリンたちが突風で吹き飛ばされているうちにグラシオスとアルマが入れ替わり、追撃を入れた。

 ゴブリンが風で押し戻された事でグラシオスが剣をぶつけた場所に敵はいない。

 彼がゴブリンを押さえているうちにオレは壁の周囲を事細かに調べていく。

 背後からゴブリンの悲鳴と、グラシオスやアルマの声が聞こえてくる。彼らの息は乱れており、いつ崩されてもおかしくはない。

 焦燥感に蝕まれながらも調査を進めて、

 そして、見つけた。


「確かに、隠し通路がある……」


 行きは見つけられなかったが、そこに何かがあると思って探せば、壁が薄くなっている事があると気が付いた。この奥に通路がある。

 また、拳程の広さの空洞を発見した。

 空洞の奥には魔力をため込む性質を持つ水晶が存在した。水晶から伸びる魔力回路の形からして、魔力を込めれば扉の開閉を行う為の物のようだ。

 オレは即座に水晶に魔力を注ぎ込む。

 体内から勢いよく魔力が引っ張り出されていく。

 まだ吸うのかと悪態を付きたくなるような時間の果てに、ごうごうと音を立てて、通路の壁が変形していき、新しい道が出来上がる。


「なにこれっ⁉」

「いいから入って!」


 驚いているリナに通路の先に進むように指示を出した。

 ゴブリンを押さえていたアルマとグラシオスも彼女も撤退して隠し通路の先に飛び込んだ。


「はっ!」


 そして、彼らが中に入ったことを確認して、オレは水晶を短剣で傷つけた。

 水晶から魔力が溢れ、隠し通路への道が閉じていく。

 オレは閉まり始めた扉の奥に飛び込んだ。

 アルマの魔術で距離を離されていたゴブリンたちも追いつき、扉に飛び込もうとした。

 しかし、間に合ったのは先頭の二匹だけで、何匹かは扉に挟まれて壁を赤い血で染めた。

 オレ達は残った二匹のゴブリンに剣を向ける。


 ゴブリン二匹との戦闘はあっさりと終わり、オレ達はゴブリンが多くいた大部屋を完全に突破した。


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