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中。

 俺、鳴海十也なるみとおやは普段ライター業を営む、ごく普通の一般人だ。

 仕事内容としては、ゲームのシナリオを書いたり、依頼されたイベントに行ってその様子を記事にしたり、一つのテーマについてエッセイを書いたりしている。

 そして、その合間に書いた小説を『小説家をやろう』で投稿してきた。

 最初は男性の好きそうなファンタジーを書いていたが、色々なジャンルにチャレンジしようと、手を出したのは女性向けR18、いわゆる「ティーンズラブ小説」だった。

 当初短編で投稿したら読者さんに続きを求められたので、そのまま長編として書き上げたところ出版社の目に止まり、『騎士と乙女〜貴方に捧げる秘蜜〜』は目出度いことに書籍化することとなった。

 男の俺が書いたせいか他の女性作家とは少し違った作風がウケたらしく、そのままシリーズ化して三ヶ月に一冊のペースで出させてもらっている。

 もちろん、最初に電話でやり取りして男の俺が出たことに驚かれたし、編集部に行った時に他の編集さん達に驚かれたのはしょっぱい思い出だ。


「まさか、男性でこの本を持っている方がいるとは思わなくて、つい声かけちゃいました」


「いや、それは別にいいんですけど……」


「ルナ先生のお知り合いなら、男性の方が持っててもおかしくないですよね。驚いちゃってすみません」


「あははははは」


 照れたように微笑む彼女は、ちょっと下がったメガネを上げている。うん可愛い。可愛いですよ権左権三さん。

 何この空気。目の前にファンがいるのに名乗れない空気。そうですよ。俺のせいですよ。

 俺だってこんなことになるなら作者名をもっとちゃんと考えたよ。気晴らしに書いた小説だし、適当でいいやーって本名をひっくり返して付けただけなんだ。深い意味はないんだこのやろう。

 何よりも、男が「女の子がキュンキュンする小説」を、しかもエロいシーンもばっちり入ってるやつを書いているという事実が、デリケートな俺のハートから流れる血を止めてくれない。

 マジ、止血、大至急。


「あ、いけない、今日の課題やらなきゃ……すいません話しかけちゃって。失礼します」


「いや、大丈夫ですよ。お気をつけて」


「はい!」


 ペコリと頭を下げた彼女は、慌ててノートパソコンを閉じて店を出て行った。

 半笑いで見送った俺は腰がくだけるように椅子に座り、手渡された本にカバーをかけ直す。

 そもそも自分の本を読んでいた理由は、改稿作業をするのに前の内容を忘れていたからだ。作家にはよくある話である。過去を振り返る暇はない。創作する人間とは常に前を向き、新しいものを創り出していかなければならないのだ。

 そう、さっきの彼女のことだって……。


「名前……聞けなかったな」


 自分の中で考えることとは裏腹に、早速過去を振り返る俺。

 課題をやらなきゃという彼女の言葉から、今日の『エルトーデ物語』の更新はないなと残念に思った。

 そして、せめて普通の少女小説でデビューしていれば良かったと、俺は過去を振り返りまくり、後悔しまくるのだった。







「こんばんは!!」


「こ、こんばんは。また会えたね」


「はい!!」


 俺は前回で学習し、自分の作品は電子書籍で見直すことにした。今の俺はノートパソコンのみで作業できている。完璧だ。


「この喫茶店に、よく来るの?」


「はい、ここの閉店早いので、それを目安に執筆しているんです……あ、実は私『小説家をやろう』に投稿していまして」


「ああ、それなんだけど……この前の時に、君のノートパソコンが開けっ放しになってて、ちょっと見ちゃって……ごめんね」


「えっ! そうなんですか! ちょっと恥ずかしいですね」


 恥ずかしそうに俯く彼女に対して、俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「ほんと、ごめん」


「いえ、いいんです。ちょっと恥ずかしかっただけで……拙い作品なので」


「そんなことない! 面白いよ! 俺『エルトーデ物語』の読者だし!」


「え!?」


 耳まで赤くして俯いていた彼女は、驚いたようにパッと顔を上げた。その勢いで彼女の吐息がかかるくらい顔が近づいて、驚いた俺は思わず仰け反る。


「ち、近い! 近いよ!」


「うあっ! すみません! あのあの、お、お読みいただいているのでありますか!?」


 どこの軍隊なんだと思いつつも、彼女の必死な顔に微笑ましい気持ちになる。そうだよな。読者さんと会うとこうなるよな。


「面白いよ。なんていうか男性が書いてると思ったから、ちょっとびっくりしたけどね」


「あ、あれは、私は漫画をメインでやっているので、適当につけちゃって」


 適当に付けちゃう人って多いよな。いや、俺もそうなんだけどさ。

 いや、書籍化の話の時に名前をどうするかって聞かれたけど、さすがに本名で出すのはなーと思って、結局そのままにしちゃったんだよな。

 最近多いのが『小説家をやろう』で高ポイントをとって出版社の目にとまり、作家デビューをするというパターンだ。ネット小説の公募で賞をとって書籍化というのもあるが、それだと選考期間が長く「売り時」を逃してしまう。ジャンルにも流行り廃りはあるので、作家や作品の確保は各出版社もスピード勝負だ。

 今やネット小説サイト自体が作家としてデビューできる、一つの手段になってきている。


「まぁ、『エルトーデ物語』は書籍化するだろうし、その時に名前を変えるのも一つの手だよね」


「ふぇっ!?」


 驚いて目を丸くする彼女に、俺は首を傾げる。


「ん? どうしたの?」


「あの、何で私に書籍化の打診がきてるの知ってるんですか?」


「へ? 打診きてるの?」


「え!?」


 やっぱりと思ったけど、実際聞くとすごいことだよな。てゆか、この子口が軽くないか? 大丈夫か?


「ごめん、書籍化する作品って何となく分かるんだよ。権左さんも周りに言っちゃダメだよ。もちろん俺は秘密厳守するけどさ」


「権左はやめてくださいー! そうでした。確定するまで言わないようにって話でした」


「だろうねー」


 しょんぼりする彼女が可愛らしくて、つい笑顔になっていると、彼女は俺を見て首を傾げる。


「あの、えーと名前……」


「俺は鳴海十夜。ライターをやってる。トオヤでいいよ」


「私は大沢幸恵、専門学生です。ユキって呼んでください。トオヤさんは書籍化のこととか詳しいですね。ルナ先生から聞いてたりするんですか?」


「あ、いや、うん、そうそう」


 あー、そうだった。俺は一般人だった。

 夜音実やおとみルナ先生の知り合いの一般人だったよ。

 てへぺろ。







……泣きたい……いや、もう泣く。



お読みいただき、ありがとうございます。

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