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前。

前中後で終わります。

三日間、よろしくお願いします。

 ふいに、隣のテーブルに置いてあるノートパソコンから目が離せなくなる。

 マナー違反だとは分かっている。それでも、液晶画面に打たれている文章の一部分に、俺は胸の鼓動が高鳴るのを感じていた。


『モルストフ辺境伯』


 文章の合間に打たれた、とある辺境伯の名前。

 一兵士であった彼は人類の脅威である『魔獣』と呼ばれる存在を数多く殲滅し、国に貢献した褒賞として王から爵位をもらう。一代限りの男爵ではあるものの貴族となった彼は、その後美しい娘と出会う。

 彼女は伯爵家の娘、しかも一人娘であった。元は平民の彼は身分の差と彼女への愛に苦しむ中、魔獣の巣窟となっている隣国へと向かうように国から命令を受ける。

 それは死への行軍であった。伯爵家からの差し金であったと思われる無謀な作戦に、必死に引き留めようとする美しい娘に「必ず帰る」と約束したものの、死を覚悟する戦いが何度もあった。

 しかし奇跡的に、彼は生き残る。かの伝説の勇者のごとく、彼は魔獣を退けひとつの国を救ったのであった。







「その辺境伯の名前が……」


 思わず声に出してしまった俺は、慌てて口を押さえる。

 隣の席にいたのは、確か女性だったはずだ。自分もノートパソコンを使って作業をしていて、同じメーカーのを使っているなぁと何となく親近感がわいたのを覚えている。若い感じだったから、大学生がレポートでも書いているのかと思っていたけれど……。

 俺はノートパソコンからお気に入りのウィンドウを開き、ブックマークから呼び出す。その画面を見て、隣のテーブルに置いてあるノートパソコンの画面を見て、俺は信じられない気分だった。

 まさか、隣にいる彼女が『小説家をやろう』に載っている『エルトーデ物語』の投稿者だとは……。


 『小説家をやろう』とは、今や大手の無料小説投稿サイトだ。いわゆる「ネット小説」と呼ばれるものが多く掲載されているサイトで、そこには小説を書きはじめて間もない学生や、社会人、プロの小説家やライターなどなど、多くの人間が小説やエッセイを書いては投稿している。

 もちろん読むのも無料であるため、活字中毒者である俺も昔からお世話になっている。無料で小説が読めるなんて、俺にとっては夢のようなシステムだ。この時代に生きてて良かったと思うくらいだ。

 もちろんアタリハズレはある。面白いものは面白いし、つまらないものはつまらない。そのアタリの作品を探す中で、俺が今一番面白いと思っている作品が『エルトーデ物語』だ。


「モルストフ辺境伯の名があるってことは、その作者だよな。ということは今、俺の隣で『エルトーデ物語』の新作が執筆されているってことか?」


 毎日ブックマーク一覧を見るたびに、更新されているか確認するほど楽しみにしている作品が、今まさに隣で創作されていると思うと、訳のわからない興奮で顔が熱くなるのを感じる。

 いや、落ち着け自分。隣にいる見ず知らずの男が突然ハァハァしてたら怪しいだろ。落ち着けもちつけ。


「……すー、……はぁー」


 もちついた。いや、落ち着いた。

 それにしても『エルトーデ物語』の作者は女性だったのか。まさか作者名『権左権三』が女性だとは、普通は思わないよな。俺だけじゃないはずだ。

 しかも書いている内容は男主人公で、剣と魔法のファンタジー。可愛いヒロイン達との絡み方も男っぽい描写が多かったから、なおさら作者は男だって思っていた。


「よいしょっと」


 考え事をしているうちに、隣の女性が帰ってきてしまった。くそう、ちょっとでも新作が読めるチャンスだったのに……いやいや、それは良くないし、俺はしっかり投稿されてから読むぞ。いや、でもちょこっとなら……。

 そんな葛藤する俺の横で、彼女はリズミカルにキーを叩いている。少し下がったメガネを手で上げ、顔にかかる髪が邪魔になったのかシュシュを取り出しひとつに結う。

 時には頭を抱え、再びキーを打ち始めたかと思うと足をバタバタさせて唸っている。なんか可愛いな。

 頑張れ、権左権三さんの作品は面白いから。自信を持っていいから。


「うぅー!!」


 とうとう口に出して唸りはじめた彼女が面白くて、俺はついに我慢できず吹き出した。その拍子に手に持っていた本を落としてしまう。


「やばっ……」


 手に残っているのは落とした本を覆っていた無地のカバー。慌てて拾おうとしたその時、横から細く綺麗な手が俺より先に本に触れる。後になって思うのは、これがきっと運命ってやつだったのかもしれない。


「すいませんっ」


「いえ、はいどう……ぞ?」


 羞恥に顔が赤くなるのが自分でも分かる。だって彼女が今手に持っているその本は、俗に言うティーンズラブ……「TL」と呼ばれる、女性向けのR18指定が入る本だからだ。

 表紙を隠すためにつけていた無地のカバーが俺に手にある今、少女漫画のようなキラキラなエロいイケメンが美少女を抱きしめている、そんな美麗イラストがしっかりモロ出しで見えてしまっている。本を手に持つ彼女の頬も、俺みたいに赤くなっていくのが分かる。

 くそ! なんでこのタイミングで俺はこの本を落としたりしたんだ! くそ!!


「あ、あのこれは知り合いの本で!!」

「これ!! この本いいですよね!!」


 同時に口を開いた俺たちは、ポカンとした顔で見合わせる。


「え? この本好きなの?」


「はい……これ、夜音実やおとみルナ先生の『騎士と乙女』シリーズですよね」


 にこりと笑って本を差し出す彼女の、少し赤くなった頬がとても愛らしくて思わず見惚れてしまう。いや、ぼうっとしている場合じゃない。これはチャンスだろう。色々な意味でお近づきになるチャンスだろう。


「そ、そうなんだ。俺は……」


「知り合いなんてすごいですね! きっと素敵な女性なんだろうなぁルナ先生!」


「あ、はぁ、いえ、普通だと、思う、けど……」


「わぁ! お会いしたことあるなんて羨ましいです!!」


「あは、ははは……」


 そりゃ、お会いしてますよ。毎日鏡を見ればお会いできますから。

 作者名『夜音実やおとみルナ』は、俺『鳴海十也なるみとおや』なんだから。







 ……泣きたい。





お読みいただき、ありがとうございます。

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