第一話 イーリスの町
門を抜けるとそこは雪国でした・・・。
なんて事はなく、町・・・と言うには余りにものどかな風景だった。
かなり広範囲に壁が伸びており、その中に家が立ち並んでいた。
けれどその家の一つ向こうにはのどかな畑が見えてなんとなく今はない故郷を思わせた。
ダムの底に沈んでしまったあの場所、母親と過ごした日々。
父親は俺が生まれた辺りで死んだらしいがそれでも母の愛で育てられた日々。
そんな事を思い出させる、そんな風景だった。
「ここがミミー達の町、イーリスだよ!」
ミミー?
そういえば俺はこの少女と自己紹介していなかったな。
初対面の相手とは常に名刺交換をしたり挨拶したりとしていたのに、なんといううっかりだ・・・。
「そういえば自己紹介をしていなかったな。俺の名前は稲荷山佐治だ。よろしくミミー。」
「イナリヤマサジ?変な名前だね!」
あぁ・・・、なんか漫画みたいなやりとりだな今の・・・。
フルネームを繋げて読むって本当に異世界っぽいなぁ・・・。
苗字が無い世界なのかもしれないから今度から佐治とだけ自己紹介するか・・・?
いや普通にフルネームで挨拶しよう、情報が少ないし下手に隠すのは得策とは言い難い。
まぁ大人と対話した時にいろいろ聞いてこの世界の知識を得よう。
情報、大事。
「違う違う。佐治が名前なんだよ。稲荷山、佐治。」
「サジ?」
「そう、佐治。」
「えへへ・・・サジ。」
はにかんで笑う姿が大変愛らしい。
おっと、俺はロリコンではない。
ただ・・・昔結婚していたときに子供が出来ていればこれ位にはなっていたかもしれないとふと思っただけだ。
子供が出来る前に離婚したし、その後も会ってないからIfの話でしかないがな。
「さて・・・ミミー。この町の代表の人がどこに住んでるか知っているか?」
「だいひょー?」
「この町で一番偉い人の事だよ。」
「ん~・・・。エドさんかな?」
「エドさんか。その人の所に連れて行ってくれるかい?」
「うん!任せて!」
ミミーに連れられてきたのは、他の家より一回りか二回りほど大きな家。
しかしここまでの道すがら、この辺りには地震がそうそう無い事がわかる造りだ。
なんというか・・・そう、言い方は悪いがボロの木の小屋が並んでいるのだ。
「ここがこの町の偉い人、エドさんのお家だよ!」
「ここがか・・・、とりあえずエドさんって人に会うか。」
「うん!エドさ~ん!」
「なんだいミミー・・・、まだ眠いんだが?ん?人間?」
目の前の扉が開くと中から白い肌をして、黒い髪の美形が出てきた。
なんだろうなこの格差。
こっちおっさん向こうイケメン・・・泣くぞ?
まぁそこはいい、けど特徴的なのはその耳だ。
細長い耳、エルフってやつか?
「うん!ΕΣΤΙΑ様の使いの人!サジっていうの!」
「そうか、ようこそはぐれ者の町イーリスへ。私の名前はエドワード・ドゥルガーだ、歓迎するよサジさん。」
エドワードと名乗った男が手を差し伸べてきたので握手で答える。
うむ、日本の常識とかそういうのが共通していそうならやりやすい。
まっ、まだ油断してはいけないというのは当然だ。
日本のこっちに来てのハンドシグナルがアメリカではあっちに行けと、異世界ですらないのに違ったりするからな。
何の事前準備も無く、放り出された異世界だ。
なるべくなら不況を買ってあちこち転々とするのは避けたい。
それにこの世界のスタート地点があの祠だ。
なるべくその近くから離れたくはない。
帰る手段があの祠の可能性がとても高いからな。
「ミミーが言った通り稲荷山佐治という人間です。しかし事情も知らずに突然現れた人間を街に歓迎して良いですか?問題を起こすかも知れないでしょ?」
「ΕΣΤΙΑ様の使いというならば問題は無いでしょう。それにミミーが連れて来たということはΕΣΤΙΑ様の祠付近で出会ったのでは?」
「よく分かりますね。」
やはりあの祠は俺をこの世界に放りだした奴の祠だったか。
いい情報だ。
それにどうもこの町、あの祠を祭っているようだし、情報を得られやすそうだ。
そういう場所には必ず伝承などが残っているはず。
その情報で帰れないにしても会ったり話したりする方法が必ずあるはずだろう。
「そこに祠があったの?」みたいな展開にならなくてよかった。
俺、この町、住む。
「ミミーはよくあの祠辺りで山菜を採っていますから。それでΕΣΤΙΑ様の使いということは何か使命を受けているのでは?」
「それが説明を一切受けておらず、ここが異世界だと教えられてそのまま放置されてしまったのですよ。」
「ふむ、まぁこんなとこで立ち話もなんだ。どうぞ中へ。」
ふんわりとした動作で家の中へ誘ってくる。
ちくしょう・・・イケメンは何をしても様になるなぁ、このやろう。
*
「なるほど・・・ΕΣΤΙΑ様がこの町に行けと・・・。」
「えぇ、それ以外は全く話を聞いておりません。持ってるのはさっき見てもらった物だけです。」
エドワードさんの家に入り、奥さんのリューシカさんにお茶を淹れてもらい異世界に来てからの説明をした。
ちなみに二人ともダークエルフだそうだ。
精神的安定とか糞くらえで異世界認定です。
目の前で魔法とか見せてもらったしもう笑うしかないからな。
それで話の続きだが極稀にだが俺と同じように異世界から人が来るらしい。
この世界に存在する12注の神が居て、それらが呼ぶらしい。
そいつらは各々やるべき事をすると帰っていったという話がある事から帰れないという事はなさそうだ。
だが俺のすべき事、それが何かわからない。
あの時あの女神は「お願いしたい事がある。」と「イーリスの町へ行け。」しか言っていない。
町へ行くだけなら俺はもう元の世界へ帰っているはずだ。
けれど実際は帰れる気配など微塵もなく、エドワードさんの家でお茶を飲みくつろいでいる状態だ。
はよ何するべきか教えろ女神。
「サジ!この赤いの美味しい!!」
ちなみにミミーは俺の膝に座って俺の持っていた飴を舐めている。
なんで膝に乗ってるのかね、この子?
まぁ仕事してた時もこうやって子供に好かれていた事もあるから別に苦ではないが・・・。
「はっはっはっ、サジさん。ミミーに大変気に入られていますね。」
「好かれる要素がわからないのが疑問ですがね。まぁ嫌われるよりは良い事です。」
「そうですね。嫌われるというのは辛いですからね・・・。」
今のニュアンス・・・、どうもなにかあるな?
けどこの町の町長の様な彼が嫌われるとは考え辛い。
となるとなんだ?やはりダークエルフだからか?
いやそれでは町長しているのがおかしい事になる・・・。
まて、最初にはぐれ者の町と言っていたな。
もしやこの町事態に関する事なのか?
「その顔は・・・何か気づかれましたか?」
「・・・失礼を承知で聞きたい。この町はそれぞれの種族の輪から外れた者達の集まりなのでしょうか?」
「・・・はい。この町の者、その全てがあなたの言うとおり各種族からある理由で嫌われ、追い出された者達の集まりです。」
なんという事だ。
だからはぐれ者達の町ということか・・・。
しかしある理由?
それは全員が共通しているという事なのか?
「これ以上は失礼になると思うのですが、その理由を聞いてもよいでしょうか?」
「えぇ構いません。この世界には二つの巨大な思想があります。それが『人類主義』と『魔族主義』です。
人間主義はその通り、あなた達人間種を絶対種と考え、我等魔族を滅ぼそうと唱えている主義です。
そして魔族主義、これは人間主義と同じで人間種を滅ぼし、我等魔族を頂点に置こうと考えているものです。
この町に居る者達はその二つの主義を良しとせず、人も魔族も関係なく、共に手を取ろうと考えた為に、集落を追われたのです。」
つまりは共存主義か。
だが二大主義と言っていた事からその両方の勢力は全体の意識に近いのだろう。
そこでその主義と全く違う共存を訴えていれば蔑まれ嫌われ、群れを追われても仕方ない。
それは異世界だけの話じゃない、俺が居た世界でも同じことだ。
人は一人では生きられない。
けれど複数集まれば異端な考えは弾かれる。
本当に・・・、社会というのは生きづらいものだ・・・。
「サジも・・・、私達嫌う?」
膝に座るミミーの顔は見えないが、その声から不安は伝わってくる。
そうだな、今の話を聞く限り人間は魔族である彼らを嫌っている。
いくら俺が女神によってこの世界に送られたとしてもそこは変わらないかもしれない。
それに今まで考えていた事が雰囲気にも現れたのかもしれない。
けどどう考えても今俺が彼らを嫌う要素は皆無だ。
むしろここまで良くしてくれた彼らをどうして嫌う事が出来ようか?
遠くの親類より近くの他人。
見ず知らずの同属の意見より今目の前でよくしてくれた彼らの共存主義の方がずっと共感も持てる。
そもそも人間主義とか何様だ?
人間様のつもりか?あ?
人種差別ダメ、絶対。
「俺は差別する気はない。会話も出来てこんなに良くしてくれるエドワードさんやミミーを嫌うことなんてないよ。」
「本当!?」
「あぁ本当だとも。」
「よかったぁ。」
うん、子供は笑顔が一番だ。
子供の悲しい顔はどの世界であろうともあっちゃいけないからな。