プロローグ
踏切の遮断機が下りてくる。
カンカンと、赤い光を振りまいて、高い音だけがぼくの耳に響く。
その音はぼくを誘っているように聞こえた。こっちにおいで。と言っているように聞こえた。
その音に誘われて、ぼくはふらふらと踏切に近づいていく。一歩一歩踏み出すにつれて、周囲の雑音も聞こえてくる。車のエンジン音、人の話し声、その全てがぼくを急かしている。≪早く消えろ≫と。
もう一歩、もう一歩と少しずつ前に進む。足は重く、上げるのも辛かった。地面にへばりつくように離れなかった。その足をひきずるようにして、ぼくはゆっくり前進する。
このまま遮断機をくぐっていけば、すぐに、すぐにでも消えることができる。それはとても楽なことのように思えた。嫌気のさすこの世界からいなくなることができる。
≪早く。そのまま消えてしまえ≫
周囲の雑音は、遮断機に近づくほど鮮明に頭に響く。
踏切の音に誘われて、雑音に促され、ぼくは遮断機の向こう側を目指す。誰もいない世界を願って、ぼくのいない世界を祈って。
遮断機の目の前まで進んだところで、ぼくの歩みは止まった。
どうしたのだろう。あと少しなのに。こんな寸前で、怖気づいたのだろうか。ぼくには死ぬ勇気すらないのか。
そのとき、手の温もりに気が付いた。誰かがぼくの手を握っている。
振り向いて自分の手に目をやる。白い綺麗な手が、ぼくの手を握っていた。そのまま視線を上げて、ぼくを制止した人を見る。綺麗な女の人だった。
「大丈夫だよ」その人はぼくの目を見て、にっこり笑った。
その手は、その顔は、とても美しく、そして優しかった。