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2015年/短編まとめ

この世の全てに意味があるんだよって事らしい

作者: 文崎 美生

「作ちゃん先輩、何ですか、それ」


部室に行くと、赤い頭巾を被った先輩が一人、パイを頬張りながらパソコンを弄っていた。

他の先輩はどうしたんだろう、という疑問よりもまず最初に、その格好とお菓子について聞きたい。


もっさもっさとお菓子を咀嚼し続ける作ちゃん先輩は、のんびりと右手を上げて部室の壁に引っ掛けられたカレンダーを指差す。

日めくり式のカレンダーには、デカデカと31と書かれていて、本日は十月最後の日だ。


「HAPPY HALLOWEENだね」


口の端に付いているお菓子のクズを、舌で舐め取った作ちゃん先輩が言う。

英語が苦手と言っていた割には、それなりの発音が出来ているが、兎にも角にも今日はハロウィンらしい。

と言っても土曜日だから、学校内はそんなに盛り上がってはいないようだが。


それにしてもハロウィン。

それだけで作ちゃん先輩の格好も、食べているお菓子についても説明が付く。

本人は自分の格好がどうとか思っていないようで、机の上に置いたあった飴を私にくれた。


「ありがとうございます。……でも、意外です」


「何が?」


「作ちゃん先輩でも行事とかイベントとか、把握してて参加するんですね」


把握くらいはしてそうだったけれど、だから何って顔をしてそうだった。

学校行事の文化祭も体育祭も、大して興味なさそうにしていたし、体育祭に至っては本当に出なきゃいけない競技以外出てなかったから。


こうして仮装するくらいには、この手のイベントが好きなのか。

本人は私の言葉にきょとん、と目を瞬いてからパイを一口齧って何かを考え始める。


作ちゃん先輩は本当に小説を書くことにしか興味のない、文芸部を設立した現文芸部部長なのだが、その小説を書く以外では本当に無能だ。

言い方は悪いけれど低スペックなのだ。

本人はそれを理解しているらしく、どうでもいいって顔をしている。


そんな先輩だからこそ、この手の行事イベントも、把握こそしていても参加はしないと思っていた。

終いには参加はしないのに、行事イベントの歴史についてなどには詳しい、みたいな。


「これ、何だと思う」


キィッ、と金属の軋む音を響かせて、回転椅子を回す作ちゃん先輩は、これ、と自分の被っている赤い頭巾を指差す。

その赤い頭巾は、ポンチョタイプらしく、作ちゃん先輩の体をすっぽりと覆っていて、それよりも鈍い色のワンピースを中に着ているようだった。


どこかの童話で見たことがあるだろうその格好。

その童話を知らない子供はいるんだろうか。

近年本離れがあると言うが、今の子供はこの手の童話を読んで育っているのか。


「赤ずきんちゃん、ですよね」


「うん」


首を上下に動かして頷く作ちゃん先輩は、布地の感触を確かめるように頭巾に触る。

それからのんびりと、明後日の方向を見ながら「家庭科部の子達がさぁ」と話し始めた。


家庭科部とは、部員の大半が女の子で占められる女子力の塊のような部活動だが、その活動内容はお菓子作りや裁縫などなど、家庭科の授業でやるようなことが多い。

作ちゃん先輩が着ているそれも、全て家庭科部の生徒達が作成したらしいが、その、サイズについては聞かない方がいいのだろうから割愛。


そうしてその完成品を持って来た子達は、それと一緒に大量のお菓子を作ちゃん先輩に手渡し、お菓子の代わりに着て他の部活を回って来てくれと頼み込んだらしい。

つまり、赤ずきんちゃんに扮して、お婆ちゃんのお見舞いではなく、土曜日に部活を頑張っている生徒にお恵をしに行け、ということらしかったが。


「まぁ、いいかなと思ったんだけど。取り敢えず分かったのは、日本のハロウィンには歴史的背景もクソもなく、形ばかりを追い掛けてるってことだね」


真顔でオブラートも何もなく吐き捨てる作ちゃん先輩。

その手には、家庭科部の子達から貰ったらしいパンプキンパイ。

作業台ではない机の上には、その大量のお菓子が乗っていて、作ちゃん先輩は食べていいよと言う。


それにしたって、作ちゃん先輩の『まぁ、いいかなと思ったんだけど』は、ほぼ確実に間違いなく『断るのが面倒だった』だと思うのだが。

先輩の性格だとそんな気がしてならない。


「ハロウィンの由来は知ってる?」


「え……いや」


きっと飴は自分で用意してくれていたのだろう。

他の先輩曰く『興味関心はそんなにないし、その歴史的背景の方が興味関心が強いけど、子供扱いしてくれるわよ』らしい。

つまり何が言いたいって、作ちゃん先輩は自分が興味なくても、好きな人のために何かをするタイプってことだ。


家庭科部のお菓子を見ながら、作ちゃん先輩の言葉に首を傾ければ、それ美味しいよ、なんてお菓子を指差しされる。

ありがとうございます、とそれを手に取れば続きのために言葉を紡ぐ作ちゃん先輩。


「元はケルト人のサムハイン祭。この日は死者の霊や魔女が出てくるとされ、人々が身を守るために仮面を被ったり、魔除けの焚き火なんかをしたみたいだよ」


ケルト人?サムハイン祭?と首を傾げるが、作ちゃん先輩は気にせずにパイを食べ終えている。

パイクズを払いながら、お茶に手を伸ばし「死者の霊なんて、お盆みたいだよね。あ、お盆は魂だっけ?」と言葉を続けた。


やっぱり歴史的背景は調べていたらしく、小説のネタにでもするのだろうか、キィキィと回転椅子を回し始める。

行事ごとの小説は楽しいから、と過去に言っていた先輩だが、部誌には載せないのだろうか。


「そんな難しい顔しないで、取り敢えず楽しめばいいよ」


ケラケラと笑う作ちゃん先輩に、アンタが言うな、と言う、先輩の幼馴染みの先輩を思い出す。

何でこういう時に突っ込み要員の先輩達がいないのか。

二人っきりとか嬉しいけれど、突っ込んでいいのか分からないから困る。


そんな私の考えも読み取っているのか、作ちゃん先輩は赤い頭巾を深く被り直しながら、楽しそうに笑って執筆に戻っていく。

そのパソコンの画面には『ハロウィン』の文字が浮かんでいて、先輩は先輩だと納得しながら、オススメされたパンプキンパイを齧った。

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