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迷宮〔あな〕の洗濯屋さん 【 スライムワールド 】  作者: 弥竹 八
カッパ淵の冒険
6/49

こまってたちゃん

 いくつも山を越えてようやく辿り着いたカッパ淵は、高々と立ち並ぶ巨木の森の間に隠された大きな湖でした。真ん中には大きな島まであります。

 淵を見下ろす少し開けた場所に竜車を停めると、ベジタローが早速「にゃ~う~! にゃ~う~!」と大きな声で淵に向かって鳴きはじめました。


「ここがカッパブチ?」


 チェロは遠慮がちに尋ねました。

 しばらく前からブルさんの様子が変なのです。

 あれだけノリノリだったのに、急に『ブルズフラワーカルテット』の演奏にストップをかけたかと思うと、耳をピンと伸ばしていろんな方向に鼻を向けています。

 ひらりと御者席から飛び降りたブルさんは、チェロをヒョイと抱き上げると、思い出したようにおどけた感じで言いました。


「チェロさん。ちょっとばかし客車にいておくれYo! ブルはちょっと周りを見てくるYo!」


 そういうと、客車へチェロを移し、鍵を閉めるよう伝えて一礼すると、大きな体に似合わない風のような動きでサッと走って行きました。






―― 一体なにがどうなってる?


 ブルさんは走りながら考えています。

 ミズーミ湖の周りは、一部を除いて森林地帯も含め、国が指定した「厳重指定聖域」なのです。

 アナ街を含むこの王国の立地そのものが、国の八方にそびえる霊峰を拠点に張られた超々広域結界に守られていて、300年もかけて風水的にも完全にバランスを整備され、今や「世界一清浄な国」と呼ばれるほどですが、さらにミズーミ湖は、世界の要たる『四神獣』が水を飲むために訪れる場所として厳重に厳重に守護されています。

 王国内での生え抜きの独立騎士団である国家教導騎士団の中でも、さらに特別枠で組織された通称『ミズーミ・レンジャー』が常にパトロールを行ない、ミズーミ湖及びその周辺一帯は完全監視されているのです。

 その中でもこのカッパ淵は重要保護指定を受けており、観光客はおろか地元住民でさえも立ち入れない場所なのです。

 カッパ淵の住人であるカッパ族との交渉の末、カッパ淵はその存在ごと秘匿され、実際ここにたどり着く道もありません。

 ブルさんが通ってきたように道もない山を踏破してくるか、或いはミズーミ湖から流れ込みを遡行してくるか、空から飛んでくるしかないのです。

 王国公認の自由通行手形を所持するブルさんだからこそ、なんのお咎めもなしに入ることができていますが、普通は近づいただけでレンジャーが文字通り飛んできます。

 聖域の結界を越えてくることなど不可能。それほど管理された清浄な場所なのです。

 ですが・・・・。


―― 何で穴のにおいがするんだYo!



 森や水のにおいに混じって、迷宮内部で散々嗅いできたすえたにおいが確実に漂っているのです。聖域においては絶対にありえないことです。

 さらに気になるのは、陽気なカッパたちの姿が丸っきり見えないどころか、周りには生き物の気配そのものがありません。

 小高い場所から淵を見渡しても、やはり様子が変です。

 全身をセンサーにして探ってみましたが、なんの気配も感じません。あまりにも静かすぎます。


 ―― とにかくレンジャーに連絡するか・・・泣いている子どもの捜索にも協力させよう。


 そう考えて車に戻ろうとしたとき。ブルさんの耳は小さな悲鳴を引っ掛けました。

 咄嗟に声の方に走りだします。

 岡を下って少しいくと、木々の間から、砂浜のように水深の浅くなっている場所が見えました。

 何かがキーキーと苦しそうに、バシャバシャもがいています。

 走りながらそれを確認したブルさんの両目がギョッと見開きました。


 ―― まさか!?


 ブルさんは急いで上着のジッパーを上げ、ポケットを閉じ、襟元と袖口を強く締めました。

 水際まで来るともどかしげにズボンの裾をブーツに突っ込み、ギュッと結わえます。

 さらに手袋をはめると両手を組み、グッと握りこむと、「キュン」と小さな音が鳴って、両手の甲に鮮やかな護符の印が現れました。

 勢いよく水に飛び込むと一気にもがいていたものに突進し、水から引きちぎるように抱きかかえ、急いで岸にあがります。

 もがいていたのはピンクと群青の幼態色がはっきりと出ている『シマシマイルカ』の子どもでした。

 ブルさんの腕の中でキーキー鳴きながらまだ暴れています。

 シマシマイルカの体には半透明なものが、のたくりながらビッシリと絡み付いていました。

 虫のようなもの

 蛇のようなもの

 魚のようなもの

 蛙のようなもの・・・。


『バグ』と呼ばれる小モンスターです。


 迷宮内ではどこにでも現れ、大型のモンスターよりもいっそたちの悪いヤツらです。

 噛まれるとひどい炎症を起こし、物凄い痛みとかゆみに襲われますが、これの集団に囲まれたら最後、もう骨しか残りません。

 聖域内どころか、「あな」の外には存在しないはずのモンスターなのですが・・。


 ブルさんが護符の手袋でシマシマイルカを優しく撫でると、絡み付いていたバグはポロポロと簡単にはがれおちました。

 しばらく地面でジタバタのたくっていましたが、すぐに空中に溶けるように消えていきます。

 仕上げにゆっくりとシマシマイルカを抱きしめ、体内にバグが残っていないか手袋を通してスキャンします。

 どうやら大丈夫のようです。

 ブルさんはシマシマイルカの背中をポンポンと叩いて優しくいいました。


「OKベイビー。もう大丈夫だ」


 シマシマイルカは安心したのか「キキュ~」とため息のように一声鳴くと、クタッとブルさんに体重を預けました。


 ブルさんは上着のジッパーを下ろすと、首から変わった形のペンダントをはずしました。

 それを指先ではじきます。すると「・・ィィィーン・・」と小さな高音が鳴りました。

 そのまま水辺に沈めると小エビや小魚のように水際をウロチョロしていたバグが一斉に逃げていきました。

 上着を脱ぎ、地面に広げるとそこにシマシマイルカをそっと横たえ、裏地に描かれた術印のひとつを起動させます。

 すると、まだ血が流れ出ていた傷口がみるみるふさがっていきました。

 シャツを脱いで水に浸し、それでシマシマイルカを包むと、さらに上着ごとゆったりと包んで抱き上げます。


 「ちょっと窮屈だろうが少しの間ガマンな、ベイビーちゃん」


 そしてフウとため息をつきました。






「わあ! イルカさんだ! かわいいー!」


 チェロはイルカを前にキャーキャーはしゃぎました。

 動物園で見たことはありますが、野生の、しかも子どものイルカを見るのは初めてです。

 シャツの間から顔だけ出したシマシマイルカは、まだグッタリしていますが、時折チェロをつぶらな瞳で見つめて口をパクパク動かしました。


「大変だったねえ、もう大丈夫だよー」


 チェロは優しくシマシマイルカの背中をなでました。


 ―― ブルさんが来てくれて本当に良かった!


 チェロたちだけで来ていたらどうなっていたかわかりません。

 見つけることすらできなかったかもしれません。

 尊敬を込めてブルさんの方を見ると、ブルさんはブルズフラワークインテットの面々になにやら指示を出しています。

 背後でカチャと音がしました。

 振り返るとピアニカさんが車から出てきたところでした。

 先に降りたピアニカさんがピアノちゃんを車から抱き上げ、チェロの隣にちょこんと降ろします。

 チェロはピアノちゃんにニッコリ笑いかけると「よかったねえ」といいました。

 神妙な顔つきでシマシマイルカをジッと見ているピアノちゃんにいろいろと声をかけます。


「イルカさんだよー」


「まだ赤ちゃんかなー」


「しましまがきれいだねー」


 ピアノちゃんはゆっくりチェロを見ると、さらにゆっくりと小さく笑いました。


「さあ、皆さん。うまくいったところで早いとこここを離れましょう」


 いつの間に着替えたのか、さっきと比べると随分こざっぱりした服装になったブルさんがニコニコしながらチェロたちを見ています。


「Mrベジタローはどうしました?」


「あれ?」


 そういえば、いつからいなかったっけ?っと、チェロはきょろきょろ辺りを見回しました。


「ベジー! 帰るよー! ベジ・・・」


 チェロが呼びかけるその途中で、山の斜面を駆け下りてくるベジタローが目に入ってきました。大きな声でにゃおにゃお鳴きながら走ってきます。


「あれ? 変ね?」


 みんながベジタローの方を見ていると、ピアニカさんが右手を頬に当てて首を傾げました。


「見つけた、見つけたっていってるけど・・・」


 みなが、「ん~っ」と顔を見合わせていると、足元で小さな声が聞こえました。

 シマシマイルカが弱々しい声でキューキュー鳴いています。

 ピアニカさんが眉をひそめ、さらに首を傾げました。


「お姉ちゃん・・? お姉ちゃんを・・助けて?」

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