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迷宮〔あな〕の洗濯屋さん 【 スライムワールド 】  作者: 弥竹 八
カッパ淵の冒険
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Funk man

 アナ街から北へ抜ける街道。

 さらにそこから分かれた一本道を、黄色い毛並みのベジキャットが、すごい勢いで走っていきます。


 ベジタローです。


 その後ろを、もうもうと土ぼこりを舞い上げて、一台の大きな客車が追いかけていました。

 客車というのは、街の中を巡回したり定期的に他の街との街道を行き来するのと、お客さんを個別に目的地に運んだりする車のことをいいますが、この客車はちょっと変わっていました。

 ようやくお昼をまわったばかりなのに、車の前にも横にも後ろにも、ギラギラと騒がしいほどの電飾をつけています。


 赤。青。黄色。

 白に紫にピンクのネオンがペカペカと点灯するネオンで『Funky Porter』という文字が、いろんなリズムでついたり消えたり、とにかくド派手に光りまくっています。

 ピカピカでキラキラでデッコデコです。


 さらにこの客車は普通と違っていました。

 街で客車を引くのは馬です。だから「馬車」なんて呼ばれます。


 ですがこの客車を引いているのは体長五mもある、紅白の「大王トカゲ」で、特別に「竜車」と呼ばれるしろものなのです。

 トカゲの爪と、大きなイボイボがいっぱいついたが巨大な車輪が、道の表面をバリバリ削り取るように走っています。

 見た目も、走り方も派手ですが、派手なのはそればかりではありませんでした。

  


 

 バ!バ!バ!バ!バ!バ!バ!♪


 バーッ!!


 キュイィ~~ン ィンィィ~~ン!!♪



 So funky!♪


「そーふぁんきー!♪」


 Love music!♪


「らぁみゅーじー!♪」



 バ!バ!バ!バ!バ!バ!バ!バ!♪



 大王トカゲの背に4羽の録鳥ロックチョウがとまっています。


 首のところに「ブルズ・フラワー・カルテット」と書かれたリボンが、マフラーみたいに棚引いていました。


 彼らの歌う、ホーンセクションとギターの音までそっくりの伴奏をバックに、野太い低音と楽しげな高音が掛け合いながら歌っているのが聞こえてきました。


 チェロが、竜車の御者席に座って、ニコニコしながら歌っているのです。


 客車の左右に取り付けられた大きな音叉が、その歌声を増幅して周りに広々と響き渡らせていました。


 低音を響かせるのは、街の人気者『ファンキー・ブル』さんでした。

 ブルさんは犬の獣人です。

 二m近いおっきな体に、分厚い皮のジャケットを羽織っています。


 そのジャケットも客車に負けないくらい、金や銀の装飾でピカピカですが、襟元からは仕立てのいいシャツと、小さな黄色い蝶ネクタイが覗いています。


 ハデハデピカピカなのに不思議なくらい上品にまとめられた装い中、胸に着けられた「騎士」と「太爵」の紋章も、全体に溶け込んで目立ちません。




 実はブルさん、有名人なのです。


 超一流の冒険者で、その功績から王様に騎士と貴族の称号を与えられたのですが、その際「報奨なんかいらない、ついでに宮仕えも嫌だ」とハッキリ言ってのけました。


 不敬罪で捕まりそうになったところを、キレのいいギャグとダンスでかわして、玉座を笑いで埋め尽くし許してもらえたという伝説の人なのです。


 だから貴族なのに街に住み、騎士なのに自分で勝手に仕事をしています。


 最近は、「引揚げ屋(サルベージャー)」 と呼ばれる、『あな』から帰ってこられなくなった人たちの救助の仕事をしています。


 このハデハデの竜車も、もともとは『あな』に潜るときに、モンスター除けと仲間の目印になるために作られたものなのですが、それを真似して「デコタク」という客車が登場し、今や街の名物になっていました。

 そのせいで、ブルさんはタクシー屋さんと時々間違えられてしまいます。

 そんな時ブルさんは、文句も言わず、笑ってタクシー屋さんになるのです。

 チェロも間違えてブルさんを呼び止めたのでした。



 今はただ、大きなサングラスをかけて、リズムに乗りながら手綱を引いています。


「Ho! Ho! お嬢さん、歌えるクチだね!」  


 ブルさんは、チェロの頭をすっぽり包むくらいの手で、優しくポンポンしました。

 その指には、チェロがやっと握れるくらいのいろんな宝石がついた指輪がいっぱいはまっています。

 しゃくれ顎の左右からは、天に向かってにょっきりと巨大な犬歯が飛び出しました。


「そうだよー、わたしスライムマスターだもん!」


 チェロは、ブルさんにニッコリ笑いました。

 ブルさんも大きく背中を反らせて笑います。


 子ども達から、怖がられることの方が多いブルさんは、怖がる素振りもないチェロの態度が嬉しいみたいです。


「Ho! Ho! Ho! そいつはファンキーだ!」


 笑った勢いで御者席がグラグラ揺れます。

 チェロは、ハッとして後ろの客車を振り返りました。中にいるピアノちゃんの様子が気になったのです。


「だーいじょうぶだよ、お嬢さん。客車は防音だし、サスは特別につくってあるからね。中は静かなもんさ!」


 そういうと、またHo! Ho! Ho! グラグラグラ!となりましたが、カーテンの向こうに変化はないようです。

 チェロは、安心して大きすぎる御者席のベンチに座り直しました。

 ブルさんも、チェロが安心したことに満足したようです。

 前を走っているベジタローを見ながらいいました。


「どうやらMrベジ・キャットは、随分とマイナーな場所へ向かっているね。なにがあるんだい?」


 さっきまで客車はアナ街の東側に広がる広大な『ミズーミ湖』の湖畔に沿って走っていましたが、ちょっと前から普通の馬車ではとても通れないような狭い道を走っています。


「崖でも登れる」というくらい悪路をものともしないこの『竜車』でなければ、とてもこんな速度では走っていられないでしょう。


 チェロは前を行くベジタローの背中に目を移し、ブルさんに視線を戻しました。


「あのね。子どもを助けにいくの・・」


 ブルさんはギョッとして肩をすくめましたが、チェロは静かにわけを話しました。

 どこに向かっているのかはベジタローしか知らない。それはカクカクシカジカで・・・。


 ブルさんは、チェロの話を「ホホー」とか「ふう~む」とか言いながらも真剣に聞いていました。


「・・それでね。ピアノちゃんは、おしゃべりができないんだって。おみみは聞こえるけど声がでないんだって。かわいそうだね・・」


 大まかなことを話し終え、ついでにピアノちゃんのことまで話が及ぶと、チェロはなんだかしょんぼりしてしまいました。


 ピアニカさんが言うには、ピアノちゃんはどこへ連れて行っても、とっても怖がってすぐに泣いてしまうそうです。

 大人がきても子どもがきても。小鳥がきても、ちょうちょがきても泣いてしまうそうです。

 だからお友達もいないし、お外で遊ぶこともできなくて、ピアニカさんといる以外、とにかくいつも怖がって泣いているんだそうです。


「・・・なるほどね」


 ブルさんは、チェロたちが車に乗りこむ前の、ちょっとした騒動を思い出していました。

 母親 ―― ピアニカさんは、なんとかして諦めさせようとしていましたし、小さい子ども ―― ピアノちゃんの方は、頑として譲らない様子でした。

 では、乗るのかと思えば今度はうずくまって動かなくなってしまうし、ピアニカさんがなんとか抱き上げようとするとめちゃくちゃに暴れました。


 ブルさんは、ほうほうこりゃどうなるのかなあ、なんて面白く見ていましたが結局動いたのはMrベジキャットことベジタローでした。

 ベジタローは、ため息をつくように「にゃああ・・」と鳴くと、チェロをひょいと自分の背中に乗せて、さっさと歩き出してしまいました。


 これを見たピアノちゃんは全身を弓なりに反らせて、まさに声にならない必死の叫びを上げました。

 その場にいた全員が身を固くしたほどです。

 それでついにピアニカさんが折れ、ようやく乗り込む段になったのです。


 ――そのピアノさんが気になるネ・・そんなに怖がりの子が、あんなに必死になるってのはネ・・。


 ブルさんは疑問に思いましたが、隣にいるチェロは別段気にした風もありません。


 ―― でも、ま。今日も今日とてこの縁に生きるだけだYo!


 ブルさんは、気を取り直すべく手綱を握り直しました。


「確かに・・・ピアノさんもお母さんも大変でしょうがね。なんにせよちゃんとイイコトに辿り着くYo! 行動始めたんですから」


 その言葉に、チェロはキョトンとして顔を上げました。


「こーどーするとイイコトになるの?」


「もちろん!」


 ブルさんは陽気に答えました。


「どこに行くのかわからない。どこに行きたいのかもわからない。それでも笑って歩き始めればイイコトは降ってくるんだYo!」


「なんでも降ってくる?」


「なんでもいくらでも降ってきますYo!  だから助けを待ってるその子もピアノさん達も大丈夫ですYo!」


 ホッホー!とブルさんは笑いました。


 チェロも、釣られて少しだけ笑いましたが、まだ元気が戻りません。


「でも、ふたりともとっても悲しそうだもの・・」


 ブルさんはキョロリと斜め上を見上げて、鼻から溜息を漏らしました。  


「まあ、そうなんでしょうなあ。お母さんがいくら通訳でも、子どもちゃんが声出せないんじゃあ。そりゃ辛いでしょうなあ」


「どうして?」


 ブルさんは、スンと一瞬肩をすくめてみせました。


「ブルはね。犬となら話ができるんだよ。でもこうやってチェロさんと話しているように『言葉』で話すわけじゃないんだ」


 チェロは、ふんふんとうなずきます。


「声って言うのは『意思』を表しているんだね。だから声は気持ちのカタマリなんだよ。『通訳』の人は言葉じゃなくて声そのものから、その気持ち受け取るんだ。だから、『通訳』の人は、声をもっている全ての動物・・虫や蛙なんかとまで、お話ができるんだよ」


「すごーい!」


「でもね・・声がなきゃだめなんだよ。声がなきゃね・・・。つまり、ピアニカさんは鳥や虫とかとお話できてもピアノさんとはお話できないんだよ」


 ブルさんの話にチェロはハッとしました。

 そしてとっても悲しくなってしまいました。

 もし、小鳥とお話できてもおじいちゃんやお友達とお話できないなんてことになったら・・・。


 チェロはすごく悲しくなってしまいました。

 胸がギューッと苦しくて、鼻がツーンと痛くて、しばらくうつむいていました。


 ―― ・・・でも・・。


 うつむいたままチェロは突然、わざと顔をへんてこに、ギューっとか、む~っとか、ムイーっとか始めました。


 ニィ~ンとか、プム~とか、いっぱいいっぱいしました。


 しばらく、しばらく、しばらくの間・・・・ギューギュー、ムイムイやっていたチェロは、やがてグッと顔を上げると、ブルさんに向かって「んに~っ」と笑いました。


「でも! 仲良しならいいよねー!」


 その顔を見たブルさんは、「ほ」と、一言こぼしました。

 チェロがそうやっていつも悲しみをこらえているのを察したのと同時に、それならば力になりたいとストレートに思ったからです。

 だから大きな体を揺らして盛大に笑いました。


「Ho! Ho! Ho! いやチェロさん、あなたはすばらしい! そおゆうことです! 笑って進むんです! Ho! Ho! Ho!」


 そういうとブルさんは、運転席の後ろの方ででブラブラ揺れていた紐をひっぱりました。


 ガリン! ガリン! ガリン!


 大きな音でベルが鳴りました。


「Hey Yo!  気張るぜシャープ! フラット!」


 ぴしりと手綱を叩きます。


 二匹の大王トカゲ。シャープとフラットは、長い尻尾を持ち上げると、それをメトロノームのように左右に振り始めました。


「ドレ! ミファ! ソラ! シド!」


 その背中にとまっている四羽の録鳥―― ドレ。ミファ。ソラ。シド。も、それに合わせてピョコピョコ上下にリズムを取り始めます。


「ワン! ェトゥー! A! ワントゥー! HA!!」


 高らかに演奏が始まりました。


「さあ、チェロさん。ブルは仕事じまいだYo! ブルも仲間に入れておくれYo!」


 それを聞いてチェロの顔がピカーっと光りました。


「ホント! ブルさん仲間?!」


 ブルさんは、イエーイと親指を立てて見せました。


「さあ、この道の先は『カッパ淵』があるYo! 流れガッパでも出たのかYo!」


「ナガレガッパー?」


 チェロは、ようやく「あはは」と笑いました。

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